新規事業担当者に必要な3つのスキル
柴田雄一郎氏:時間の都合で詳細は割愛しますが、(
新規事業の創出を阻む3つの壁を乗り越えるには)いろんなやり方があります。まず、個人の壁のところについてです。新規事業に取り組む人才に必要なスキルは、大きく3つあります。
1つ目は創造的思考力です。好奇心を持って、たくさんの引き出しを持ち、柔軟にそれらを結びつけて創造できる力。結びつける能力、つまり創造性ですね。2つ目は精神的な面。パッション、情熱を持って取り組むこと。モチベーションが高く、ワクワクしながら進んでいける力です。このワクワクのエネルギーで突き進めることが重要です。
3つ目は実行力。これには戦略的な思考が求められます。ただ作る、ただ売るのではなく、それをどう売るのかや、誰とつながるのか、例えば権利をどう扱うかといった点も含めて、戦略的に考えていかなければいけません。ネゴシエーション能力や説明能力、分析能力なども必要になります。
新規事業は「アイデア出し」から始めない
こうした多くのスキルを必要とする新規事業を、「ちょっと新人にやらせてみようか」といった感覚で任せてもうまくいくはずがありません。経験者がいないと、そもそもファシリテーションしてリードしていくことができないわけです。
例えば、新規事業部が一生懸命考えて、すごくいいアイデアが出てきたとしても、企業カルチャーに問題があるとどうにもなりません。人才が育ってきても、チームの壁や経営者の壁がそれを阻んでしまう。
企業カルチャーの問題としては、経営陣が新規事業に対して意識が低く、「お前らで勝手にやれ」と丸投げしてしまう。ところが、やったことがないので経営者自身もどう指示していいかわからない。「とにかく自分で考えてやれ」ということになり、結局、試行錯誤するしかなくなる。

意思決定をしてくれないこともあります。いくら提案しても、「それ儲かるのか?」と返され、また振り出しに戻る。そういったことが何度も起きると、組織全体のモチベーションが下がっていきます。
失敗が許されない環境では、みんな萎縮してしまいます。先ほどもお話ししたように、心理的安全性がなければ何も言えなくなってしまう。そうなると、結局はモチベーションが低くなっていくわけです。
事業化のプロセスがわからない。これもよくある課題です。もちろん、いろいろなパターンはあると思うんですけど、基本的には「型」があるんですよね。
例えば、アイデアから始まるように見えるんですが、実はその前にチームビルディングがあります。これが基礎、基本としてまずある。その上で、アイデアが出てきて、仮説検証、事業計画、そして撤退するか推進するかの判断がある。この一連のプロセスは、経験がないと判断できないという問題があります。
そういった課題に対して、
『クリエイティブ・マネジメント』のアプローチでは、アイデアから仮説検証までがアート思考やデザイン思考の領域、事業計画から先がロジカル思考の領域と整理しています。
つまり、アイデアをかたちにするフレームが3つあるということです。それがアート思考、デザイン思考、ロジカル思考。この3つについて、簡単にご説明していきます。この3つをどれだけ理解しているかが非常に重要です。
ユーザー視点で進める「デザイン思考」
まず最初にデザイン思考。一般的に「デザイン」と聞くと、ポスターやパッケージデザインのような、見た目の美しさや使いやすさ、機能性のことを指すと思います。つまり、見た目や機能のあり方を整えるというのが、一般的に言うデザインの領域です。
では、「デザイン思考」とは何か。これは、観察・洞察を通じて、その洞察から役立つ製品やサービスを生み出すという考え方です。この定義については、すでに多くの本も出ていますし、長年研究されてきたものでもあります。
例えば、ハッソ・プラットナー教授が提唱している「デザイン思考の5段階」があります。

これは顧客を中心とした問題解決のプロセスであり、ユーザーに共感し、ユーザーの視点で発想するというのが基本です。つまり、開発者側の視点ではなく、ユーザーの視点です。
企業が先に作って「売れるかどうか」を考えるのではなく、ユーザーが本当に求めている、本質的なニーズを捉える。そこからたくさんのアイデアを出して、とにかくまずつくってみる。そして、テストと改善を繰り返していく。このサイクルを何度もまわしていくというのがデザイン思考の基本的な考え方です。
平たく言えば、消費者に「欲しいと思わせる」ものを作るのではなく、「消費者が欲しいと思っているもの」を発見するということです。開発チームが「これ売れないかなあ」と考えるのではなく、欲しいもの自体を見つけるために、観察と洞察を繰り返していくという考え方です。
潜在ニーズを探るキーエンス
本の中でも軽くご紹介しているんですけども、例えば花王さんの「暮らしの研究所」。

ここでは何をしているかというと、お母さんが台所で炊事をしている様子をビデオで撮影しているんですね。
これは、消費者にインタビューするよりももっと深いところで、実際の生活の中から、裏に潜む思いや使いづらさを引き出していこうという取り組みです。そうすることで、これまでにないニーズを発見したり、新しい改善の要素を深掘りしたりする。徹底的に観察することで、それらを見つけ出していくわけです。
そして、そうした観察と深掘りの結果に対して、花王は研究開発費をしっかり投じ、数多くの特許を取得しています。
もう1つの例として、キーエンスという会社があります。センサーや測定器を製造している会社で、利益率が51パーセント、平均年収が1,750万円とも言われ、日本の平均の4倍にあたる水準で話題になっています。
このキーエンスの特徴は、営業と開発が非常に密に連携しているという点です。

私がキーエンスに関する本を読んだ時に、「お客さんの求めるものを作らないという姿勢がある」と書かれていました。先ほど私は「お客さんの求めるものを作るのがデザイン思考だ」とお話ししましたが、一見すると矛盾しているように思えるかもしれません。
では、なぜ「求めるものを作らない」のか。それは、キーエンスが掲げている「潜在ニーズの発掘」という方針にあります。つまり、表に出ているニーズではなく、顧客自身もまだ気づいていないようなニーズを見つけ出して、それに応える製品をつくるというスタンスです。
顧客が「こういうものがあったらいいな」と思う前に、その前段階から先回りして商品開発を進める。それによって、顧客のニーズに深く入り込み、新しい価値を提供しているということなんですね。
このようにして、顧客の潜在的なニーズを深掘りし、それを製品やサービスに落とし込んでいく。キーエンスは、まさにそういったアプローチを徹底している会社だと思います。
なぜ起業家やイノベーターに「アート思考」が必要なのか
デザイン思考が「お客さんのニーズの深層を探るもの」だとした時に、次に出てくるのがアート思考です。これは少し難しい概念ですけども。
アート思考については、2017年〜2018年あたりに山口周さんの本が非常に注目されて、一時期バズりました。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』という本ですね。この中で「アート思考」が取り上げられました。
ただ、アート思考というのは、デザイン思考のように明確に定義されたものではなく、定義しづらい性質のものでもあります。実際、さまざまな解釈があります。アートの見方や啓蒙的な意味合いから語られることもあれば、もともとは子どもの教育の領域で使われていたという話もあります。
山口周さんは「Business as Art」とも言っていて、ビジネスにアートが必要だと。つまり、アーティストのように仕事をするという考え方です。
ただ、アート思考という言葉を前面に出して講義などでお話しすると、「いや、アートはよくわからないんで」とか「美術館に行ったことがない」「絵が描けない」といった反応が返ってくることが多く、そこでシャットダウンされてしまうんですね。でも、実際にはそういうことではないんです。
ということで、私はこの本の中でアート思考について、新たな視点から定義し直しています。これは私個人の定義ですが、自分自身がアート思考を自然と使っていたことに後から気づき、それを体系化したものです。
私の中では、アート思考のアーティストのマインドというのは、創業者やイノベーターと非常に近いものだと捉えています。これは本の中でも詳しく書いているのですが、アーティストが持っている資質を10個に分解して、それぞれの資質に対応するアーティストの言葉を紹介しています。

例えば「独創性」。新規事業というのは、同じものをつくっていたら新規とは言えませんし、イノベーションも今までにないものをつくることが前提です。つまり、独創性が必要になります。
ここでマイルス・デイヴィスの言葉が引用できます。「すでにあるものを演奏するな。まだ存在しないものを演奏しろ」。まさに今までにないものを生み出そうとするイノベーションの精神そのものです。
例えば「好奇心」で言えば、ポール・ゴーギャンの有名な絵のタイトルがあります。『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』。これは本質的な問いです。タイトルにこうした問いを掲げるというのは、自分の存在や意味を深く掘り下げる、探究心の表れだと思います。
このように、アーティストというのは日常の中で自然とそういう問いを持ち続けています。
アーティストと起業家に共通する資質
では、何が起業家と共通しているのか。私自身も高校生の時に「美大に行きたい」と父に言ったら、「絵描きになって食っていけると思うのか」と言われました。多くの親がそう反応すると思います。
「ミュージシャンになりたい」と言っても「そんな簡単になれるもんじゃない」と言われる。でも、それでも絵を描きたいと思うのなら、その人はアーティストです。音楽がやりたいならミュージシャンなんです。
これは起業家も同じです。「そんな商品が売れると思っているのか」と言われる。でも、自分はこれをつくりたいと思う。わかりやすい例で言えば、Airbnb。最初は「人の家に泊まるなんて誰がやるんだ」と、誰からも理解されず、投資も受けられなかった。けれど、結果として上場して、今やテレビCMまでやっている。人の家に泊まるという概念が、ここまで大きな市場になったわけです。
ウォークマンもそうでした。最初は「誰がこんなものを使うんだ」と批判された。でも新しいものというのは、最初は理解されないことのほうが多いんです。

そういう時に必要なのが、「経済合理性を超えた内発的動機」です。売れるか売れないかではなく、とにかくつくりたいんだ、自分がそれをつくることで世界が変わるんだといった思いを持ってものづくりをすること。それがなければ、新しいものは生まれてきません。
自分の軸で、自分事として創造性・独創性を発揮する。そのことが、新規事業やイノベーションにつながっていくのだと思います。