ビジネス領域に特化した日本最大級のナレッジプラットフォームを有し、新規事業推進を支援している「ビザスク」。同社が主催するセミナーに、『事業構想を「書く」 ビジネスモデルを可視化し新規事業開発を加速させるフレームワーク』の著者であり、株式会社NEWhの執行役員・堀雅彦氏が登壇。ビジネスモデルの書き方・伝え方を磨くコツや、経営層と現場で異なる“新規事業の撤退”の2つの判断基準などを解説しました。
ビジネスモデルの書き方・伝え方を磨くコツ
司会者:ここからは質疑応答に移りたいと思います。今回も事前に多くのご質問をお寄せいただき、誠にありがとうございます。まずは、事前にいただいた質問の中からご紹介します。
「自社の事業開発において、NEWhの堀さんにお世話になっております。私自身、イメージやアイデアはなるべく書き出し、そこから他の可能性とのつながりや、ポジティブな点・ネガティブな点を整理するようにしています。
こうした、自分なりに習慣としてやっていることを、ビジネスモデルとしてきちんと形にしていくためのフレームワークを学びたいと考えています。堀さんにお時間があれば、事業構想の書き方や、それを可視化する力をどのように身につけてこられたのか。また、意識されている習慣などについておうかがいできればと思います」というご質問です。
堀雅彦氏(以下、堀):まず前提として、僕自身もまだまだ修行中の身だという認識は持っています。そのうえで振り返ってみると、今につながっているなと思うことが2つあるように思います。
1つ目は、やはり「ビジネスモデルに触れる数」が重要だということです。僕自身、MBAのスクールに通っていた時期がありまして、その頃、同期の仲間たちとコミュニティを作り、「バリューデザイン・シンタックス®」(以下、VDS)のようなフレームワークを使いながら、「このビジネスモデルはなぜ成立しているのか」といったことを研究会のようなかたちで積み上げていく活動をしていました。
そういうふうに、さまざまな事業の事例に数多く触れる経験を持つことは、やはり前提として非常に大事だと思います。
そして2つ目は、「ストーリーをつくる経験の数」です。今回は事業開発やビジネスモデルのストーリーという文脈でお話ししていますが、僕自身は以前、広告代理店や総合系のコンサルファームにいた時代から、あらゆるアウトプットに対して「どういう順番で、何をどう伝えれば相手の腹に落ちるのか」「まず最初に伝えるべきは何か」といった、ピッチの構成や伝え方の設計をかなり意識してきました。
つまり、ビジネスモデルに触れる量と、ストーリーを組み立てる機会の量。この2つが、結果として今のVDSのようなフレームワークの使い方や、考え方の背景につながっているように思います。
事業計画に“収益も入れて”と言われた途端に手が止まる…
司会者:続いての質問に移ります。少し講演の中でも触れていた内容と重なる部分もあるかと思いますが、2つ目のご質問です。
「『事業計画には収益も入れてください』とよく言われるのですが、収益を含めた書き方について、ぜひ教えていただきたいです」。この点についてはいかがでしょうか。
堀:「収益」と一口に言っても、どこまでを指すかによって少しニュアンスが変わると思っています。
僕の中では、大きく2つの視点があると思っていて、1つは“点”として「その事業は収益的に成立するのか?」という視点。もう1つは“線”として「どうやって時間軸の中で成立させていくのか?」という、収支計画のような視点です。
今回のご質問は、どちらかと言うと前者、つまり「点として成立するのか?」という観点で捉えたうえでの回答になると思うのですが、その前提でお話しすると、「どこで対価を得るのか」「どういうコスト構造なのか」という前提に立ったうえで、インプット側・アウトプット側の変数を丁寧に因数分解していくことです。
いわゆるツリー構造のようなものを描いていきながら、初期段階では仮説でかまわないので、仮の数値を入れてみる。そのうえで、「これは本当にバランスするのか?」という手応えを持つ。この構造を考えることが、収益と向き合ううえではすごく重要だと思います。
書き方としては、VDSのフレームワークでも収益部分は非常にシンプルで、
「何を源泉に、どう対価を得るのか」「どんなコスト構造か」「採算はどうか」といった4つの要素を文章で整理していくだけです。
ただし、それを言葉にするだけではなくて、裏側でちゃんと「収益ツリー」のようなものを整理しながら、「これはいけそうだな」という手触りを持って書く。このプロセスが大事だと思います。少し話が広がってしまったかもしれませんが、ご質問の意図に沿っていればうれしいです。
競争力のある事業コンセプトの鍵は「推しポイント」
司会者:続いてのご質問は、少し抽象度の高い内容ですが、「どう考えれば、競争力のある事業コンセプトにつながるのか。その考え方のヒントを知りたいです」というご質問をいただいています。
堀:これはけっこう悩ましいテーマだと思います。まず「競争力」という点に絞ってお話しすると、僕たちがよく使っているのが
「フック」と「ロック」という考え方です。
自分たちが構想している事業やアイデアに対して、「フック(お客さんが振り向く理由)」と「ロック(お客さんが離れない理由)」が何かを考えること。それにしっかり向き合い続けることが、競争力のある事業をつくるうえでは欠かせないと考えています。
もう1つ、少し角度を変えた話になりますが、以前VC(ベンチャーキャピタル)の方と会話をしていた時に出てきたのが「発見性」というキーワードです。
VDSのようなフレームワークでは、課題、手法、価値、戦略、仕組み……いろいろな構成要素がありますが、そのうちどこか1つでも「これはおもしろい」「これは新しい」と思わせる“何か”があるか。つまり、どこかのパートにユニークさやオリジナリティがあることが重要なんじゃないかと。
例えば「課題はよくある話だけど、自分たちのアプローチはユニークなんです」とか、「すでに他のプレイヤーがいる市場だけど、自社にはそれを突き抜けられるだけの強いリソースがある」とか。
そういった「推しポイント」をどこに込めるか。それを意識して磨いていくことで、結果的に「競争力のある事業コンセプト」になっていくのではないか。そんなふうに考えています。
ですので、「競争力」というと大きな言葉に感じますが、まずは自分たちのビジネスモデルの中で、どこか1つでも発見性やおもしろさを込められるポイントがあるかどうか。それを意識してみると良いのではないかと思います。
IR資料に掲げる高い視座と現場の指針の乖離
司会者:続いての質問です。少し趣旨は変わりますが、「経営陣の構想整理と、現場スタッフへ伝える構想とでは、見せ方や伝え方を変えるべきでしょうか? また、経営陣の中でも構想にズレがある場合、どのように進めておられますか? コツなどあれば知りたいです」というご質問をいただいています。
堀:これはなかなか悩ましいですよね。「経営陣の構想」というのがどのレイヤーの話かにもよると思うのですが、例えば「会社として新規事業にどう取り組んでいくのか」「最終的にどういう姿を目指すのか」といった、比較的上位の構想であれば、やはり経営と現場で伝え方は変えるべきだと僕は思っています。
ご質問の意図と少しズレていたら申し訳ないのですが、僕たちが企業をご支援しているなかでも、よくあるのが、個別の新規事業は現場でがんばっているのに、会社全体としての方針や目的、テーマの定義があいまいなまま進んでいるケースです。
IR資料では「新規事業で第3の柱をつくる」や「社会課題に取り組むことで企業価値を高める」など、高い視座の構想が描かれていることも多いのですが、それが現場での指針として機能していない、という状況をよく見かけます。
なので僕は、経営のレイヤーでは方向性や意義、目的をしっかり語ることにとどめておいて、現場に伝える際には、「何年でどれぐらいの成果を目指すのか」「どういうテーマに向き合うのか」「これはやらないというNGルールは何か」など、より具体的な粒度で落とし込むべきだと思っています。
ご質問でいう前半、「見せ方・伝え方は変えるべきか」については、方向性は一貫しつつも、粒度は変えるべきだというのが僕の考えです。
そして後半、「経営陣の間で構想にズレがある場合、どう進めるか」ですが、これは本当に難しいです。僕たちもよく、役員クラスで構想がズレている場面に立ち会いますが、そのズレの多くは「見ている時間軸の違い」から来ていることが多いように思います。
短期的な成果を求める視点と、長期的なビジョンから構想を描く視点が同じテーブルでぶつかると、当然ギャップが生まれるんですよね。とはいえ、実は目指す方向は同じで、見ている時間のスパンが違うだけということもよくあるので、そうしたズレを「時間軸の違い」として一度整理してみる。
あるいは、それぞれの構想を1つの時間軸の上に並べてみることで、線として整理されていく。そういう作業が、経営陣の構想にズレがある場合の、調整のヒントになることもあると思います。というのが、僕なりの考えです。
評価者と起案者が持つべき観点
司会者:では、当日寄せられた質問のほうにも移っていければと思います。時間の関係もあり、すべてにはお答えできないのですが、一部だけでもご紹介させていただければと思います。
1つ目の質問はこちらです。「VDSについての質問です。記載された内容を評価する立場から見た時、どのような基準で評価すべきでしょうか? 『論理の道筋が正しいか』という観点が重要なのでしょうか?」
堀:これは評価する立場としても、けっこう難しい問いだと思います。ただ僕は、評価者と起案者が持つべき観点は、本来一致しているべきだと思っているんです。
つまり、新規事業を評価する際に大事な問い、つまり、市場性があるのか、顧客に受け入れられるのか、競争優位があるのか、実現可能なのか、収益が見込めるのか、持続性があるのかといった観点は、起案する側と評価する側、両者に共通して必要な視点だと思います。
一方で、評価のステージによって見るべき比重は変わってくるとも思っていて、いわゆるステージゲートのような考え方ですね。
例えば初期段階では、ビジネスの数字というよりも、「お客さんが本当にいるのか」といった需要性に重きを置き、後半に進むにつれて、収益性や事業としてのスケーラビリティといった観点をしっかり見る、というように、段階ごとに判断の軸を変えていくことも必要だと思います。
ご質問であった「論理の道筋が正しいか」という点に関しては、その通りで、起案者が設定した仮説に対して、納得感のあるロジックでつながっているかどうかは重要なポイントです。さらに言うと、「実際に顧客の声を押さえているか」「ちゃんと現場のリアリティがあるか」といった点も、判断基準としてすごく大事だと思います。
経営層と現場で異なる“新規事業の撤退”の2つの判断基準
司会者:今、新規事業のステージゲートというお話が出ましたので、少し関連するかたちで次のご質問です。
「新規事業案の撤退についてうかがいたいです。VDSのかたちにしてPDCAを回していくなかで、最初はボロボロだったものがブラッシュアップされてくるとは思いますが、それでも完璧にならないケースは多いと思います。そうした時、どこに撤退の判断ポイントを置くべきでしょうか?」
堀:これは本当に難しいテーマですよね。僕自身も、これまでのプロジェクトで悩むことが多かった領域だと思っています。
というのも、新規事業って、構成要素がドミノみたいにつながっていて、どこか1つが変わると他も連鎖的に変わってしまうんですよね。だから極論を言えば、仮説検証でダメだったとしても、「じゃあ課題を変えてもう一度やってみよう」と、いくらでもピボットできてしまう。その意味では、やり直そうと思えばどこまでも続けられるんですよ。
そんな中で、どこで線を引くのか。これがすごく難しい。実際の現場でよく見かけるのは、大きく2つの判断基準です。
1つは「回数制限を設ける」という方法です。例えば、成果から逆算して「この年までに何件出したい」といった目標があるとします。そこから「ピボットは3回までにしよう」とか「4回まで」とルールを決めておいて、その中で再チャレンジしても道筋が見えなければ、いったん止める。そういった明確な線引きをする企業もあります。
もう1つは、「起案者の熱量」に委ねるやり方です。これはちょっと感覚的な話になりますが、やっぱり現場で向き合っている起案者が、自ら「もう無理かもしれない」と感じるかどうかが、最終的な判断軸になることも多いんですよね。
ピボットを重ねているうちに、確信がだんだん崩れていく。「これはもう打ち手がない」「自分自身がもう前に進めない」となれば、その判断は起案者にしかできないものだと思っています。
まとめると、意思決定者側としては「何回までチャレンジ可能か」というルールを持っておく。一方で、実際に仮説検証を繰り返す起案者自身が、「これはやめよう」と判断する心の声も、撤退判断においてはとても重要になる。そういった2つの軸を組み合わせていくのが、現実的な運用なのかなと思っています。
フレームワークを書く時、「手軽になる」「安心できる」の表現がNGなわけ
司会者:では、少し質問の内容を変えて、次のご質問です。
VDSを実際に書いたことがある方からの質問で、「コンセプトのセクションの書き方について、アドバイスをいただきたいです。例えば『○○という要素を入れたほうがいい』『体言止めではなく動詞で書く』など、文章化する際のちょっとしたTipsがあれば教えていただきたいです」ということですが、いかがでしょうか。
堀:これは書くうえで悩まれる方も多いと思うんですが、僕が一番意識しているのは「具体的に書くこと」ですね。
よくあるのが、「手軽になる」とか「安心できる」といった、抽象的で人によって解釈が分かれるような言葉をそのまま使ったケースです。これは一見わかりやすそうなんですけど、実はズレが生まれやすいんです。
なので、「手軽になる」と書いたとしたら、「何が」「どう」手軽になるのかまで、言葉を開いていく。例えば「スマホで3ステップで注文が完了することで、手間が省ける」みたいに体験を具体的に描くのが理想です。
体言止めを避けるかどうかというよりも、できるだけ認識の余白を減らす。「読み手によって解釈が変わらないようにする」ことを意識すると、よりよいVDSになると思っています。
司会者:ありがとうございます。お時間の都合により、Q&Aのセッションはここまでとさせていただきます。たくさんのご質問をいただき、誠にありがとうございました。では最後に、堀さんから参加者のみなさまへ、ひとことメッセージをいただけますでしょうか。
堀:今日はVDSというフレームワークをご紹介しましたが、あくまでこれは1つの道具だと思っています。大事なのは、起案者側の熱量や思いがあってこそ、事業が世に出ていくということです。
僕たちはコンサルという立場ですが、同じフィールドで新規事業開発に取り組んでいる一員だと思っています。ですので、今後もこうした場を通じて、みなさんと一緒に学び、進んでいけたら嬉しいです。本日はありがとうございました。
司会者:ありがとうございました。それでは、以上をもちまして本日のセミナーを終了とさせていただきます。最後までご視聴いただき、誠にありがとうございました。
※バリューデザイン・シンタックスは、株式会社NEWhの登録商標です。