ビジネス領域に特化した日本最大級のナレッジプラットフォームを有し、新規事業推進を支援している「ビザスク」。同社が主催するセミナーに、『事業構想を「書く」 ビジネスモデルを可視化し新規事業開発を加速させるフレームワーク』の著者であり、株式会社NEWhの執行役員・堀雅彦氏が登壇。振り向かせる理由「フック」と離さない理由「ロック」や、オフィス街のランチで考える優位性の事例などを解説しました。
価値とは最終的に顧客が得る成果
堀雅彦氏:続いて、コンセプトの「価値」についてお話しします。「価値」という言葉も、人によって解釈がかなり揺れやすい概念です。その言葉を扱ううえで、頭の中にこうした構造を持っておくことはすごく大事だと感じています。

「バリューデザイン・シンタックス®」(以下、VDS)では、「価値」と「手法」の関係もミクロとマクロの視点で捉えることができます。そして、この2つの言葉には明確な主語の違いがあります。「価値」や「体験」は顧客が主語の言葉。一方で「手法」は、私たちが何を提供するのかという、いわば事業主側が主語の言葉です。この前提の違いをまず整理しておく必要があります。
価値とは、私たちが提供する手法を通じて、最終的に顧客が得る成果のことです。そして、その成果は、実際にどのような体験を通じて得られるのか、という具体的なエピソードと結びついています。
この体験の背後には、私たちが提供する一つひとつの「機能」があります。そうした機能をまとめて要約していくと、「私たちは結局何を提供しているのか」「私たちは何者なのか」といった問いにつながり、それが「手法」として定義されます。
このように、価値と手法、抽象と具体、それぞれの関係性を構造的に捉えておくことが、コンセプトを描くうえで非常に重要だと思います。
少し概念的な話になったので、
書籍で紹介している例を挙げます。スターバックスのケースです。

「サードプレイス」という手法的なコンセプトがあり、そのうえで、店舗に訪れたお客さんがコーヒーを注文し、過ごして、店を出るまでの間に経験する一つひとつの出来事が「体験」となって紡がれていきます。その体験を通じて、お客さんが最終的に得るもの。それが「価値」です。ある種、成果に近いものとして捉えられると思います。
この時、「私たちが目指す価値は、マクロ的に多くの人に受け入れられるのか」という視点と、「その価値を構成する体験の一つひとつが、顧客にとって本当に刺さるものになっているのか」という視点。この2つの視座で価値に向き合っていくことが、新規事業開発において非常に大事なのではないかと、僕は思っています。
顧客、課題、手法については、ミクロとマクロの視点で共通の構造を持っていますが、価値は、リアリティを持って言語化することに加えて、それを抽象化・要約して「その価値がどれくらいの規模で求められるのか」というサイズ感までを見通す必要があります。この両面できちんと価値を描いていくのが、コンセプトをつくるうえで大切な考え方になります。
戦略は描けてもオペレーションに落ちない新規事業あるある
ここからは、残り2つのブロックについてお話ししていきます。2つ目の観点は、「戦略」と「仕組み」というブロックです。ここからは少し視点が変わります。

VDSというフレームワークでは、「戦略」、あるいは「優位性」と呼ばれる要素と、「仕組み」という要素が、隣接するかたちで設計されています。
背景としては、かつてよく言われた「VUCA」などの言葉が以前ほど聞かれなくなった一方で、新規事業の立ち上げにおいて、「こういう価値を提供したい」「こういう体験を届けたい」といった価値・体験側の発想から、「では、それをどう実現するか」という仕組み側への落とし込みは、比較的多くのプロジェクトで意識されています。この価値から仕組みへという流れは、多くの人が自然に取り組んでいる論点です。
一方で、「戦略」があった時に、「その戦い方をどうやって実行可能な仕組みとして実現するのか」という、戦略から仕組みへの接続については、けっこう忘れられがちではないかと、僕は感じています。
だからこそ、VDSでは「こうやって勝つんだ」という戦い方(戦略)と、「その勝ち方をどう実装するのか」という仕組みの設計を、切り離さずセットで考えるべきだという思想を込めた構造にしています。
振り向かせる理由「フック」と、離さない理由「ロック」
ではその時に、「競合優位性」とは何なのか。これも非常に大きなテーマで、人によって解釈が揺れやすい言葉ではありますが、僕たちはこの競合優位性を大きく2つに分けて捉えています。
ここで出てくるのが、「フック」と「ロック」という2つの言葉です。
考え方は非常にシンプルです。まずフックとは、新しい事業において、お客さんが既に何かしらの代替品や競合サービスを使っている中で、私たちのサービスに「振り向いてもらう理由」のことを指します。つまり、「なぜそのお客さんは、私たちのサービスを使い始めてくれるのか」。これがフックの問いです。

一方でロックは、一度振り向いてくれたお客さんが「なぜ離れないのか」。言い換えると、「離脱せずに使い続けてもらえる理由」です。これがロックです。

この「振り向かせる理由=フック」と「離さない理由=ロック」、この2つは常にセットで考えるべきだと、僕は思っています。優位性を考えるうえでは、まさにこの2つの問いにしっかり向き合うことが重要です。
ロックには2つの側面があると考えています。1つは「顧客を離さない理由」、もう1つは「競合に模倣されない理由」です。
どちらか一方だけでなく、この両面を意識しながら、「私たちのアイデアはなぜお客さんを離さずにいられるのか」という観点で、優位性をきちんと言語化しておくことが非常に大切です。
優位性は「顧客」「戦い方」「仕組み」をセットで考える
VDSの中でも、「私たちの競争相手は誰なのか」を明確に言語化したうえで、その競合を現在使っているユーザーが「なぜ私たちに振り向くのか」「どうやって振り向かせるのか」、そして「振り向いたあとに、なぜ離れないのか」という、この2つを明解に言語化していくことが求められます。
そして大事なのは、このフックやロックを単に言語として整理するだけではなく、「どう体現するか」まで落とし込むことです。つまり、優位性としての言語が整理されたら、それを実際の仕組みやプロダクト設計の中にきちんと実装すること。
まず「フック」の考え方についてです。これも書籍の中で紹介していますので、お時間がある時にざっと眺めていただければと思いますが、考え方の基本はこうです。

お客さんが商品やサービスを選ぶ時には、さまざまな判断軸があります。その中で、私たちはどの軸で突き抜けるのか、どこで「選ばれる理由」をつくるのか。これがフックであり、競合優位性の核となる部分です。
そして、その優位性をどうやって実現するか。いわば「どの山の登り方を選ぶか」、それが戦略の設計です。さらに、その戦い方を実行可能にするために「なぜ私たちはその優位性を持てるのか」「どうやってそれを実現できるのか」という“源泉”があるはずで、ここが仕組みや組織ケイパビリティにあたる部分です。
つまり、お客さんがいて、戦い方(優位性)があり、その戦い方を支える仕組みがある。この三層構造をセットで捉えることが、優位性を考えるうえでは不可欠だと思います。この「顧客」「戦い方」「仕組み」をセットで考えるという視点を、新規事業開発では絶対に忘れてはいけません。
オフィス街のランチで考える優位性の事例
もう少しイメージが湧きやすいように、具体例もご紹介します。これも書籍に載っている事例ですが、オフィス街の飲食店をイメージしたものです。

例えば、ビジネスパーソンがランチの店を選ぶ時、判断軸はたくさんあります。「価格」「味」「スピード」「立地」などですね。
しかし実際の競争軸になると、立地はどの店も同じエリアに集まっていて差が出づらく、実質的には差別化の要因にはなりにくい。となると、「安さ」「速さ」「味」といった部分が選ばれるかどうかを左右する、競争の軸になると考えられます。
そのうえで、「私たちはどこで勝負するのか」を明確にする。どの軸で突き抜けるのかという意志を持つことが、優位性の設計においては非常に重要だと思います。
例えば「圧倒的な速さで突き抜けるんだ」と決めたとします。その時、速さをどうやって実現するかという“登り方”は、1つではないと思っています。オペレーションを徹底的に効率化するというアプローチもあれば、来店時の顧客ニーズを事前に察知して対応するような、パーソナライズされたデータドリブンの仕組みを作るというやり方もあります。
また、接客スタッフの人数や店舗数、調理スペースのキャパシティを増やすことで、物理的に待ち時間を減らすという方法もあるでしょう。こうして複数の登り方がある中で、私たちはどの登り方を「肝」として選び、優位性につなげていくのか。ここを定めることが、戦略設計の重要なポイントです。
仮にオペレーションの効率化を「肝」に据えるとしたら、今度は「なぜ私たちはそれができるのか」という視点が必要になります。ここが「源泉」の部分です。重要なのは次のような構造をきちんと捉えることです。
お客さんがいて、選ぶ際の判断軸があり、競合との競争環境がある。その中で、どこで突き抜けるのかという優位性がある。そして、その優位性をどうやって実現するのかが、自社やパートナーの持つアセットと結びついている。この構造を忘れずに捉えることが、戦略と向き合ううえで非常に大切です。
客が離れず競合が真似できない事業が持つ3つの視点
続いて、ロックについてです。こちらも同様に、事業活動を通じて蓄積されていくものが、ちゃんとロックにつながっているのかという視点を持つ必要があります。
ここで考えるべきは、3つの問いです。

1つ目は、事業を通じて何が溜まっていくのか。これは、「本当にそれは溜まっていくのか?」という問いも含めて検討する必要があります。2つ目は、その溜まっていくものによって、何が強化されていくのか。3つ目は、それによって、お客さんがなぜ離れられなくなるのか、あるいは競合がなぜ真似できなくなるのかという点です。
シンプルな構造ではありますが、実は非常に奥の深い問いだと思います。
例えば冒頭で少し触れたAmazonの例で言えば、書籍の購買データが蓄積される。データが溜まることで、レコメンドの精度が上がっていく。その精度の高いレコメンド体験が、顧客にとって「選び続ける理由」になっていく。こういったサイクルですね。
いわゆるフライホイールと呼ばれる構造ですが、このように具体的に言語化していくことが、ロックを単なる概念で終わらせず、実態を持たせていくうえでとても重要だと感じています。つまり、実現性を伴った優位性。これが、新規事業開発において本当に大切にすべき視点だと、僕自身つねづね思っています。
あらためて振り返ってみると、VDSでも、まず「優位性」があり、それを実現するための「仕組み」があり、さらにその仕組みを通じて「何が溜まっていくのか」が続いていく。この流れを一体として捉えることが、すごく大事な考え方なんじゃないかなと思っています。そういう思想で設計されているフレームワークです。
実際に書く時にも、それぞれの要素のつながりを意識できるように表現を工夫しています。
特に大企業の新規事業開発では、この戦略と仕組みのセットは避けて通れない論点です。意思決定の場でも必ず見られるポイントなので、「どう勝つか」と「どうやってその勝ち方を実現するのか」は、やはりセットで考える必要があると、僕は思っています。
※バリューデザイン・シンタックスは、株式会社NEWhの登録商標です。