上司や経営層の承認を取るために必要な2つの視点
これはビジネスモデル全体にも通じる話ですが、コンセプトにおいても、4つの構成要素それぞれに対して次の2つの視点を両立させる必要があると考えています。
1つは、「これは本当に求められているんだ」と確信を持てるようなリアリティ。もう1つは、「一定の市場規模やボリュームが見込めそうだ」というサイズ的な確証。この「確信」と「確証」の両方が共存していなければならない。これが、コンセプトをつくるうえで向き合うべき問いだと思っています。
つまり、ミクロの視点でコンセプトを捉えながら、同時にマクロの視点でもそのコンセプトを検討していく。この両面からのアプローチが重要です。
僕たちはこの考え方を非常に大切にしていて、VDSというフレームワークは、まさにその思想が反映されています。

VDSで定義されている4つの構成要素である、「誰の」「どんな悩みを」「どうやって」「どういう状態にするのか」という点は共通ですが、それをどこまで“超具体的”に描けるか。そして一方で、俯瞰的にセグメント全体として見た時に、どのように要約・整理されるのか。この両面から自分たちのコンセプトを検討していくことが大切です。
つまり、リアリティのある超具体な記述を通じて「これは本当に求められている」と感じられる一方で、マクロな視座から「ビジネスとして成立する規模がある」と言えるか。この両方の視点を行き来しながら、コンセプトの整合性を高めていくことが重要なのです。

VDSでコンセプトを描く際には、「このお客さん、本当に実在しているのか?」「その課題には逼迫性があるのか?」といった問いを、それぞれの構成要素ごとに意識していきます。
同時に、「顧客」「課題」「手法」「価値」の縦の流れが、1つのストーリーとして通っているかどうか。そして、左右の視点。すなわち「超具体に語られているコンセプト」と「マクロ的に要約されたコンセプト」が、きちんと整合しているかどうか。
この“縦のストーリー”と“左右の視座”が噛み合っている状態を意識しながら描くことが、コンセプトをつくるうえで非常に重要です。
顧客を3階層で捉える視点
このあと少しだけ、コンセプトの中でも特に「顧客」「課題」「価値および手法」という3つのブロックについて、それぞれの考え方を簡単にお話しして、コンセプトパートを締めくくろうと思います。
まずは1つ目、「顧客」について。「顧客」という言葉は1つですが、そこにはミクロとマクロの視座があり、複数の階層があるということを、あらためて意識しておくことが重要です。
つまり、顧客は1階層で語れるものではなく、次のような3つの階層で捉え直す必要があります。いずれも「顧客」ではありますが、見ている視座が異なる、という話です。

まず一番上のマクロのレイヤーに位置するのが「市場」です。これは、人数ベースでの市場全体のことを指します。例えば新規事業を検討する際、アプローチの仕方やチャネル設計は異なるとしても、ある共通の課題認識を持つ人たちの“塊”が存在します。この“塊”を、僕たちは「市場」と呼んでいます。
例えば家事代行サービスを例にすると、「忙しくて子どもと過ごす時間がなかなか取れない」というモヤモヤを抱えている生活者たち。この課題意識を共有している人々の集まりが、最も大きな意味での「市場」です。
次に、その市場から少し階層が下がってくると、「ターゲット」という層になります。悩み自体は共通しているけれど、その中で「誰とまず向き合うか」という優先順位がついた顧客セグメント。これがターゲットです。
先ほどの例で言えば、「忙しくて子どもと過ごす時間が取れない」という悩みを持つ生活者の中でも、特に20代で、首都圏在住で、特定のライフスタイルを持つ層。私たちはまずこの層と向き合っていく、というのがターゲットの層です。
「確信」をつくるうえで重要なN1顧客
「市場」や「ターゲット」という層では、顧客を“群”として見ることができるため、定量化が可能です。つまり、どれくらいの人数がいるのか、この層は小さすぎないか、今後成長が見込めるかどうか。こうした観点からサイズ感を測り、「確証」を積み上げていく必要があると考えています。
そして、もうひとつ下の階層、一番ミクロの視点にあたるのが「N1顧客」です。これは文字通り、ペルソナや想像上の人物ではなく、実在するたった1人の生活者を具体的にイメージした顧客です。
N1顧客の特徴は、顧客を“群”ではなく“1人の人”として捉えている点にあります。量的な把握はできませんが、その分、圧倒的な解像度で「お客さん像」を捉えることができます。
例えば、「松山さんのような人」と、実名が浮かぶレベルでイメージできている状態。こうした具体性をもった顧客の存在は、新規事業開発において非常に重要です。量的な担保は市場やターゲットの視点で確証を積み上げるとしても、「本当に顧客が存在し、その人が本当に困っているのか」という「確信」をつくるうえでは、このN1の視点が不可欠です。
つまり、N1顧客だけでは不十分ですし、市場だけで捉えるのも片手落ちです。市場、ターゲット、N1顧客の3つの階層をきちんと言語化し、私たちは誰と向き合っているのかを明らかにすることが、コンセプトをつくるうえで極めて重要だと捉えています。
新規事業開発で鍵となる問題と課題の「質」
続いて「課題」についても、近い考え方が当てはまります。「課題」と「問題」という似た言葉がありますが、まず大前提として、問題とは「理想と現状のギャップ」のことだと定義しています。
例えば、「朝早く起きたいのに起きられない」という状態。この理想と現状のズレこそが「問題」です。このモヤモヤには、さまざまな要因が絡んでいます。例えば「前日の就寝が遅い」「生活リズムが不規則」「睡眠環境が悪い」など、複数の可能性が考えられます。
そのなかで、私たちはどの要因にピンを打ち、どこにフォーカスして解決しようとするのか。この「解決すべきと定める対象」が、いわゆる「課題」になります。つまり、「問題」の中にある複数の要因のうち、“どれを選ぶか”という意思決定が「課題」だと、僕たちは捉えています。
新規事業開発も同じです。問題があって、その背景にある要因の1つとして課題がある、という構図で捉えるとわかりやすいと思います。

新規事業開発においては課題もすごく重要ですが、そもそも自分たちが向き合っている「問題」そのものが、どれだけ大きなインパクトを持っているのかをきちんと見極める必要があります。
そして、問題の存在が多くの人に意識されたとしても、その中で自分たちがピンを立てる「課題」が本当に質の高いものであるかどうか。問題と課題、それぞれの「質」を意識することが、新規事業開発においてはとても大切です。
たとえ解決策がクリティカルで、インパクトも大きそうだとしても、そもそも対象となる「問題」自体があまり人に関心を持たれていない場合、その事業は大きくなりにくい。そういうケースも少なくありません。だからこそ、問題と課題の両方について、「その質をどう見るか」という視点を持っておくことがすごく重要です。
書籍の中でも紹介している図があります。

課題と向き合う際の考え方として、まず世の中にたくさんある「問題」の中から、自分たちはどの問題に向き合うのかを定める。そこにピンを立てることから始まります。
次に、その問題がなぜ起きているのかを掘り下げ、複数ある要因の中から「自分たちはここにアプローチする」と定めたものが「課題」です。
そのうえで、本当にその問題と課題について困っている人がいるのか。そういったリアリティを追求しつつ、Q4のように「一定数の困っている人が本当に存在するのか」という観点も含めて、ミクロとマクロの両面から課題を捉える。
こうした思考のステップが、課題に向き合ううえでのあるべきアプローチではないかと考えています。実際、僕たち自身も新規事業の立ち上げにおいては、こうした頭の使い方をしていることが多いかもしれません。
※バリューデザイン・シンタックスは、株式会社NEWhの登録商標です。