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アート思考研究会「すごい壁打ち~アイデアを深化させる壁打ちの極意」(全7記事)

新規事業は「どれだけ壁打ち相手がいるか」がポイント 成功の分かれ道になる壁打ちのスキル

『すごい壁打ち~アイデアを深化させる壁打ちの極意』の出版を記念して開催した本イベント。著者で株式会社インキュベータ代表取締役の石川明氏と、創造性ART思考研究会代表幹事の秋山ゆかり氏が「すごい壁打ち」について対談します。本記事では、成功の分かれ道になる壁打ちのスキルについてお伝えします。

壁打ちで一番まずいのは「プライド」を捨てられないこと

石川明氏(以下、石川):さっき冒頭のアンケートで「壁打ちはご存じですか?」と聞いたら、「知っているけどやったことがない」という方が3分の2ぐらいで一番多かったじゃないですか。

その方々にこれが当てはまるかどうかはわからないんですけども。壁打ちを「さぁ、やってみましょう」と言った時に、やはりなかなか動きにくい方々がいらっしゃるなと思っていて、その時にいろんな理由がありそうだというのは本の中で触れているんですけど。

一番僕がまずいなと思うのは、プライド。要はさっき阪井先生のお話の中でも、「僕は今これがわからないんだ」とか、「ここの壁にぶつかっているんだ」ということ。それを研究者として自分で吐露できることが、すばらしいと思うんですよね。

だって、みなさんそんな難しいことを研究者としてやっていらっしゃるわけで。そこで悩みが何もないんだったら研究をする必要もないわけなので、きっとみんな悩みなり課題があるはずなんですけど。

「僕はこれがわからないんだ」ということを言えないと壁打ちも始まらない。「僕は全部わかっているよ」と言われちゃうと、相手も「じゃあ、自分でやれば?」という話になっちゃいますもんね(笑)。

阪井和男氏(以下、阪井):研究者の中には、ものすごい勉強家がいる。例えば理論物理に関する世界中の主な著書をほとんど読み込んでいる奴がいるんですよ。そいつに聞いたらなんでも答えてくれる。「この本にはこう書いてあった、ああ書いてあった。これはこうだ」ということをすぐに答える。ものすごく便利なんですけど、そいつは論文を1本も書けていないんですよ。

石川:か~! なるほど。

阪井:自分はどうなのか、自分の視点でどうなのかという問い詰め方を決してしなかったんじゃないかと思うんですね。だから頭がいいとかよく勉強しているというのと、研究という分野を実際に自分で実践できるかは、まったく別問題なんだということが、その時にわかりました(笑)。やはり自分の根源的な問題、「これに困っている」というのがないと壁打ちにならないですよね。

石川:だって、これから「さぁ、研究をしていこう」という話だから、「ここがわからないから研究をしよう」のはずですもんね。何がわからないかがわかった時点でテーマ設定がやっとできたということですもんね。

阪井:そうなんです。だから研究っておもしろくて、ものすごいパッションを持って始めますよね。ブレイクスルーを起こしてそれで理解した途端に、実はその意欲は消えるんですよ。なんだけど、その後にものすごく面倒くさい論文を書くという作業を延々とやらなきゃいけない。

石川:そうか、そうか。

阪井:もう自分はわかっているので、まとめるのはやはりおもしろくないという感覚になっちゃいましたね。

新規事業では「喜びのピーク」が3回ある

石川:少し話が広がりすぎちゃうかもしれないですけど、新規事業を考えていく時も、喜びのピークがいくつかあるんですね。

阪井:なるほど、なるほど。

石川:僕は、「事業とは“不”の解消」という考え方をするので。どこかで誰かが感じている不平、不満、不便、不利を探してきて、それを解消する手立てを考えること。これが事業企画ですよという話をするんですが。

その時に、人のこういう“不”を解消してあげたら喜んでもらえて、これは事業になるに違いないというところが見つかった時、これがまず1回目のピークなんですね。「おぉ、確かにそれはいいね」「これが解決したらすごいね」という話になる。

2回目のピークは、「そのためにはこういうことができるようになれば、この“不”が解消できるんじゃないか?」という仮説を思いついた時点。これが2回目のピークです。

3つ目は、「だけどこれをやるのにはこういう難しさがあるだろう。だからこの難しさを乗り越えれば解消できるんじゃないか?」と、どこを努力すればいいかが見えた時。これが3回目ぐらいのピークです。実際にやってみたらそれが解消できた。これがその次のピーク。最後に、それがちゃんと売れて儲かって……とどんどんつながっていくんですけど。

阪井:なるほど。

「どれだけ壁打ち相手がいるか」が成功の分かれ道

石川:僕は「これを実現するにはどこが難しいのか?」がわかるのがけっこう大事なポイントだと思っています。たぶん論文も同じだと思うんですけど、本当に自分はそこの壁打ちをいろんな人とやってもらいながら、「ここじゃないか? あそこじゃないか?」ということをやっていました。

阪井:まさに頭を借りるんですよね。そのためには自分の頭をオープンにしなきゃいけない。だからそういう場がないとダメだし、それでもって人の協力を得ながら自分の中で新しい発見を段階的に繰り返すみたいなのは大事ですよね。やはりこれが事業開発になると、そこの実践までいかなきゃいけないので大変ですね。

石川:そうですね。

秋山ゆかり氏(以下、秋山):大変だけれども、やはり人の力を使って実現していくので。結局壁打ちをしてくれる人がいるかどうかだと、いつも思っていますね。

阪井:そうね。やはり自分が気軽に声をかけてそれで自分の悩みを打ち明けて一緒に考えてくれる壁打ち相手を、どれだけ豊かに持っているか。

石川:いやぁ、おっしゃるとおりです。

阪井:やはりそれが財産なんですよね。

石川:だから、それができるかどうかは事業開発者でも研究者でも同じだと思うんですけど。たぶんこれは実力に相当影響すると思いますし、さっきの「素直さ」なんていうのは、「壁打ちのしがいのあるやつだ」ってものすごい武器だと思うんですよ。

壁打ちは仕事以外でも使えるスキル

秋山:私はそんなものが武器だと思っていなかったので、やはり先輩から言われてビックリしましたけどね。

石川:球を返してちょっと嫌な感じで受け止められると、「もう返さねぇよ」って思いますよね(笑)。

阪井:そうなのよね。

石川:僕は仕事でやっているから、もちろんどんな相手でも壁になって返しますけど(笑)。「あぁ、この人は壁打ちのしがいのある人だ」と思う人はやはりそういう人ですよね。

阪井:やはり壁打ちをうまくできない人っているんですよね。

石川:そうなんだと思います。それはもったいないですよね。

秋山:これは別に仕事だけではなくて、いろんなところに使えるスキルだと私は思っています。

石川:おっしゃるとおりです。

秋山:私は子育てで悩んだ時、行政や専門家をけっこう頼ったりするんですけど。「何が原因かハッキリしないんですけれども、私は問題を抱えているのでちょっとご相談に乗っていただけませんか?」と。「ご相談」と言いながら相手からの答えをあまり期待していなくて、自分の頭を整理するために「ご相談」という言葉を使って壁打ちしているなと思います。

石川:なるほどね。

秋山:やはりそのへんのスキルは、プライベートでもすごく活きるんじゃないかなと思いましたけどね。

石川:ありそうですね。区役所の職員に「壁打ちに付き合ってください」と言っても、向こうの人も、「えっ、僕は何をやるんですか」ってなっちゃいますから。それは「相談したいんですけど」と言ったほうがいいですよね(笑)。

秋山:でも、相談は別にしていないんですよね(笑)。

石川:(笑)。いや、そうなんだよなぁ。

「すぐに正解を出そうとする人」は壁打ちにならない

阪井:それはおもしろい視点ですね。みんなそれぞれ専門分野みたいな、専門領域みたいなものを持っている。固有のドメインは持っているんだけれども、実はそれを越えていろんな話をお互いにやり取りし、それがリフレクションされて、それで正解につながるみたいな瞬間って、実はあちこちであるんですよね。

あんまりドメインにこだわって見ているから、そこがよく見えていないだけなのかもしれませんね。

石川:そうですね。だから、もし専門性にこだわっちゃう方がいるとしたら、逆に「自分はこれは専門じゃないことを聞こうとしているんだからわからなくて当然」ぐらいの気持ちで壁打ちをしていけばいいと思うんですよ。

阪井:そうね。

石川:だけど、自分の専門性について「わからない」と言うのはプライドが許さないという気持ちは、わからないでもないので。

阪井:そうなんですよ。プライドの壁にもよくぶち当たりますね。だから一定数、壁打ちのやり方にものすごく違和感を持っちゃう人がいるわけですよ。

秋山:プライドだけではなくて、今、中郡さんが書いてくださいましたけど、すぐに正解を出そうとする人は自分の頭で考えていないから、壁打ちにならないなと思いますね。「どの業界が伸びると思いますか? 秋山さんが言うところで事業を作ります」とか言われると「はぁ?」みたいな。

石川:(笑)。

講演会では「聞き手」のスキルが重要

阪井:いろんな講演会で非常に優れたベストパフォーマンスの話をしていただく場合があるんですけど。その話を自分のところに適用できるかできないかだけで判断する馬鹿がたくさんいるので(笑)、そういうのを見ているとムカッと来るんですけど。

だから、ちょっと視点が違うんじゃない? それが自分のところに使えるかどうか、つまり正解かどうかって、自分にとっての正解かどうかだけを軸にして聞くことほど、もったいない話の聞き方はないわけです。

石川:そうですね。

阪井:その人がどういう苦労を経て、どういう自分独自の視界を経てその苦しみの中でその最適解に行き着いたのかが重要なのであって。

石川:いやぁ、おっしゃるとおり。

阪井:だからそこを読み取らないで、「うちに使える、使えない」だけでコメントするお偉いさんがすごく多いので、話を聞いていていつも頭に来る(笑)。

石川:(笑)。そういう方がセミナーに行って「ろくな話じゃないよ」「なかなか参考になるものはないよ」なんて言われちゃうと。

阪井:それはそうなんですね。だから研究会とか学会に行って思うのは、やはり自分が関心を持っているテーマとどんぴしゃの話はほとんどないんですよ。みんな専門がズレていますから。そういうのをいきなり5分、10分、パーンと聞いても、大概訳がわからないんですよ。

でもその中から自分の考え方のヒントになるんじゃないかと思って聞き続けることをやって初めて、「これがひょっとしたらおもしろい種になるかもしれない」「こんな考え方があるんだ」という聞き方ができるようになる。だからやはり、聞くほうのスキルの問題が大きいなと思いますね。

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