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アート思考研究会「すごい壁打ち~アイデアを深化させる壁打ちの極意」(全7記事)

組織のキーパーソンを味方につけ自分の意見を通す 思考を整理するだけに留まらない「壁打ち」の効用

『すごい壁打ち~アイデアを深化させる壁打ちの極意』の出版を記念して開催した本イベント。著者で株式会社インキュベータ代表取締役の石川明氏と、創造性ART思考研究会代表幹事の秋山ゆかり氏が「すごい壁打ち」について対談します。本記事では、思考を整理するだけに留まらない壁打ちの効用について語ります。

ソフトウェア開発のデバッグ作業で行われていた壁打ち

秋山ゆかり氏(以下、秋山):今の話を聞いてちょっと思い出したんですけど、私はもともとコンピューターサイエンスのエンジニアなので、ソフトウェアの開発の時にデバッグは必ずするんですよね。

石川明氏(以下、石川):デバッグは虫取りと言われるけど、トラブルがあるところでデバッグをやるのに、「自分の頭の中でこういうことが起きているんじゃないか」とアヒルの人形に説明する。だから、高度な問題をアヒルの人形に説明することでデバッグの原因に気がつく「ラバーダック・デバッグ」というやり方があって。

昔ってもう本当に、30年以上前に研究所に入ってコードを書き始めてからすぐ、「アヒルちゃんに話しかけた?」みたいな言われ方をされて。みんなそれをやっていてブツブツ言っていると、横から来た人が「そこのその仮説、おかしいよね。そこ、if文じゃないよね」みたいなツッコミをして去っていくというので、みんな周りで聞いているんですよ。

石川:(笑)。

阪井和男氏(以下、阪井):そうそうそう。

秋山:自分の頭の中を言葉にすることをみんなやっている。だから、人の頭を借りるのがそんなに苦じゃないのかもしれないなと。

石川:なるほどね。その環境にいればね。

秋山:昔からそうだったから。

阪井:そうそう。その効果は大きいんですよね。だからオープンな席でやっていると、ちょっと離れたところでジーッと見ている奴がいきなり何か一言言うと、ものすごく本質的なことだったりするんですよね。

石川:すごい。

阪井:あれはおもしろかったですね。そういう場は確かに社会に出てあんまりないなと気がつきましたね。

秋山:だから、リクルートもそういう環境だったし、GEもそうだし、BCGもそうだし、あとソフトウェア系のところはけっこうそういう環境かもしれない。私はソフトウェア系しかいないからわからないけど(笑)。

わからないことを書き出して、誰かのコメントを待つ

石川:阪井さんの経験された場は、要はある種不特定多数の人が出入りする場所だったということですか?

阪井:いや、僕は物理の理論をやっていたんですけど、理論系の物理をやっている複数の研究室の院生が所属しているというか、同じ場所に同居しているんですよね。

なので専門はそれぞれぜんぜん違って、そういう人たちが時々お茶を飲みながら話をして、そのうち誰かが、「いや、俺は今この問題で困っていて」という話をすると、そこで議論をしている間にだいたい片がつくという(笑)。

何ヶ月も考えて、自分で散々調べてわからない問題をその場でやったら(解決する)。だからもう、解決する準備が自分でできているっていうことなんですね。

ただその出口が見えない。(だから)壁打ちの中でそういうのを経験してスッキリしたというのが本当にありますね。私の場合は、そのやり方が、今さまざまな実践をする上での基本的なスタンスになっているなという感じがしています。

石川:それは時間を決めて、「じゃあ、何時何分に集まってこれについて議論しよう」というのではないということですね?

阪井:ではないんですね。

石川:そこが大きな違いですね。

阪井:そうですね。おもしろかったのは、それにまったく参加していない院生もいたことです。むしろ「この連中は、うるさくてしょうがないな」と来なくなる院生もいて。結局そういう場に時々参加する学生が生き延びているんですよ。1人で閉じこもって延々とやっていた学生は、大概途中で消えていくのを目の当たりにしました。

秋山:これは日本なんですけど、奈良先端大(奈良先端科学技術大学院大学)の大学院の研究室も同じように、わからないことを模造紙に書き出しておくと、誰かがそこにコメントしてくれる。というのが次から次にあって、それで「あっ!」と気がついてコードを書き直してうまくいくことがよくありました。

誰かを呼ぶというよりは、そこに悩んでいるものをポツポツと置いておいて、誰か一言書き込んでくれるまで待つみたいなものでしたね。

阪井:それはおもしろいですね。

「専門外の分野に口出し」をためらう人が多い

石川:今のお話を聞いていて、いろんなところが専門性で分化されていく傾向があるじゃないですか? 僕も企業で新規事業開発の支援をしていると、いろんな部署からメンバーが集まって、プロジェクトチームを作って進めていくみたいなことがけっこう多いんですけども。

そうすると、特にエンジニアの方に多いんですが、「いや、僕は有機化学のほうなので、あんまり専門じゃないからそこはちょっとよくわかりません」とか、「いや、僕はむしろバイオのほうなので、それはまたちょっと違うんです」とか。

でも、そんなことを言ったって、何か1つ考えていく時にはいろんなところからツッコミがあったほうがおもしろいものになるんじゃないかと思うんですけど。自分の専門外のところに対して口を出すことについて、ものすごく遠慮というか躊躇する方が多いですよね。

阪井:そうですね。ふだんそういうところで、効率良く知恵を出したり創造しようとしたりするプレッシャーが非常に強いんだと思うんですよね。そういう効率から一切離れたのが、今話している壁打ちだと思いますから。

石川:はいはい。

ピザの宅配に来た人に聞いたら問題が解決したことも

阪井:だから僕は、数十年前に社会人の方と一緒にワークショップのやり方をいろいろとやってきた中で気がついたのが、通りがかった掃除のおばちゃんとか(笑)。

昔よく言われたのは、もうみんなお腹が空いたのでピザを頼んで、やってきた配達人がそのホワイトボードを見て、「何やってんすか?」と(その場にいた人たちに)聞いたら、それで問題が解決したというような話があったりするわけですよね。

石川:(笑)。

阪井:そういうのがオープンな場の持つ創造性の根幹だという感じがしていますね。

秋山:場の設定を間違うとオープンイノベーションにならないし、もともと場の設定がうまくいくようなかたちに設計していると、オープンイノベーションがうまく出てくるというのは、いろんな企業のオープンイノベーションに入ってやっている中で思っています。

石川:そうですよね。

秋山:でもね、ちょっとなかなかそのへんは、(NDAの関係で)紹介しにくいですけど。

阪井:僕は山口栄一さんのイノベーション論が好きなんですけど、彼のイメージが非常に優れていると思うのは、木があって、木に実がなっている。普通はその木の実をいかに効率良く採るかを考えるんだけど、それをやると、そこの木が(木の実を)採っちゃったらもう終わりですよね。

そうじゃなくて、その下にある土壌、その土壌をどう耕すかが実は大事だと。その土壌の部分に相当するのが壁打ちなんじゃないかなと思いますね。

石川:なるほどね。

秋山:壁打ちは何なのかとかどうやるのかとか、ちょっと話が長くなっちゃったんですけど。

石川:いやいやいや、これはちょっとおもしろいですね。

最初に球を打つ側と受け止める側、壁打ちの2つの立場

秋山:そろそろ具体的な壁打ちのやり方に一歩突っ込んで進んでもらって、その後にお話をもうちょっと膨らませていくのはどうでしょうか?

石川:ありがとうございます。この時間の中ですべてをお話しすることはなかなか難しいんですけど。本の中で言っている壁打ちをする時、どういうことに気をつけながらやったらいいだろうかみたいなことを2つの立場から(お話しします)。

球を最初に打ち出すほうの立場と、球を受け止めるほうの立場、この2つの立場があるので、それぞれについてお話をして、またいろいろと意見交換させていただきたいなと思うんですけど。

まず、壁打ちの打つ側の立場から、この壁打ちというものを掘り下げると、まず思考法として非常に効用が大きいなと思っています。今日のここの場でもいろんな話が出てきましたが、本なので多少もっともらしく書かなきゃなと思って、自覚、整理、俯瞰、確認、拡張と5段階を置いてみたんですが。

まず一番初めは、たぶんモヤモヤっとしている状態なので、実は自分が何を思っているか、何を考えているかも気づいていないことがけっこう多かったりする。

「あっ、そうそう、そうなんだよ。それが俺ちょっと腹が立つんだよね」とか、「そこがどうもしっくりこないんだよね」というのが、話し始めてやっとわかる。すごく低レベルかもしれないですけど、実はけっこうこういう自覚が大事だったりします。

壁打ちは、自分の思考をいかにより良いものにしていくか

石川:自覚されてきたらそれがバラバラ出てくるんですけど、話しながら、「いや、つまり俺の言いたいことはこの3つなんだよな」というかたちに整理がされてくるみたいな、こういうプロセスがある。

さらにその話を進めていくと、自分とは違う視点だったり考え方の相手が壁側にいるので、その人からなんかポンと言われると、「なるほど、そういう見方もあるんだね」とか。「女性から見るとそういうふうに見えるのか」「なるほど、やはり経理部門からするとそういう感じなのね」みたいな感じで、いったん自分を俯瞰して客観視できる。

それでいろんな視点の人たちと話をしていくと、「こういう観点はぜんぜん漏れていたな」とか、「今の話しかしていなくて、将来の話はぜんぜん考えていなかったな」とか。「国内の話ばっかりしていたけども、グローバルの視点はまったくなかったわ」とか、「作るところまではいいけど、アフターメンテナンスのことまであんまりやっていなかったな」とか、そういう漏れがいろいろと確認できます。

それをもっと話して、「なるほどね。これはコスト削減のつもりで考えていたけども、意外にコスト削減じゃなくて、新商品の可能性にもけっこうつながるな」と拡張していくことが、思考法としての効用かなと思っています。なので基本は壁打ちは、自分の思考をいかにより良いものにしていくかということで使っていただくのがいいかなと思っているんですけど。

組織のキーパーソンに対してアプローチできる

石川:ただ、そこでもう1つ提示をしたいのは、私はこの壁打ちというものは思考法だけに留まらない効用があると思っています。

それは何かというと、もしかしたら中にはちょっといやらしいと思われる方がいるかもしれないですが、組織の中でいろんな人と壁打ちをやることは、キーパーソンに対してアプローチするのにすごくいいんですよね。

例えば来月の部長会議か何かに自分の案を出すことになっている。ただ自分の案がどう受け止められるかはわからないし、そこでどういうことが論点になりそうなのかも考えながら準備はしたいんだけども。

という時に、その会議に出席予定の部長さんに「ちょっと壁打ちをお願いしてもいいですか? 実はこんなことを考えていて、あんなことを考えていて」とああだこうだ話をしているうちに、その部長さんがこのテーマについてどれぐらい問題意識を持っていらっしゃるかとか。

「いや、それはそうなんだよ。本当にこれは大事な問題なんだよ」と食いつきがいいか、「なるほどな。まぁ、そういう話な。あっ、なんか来月議題に入っていたな」みたいな、この人はこのことについてはそんなに関心がなさそうだという距離がわかったり。

壁打ちをやると、相手はだいたい味方になる

石川:そもそもその人はそういうテーマに対してどんな考え方であるかが事前にわかれば、「だったらこういう観点で、コスト面をちょっと細かく準備しておいたほうがいいかもな」とか。競合との差別性みたいなことが気になりそうだから、このへんをちゃんと調べておこうかなとかもわかりますし。

さらに言うと、この壁打ちをやると、相手はだいたい味方になります。「お前、馬鹿なことを考えているな」と言われてけちょんけちょんになるということはあんまりない。

「お前もなんだか一所懸命考えているんだな」とか、「お前がそういうことに対してこだわっている気持ちはわかったよ」とか、「確かにうちの会社にとってはそういうことは大事なのかもしれん」みたいな。聞いているうちに、ある種共犯者になってくるんですね(笑)。

さっきの、たばこ部屋の役員なんていうのはまさにこんな感じです。「いや、今現場もけっこうきついんですよ」「競合の商品がえらい値引きをやってくるから対応に追われていまして」みたいな、「なるほどな、そんなことになっているんだな」みたいな。

こういう方を味方にしておくと、やはり後々進めやすくなってくるので、これはぜひ私は企業人として実践をされるといいんじゃないかなと思っております。

お客さんにも壁打ちに付き合ってもらい、受注の確率アップ

秋山:なんか『Deep Skill』っぽいですね(笑)。

石川:そうなんですよ。私がこだわりたいのは、やはり実務の場でずっと仕事をしてきた人間なので、案をきれいに考えて格好いい案がまとまったらそれでおしまいということはなくて。結局その案を実現して通していかないと価値が出ないと思っているものですから。

これも編集者の方と、「石川さんってどういう時に壁打ちをやっているんですか?」みたいな話をしていて、「例えば大事な会議の前はこういうのをやるし、なんならお客さんにだってちょっと壁打ちに付き合ってもらった。それをほかの人はヒアリングと呼ぶかもしれないけど、俺にとってはけっこう壁打ちでしたね」なんて。

「そうやってやるといいですか?」「やはり受注の確率は上がりますよ」みたいな(笑)、そんなのをやっていました。そんなところから、じゃあ、その壁打ちの効用を最大化していくためにどうしていったらいいかということで、私としては冒頭でもちょっとお話をしていましたが。

もちろん丁寧に準備するのも、これはそれですばらしいことだし、手を抜かずやるのはいいことなんですけど。あまり丁寧にしすぎるあまり、やたら時間がかかってしまったり、自分の中で長くなりすぎたりするぐらいだったら、もう始める前に考えすぎないで、まず壁打ちしてみるのはどうですかというのが1つです。

あえて若い人やその道の「素人」に意見を聞く

石川:さらに言うと、さっき若い人や素人と壁打ちをしてみるとか、ピザの宅配の人とやるというのはちょっとビックリしましたけども(笑)、いろんな人と壁打ちをするのは、私はすごくいいと思っています。

といっても最初のうちはとりあえず身近な同僚や隣の席に座っている人、仲のいい先輩とか、それぐらい近いところから始めればいいんですけど。「この分野とか、別に彼は専門でもないだろうけどな」とか、「いや、こんなことは、彼は使ったことないかもしれないけどな」みたいな遠い人もアリだと思っています。

そういう意味で言うと、年長者の方から若い人に壁打ちをお願いするとか、もしくはその分野の専門家の人が、意外と素人に話をするとぜんぜん違う目線をくれたりして、いいことかなと思っています。

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