『すごい壁打ち~アイデアを深化させる壁打ちの極意』の出版を記念して開催した本イベント。著者で株式会社インキュベータ代表取締役の石川明氏と、創造性ART思考研究会代表幹事の秋山ゆかり氏が「すごい壁打ち」について対談します。本記事では、今の時代に「壁打ち」が求められる理由についてお伝えします。
今までなかった「壁打ちの本」
秋山ゆかり氏(以下、秋山):私が不思議だったのが、今回お話しをさせていただいた時に、(石川さんが)「壁打ちの本は今まで出ていなかったんですよ」とおっしゃっていたじゃないですか?
石川明氏(以下、石川):そうなんです。
秋山:当たり前に使っている人たちが数パーセントでもいるのに。なんで今までなかったんだろうというと……なぜ今この本を書こうと思ったんですか?
石川:ありがとうございます。じゃあ、そこをあらためてお話ししたいんですけど。きっかけは、実は出版社の編集者の方が声をかけてくださったことです。その方が私の前著の『Deep Skill』を読んでくださっていて、実はその第8章に、『他者の「脳」を借りて考える』という章があって、その中で壁打ちのことをチラッと書いているんです。
そうしたら、「いや、この壁打ちっておもしろいですね。本を書きませんか?」と言われて。「それはあまりに(テーマが)狭くないですか? ちょっとその狭さで1冊書くのはけっこうきついな」と思ったんですけど(笑)。
それこそ彼と2人で壁打ちを何ヶ月かして、「意外にこれはけっこう広がりますね、おもしろいですね。いや、これからは壁打ちの時代じゃないですか?」というところで2人で盛り上がって本にしたんですけど、その背景を少しお話しします。
今の時代に非常に合った対話法

石川:これは、今の時代に非常に合った対話法じゃないかなと思っております。(昨今は)なにかとVUCAみたいな言葉を言われて、不確実な要素が多いわけですよね。いろんなことが先行き不透明で、「こんなことになるとは」みたいな。それこそ、ウクライナの話もそうですし、トランプさんの政策もそうですし、いろんなことがよくわからんなと。
そういう時代ですけど、私の周りはやはり、「何か新しい事業を作っていこう」とか、「今のやり方を変えたほうがいいんじゃないか?」みたいなことで、何か次に向けての案を考えている方が多いわけなんですけど。そもそも先行きがどうなるかよくわからない中で、自分がいくら一所懸命に考えても、そんなに完璧な案にするのはなかなか難しいだろう。
自分が納得するぐらいまでハッキリ明確になるところまで待っていると、どんどん時間ばっかり費やしてしまって、これはあんまり効率的な仕事の進め方じゃないんじゃないかなと。曖昧な中でも、何か前に進んでいかなきゃしょうがないんじゃないかなというのがまずは1つです。
職場で「明確な用」がないと声をかけづらい
石川:そういう時には、僕は多くの方がいろいろコミュニケーションをしていけばいいと思うんですけれども、現実的に見ると、今のオフィスは、そもそもリモートで出社していない人もけっこう増えていますよとか。
もちろんオンラインではつながってはいるんだけど、「ねぇねぇ、ちょっといいですか?」と肩を叩くようなコミュニケーションはけっこう難しい。もちろんチャットツールみたいなものもあったりはするんですけども、相手が自分の家で今どんな仕事をしているのかわからない時に声をかけるのがちょっとはばかられる。接続されていないとまったく会話ができないので、これはなかなかしんどいぞと。
情報はクラウドに上がっているからそこにアクセスすれば情報は取れるので、「あれってどうなっていましたっけ?」みたいなことを人同士で聞くことがけっこう減っていて、みんな黙々とパソコンの前に向かって仕事をしている。
でもそういうのはコミュニケーションがいかんのじゃないかなと、いろんなチャットツールみたいなものも出てきてはいますし。こういう「Zoom」で、今も秋山さんと離れたところでこんな対話ができるのも非常にありがたい時代ではあるんですが。
でも組織全体のコミュニケーションは減っているんじゃないかなと。何か明確な用がある時しか声がかけづらいみたいなかたちになっていないかなというのが2つ目です。
インプットの量は増えるのに、アウトプットはしづらい
石川:もう1点は、やはり今、情報収集に関してはすごく便利な時代になって、ちょっと調べればいろんなことが出てくる。特にまたAI系のツールをやると、「うおっ、お前頭いいな」と感心しちゃうぐらいいろんな情報を私に入れてくれるので。
そうすると、やはり新しい情報、知らないことがあると、インプットの量はどんどん増えていくんですよね。もちろんインプットを増やすことは悪いことではないとは思うものの、インプットを増やした結果、「で、どうするの?」っていう。「で、どうするの?」の部分に行き着くまでのひたすらインプットする時間がちょっと長すぎないかなというのが、もう1つです。
それを発露して、「さぁ、あなたはどう思いますか?」みたいなことを発表する、アウトプットする機会はもちろんあるんですが。
どうもプレゼンとかピッチみたいな感じの言葉を遣っていくと、ちゃんとPowerPointを使わなければいけなくて、アニメーションもきちんと入れて、文字の大きさにも配慮をして、ストーリー展開も考えて……とやっていると、この資料作りにやたら時間がかかってしまう。「いや、そんな難しい資料を作る手前で、ちょっと一言二言しゃべったら早いんじゃないですか?」と言いたくなることもあるんですけど。
こういう時にはまず、1回話をしてみる、1回ちょっと口に出してみる。こういうことが重要なんじゃないかというのが私の思いです。いったん私の話を終えたいと思います。
メンバーに「わからなかったら聞いてね」と言っても声がかからない
秋山:まさにコロナ禍になってリアルなコミュニケーションがすごく減って、そのへんで人をつかまえて「ちょっといいですか?」みたいなのが本当に減りましたよね。
石川:やりにくいですよね。通りがかりとかトイレに行くならその前でとか。
秋山:トイレの前はよくあるんですけど。
石川:(笑)。
秋山:あと、たばこ部屋が減ったじゃないですか? 昔は喫煙所でやっていたって聞きますよね。私はたばこを吸わないからやらないけど。
石川:あれは貴重な場でした。
秋山:でも、コーヒーを取りに行く時にコーヒーのサーバーの前で、「すみません、ちょっといいですか?」とか。(相手が)「えっ、じゃあ、10分」とか言うので、「じゃあ、ちょっと頭を貸してください」とかやっていましたからね。
石川:ああいう触れ合いはけっこう大きいですよね。
秋山:そうですね。でも私、実はけっこうオンラインでも頼んじゃっています。
石川:あっ、本当ですか。でも、そういうことができるのは秋山さんの強みかも。
秋山:Messengerとかのチャットで、その場でずっとというよりは、お互い付かず離れずやっているケースもあれば、「すみません、30分時間ください」と言って、(相手が)「じゃあ、今から30分いいよ」という感じでやる場合もあって。
でも、私は性格的にそれができるんでしょうけど。うちの会社のプロジェクトで、「わからなかったらすぐ聞いてね」とか、「気になることとか行き詰まったらSlackですぐ声かけて」と言っても、ぜんぜん声がかからない。
石川:なるほどね。
秋山:で、プレゼン当日に、「実はかくかくしかじかで」みたいなメッセージが来て、「えっ、もっと早く言えばいいのに」みたいなのはありますね。
「壁打ち」を頼みやすい人とそうでない人がいる
秋山:だから、やりやすい人とやりにくい人という性格もたぶんあると思うし、「言いやすい人」っていうんですかね。私は、元BCGとかGE(ゼネラル・エレクトリック)の人とかからよく「頭を貸して」とか言われるんですけど。やはりそうじゃないところで出会った人たちはやりにくいみたいですね。なので、雰囲気の醸し出し方とかもあるのかもしれない。
石川:そうですね。だからリクルートの卒業生同士だとけっこう声をかけやすくて、「ちょっと今度、壁打ちに付き合ってよ」と言って断られることは、まぁ、ないですね。
秋山:中郡さんが、「たばこ部屋はけっこう幻想です」と言っているんですけどね。ヘビースモーカーだったうちの夫に聞くと、たばこ部屋案件は存在しているんですよ。だからそれは会社によって色は違うんだろうなって。BCGなんかも大丈夫だったし。たばこをお吸いになる阪井先生としてはどうなんですかね?
石川:(笑)。
「喫煙所」での壁打ちは本当にあるのか?
秋山:たばこをふかしながら、「なんか、ちょっといい?」みたいな会話とかあるんですかね? 今、いらっしゃらないかな?
中郡久雄氏(以下、中郡):あるし、僕も経験しているんですけど、要は1980年代以前は自分の席でたばこを吸えたから、基本的にたばこ部屋がないんですよ。
秋山:なるほど。だって今は、外でたばこを吸っているじゃないですか。
中郡:今は喫煙所がない会社が山ほど出てきていて、昔は席で吸えなくなったら社内に喫煙場所を作るのが当たり前で、特に男は今より喫煙率がはるかに高かったから。みんなそこに集まって、そこでちょっとリラックスしてというのは、たぶん1990年代から2000年代の初頭ぐらいで。
そこからどんどんたばこがもっときつくなっていって、喫煙所すらなくなっていき、という感じですよね。
石川:なるほどね。
中郡:「今は居酒屋かも」というのはすごく当たりなんですけど、今は若い子たちが飲みに来ないから、なかなかここも難しくなってきたよねという話も。
「一緒に悪いことをしている感」で心理的安全性が高まった
石川:まさに僕は2000年にたばこをやめたんですよ。オールアバウトの創業の時に体がきつくなって、「これはたぶんたばこをやめないともたないわ」と思ってたばこをやめたんですけど、それまで(壁打ちをやるのは主に)たばこ部屋だったんですよね。
途中でたばこをやめようかなと思ったんだけど離れられなかったのは、たばこ部屋コミュニケーションに入れなくなるのがけっこう自分の中では残念だったから。
あれは独特の雰囲気があって、(部屋が)狭いじゃないですか。狭い中にみんながギュッといて、ちょっと悪いことを一緒にやっているかのような、あの一体感というんですかね。あれが妙に距離を縮めてくれて、相手が役員だろうが何だろうが、意外と平(社員)が「最近どうすか?」とか、ふだんだったら絶対言えないようなことが、たばこ部屋だと意外と言えるというのがありました(笑)。
秋山:だから「壁打ちには心理的安全性の担保が必要ですね」というキタガワさんのコメントで、心理的安全の担保がしやすかったのが、たばこ部屋だったということなんですかね。
石川:たぶんそうです。もう一緒に悪いことをやっているよねみたいな。
秋山:「昔は社員旅行の時代もありました」と。そうですね、社員旅行も今は減っちゃいましたよね。
石川:そうですね。
大学院生が難問を持ち寄る「ディスカッションコーナー」
阪井和男氏(以下、阪井):まさに、やはり場が必要だと思うんですよね。私が40年ぐらい前に経験したのは、大学院にいた時に理論研という院生がごちゃっと集まっている場所があって。みんな机は持っているんだけど、(それとは別に)ホワイトボードが置かれたディスカッションコーナーがあったんですよね。
そこに来てもらって、自分が煮詰まってどうにもならなくなった問題を聞いてもらうんですよ。それを図に描けとかいろいろ言われるんだけど。僕は「Think aloud」だと思ったんですが、要するに自分が考えていることをどういうふうに表現するかを、そうやってだんだんやらされる。
石川:なるほど。
阪井:実は、それをやっている間にすごく自分で気がつくんですよね。だから、どんな難問でもそこへ持っていって、「これに自分は困っている」ということを明確にさえすれば、(みんなが)一緒に考えてくれてあっという間に解決することを何回も経験したので、それはまさに壁打ちだなと僕は思っているんですね。
石川:確かにそうですね。
阪井:だから「Think aloud」でやるということと、場が必要という2つ。で、僕が社会人になって、明治大学に来てから法学部の先生方と付き合うと、彼らは「Think aloud」をやらないんですよね。
だから、自分の考えを一生懸命可視化したり図にしたり、頭の中を整理することをみんなでやる習慣がないんです。そのプロセスにお互い介入しない不可侵みたいな状況があって、それでイノベーティブな発想がまったく出てこないという気がものすごくしましたね。
石川:なるほど。