人事領域の専門家の株式会社壺中天 代表取締役の坪谷邦生氏と採用市場研究所 所長の秋山紘樹氏が、毎回ゲストを迎えてトークセッションを行う「採用入門」シリーズ。今回は、トイトイ合同会社 代表社員/元ニトリホールディングス 理事 組織開発室 室長 永島寛之氏に採用CXをテーマにうかがいます。本記事では、売り手市場の採用における企業側の課題や対応策について語りました。
「簡単に内定を出しすぎる企業」の問題点
永島寛之氏(以下、永島):もう1つだけお話しすると、今は40パーセント以上の大学生が3社以上の内定を取得する時代です。企業側は出会って数日で内定を出すことも増えているので、簡単に内定になる。「えっ? これでいいんですか?」という感覚だと思います。
以前、総合商社や有名コンサル会社などの人がうらやむような企業の内定を多く取得している、優秀な大学生の方とお話しした時に「最終的にサイバーエージェントを選んだ」と言っていたんですね。それで「それだけ多くの有名企業から内定を得て、どうやって選んだの?」と聞いたんです。
そうしたら「面接の中で一番自分が成長できると思えたからです。それ以外の企業は簡単に内定をくれたんですよ。だから、思い出そうにもほとんど印象が残っていないんので、選べませんでした。」と言っていて。企業によっては、面接官の顔も思い出せなかったそうです。

採用面接では、マネジメントや経営陣と対話ができるので、面接だけでも成長することもあると思うんです。優秀な学生は、そういう期待を抱いて面接に臨んでいます。だから、採用プロセスにもストーリーとドラマの2つが大事だと思います。
相手の心を動かさないと、今の人はもう簡単に忘れますよね。簡単に内定を出しすぎる企業の問題は根深い。企業が自ら自社の内定価値を下げるような行為を取ってはいけない(笑)。
坪谷邦生氏(以下、坪谷):ああ、確かに。
永島:僕は採用市場を健全化したいという思いが強いので、仲の良い企業の採用担当者には、「君のところがポンポンと簡単に内定出したって来やしねぇぞ」っていう話をします。口が悪いですね……(笑)。
坪谷:なるほど、なるほど。
永島:そうすると、「いや、早く内定をあげないと(他社に)取られちゃうんです」と言うから、「いや、その内定を出している時点ですでに取られてるから、学生との向き合い方を変えた方がいい」と言って、内定の出し方をメールから人事部長の電話に変更してもらったり、そういう変化の積み重ねで、内定承諾率が変わっていきます。
薄い関係性のまま入社した人は辞めてしまいやすい
坪谷:まだ付き合う気持ちになっていないのに、「うちが第1志望だろ?」と言ってしまうのも、まだ付き合って時間も経っていないのに突然プロポーズするのも違うと。思い出やストーリーを育んだ上で「付き合おうぜ」ということですね。
永島:そうですね。「内定もらったけど、なんでかわからない……」という状態が一番良くないと思うんですけど、そういうことがたくさん起きています。不安になりますよね?
多くの採用活動における問題は、採用における数値目標の設定の考え方にあります。採用難だから母集団を大きく持つとか、3次面接を増やすとか、質よりも数だけで解決しようとするところがある。その結果として、ミスマッチが増えていて、キャリタス社の調べでは、40パーセントの企業が採用の「質」に不満を持つということになっている。
そういう薄い採用を続けていっても、結局(内定)承諾されるわけもなく、仮にその面接で承諾した人がいても、その人は会社に対して想いがない人なので(笑)。
坪谷:(笑)。
永島:薄い関係性で入社する方は、けっこう辞めやすいです。社内での採用部に対する評価方法にも問題があります。50人採用するという目標で、薄い関係性のまま50人採用したケースでも、大学名や学部名だけを評価して「よくやった」と採用部は褒められていることが多いです。退職予備軍を採用して、褒められているという状況です……。
採用から入社後までの関係性を保つためにすべきこと
秋山紘樹氏(以下、秋山):今のお話をお聞きしていると、採用プロセスで築く「関係性の質」が、その人の入社後の姿勢や成長にも深く影響するということですよね。
永島:そうですね。
秋山:そうすると、実務的な観点から気になるのが、せっかく採用プロセスで築いた深い関係性を、入社後にどのように維持・発展させていくかという点です。多くの企業では採用部門と現場が分断されているケースも多いと思うのですが、この「採用時の関係性」から「入社後の関係性」への橋渡しについて、どのようにお考えですか?
永島:これはね、すごく難しいんですよ。でもこれからはしっかりと実施していかないといけないことが大きく2点あります。1つ目は、採用プロセスの中で得た面接の内容などの情報を、配属先の部署にしっかりと引き継いでいくことが大事だと思います。これが意外と難しくてできていないんですけど。
面接の評定書は、入社後も重宝する大切な情報なのですが、評定をいい加減に書いている面接官は多いです。最近はAI面接などいろいろな方法があるので、勝手に言葉を要約してくれて残してくれたりもするのでそれを共有してもいいと思います。
2つ目は、やはり本人が「行きたい」と言っている部署に配属してあげるという問題が出てきますね。それが昨今の「配属確約型採用」なのですが、これは会社によって「できる」「できない」はあると思うんですよ。
だから僕がニトリにいた時は、正直に言うとエリアぐらいしか確約できなかったので、希望エリアを聞いてあげることはできたけど、どこに配属されてもがんばってねと伝えていました。
学生の希望どおりに配属できないのであれば、キャリアの中でどう解決していけるのかということを、採用プロセスの中で対話しておくことが大事だと思いますね。
早期に会社の魅力やカルチャーを知ってもらう重要性
永島:あと、もう1つだけ言うと、入社式の後の導入研修など、さまざまなオンボーディングを実施していると思います。そこでは、会社全体のビジネスモデルを詳しく教えるべきだと思っています。どんなプロセスで、どんな付加価値を出していて、マーケットのどんな顧客に価値を提供しているのかということを、明確に教えてあげたほうがいいと思っています。
入社後の1、2年は自分の部署だけに集中することになるので、早いタイミングで全社の魅力を伝えることが重要です。やはりオンボーディングは広く大海原から始めて、自身の役割に落とし込んでいく。……いきなり名刺交換のマナー研修とかタイミングが違うと思っているんですよ(笑)(笑)。
(一同笑)
永島:それから、その会社の働き方やコミュニケーション、関係性ですね。特に社内の関係性は明確に言語化して説明する必要があります。組織の関係性が「上意下達」なのか、みんなが意見を言っていく関係性なのか、そういうカルチャーに近いものを早めに理解してもらうことがすごく大事です。そのほうがスタンスは取りやすくなると思うんですね。結局辞めるのは、ほぼほぼ人間関係ですから。人間関係の不一致です。
そういうところがオンボーディングでは大事なところだと思うんですけど、そこを外部の講師に丸投げしてしまう会社もけっこうあるので、ちょっと問題かなとは思いますね。
秋山:お話をうかがっていて、オンボーディングの成功には複数の重要な要素が絡み合っているのだと実感しました。採用時の情報をしっかりと引き継ぐこと、配属に関する丁寧な対話、そして入社後早期に会社のビジネスモデルや顧客への価値提供を理解させること、さらには組織の関係性やコミュニケーションスタイルの明確な共有と。
これらがうまく機能することで、新入社員一人ひとりが組織の中で自分の立ち位置を見出し、活躍できる環境が整うんですね。