次世代の変革をリードする20~30代のハイクラス向けキャリアアップ支援サービス「MELIUS(メリウス)」のマネジメントセミナーに、元マッキンゼーで現在はMELIUS事業責任者を務める田中直道氏が登壇。課題を評価するための「得られる効果」の見積もり方や、課題の「実現性」をざっくり評価する方法などを語りました。
今300万円の貯金を1年後に450万円に増やすには?
田中直道氏:ここからは、課題ツリーで出てきた課題に対して、インパクトをどう評価していくのかについてお話しします。今回初めて参加される方には初見の内容になりますが、前回の講義で実際に作成してもらった課題ツリーの例を使って説明します。
わかりやすくするために、今回はビジネスではなく日常生活に関連するトピックを選びました。
問題設定として、「現状、貯金額が300万円ある人が1年後に450万円の貯金を達成するには、このギャップをどう埋めるのか?」というテーマを掲げています。この人の条件として、年間で70万円を貯金している状況があり、目標額との差額である80万円をどう埋めるかが課題です。この課題をさらに細かく分解したものが、右側のツリーに示されています。
ツリーの末端にある薄い青色の網掛け部分が、最小単位の課題を表しています。一見すると、これらの課題を一つひとつ検証していくのが正しいアプローチのように思えます。しかし、実際の現場では、すべてを細かく検証している時間がありません。それだけでなく、結果的に「これはあまり重要ではなかった」と判明する課題に時間を割いてしまうリスクもあります。
例えば、検討してみたら「この課題のインパクトは思ったほど大きくなかった」というケースも出てきます。こうした無駄を防ぐためにも、最初に細かい検証に入るのではなく、不要なものをバサバサと切り捨てることが重要です。そして、「これとこれが優先順位として高い課題だろう」と見極めることに注力します。
今回の趣旨は、このように優先順位を絞り込むプロセスを学ぶことにあります。時間や労力を効率的に使いながら、影響の大きい課題に集中するための視点を身につけていただければと思います。
課題を評価するための「得られる効果」の見積もり方
では、それぞれの課題について具体的にインパクトを評価していきます。先ほどの青色で網掛けされたツリーの末端部分を、AからPまで順に並べています。これらについて、まずはインパクトを計算してみましょう。
インパクトを出すためには、
先ほど説明したようにざっくりとした計算ロジックを立て、そのロジックに基づいて数値を当てはめるアプローチを取ります。例として、A、B、Cの部分についてはあらかじめ解答を出していますので、それを参考に進めてみましょう。
例えば、Aの課題「既存の会社で昇給できないか?」についてですが、この仮想のケースでは「働き始めて8年目、課長になるのはもう少し先」という状況を設定しています。この場合、昇給したとしても年間5万円程度のアップだと仮定できます。ここで重要なのは、正確な金額ではなく、ざっくりと「この課題のインパクトが大きなものではない」と把握することです。
次に、Bの課題「転職して給料を上げられないか?」を見てみます。このケースでは「転職に成功し、コンサルタントとして年収1,000万円に達する可能性がある」と仮定します。現状の年収を600万円とすれば、年間400万円の増加が見込めるという計算になります。このように、それぞれの課題についてインパクトをざっくりと評価していきます。
これから、DからPまでの課題についてみなさんにも計算を試していただきたいと思います。具体的な条件はあえて設定していないので、想像を働かせながら数字を置いてみてください。ポイントは、インパクトの規模感が大きく外れていないかを判断することです。
お時間は2分間お取りしますので、30秒で1つの課題をざっくり計算するペースで、4~5個の課題についてロジックを考えてみてください。すべてを計算する必要はありません。比較的簡単に数字を置けそうな課題を選んで試してみてください。
コスト削減プロジェクトにおけるアプローチ
時間をとっている間に、少し雑談的なお話をさせていただきます。今回のテーマは、給与を上げる方法や貯金を増やす方法といった、みなさんの身近な話題を題材にしています。ただ、ビジネスの文脈に置き換えると、例えばコスト削減プロジェクトなどで、同じようなアプローチが取られることがあります。
製造コストを削減する場合、まずは網羅的に考えられる切り口を洗い出します。設計の観点で見直せる部分はないかを検討するのもその1つです。具体的には、ネジの種類がA、B、Cと複数に分かれている場合、それを1種類にまとめられないかを考えたり、デザインを簡素化することで構造をシンプルにできないかを検討します。
次に材料の視点です。設計や構造が同じでも、使用する材料をもっと安価なものに変えることでコストを削減できる可能性があります。材料を見直すことで、設計には手を加えずに効果を出せる場合もあります。
さらに、調達の観点も重要です。同じ設計・材料を維持したまま、調達先を変更してコストを削減できないかを検討します。例えば、複数のサプライヤーから似たような部品を購入している場合、それを1社にまとめることでボリュームディスカウントを得られる可能性があります。また、既存のサプライヤーに対して交渉を行い、価格を見直してもらうことも有効です。
交渉にはさまざまな手法があり、飴と鞭のようなアプローチを活用することもあります。このように、網羅的にアイデアを出した後で、「どの案が最もインパクトがあるのか?」を評価していきます。例えば「この施策を実行すると、実際にどれくらいのコスト削減が可能なのか」をざっくりと計算するのです。
具体的なインパクトの計算例
雑談をしている間に2分が経ちましたので、ここから解説に移りたいと思います。これから、課題のインパクト計算について具体的に見ていきます。
スライドに表示しているように、各課題に対してざっくりとした計算を行います。例えば、Iの課題「もっと安いところに引っ越せないか?」について考えてみましょう。
具体的な条件を設定していないので仮の計算になりますが、現時点で家賃が15万円で、12万円の物件に引っ越せる場合、月あたりの差額は3万円となります。これを年間に換算すると36万円の節約が可能です。ただし、引っ越し費用が発生することを考慮すると、実質的な効果は20万円程度になるかもしれません。このようにざっくりと計算してインパクトを見積もります。
また、「娯楽に行く回数を減らせないか?」という課題についても、具体的に何にお金を使っているのかを洗い出し、削減可能な金額を大まかに計算していきます。これらの計算は、それほど難しいものではありません。ただし、すべてを精緻に計算しようとすると時間がかかりすぎるため、優先順位づけを目的とする場合は大まかな見積もりで十分です。
例えば、家賃の話で言うと、実際には11万円台や11万5,000円といった細かい数字が出るかもしれませんが、それを調べる必要はありません。おおよそ15万円が12万円に下がると考え、月あたり3万円、年間では36万円程度の節約が見込める、という温度感を把握できれば十分です。さらに丸めると、30万から40万円程度の減少といった具合にざっくり整理するだけで問題ありません。
先ほど説明した内容を視覚的にわかりやすくするため、計算結果を棒グラフにまとめています。
例えば、Aの課題「既存の会社で昇給できないか?」では、年間5万円程度の昇給が期待できると計算しました。
一方、Bの課題「転職して給料を上げることができないか?」では、現職の年収が600万円で転職後に1,000万円になれば、その差額で400万円のインパクトが見込めるという計算になります。このようにして、それぞれの課題のインパクトを数値化していきます。
Gについてですが、「宝くじに当たらないか?」という課題で、もし3億円が当たった場合を考えたものになります。そのため、棒グラフが非常に大きく伸びています。ただ、ここではフィージビリティ、つまり実現性をいったん考えず、インパクトとしてMaxを意識した順番を整理しています。この段階では、このようにインパクトを基準に優先順位を見ていきましょう。
課題の「実現性」をざっくり評価する方法
次に、2つ目の軸としてフィージビリティ、つまり実現性を考えていきます。この評価では、いくつかの軸を使って制約を整理します。例えば、人的制約、物理的制約、金銭的制約といったものがあります。
ただし、これらはあくまで一例であり、毎回これだけで通用するわけではありません。
例えば、実際のケースでは政治的な制約が関わることもあります。例えば風力発電所を建設するプロジェクトでは、地元住民の反対といった要因を考慮しなければならない場合もあるでしょう。しかし、今回の「貯金をどう増やすか」というテーマでは、人的制約、物理的制約、金銭的制約に集約できると考えています。
これらの軸で評価を進める際も、あくまでざっくりと進めていきます。例えばAからCの課題を見てみましょう。
「既存の会社で昇給することができないか?」という課題では、自分の努力で昇給が可能になる場合もあるかもしれませんし、金銭的には5万円程度の昇給が可能と考えられる状況かもしれません。ただし、もしその会社の業績が悪い場合、昇給の可能性は低いと評価することになります。
このように、各課題について実現性を評価し、今回は4段階で整理しています。評価基準としては、青い丸がすべて塗りつぶされている状態が100パーセント、半分塗られている状態が50パーセント、4分の3塗られている状態が75パーセント、4分の1塗られている状態が25パーセントとし、それぞれの課題の実現性を判断しています。
この時にポイントとなるのは、極端な話、2択で評価しても構わないということです。「これは100パーセント実現できそう」なのか、「まったく無理そう」なのか、そういった2択でも十分です。
もう少し細かく仕分けするのであれば、「100パーセントできそう」「半々くらいの可能性」「完全に無理そう」といった3段階に分けて評価する方法もあります。このようにざっくりとした仕分けで問題ありません。
大まかな評価でOKとする感覚を持つ
ここで、みなさんにも少し考えていただきたいと思います。人的制約、物理的制約、金銭的制約の観点から、それぞれの課題を評価してみてください。2分程度お時間をお渡しするので、わかりやすそうな課題を4つほど選び、評価を進めてみていただければと思います。
実際、私がコンサルティングファームにいた時も、インパクトの計算やフィージビリティの評価は日常的に行っていました。ただし、実務では「えいや」で決めるわけではなく、より具体的な根拠を持った評価を進めていきます。それでも、プロジェクト初日の段階では、ざっくりとした試算や目星をつけて議論を始めることが多いです。
例えば、初日のミーティングでは、インパクトとフィージビリティをざっくりと計算し、「ここが注力すべきポイントではないか?」という仮説を立てます。その後で詳細な検証を行い、インパクトやフィージビリティの精査を進める流れになります。このように、最初は大まかな評価で方向性を掴むことが重要です。
今回のテーマが「貯金をどう増やすか」という日常的な話題だから簡単に思えるかもしれませんが、実際のビジネスケースでも同じように、細かく議論や試算を行っています。こうしたプロセスは、どのような課題にも応用可能です。
大きく外れていなければOKという感覚で進める
さて、また雑談をしている間に2分が経ちましたので、解答をオープンにしたいと思います。
ここまでお話しした内容は、あくまで「えいや」の推定ですので、参考程度に捉えていただければと思います。例えば極端な例として、GやH、「宝くじに当たらないか」や「お金を拾うことがないか」といった課題がありますが、これらの可能性はほぼゼロと見てよいでしょう。そのため、0パーセントと判断して進めます。
一方で、「光熱費を減らせないか」といった課題は、実現性がかなり高いと考えられるため、75パーセントと評価することができます。ただし、最初の段階で100パーセントと置く人もいるかもしれません。重要なのは、大きく外れていなければOKという感覚で進めることです。0パーセントと置くほど実現性が低いわけではないので、ざっくりとした評価で十分です。
また、「外食の回数を減らせないか」という課題については、外的要因よりも自分でコントロールしやすいものです。ただし、例えば残業が続いて帰宅が遅くなり、どうしても外食が必要になる場合などは実現性が下がる可能性もあります。その場合、75パーセント程度と評価することが妥当でしょう。このように、課題ごとに実現性を数字で評価していきます。
意思決定を明確にするための「期待値」の算出方法
ここまでで、インパクトと実現性を整理しました。次のステップは、この2つを掛け算して期待値を算出するフェーズです。
先ほど評価したフィージビリティは、満月を100パーセント、半月を75パーセント、新月に近い状態を50パーセントや25パーセント、そして0パーセントと数値化しました。
この数値を、先ほどのインパクトと掛け合わせて期待値を計算します。
具体例を挙げると、「既存の会社で昇給することができないか」という課題では、インパクトは年間5万円です。フィージビリティが100パーセントであれば、期待値はそのまま5万円となります。一方、「宝くじに当たらないか」という課題では、インパクトは3億円ですが、フィージビリティが0パーセントであるため、期待値は0円になります。
さらに、中間的な例として「娯楽に行く回数を減らせないか」というOの課題を見てみます。この課題では年間24万円のインパクトがありそうですが、「断れない誘い」などの要因で実現性が75パーセントと評価される場合、期待値は18万円(24万円×75パーセント)となります。このように、それぞれの課題について期待値を算出していきます。
最終的に、インパクトとフィージビリティを掛けた期待値が、課題の優先順位を決定する上で重要な指標となります。この期待値を基に、どの課題から手をつけるべきかを判断していきます。
今度は、AからPまで算出した期待値を順番に並べ替えてみます。こちらのスライドがそれに当たります。先ほどのAからPの課題を、単純に期待値順に並べたものです。この段階で、「さて、どの課題を解きにいくのか?」を考えるわけですが、上から順にやれば良いというわけでもありません。「どこまでやるのか?」という線引きをする必要があります。
右側のスライドを見ると、「娯楽に行く回数を減らせないか?」の下に点線が引かれています。これはどのように決めたかというと、今回のお題に立ち戻る必要があります。左側の図にあるように、年間で150万円の貯金額を増やしたいという目標があります。そのうち、年間70万円は経常的に貯金できるので、残りの80万円を何とかして増やさなければなりません。
そのため、期待値が80万円を超える範囲の課題までを優先的に実行すれば良い、という判断になります。右側のスライドで期待値を上から足し上げていくと、「娯楽に行く回数を減らせないか?」までで合計が83万円程度になり、80万円を超えます。したがって、この3つの課題を優先して取り組むべきだという意思決定になります。