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「確率思考」で未来を見通す 事業を成功に導く意思決定 ~エビデンス・ベースド・マーケティング思考の調査分析で事業に有効な予測手法とは~(全5記事)

「Red Bull」は40代男性、「オロナミンC」は意外と30~40代女性が愛飲 ブランドの成長に欠かせない、「重要顧客層」を見つける方法

ビジネス領域に特化した、コンサルタントと依頼者のマッチングサービスを提供する「ビザスク」。そのビザスク主催のセミナーに、『その決定に根拠はありますか? 確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング』の著者で、株式会社秤・代表の小川貴史氏が登壇。ブランド成長に欠かせない「市場浸透率」と「M」の鉄板法則や、精度の高い顧客データを取るための質問設計のコツなどを解説しました。

前回の記事はこちら

ブランド成長に欠かせない「市場浸透率」と「M」の鉄板法則

小川貴史氏(以下、小川):ブランドを成長させるために必要なポイントについてお話しします。今までの話を少しまとめると、成長するブランドはプレファレンスが高く、数値的に表すと市場浸透率と「M」が高い状態にあります。この状態を作ることが重要です。



市場浸透率とMは密接な関係にあり、ブランド成長の「鉄板の法則」と言えます。そして、この市場浸透率を増やすために必要なのが「買いやすさ」と「フィジカルアベイラビリティ」という2つの要素です。

例えば、外食チェーンで全国に5,000店舗あるブランドと1,000店舗しかないブランドでは、徒歩5分以内に店舗へ行ける人の割合が大きく異なります。エナジードリンクのような商材であれば、配荷率や店頭での目立ちやすさ、フェイスの確保が重要になります。これが「フィジカルアベイラビリティ」に該当します。

一方で、マーケティングによる介入がより効果的に働くのが「想起されやすさ」です。ただし、想起されやすさというのは単純な「想起率」ではありません。具体的な状況でどのように想起されるかが重要です。これはエビデンス・ベースド・マーケティングの考え方に基づいています。

例えば、マクドナルドの場合、「朝マック」や「マックシェイク」、さらに季節限定の「チョコパイ」や「ハッピーセット」などが想起されやすい場面を意識して展開されています。こうした施策は「カテゴリーエントリーポイント」を刺激するものであり、ブランドの成長において非常に重要な役割を果たします。

新規事業にも応用可能なこの考え方を、今日のセミナーで詳しくご紹介します。まず取り組むべきは、カテゴリーを構成する主要なブランドの市場浸透率とMを把握することです。さらに、主要ブランドのテレビCMなどの施策が、浸透率やMにどのような影響を与えているかを把握しましょう。



これを可能にするのが数理モデルです。『確率思考の戦略論』で紹介されているようなモデルを活用することで、浸透率やMの増減を数値化できます。このモデルを実際に活用しているケースはあまり見かけませんが、私は現在、こうした手法を教える活動も行っています。

重要なのは、需要予測を行うためにデータを数理モデル化し、構造化して再現可能な係数を得ることです。このプロセスを踏むことで、ブランド成長に向けた確かな戦略を立てることができるようになります。

コストを抑えて「市場浸透率」と「M」を分析する方法

まず、このカテゴリーを構成する主要なブランドの市場浸透率とMを、コストを抑えて簡単な調査で分析する方法についてお話しします。具体的な手法としては、『確率思考の戦略論』で紹介されている「ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル」を活用します。



このモデルで重要なのは「リーセンシー」(recency)です。これは、最後にいつそのブランドや商品を利用したかを指します。例えば、「最後にテーマパークに行ったのはいつか」「最後に外食チェーンに行ったのはいつか」「最後にマクドナルドを利用したのはいつか」「最後にエナジードリンクを飲んだのはいつか」といったデータを取得します。

期間の分類は購買頻度に応じて変わりますが、「1か月未満」「1か月から3か月」「3か月から1年」「1年から3年」といった区分が一般的です。こうした情報をアンケートで収集することで、Mや購買確率の分布を司る係数を算出できます。

ここで、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の事例を紹介します。「ハロウィーン・ホラーナイト」というイベントに注力したことが、V字回復のきっかけとなりました。森岡毅さんは、「年間で一番お客さまが来るハロウィーンイベントを、さらに2倍に伸ばせる」という結論を数理モデルから導きました。このように、効果的な施策を見出すための分析が極めて重要です。

この分析は、必ずしも高額なコンサルタントに依頼しなければできないものではありません。実際には数万円規模の調査でも実施可能です。この考え方を広めるため、最近「日経クロストレンド」さんで連載を執筆しました。連載タイトルに「エビデンス・ベースド・マーケティング」という言葉は含まれていませんが、カテゴリーエントリーポイントにフォーカスした内容で、比較的好評をいただきました。

連載の中で紹介した例の1つがエナジードリンク市場の分析です。この調査では、セルフリサーチツール「Freeasy」を活用しました。対象ブランドには「Red Bull」「Monster Energy」「ZONe ENERGY」「CHILL OUT」「オロナミンC」「リアルゴールド」といったメジャーブランドを選びました。

調査の流れとして、まず「知っているか」を確認し、次に「好感が持てるか」を5段階で評価してもらいます。



さらに、知っているブランドのみを対象に「リーセンシーデータ」を収集します。



このようなデータを用いて、ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルをExcelで実行することが可能です。



Excelでこのモデルを使えば、『確率思考の戦略論』で紹介されている分析を実践でき、実際のマーケティング戦略に応用することができます。これは、もし質疑応答の際に興味があれば、Excelを用意しているので具体的に紹介できます。

「回数別」「期間別」の市場浸透率を数値で把握する方法

『確率思考の戦略論』で紹介されていた「Pr」の式についてお話しします。この「Pr」というのは、回数別市場浸透率を表します。式自体は右辺にMとKという2つの係数が含まれていて、これがわかれば左辺の「Pr」を算出できます。

「Prって何?」という話ですが、ある一定期間に何回購入したかの分布です。例えば、0回買った人が市場全体の50パーセント、1回買った人が25パーセントといった具合に表されます。このMとKの値を調整すると、分布が変わるのです。

もう1つ、ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルで用いる「Pn」という指標もあります。これについても完璧に説明するのは時間の都合上難しいですが、雰囲気だけでも掴んでいただければと思います。

「Pn」は期間別市場浸透率を示します。例えば、「最後にエナジードリンクを飲んだのはいつですか?」という質問で、「1か月未満」「1か月から3か月」「3か月から6か月」「6か月から1年」といった期間で分類します。

具体例として、10代の「Red Bull」利用者のリーセンシーデータを用います。このデータをもとに、予測誤差を最小化するMとKをExcelのソルバーで計算します。予測誤差は約3パーセントに抑えられます。

こうして得られた「Pr」の分布を基に、回数別市場浸透率の分布形状を理解します。このプロセスを、10代男性、10代女性、20代男性、20代女性といったように細かく分けてExcelのプログラムで自動実行できる仕組みを整えています。この方法は特別な環境を必要とせず、誰でも取り組めるようになっています。

「Red Bull」は40代男性、「オロナミンC」は意外と30~40代女性が愛飲

このように分析を進めることで、主要ブランドのMとKを把握することが可能になります。例えば、先ほども触れた「日経クロストレンド」で紹介した事例では、主要なエナジードリンクブランドのMとKを具体的に計測しました。



ここでは「Red Bull」「Monster Energy」「ZONe ENERGY」「CHILL OUT」「オロナミンC」「リアルゴールド」という6つのブランドを例にします。これは夏に行った調査からさかのぼった1か月間のM(市場全体での1か月あたりの購入頻度の期待値)を示しています。

Mは「回数÷人数」で算出されますが、市場全体だけでなく、性別や年代によって大きく異なります。

Excelで簡単に着色を行い、諧調を視覚化することで、ブランドごとの「重要な顧客層」が直感的に理解できます。例えば、「Red Bull」で最も重要な顧客層は40~49歳の男性。私と同じ世代、ちなみに私は46歳です。この層が最も高いMを示しています。



一方で、「オロナミンC」では30~40代の女性(F30、F40)が意外と高いMを示しています。最近のCMでも若い女性タレントが起用されていますよね。これを見ると、「オロナミンC」は女性に支持されているブランドだとわかります。

さらに、縦列で性別や年代ごとにMの高いブランドを並べることで、どのブランドがどの層に影響力を持っているかがひと目で把握できます。



こうした視覚的な分析を活用して市場構造を理解することが重要です。

朝マックが思い浮かぶ理由を探る「カテゴリーエントリーポイント」

次に、「カテゴリーエントリーポイント(CEPs)」ごとにMを把握することの重要性について触れます。これまではざっくりと「きっかけ」と説明してきましたが、ここで少し具体的に解説します。



市場浸透率を上げるための両輪である「メンタルアベイラビリティ(想起されやすさ)」の具体例として、朝ごはんを食べる時に「朝マック」が思い浮かぶかどうかを考えてみてください。

重要なのは、特定の行動やシチュエーションにおいて、ブランドがどれだけ自然に思い浮かぶかです。この「想起のきっかけ」をブランドと結びつけることが、市場浸透率を向上させる鍵となります。

その点、マクドナルドは非常にうまくやっています。マクドナルドは「超メガブランド」であり、その強さの秘密が「カテゴリーエントリーポイント(CEPs)」にあります。このテーマについては、「日経クロストレンド」の連載1回目でも解説しました。

一般的には「CEP」という言葉が使われていますが、以前、尊敬するグローバルブランドマネージャーの方から「小川さん、CEPには“s”をつけたほうがいいよ」とアドバイスをいただきました。英語では「Category Entry Points」と複数形で表現されるため、複数のポイントがあることを示しています。私は海外事情に詳しくないのですが、確かに納得のいく指摘です。

外食チェーンの場合、カテゴリーエントリーポイント(CEPs)を設定する際の切り口はいろいろ考えられます。例えば、時間軸で「朝食」「昼食」「夕食」「間食」「夜食」と分けることもできますし、目的軸で「1人でゆっくりコーヒーを飲みたい時」「子どもと一緒に楽しみたい時」「友人と会話を楽しみたい時」などといったかたちで分類することも可能です。

こうしたメカニズムを正確に捉えることは非常に重要です。先ほどの森岡さんの数式を活用することで、こうした分析が可能になります。ただし、カテゴリーエントリーポイントは行動をログデータから読み取るのは難しく、意識データをもとにしたアプローチが必要です。

つまり、「直接聞かないとわからない」領域です。そこで、仮説を立てて、それを言語化して調査に反映させることが必要になります。

精度の高い顧客データを取るための質問設計のコツ

調査の実施についてですが、私はよくインターネットパネルを利用します。現実的には、1つの質問に対して10~20項目程度を上限とする設計を採用しています。例えば、先ほどのRed Bullなどのエナジードリンクの調査では、以下のような質問を設計しました。



「疲れている時に」「気分転換をしたい時に」「仕事や勉強や家事などをしながら」「熱い時、とても喉が渇いた時」「運転や仕事や勉強などで眠気覚ましをしたい時」「運転や仕事や勉強などで気合いを入れたい時」といった項目です。

こうした項目は、調査票に入稿する際にランダマイズ(順番をランダムに並び替える処理)していますが、こちらに示したのは入稿前の順番です。この設計によって、「Red Bull」が特定のシチュエーションにおいてどのような価値を提供しているのかを把握できます。

例えば、「気合いを入れたい時」や「眠気覚ましをしたい時」が典型的なシチュエーションと言えます。実際、Red Bullの創業者は、オロナミンCのような商品を参考に新たなジャンルを切り開いたと言われています。このように、カテゴリーエントリーポイントを的確に設定することが市場浸透率の向上に直結するのです。

設問についてお話しします。例えば、「あなたがエナジードリンクを飲むきっかけとして当てはまるものをお答えください」という設問を提示しました。



このような質問では15項目用意しても、10個も答える人は非常に少なく、ほとんどの方は1項目か2項目程度を選ぶ傾向があります。

もちろん、回答パネルの質にも左右されますが、所詮インターネット調査なので、必ずしも全員が一生懸命に答えるわけではありません。それでもいくつか選択してもらい、その後、選んだ「きっかけ」に基づいて「最後に飲んだのはいつですか?」というリーセンシーデータを取得します。このデータを用いて、ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルを適用すれば、市場構造を示す一覧表が得られます。

より精度の高いデータを取るための工夫

ここで補足ですが、表中の「F15」はFemale(女性)の15歳を指します。「M」はMale(男性)を表します。このような調査業界の慣例的な表記をそのまま使用しています。この一覧表によって、市場の構造を視覚的に把握することが可能です。

ただし、注意点もあります。「疲れている時に」という設問について、日経クロストレンドで実施した調査では、単純すぎる聞き方のために失敗したという教訓があります。「疲れている時に」という項目は、ほかの選択肢と重複するケースが多く、「眠気覚ましをしたい」や「気合いを入れたい」といった理由と混同されることがあります。

このような場合、設問をより具体的にする必要があります。例えば、「具体的にどのような疲れか」「どのような課題を解決したいのか」を尋ねることで、対応するブランドとの関連性が明確になります。このように設問を改善することで、次回の調査ではより精度の高いデータが得られるでしょう。

まずはこのレベルの分析を行うことが重要です。調査結果の着色方法を工夫すれば、データの見方も変わります。「疲れている時に」という回答が最も多かったとしても、それがシンプルすぎるがゆえに見落としが発生する可能性もあるため、解釈の仕方が非常に重要になります。

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