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『左ききのエレン』に学ぶ、天才になれなかった人が「何者か」になるまで。(インタビュー)(全2記事)

集中するコツよりも「集中を切る方法」のほうが重要 『左ききのエレン』作者・かっぴー氏が語る「才能」の正体

「天才になれなかった全ての人へ」というキャッチコピーでおなじみの『左ききのエレン』。広告代理店出身で、自身もクリエイティブの世界を生きてきた作者のかっぴー氏をゲストに迎え、「何者か」になるとはどういうことなのかを探求します。本記事では『左ききのエレン』が誕生した背景や、かっぴー氏が自問し続ける「才能」の正体について語っています。

『左ききのエレン』誕生のきっかけは、会社の日報?

鈴木宣彦氏(以下、鈴木):転職されたプランナーから漫画家期ということで、次の質問にも関わるんですが、なぜ『左ききのエレン』を描き始めたんでしょうか?

かっぴー氏(以下、かっぴー):それはですね……入社して、本当にたまたまなんですよ。日報といって、転職組とか新卒の子たちが「今日一日こんなことがありました」「こういうことを思いました」というのを、全社員宛ての共有メールアドレスに送る文化があって。

だから社員は「今日は新卒の子の日報が届いている」とか、時間がある時に読む文化があったんです。マインドが面白法人だから、なるべくみんな楽しもうということで、みんな考えて(日報に)ちょっと付け加えるんですよ。

盆栽が好きな子は、盆栽について一言メモみたいな感じで「盆栽とはこういう楽しみ方がある」とか。僕もスニーカーが好きだったので、最初は「今日のスニーカー紹介」みたいな感じでやっていたんです。

そういう、ちょっと学級新聞みたいなノリでコラム的な絵を描いていたんですが、3日目ぐらいにスニーカーコラムに飽きて。

鈴木:(笑)。早いですね。

かっぴー:「別にスニーカーコラムはいいや」と思って。

褒められた日報をSNSに投稿したらバズった

かっぴー:代理店にいて絵コンテとかを描いていたから、絵コンテを描けるというのを何らかのかたちでアピールしたいなと思って。

急に絵コンテを描いても何の絵コンテか訳がわからないから、じゃあ漫画というかたちにしよう思って描いたのが『SNSポリス』という、一番最初に出した本の第1話だったんです。

「めっちゃ笑った」みたいな感じで社内ですごく話題になって、カヤックはインターネットの会社だから、その流れで「じゃあネットにアップしてみな」と。

それで、忘れた頃に「そういえば前に漫画が褒められたな」ということでネットにアップしたら、それがバズって。

だから実は、描いてから出すまで1年ぐらい時間差があったんです。その間にも、たまに思い出した時に日報で漫画を描いて連載していたんですね。最初の連載媒体は日報です。

鈴木:なるほど。

連載開始のきっかけはnoteへの投稿

かっぴー:仲が良かったデザイナーがいたんですよ。

鈴木:それはカヤックの方ですか?

かっぴー:カヤックの。こんな言い方は悪いけど、言っちゃえば彼は3位でもなかったんです。僕は3位に入れなかったからデザイナーを辞めたけど、3位じゃなかったのにずっとデザイナーをやっているやつがいて。

すっごい怖い上司にビクビクしながら、とにかくずっと残業をがんばっていた。そんな彼が「デザイナーを辞める。もう別の仕事をする」と言って、何社か転職して、現在は自分で会社をやっているからちゃんと成功しているんですけど。

鈴木:そうなんですね。

かっぴー:「俺はとにかくデザイナーを辞めるんだ」と言った時に、「わかった」と言って、そいつが辞める日の日報に出したのが『左ききのエレン』の読み切りだったんですね。

最初の読み切りを読んでない人は多いと思うんですが、noteに公開しています。その読み切りに名越という若いキャラクターが出てくるんですけど、その名越というのが同僚の名前なんですよ。

それが(『左ききのエレン』の)最初ですね。たまたまnoteにアップしたら、noteのクリエイターなんとかコンテストで入選して、「連載できますけどどうですか?」みたいな。それがきっかけですね。

作品の「終わり方」から逆算してストーリーを描く

鈴木:なるほど、ありがとうございます。(『左ききのエレン』は)まだ終わってはないですが、インタビューとかを見ていると、漫画家さんによっては全部ストーリーができてから描き始める人もいるし、描きながらどんどんストーリーが増えていく方もいらっしゃると思うんですが、かっぴーさんはどうでしょうか?

かっぴー:終わり方は見えていましたね。そこから逆算して描いていたという感じです。だから、時系列がバラバラとかキャラクターが多いとかそういうのも全部、最後の皆既月食の夜の瞬間のために、登場するキャラクターを描いていたというか。

たぶん読者の読み方としては、途中までバラバラで、どういう意図の並びなのか、なぜ急にこのキャラクターに視点が移るのかとかが、わからなかったと思うんです。なんでわからないかというと、中心がどこにあるのかがわからないからなんですよね。

普通はあのやり方をやらなくて。(たとえば)「関ケ原の戦い」という中心があって、それに登場するAの武将、Bの武将、という描き方をすればわかるんですが、それが明かされない状態でやっていたからちょっと新鮮だったのかなと。

想定を超えて関わってきたキャラクターもいたし、過程はいろいろあったんだけど、最後の皆既月食の夜のためだけに描いたので、終わり方は決まってました。

鈴木:なるほど、ありがとうございます。

印象的な作中のセリフはどのように生まれているのか

鈴木:これは個人的にお聞きしたいなと思っていたんですが、『左ききのエレン』ではセリフが名言と言われたり、たくさんコンテストや投票がされていたりもします。どういうふうにセリフを生み出しているのかな?と。

実体験として言われたことを書いているのか、想像で書かれているのかをお聞きしたいなと思っていますが、いかがでしょうか?

かっぴー:言われたか・言われてないかでいったら言われてないんですけど、「心の中でそう言われた」みたいな。やはり、あんなにみんなはっきり言わないですよね。でも、自分が勝手に思っていたことだろうな。

例えば、柳さんという怖いキャラクターのセリフとか。あんなの(実際には)直接言ってはこないんですけど、「あれはこういう意味で言ったんだろう」とか勝手に膨らませて、そういうのを考えるんですよね。

相手の言葉の“裏側”に想像を膨らませる

かっぴー:代理店で、まだデザイナーで3位に入れるかどうかと思っていた時に、若手アートディレクターのトークイベントみたいのがあって。各代理店が、若手アートディレクターを集めてトークセッションをさせるというやつがあったんですよ。

鈴木:ありますね。

かっぴー:それで東急エージェンシー代表で2人出たんですが、それが僕と柳のモデルの1人だったんです。

鈴木:モデルがいらっしゃるんですね。

かっぴー:モデルは何人かいるんですが、そのうち柳指数がけっこう高いキャラクターがいて、その2人でトークイベントをやっていたんです。『エレン』で「漫画じゃあるまいし」って光一が言うシーンとかは、けっこうあのイベントをもとにしています。

俺は別に闇の光一じゃなかったので、帰り際に「一緒にトークイベントをした電通や博報堂の若い子たちと、これをきっかけに仲良くなろうかな。名刺交換しなきゃな」とか思って、控室の周りでうろうろーってしてたんですよ。

そうしたら柳さんが、「ほな」みたいな感じで足早に行くじゃないですか。すれ違いざまに「お前、よくそんな時間あるな」と言われて、「え!?」って。実際には「ほな」と言ってないですが。

鈴木:柳指数、高いですね。

かっぴー:俺の心の中では「ほな」が聞こえていて。ああ、こんなところで名刺交換して何になるんだといったら何にもなんないよな、みたいな。一方その頃その人は、もう次の新しい仕事をやっている。ぜんぜん違うなと。事あるごとに心の中で「ああ、今のはそういう意味だろうな」と想像を膨らませています。

「手ブラやないかい」とか、そういうズバズバっとしたセリフはもちろん言われたことないんだけど、人の振る舞いやちょっとした一言で「きっとあの人は、俺のことそう思っているんだろうな」と考えるというか。それをセリフにしている感じですね。

鈴木:柳さんにモデルがいらっしゃったんですね。

かっぴー:何人かいますね。

「俺は何番目だ?」と、自分に問いかける日々

鈴木:ここからは番外編というかたちで、私が気になったセリフについて少しだけおうかがいできればと思っています。

まず1つ目なんですが、何度か『エレン』の作中でも出てくる「才能とは集中力の質。『深さ』『早さ』『長さ』(の3つのかけ算が集中の質)」、これはもともと考えられていたのか、漫画を描き始めて思いついたのか、いかがでしょうか?

かっぴー:これもずっと考えていたことです。「自分は何番目だ」とか「どれぐらいの才能があるんだ」というのをすごく考えるタイプだったんです。「自分は日本で何番目のデザイナーなんだ」とかさ、普通はあんまり考えないですよね。中二は考えるかもしれないけど。

鈴木:(笑)。

かっぴー:僕はずっとそれを考えていたんですよね。「俺は何番目だ?」とか。

鈴木:なるほど。

かっぴー:似た話で言うと、劇中に出てくる「成功するのは1万人に1人だ」。あの数字の根拠も自分でずっと考えていて。だから「俺は今、何番目なんだ」ってずっと思っていたんですよね。

美大に入れたということは、倍率通りの目指している人数分の倍率。そこから代理店に入ったら何分の何だという感じで、「何分の何の」「何分の何の」「何分の何の」……ってずっと思っていたんですよ。そういう感じで、「才能って何なんだ?」というのはずっと考えていたんですよね。

どの業界においても、努力できることが才能

かっぴー:「自分は才能があるんだろうか?」「俺よりすごいクリエイターは何が違うんだ?」「才能って何なんだ?」というのをずっと考えていた時に、どの業界も努力できるのが才能だよなとは思っていたんです。

でも、努力なんかみんなしているわという。ただ、はたから見ていて「あいつの努力は大したことねえな」「あいつの努力はなんかふわふわしてるな」とかは、確かにあるよなみたいな。

柳さんのモデルがすれ違いざまに「よくそんな時間あるな」と言ったのも、たぶん時間の使い方が違うんだろうなと思っていたから、なんとなくこの理論が頭の中にあって。

もちろん、社会人の時にこんなのを家でまとめる時間はなかったんだけど、「才能がテーマの漫画だから、このへんはちゃんと明文化しておかないとな」と思って。漫画を描く時に架空の書籍というかたちで、なんとなく思っていた僕の考えを入れてみたという感じですね。

鈴木:ちなみにかっぴーさんで言うと、「浅さ」「長さ」「早さ」はどうなんですか? 

かっぴー:僕はたぶん、深くて、長くて、遅いんでしょうね。

集中力を高めるより「集中を切る方法」のほうが重要

かっぴー:僕の場合、よくみんなから「どうしたら集中できるんでしょうか?」「集中したいんです」ってすごく言われるの。インタビューとかでも「集中のコツ」を聞かれる。ただ、集中を切る方法のほうが重要だと思うんです。

(集中を切ることの方が)重要な人間がいると思っていて。たぶん一部の人たちは、集中が切れなくて悩んでいるんですよね。けっこう多いと思っているんだけど、ワーカーホリックの人とか、著名人だと落合陽一さんとかはきっと集中が切れないんでしょうね。俺も集中を切りにくいタイプです。

鈴木:なるほど。

かっぴー:不眠とかにもつながったりとけっこう良くないことなので、悩んでいるんです。だから僕は、集中が続きすぎるのは良くないことだと思っているんですよ。みっちゃんとかに憧れますよね。

鈴木:なるほど。マルチタスクの。

かっぴー:集中力が浅いからとか、短いからで悩んでいる人がいたら、それはないものねだりだと思っていて。それぞれ違うタイプというだけだから、集中力が短いからダメだとは思わないでほしいというか。そっちのほうがうらやましいから。

鈴木:そうですね。他のインタビューでも「優劣はここにないんだ」と、かっぴーさんはおっしゃっていましたね。

かっぴー:ないです、ないです。

鈴木:ありがとうございます。

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