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「キリンの首はなぜ長いのか」から学ぶ個人・組織の変容について (全4記事)

昭和的な発想や、古いシステムをすぐに切り捨てたがる企業 組織を成長へと導くカギになる、過去のアイデアの「非活性化」

新型コロナウイルスによるパンデミック、デジタル技術の進歩など、私たちの住む社会は大きな過渡期を迎えています。この大きな変化に対応するため、個人・組織も急激な変容が余儀なくされていますが、慣れた様式からの大きなシフトは、私たちにとって多くの抵抗・困難が伴います。そこで、細胞生物学・分子生物学者で、進化にも造詣の深い帯刀益夫氏から、人間が変容を起こすためのヒントを得ていきます。本記事では、企業が成長するために必要なシステムについて、生物学の視点から解説しています。

異なる「2つの細菌」がもたらした、生物の進歩

帯刀益夫氏(以下、帯刀):それからもう1つ、先ほどの変異の問題でちょっと言いかけましたが、バクテリアのようなものから我々の真核細胞に変わる過程があります。

その時に起きたことは、「古細菌」と言われているものと「真正細菌」というのがあって、古細菌が真正細菌を飲み込んでいったことによって、我々の細胞のオリジンができたと考えられています。2つの違った細菌が融合したわけですね。

その後に起きたことはどんなことかと言うと、真正細菌が今でいう「ミトコンドリア」になります。その間に2つの細菌同士の遺伝子の混じり合いが起こっていきますが、その中で1つトラブルがあったわけです。真正細菌の中にトランスポゾンと呼ばれる、あちこち転移したり遺伝子を切ってしまったりするような「異端分子」というものがあって、それがめちゃめちゃにゲノムを壊してしまいました。

それをなんとか解消するかたちで、核を作ってプロセスをうまく切断したり。それから今で言う「エピジェネティクスコントロール」と呼ばれているような、“異端児”を抑えるようなシステムを作りました。

とにかく、2つの会社が融合したようなものを作ったことによって、進歩が出てきたんです。その時に起こったことの1つは、ミトコンドリアというのは細胞のエネルギーレベルにおいて巨大な変革をしたんですね。

生物は“内部抗争”を繰り返して進化

帯刀:細菌が遺伝子の量を増やせなかった理由は、細胞膜にエネルギーを作る電子伝達系と呼ばれる装置が埋め込まれていたためです。バクテリアはもう少し遺伝子を増やしていろいろやりたいんだけど、遺伝子を増やすとエネルギーをたくさん使うので、それ以上増やせないことがあります。

ミトコンドリアができたことによって、膜が多重に重なってできるような状態になって、だいたいエネルギーを産生する量が1,000倍以上増えました。そのことによって、ゲノムの量を増やすことができるようになったと考えられています。

遺伝子は、いろいろな働きをすると非常にエネルギーを使うということも、エネルギー計算がされていまして。遺伝子を増やすためにミトコンドリアは寄与したということが、計算上はあっています。そういうふうに我々の基になる細胞ができた後も、トランスポゾン(動く遺伝因子)は暴れ回るわけですね。

それを押さえるという、内部抗争をしながら進化してきた。トランスポゾンをうまく抑えこむことによって、さっき言った調節遺伝子、制御遺伝子を生み出す力になったと説明することができます。

企業の成長と細胞進化は同じ

駒野宏人氏(以下、駒野):なるほど。ちょっと細かい話だったと思うんだけれども、実はとっても重要だと思っていて。社会に例えると、最初は共生ですよね。お互いに助け合うかたちで細胞が生まれて、だけどその中で細胞に非常に悪い影響を与える遺伝子を切る。要するに、生きる上で危機が来たということですよね。そのために核膜ができて守るようになった。

「今はVUCAの時代」って誰かが書かれていましたが、いろんな危機があるわけですよ。災害もあり、地球温暖化もあり。でも、生物はそれを乗り越えて進化したというのは、紛れもない事実ですよね? そして新しいシステムを作っていったという話と、非常に近いかなと思っているんですよね。

おそらく、共生した相手がエネルギーを非常にたくさん作ってくれたために、より質の高い細胞の分化(細胞の専門化)が可能になったということですよね。

帯刀:これは進化の歴史を見ると、やっぱり負を正に変えるというか、マイナス面を抱え込んで破綻を経験しながら乗り越えるということを、ずっと繰り返してきたのが生命の歴史だと思います。そういう意味では、会社が抱えている問題を克服することは、まさに細胞進化と同じことをしてきたと言えるとは思います。

駒野:要するに「不幸(ピンチ)がチャンスになる」ということと、極めて同じことを生物はやって、大きく進化したということだと思いますね。

環境への「協調」によって、キリンの首は伸びた

駒野:それでもう1つ、僕からの質問でキリン(の話)にまた戻っていくと、協調的にすべてが整っていったと思うんですよ。同時じゃなかったかもしれないけれども。

よく「同調」と「協調」というのがあると思うんですが、僕的な解釈では、同調はみんな同じことをする。協調はそれぞれ違ったものが協力して問題に柔軟に対応するか、あるいは新しいものを作っていくことのように思うのですが、おそらくキリンの首は協調して(伸びて)いったと思うんですよね。

骨も血圧も血管も、協調させる。例えばオーケストラだったら、協調させるのは指揮者がやるじゃないですか。生物で協調させるものって何かあるんですかね? 単に選択圧なんですか? 

帯刀:協調させる特別上位のものがあるというよりは、できあがった時からシステム論として協調するようにできてきたんだと思いますね。だから、そういうものが変異によってバリエーションをとることによって、非常に階層的というか、重層的にいろんなシステムができています。

例えば細胞1つとってみると、栄養が足りない時はある酵素が誘導されて、もう少し違う別のものを利用できるようにするとか、そういう既存の陣容で対応できることがある。

それから、外側からのいろんな刺激が変わってきた時には、いろんなシグナルを受け継いで伝えるシステムも重層的にあって、ただ1つだけではなくいくつも代替経路が用意されている。それは進化の過程で、いろんな局面に対応した時に、ある程度発展したものを温存していくことによって、ストレスが来た時には誘導されることがあります。

それでは対応できない時に、新たに遺伝子まで信号が伝わって新しいものを作って、用意するというやり方もあります。文化の場合にも累積文化といいますか、いろんなノウハウを持ったことによって、対応できるようなかたちになってきたわけです。

企業も生物もトップダウンでは成長しない

帯刀:生物は同じように、過去の経験を実際に遺伝子のレベルで残してきているだろうと思うんですよね。そのことによって、環境変化は1個だけではなくて、今まで非常に多様なことが起きているわけですから。

免疫系を考えれば非常に明らかなように、ありとあらゆる異物に対して対応できるようなシステムを作ったわけですよね。そういうことが蓄積されているので、やっぱり歴史というか、蓄積は非常に重要なんじゃないかという気がしますね。

駒野:そうすると、トップダウンというよりもボトムアップというか、現場が動いて変わっていく感じなんですかね。

帯刀:そうだと思いますね。環境に対応してどう対応したらいいかということをやってるのは、指揮者じゃなくて現場の人たちなので。

駒野:現場の人たちですね。でもそれは、組織をリードする人にはとても重要なのではないかと思うんですよね。生物はトップダウンではないということですね。

帯刀:トップダウンではないですが、階層性はありますね。

駒野:階層性はあるんですね。

帯刀:システムとしての階層性はあるんですが、トップダウンではなくて、全体的なオーケストレーションがされている状態ですね。いろんなものが流通がよくできていると。

芸術家も科学者も、同じ目標の下に生きる人間

駒野:若杉先生から何かあります? なければ私の方からもっと質問しますが。

若杉忠弘氏(以下、若杉):どうぞどうぞ。

駒野:先生は芸術もやっていて、日展に何回か連続入選されたりして。ずっとサイエンスをやっていたバックグラウンドと、芸術をやった後で考え方の違いや感じるものはありますでしょうか? たぶん芸術は、サイエンスのように分析してやっていったわけではないですよね。

帯刀:単に自分でやるだけではなくて、芸術家や工芸の人たちとの交流が増えました。科学と芸術ってぜんぜん違うもののように思ってたんですが、基本的には同じだということがわかりましたね。

単純に言えば、真理を探求する好奇心と美を探究する好奇心は、同じところにあって。それに対してどういうふうにアプローチするかが、それぞれのオリジナリティを持ってやっているということです。その点はほとんど変わりないという気がしましたね。

駒野:そうなんですか。

帯刀:それによって共感を得ることは、科学と芸術では違いがありますが。芸術は、自分でいいと思ったものを他の人がいいと思うかどうかは、ぜんぜん予測ができないところがあったりしますが、科学も同じことがあるのかもしれませんね。

実際にはいい発見だったとしても、それぞれの時代によって評価されなかったりすることがあって。真鍋淑郎先生のノーベル物理学賞もなんか、「ああいう項目が物理学賞でもらうことはないだろう」と思っていたとおっしゃってますが。とにかく、芸術家と科学者は違いもありますが、ほとんど同じ目標で生きている人間たちだということです。

グローバル化・均質化することの危険性

皆川恵美氏(以下、皆川):質問はチャットからもお答えをいただいていますので、そろそろまとめに入っていきたいなと思っています。

駒野:まだまだ聞きたいことがたくさんあるんですが、細胞生物学でわかってきたことから、今後の人類はどこに向かっているんでしょうか?(笑)。

帯刀:AIの問題はやっぱり大きいなと思いますね。シンギュラリティ(技術的特異点)は近く来ると予想されてますが。「AIに取って変えられるもの」を変えるのがいいかなと私は思いますが、今の会社のマネージメントでAIを使うことは、かなりあるんじゃないかなぁと思います。

一番大きな点は、生物あるいは人間も持続的に将来的なことを考えると、多様性をどう維持できるかが非常に大きいんだと思いますね。

駒野:そうですね。

帯刀:それぞれの個性を持った人たちが、一生懸命なにかをしようとして。それをどううまく結びつけていけるかが大切だと思います。今の文化進化の面から見ても、だんだんグローバル化して均質化していくことがありますよね。これは非常に危険なことじゃないかと思います。

多様化をどう維持するかは、わりと将来的に大きな問題であるし。もちろん、地球の自然破壊の問題は大きいだろうと思います。リサイクルできるものは、生物のサイクルの中に入ってくるかどうか、そうでないかということで、大きな差があるように思いますね。

自然界のバランスから逸脱した状態の現代社会

帯刀:生物界にはいろんな輪廻サイクルがあって、人間が必要としないものを他の植物や動物が利用してたり、さらにはバクテリアまでいくと、そういうことがたくさん出てきます。別の生きものが生み出したものを、人間が使うサイクルが非常に強いんですが。

生物サイクルの中に入ってくれればリサイクルができますが、非生物学的な物質はなかなか難しいので、その点も考えてみる必要があるんじゃないかと思います。

駒野:人間だけでなくて、いろんな生物も含めて「どうやって多様性を維持できるか」ということができないと、人類は滅びることにつながっていきますよね。生物で処理できないものがどんどん出てきた時に、どうなっていくか。人類を維持するためには、やっぱり生物で処理できるもので処理していくことが重要だと。帯刀先生の言われたことは、そういうことですかね。

帯刀:そうですね。人間が作り上げたものが、自然界のバランスの中でどれぐらい妥当性があるかということが重要で、現在は逸脱している状態になりかけている。

駒野:なりかけてますよね。

帯刀:だからそれを意識しないと、人間の頭で考えた欲望に向かって進んでゆき、全体をグローバル化して、地球の隅々まで荒らしても人間が経済活動を活発化させるということが、もはや限界だろうと思います。

駒野:わかりました。

必ずしも「古いシステム=悪」ではない

駒野:若杉先生から何かありますか? 

若杉:ありがとうございます。今日は本当に新しい分野を聞いて、頭が痛くなるほど刺激された感じがします。すごく勉強になったなと思っているんですが、やっぱり頭で考えるよりとランダムにやっていくことが重要で、要はわからないということですよね。

それからもう1つ、古いシステムは使わなくてもいいから残しておく。将来必要になってくるかもしれない。今って「古いシステム=悪だ!」「昭和的な発想はダメだ!」というのもありますよね? 

古いシステムをなんとか切り離して、新しいものを作っていくという(潮流)なんですが、生物はそうじゃなくて「非活性」にしておくと。その蓄積の力が、本当はもっと大事なんだろうなということを、じわじわと感じているところです。ありがとうございます。

駒野:すばらしいまとめ方でしたね。ありがとうございます。

若杉:いやいや、まとめてるわけじゃないんですが(笑)。すべての知識や使えるものは切り離すのではなくて、蓄積してとことん使っていくという、そんなことを感じました。勝手な誤解をしてるかもしれませんが。ありがとうございます。

皆川:ありがとうございます。

駒野:じゃあ皆川さん、まとめてくれますか。

皆川:最後に駒野先生からコメントいただいて、ちょうど時間だと思います。

駒野:ちょうど時間で本当に残念なんだけど。もっと追求したいところはあるんですが、今日はありがとうございました。冒頭で話したように生物をもう少し見てみると、いろいろと役に立つことがあるんじゃないかと思って。またいろいろ企画を考えてみたいかなと思っています。

今度はどんな動物が出るかまた楽しみにしておいてください(笑)。先生、本当にありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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