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第1部<特別講演>(全3記事)

山口周氏「『この本は読むべきだ』という本は読まなくていい」 べき論の読書が身にならない理由

現代の知の巨人・松岡正剛氏が創業した編集工学研究所によるイベント「本の力を考える 〜方法としての読書と編集思考〜」が開催されました。第一部の特別講演は、 独立研究者/著作家/パブリックスピーカーの山口周氏が登壇し、論理(スキル)と直観(センス)の絶妙なバランスが求められるビジネスの現場で、本(読書)が果たす役割について語りました。本記事では、読むべき本より読みたい本を読むほうがいい理由や、コンテンツにあふれた現代で、ヒマや退屈がもたらす意外な効用について紐解いていきます。(写真提供:編集工学研究所)

紙の本の良さ、kindleの良さ

安藤昭子氏(以下、安藤):ちょっと時間が押してきていますので、ぜひざっとキーワードを。

山口周氏(以下、山口):じゃあ、読書ノートも「つけろ」と言う知の巨人が多いんですよ。松岡正剛先生も本に書き込む独特のマーキング論をね。

安藤:はい、マーキングしています。

山口:あとは佐藤優さんも「必ず作れ、キャンパスノートを使え」と言ってますけれど。僕も一時期やったんですけれど、これはやっぱり挫折しましたね(笑)。次のKindleにもつながるんですが、僕は個人的にKindleはそんなに好きじゃないです。できればリアルな本で読みたいんですけど、家の本棚のキャパがこの部屋の10分の1もないんですね(笑)。すぐいっぱいになってしまうので、なかなか悩ましい問題なんですけれども。

あともう1つ、Kindleはアンダーラインを引く機能があります。アンダーラインを自動的にWebで吸い上げて、あとで全部チェックできるんですね。そのチェックした内容をデジタルで、Evernoteなどに転記しておくと。

よくあるのが、「なんとかというのがどこかの本に書いてあったと思うんだけれど、その本がどうしても見つけられない」ということで、半日かかって探して結局見つからないという……。僕は物書きの仕事をしているので、出典がわからないとものすごく困ることがあるんですよ。

僕が「こんな話があった」と書いて、出版社からは「見つからない」と。「小林秀雄さんのこの本だと思うんだけど、見つかりません」と言われて、結局出てこないと、押し切って入れておくか削除するかを求められるので(笑)、ものすごくストレスなんですね。

その体験をかなりしているので、(本に)マークしています。読書ノートも時間がかかってやっていられないので、Kindleだとマーキングが全部記録されるので、それは使っています。あとで使えそうな、出典が求められるなというときには、けっこうKindleで読むようにしています。でも本気の本気で読みたいときは、やっぱり紙で読んでいますね。

安藤:この不思議は、どこかで私たちも解きたいなと思うんですけど、「なんで本気で本を読もうという時は紙だな」と思うのか。これはやっぱり、手触りや身体知と関係があるんですかね。

山口:何なんですかね……やっぱりこの、グッとくる感じ。

安藤:グッときますよね。

「この本は読むべきだ」という本は読まなくていい 

山口:なんだか大事な気がしますけれどもね。Kindleについてはそうですね。Amazonと本屋。普通ですね、これもあんまり変わらないです。Amazonは目標買いの時は使っています。

でも本屋も今、どんどんつまらなくなっているというか。Amazonと本屋の競争軸を考えないといけないだろうなと思っています。「たくさんあります」というのだと、やっぱりAmazonが一番あって、類似の本もたくさん出てくるわけですから。その情報の与え方は、リアルな本屋さんとAmazonでは、本来はちょっと違うものを期待していますよね。だから、さっきの松丸本舗みたいなことなんですけど。

あとは「読む本をどう決めるか」。これも最近、50歳になってやっと悟りを得まして(笑)。「『この本は読むべきだ』という本は読まなくていい」ということなんですね。

安藤:ほう、その心は。

山口:「忘れちゃうから」(笑)。これはね、僕は膨大な無駄を生きてきた人間なので、本当に衝撃的な思い出があるんですけれども。

ビジネススクールに行かずにコンサルタントになったので、やっぱり最低限のことをちゃんと勉強しておこうと思ったんですね。そうすると、ビジネススクールの定番の教科書はもうわかっているので、だいたいまとめても50冊ぐらいなんですよ。だから「2年で読む」と決めると、2週間に1冊読むとだいたい50冊読めるので、全部読もうと思ったんですね。

それで、本棚にばーっと並べると、やっぱりかっこいいんですよ。『競争優位の戦略』とか、『マッキンゼー〇〇』とあると「おぉ……」という感じになるんですね(笑)。

安藤:強くなった気しますよね(笑)。

山口:それで、ひたすらまさに「ノルマを決めて読む」ということをしていて。必読の書を、マラソンみたいに読んでいたんです。なんとなく読まなきゃいけない、読まなきゃいけない。みんな「必読」って言ってるんですよ。でもある日、「俺が読んでもつまらなそうだな」と思って。読んでない本がずっと残っていて、チラチラしてたんです。

それである日、一念発起して読もうと決めて、歯を食いしばって読み始めたら、150ページ目ぐらいで僕のメモが入っていたんですよ(笑)。

安藤:(笑)。

山口:だから、リストを潰し忘れているだけで、1回読んでるんです(笑)。「これはちょっと恐ろしいことをやっているのかもしれない」と思って、ほかの本もひっくり返してみたら、もうまったく記憶に残っていないんですね。なんか本当に、マッチ棒を目に入れてこうやって、ただ単に最後のページまでいったというのを繰り返しただけで。2年間の読書はほぼそれにつぎ込みましたから、まったくの浪費で、あそこは暗黒の時代でした。

本との出会いにはタイミングがある

山口:もちろん素晴らしい本もあって、クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』や、マイケル・ポーターの本も、4分の1か5分の1ぐらいは本当に「これは読んでよかった」という本があります。ただ明らかに半分は、もう1文字も残っていないんですね(笑)。

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

安藤:(笑)。

山口:そういうことを随分味わってきて、これは哲学書でもやっているんですね。「そろそろハイデガーを読むか」と読んだら、もうメモが入っていたということが何度かあってから(笑)。

やっぱり身の丈とか、人生にジャストミートする時期があるという感覚があって。それは能力の問題とか、コンテキストですよね。うまくボールが合うとパカーンとバットが当たってホームランになるようなものかなということ。

あと、「本とキャリア」にも、ぜひ最後に一言触れておきたいんですけれども。僕は、本にキャリアを教えてもらったと思っているんです。それは何かと言うと、コンサルティング会社にいて偉くなってくると、だんだん「専門領域を選べ」と言われるんですよ。

私はもともと電通でメディアの仕事をやっていたので、メディア領域とか、通信やインターネットの領域のことがいいのかなと。「メディア論」とか、なんとなくカッコいいじゃないですか。それで、「メディア領域の専門家」ってイケてる感じがするなと思って、「メディアをやります」と言って、「キミはメディア領域の専門家になってください」と言われたんですね。

そうすると当然、勉強しなくちゃいけないので本を買ってくるんですけれども、もう5分くらい経つと「ふわぁ~……(鼻ちょうちんのジェスチャー)」みたいな感じになるんですよ(笑)。

安藤:(笑)。

山口:どう考えてもつまらないんです、興味がないんですね。それで、目の前に本は積まれているし、最新刊はどんどん来る。専門家である以上は、一応キャッチアップしないといけない。でも、読むと鼻ちょうちんができちゃう(笑)。

「べき論」で読書すると大成しない

山口:それで、もうこっち(専門のビジネス書は)放っておいて、人文科学や歴史書、アリ塚の本を読むと、おもしろくてしょうがない。それで気がついたのは、こっち(読むべき本)でやると絶対大成しないということなんですね。

安藤:これは今、すごいショートカットを教えていただきましたね。

山口:だから、「なぜおもしろいんだろう」と思った時に、こちら(自分が興味のある分野)が活きる仕事に、自分の人生を持っていったほうがいいということを教えてもらいました。「本を読んでいて、自分は何に一番心が動くか」ということから、「あなたが一番やりたいのは、こういう系統の仕事じゃないの」ということを教わった気がします。

安藤:今日うかがったお話で、先ほどの「2年間無駄にした」ということも、なかなか聞けないお話ですし、読むべきだと思う本は読まなくてよくて、つまりは読みたい本を読めという。

山口:読みたい本。「べき」論で読まないほうがいいと思いますね(笑)。

安藤:そうなんですよね。自分の文脈に乗っていないと、誰かが必読書と言っていても、結局残らないという話ですよね。

山口さんに今日教えていただいて、とてもよかったなと思うのが、そういうことに没頭しても「右回り(時計回り)・左回り(反時計回り)」という方法論を知っていることで、しっかりと明日の自分の血肉になっていくというふうにつなげてくださったところ。

山口:そうですね、まぁ必死でしたから(笑)。

本が好きになる原体験はどこから生まれるのか?

安藤:いいお話をお聞きできました、ありがとうございます。ご質問などありましたらぜひ、うかがいたいと思います。2名ぐらいかと思うんですが、まず会場のみなさんで「もうちょっとここを聞きたい」という方はいらっしゃいますか。大丈夫ですか。では私から、もう1つだけお聞きしたいんですけれども。

今のお話は本当にそうだなと思うんですけれども、山口さんのようにベッドで「半分読んでしまった」といった原体験がないと、「好き」という気持ちを持ったり、持続すること自体になかなかたどり着けない人も多いんじゃないかなと思うんですね。

山口:うちの息子がまさにそうですね。

安藤:あぁ、そうですか。何かアドバイスをされますか?

山口:うーん……こっちが聞きたいぐらいですね(笑)。

安藤:(笑)。

山口:いろいろな本を買ってきて読ませるんですけど、もう、ポイっと本を置いてゲームのほうに行ってしまうと。百戦百敗みたいな感じですね。

安藤:(笑)。今日、山口さんが「かつては問題児だった」とおっしゃっていましたけれども、参加者の方の中には学校の先生がけっこういらっしゃるんですよ。

山口:あっ、そうなんですね。

安藤:子どもたちの「好き」とか「これをやりたいんだ」という気持ちを引き出してあげたいという方々も、おそらくここに多くいらっしゃるんだろうなと思って。私も山口少年のような少年であれば、1つのきっかけさえあれば、あとは図書館さえあれば、すごく広い世界が開けるだろうなと思うので、何か思い当たるところでヒントがあればと。

読書はヒマつぶしや退屈しのぎの手段だった

山口:そうですね。ただ、もう一種の確率論の問題だと思うんです。僕もたまたまその角川SF文庫の本を図書館から見つけてきて読んだこと。あとはたぶん、これは子どものことに関して言うと良くないですが、たぶん今の子どもはヒマをつぶせるじゃないですか。

時間砲計画〈完全版〉

だから、「このどうしようもないヒマを一体どうすればいいのか」ということから、砂漠で水を探す人みたいになって、本を手に取ってみたという話をしましたけれども。そこは、今はすごく難しい時代になってしまっている気はしますよね。私も放っておくと、YouTubeを見ているとそれなりに楽しいですからね。

ただ、私がたまたまラッキーだったのは、ここほどじゃないですが、家にかなりたくさんの本があったり、レコードや美術全集もけっこうたくさんあったんですね。だから、めちゃくちゃヒマで退屈だとなると、やっぱりそれらを引っ張り出してきて聴いたり見たり。高尚なガキですよね。だって、美術全集をひっくり返しながらクラシックのレコードでワーグナーなどを聞いているわけで。

別に聴きたいから聴いているんじゃなくて、このどうしようもないヒマをなんとかしようと思って、「食べられる砂はないかな」というふうに、砂を食べているような感じなんですけれども。でも、その中でたまたまおもしろいものに出会って、そこから穴が開いて奥に入っていくわけです。

だから、私がガミガミと「読め読め」と言うよりは、CDやDVD、本もできるだけ揃えておくという。セットアップはしたんですけれども、あんまり効果がなかったというか(笑)。まだちょっと発現していないですね。

「退屈にさせること」の教育上の価値

安藤:その「何かに飢える」と言うのは、本当に難しいことだろうなと思いますけれども。おそらく息子さんも、そのうち解脱をされるんじゃないですか(笑)。

山口:どうなんでしょうね。だから、全寮制の学校とか、学校の役割ということで言うと、ある意味で「退屈にさせる」こと自体も、1つの役割である可能性もありますよね。

それこそ、たぶんそこの棚に名前が出ていた国学者は、お父さんが蟄居させられて、自分も一緒に田舎に引きこもったんですね。『大学原解』という1冊の本しかなかったので、とにかく10年間それを読み続けたら、最後には後ろ側からも逆に暗唱できるぐらい覚えて(笑)。荻生徂徠だったかな。それで、江戸に蟄居が解けて戻ってきたら、その時にはもうすごい知の巨人になっていたという話があって。

ヒマにさせること自体の教育上の価値って、すごくあるのかもわからないです。だから今は先生方も、ものすごく難しい時代を生きていらっしゃると思いますよね。

安藤:おそらく生徒さんたちに今、「本当は何を、どんな環境を与えてあげるべきなのか」という話は、私たちにとっても「どう暮らすべきなのか、どう生きるべきなのか」ということと、そのままアナロジーとしてつながってくることだと思います。

今の山口さんのお話をヒントに、ぜひこのあと深めていければなと思います。まず第1部は、本当はあと2時間ぐらいずっと聞いていたいんですけれども。

山口:いえいえ、もうこの程度にしたほうが(笑)。

安藤:ありがとうございます。山口周さん、本当にありがとうございました。

(会場拍手)

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