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日本将棋連盟会長「いい環境設定が若い才能を伸ばす」強くなる棋士の条件を語る

子どもたちの「やり抜く力」を育てるにはどうすればいいのか。日本将棋連盟会長であり“バイオリンを弾く棋士”でもある佐藤康光氏と、バイオリン教室を展開するスズキ・メソードの5代目会長であり、現在はほぼ日サイエンスフェローでもある早野龍五氏による対談イベント「『やり抜く力を育てる』 ~スズキ・メソードと日本将棋連盟」が毎日メディアカフェで行われました。2人の共通点でもある「バイオリン」をもとに、現代の子どもたちに必要な能力や、育てるための取り組み、アイデアなどを語り合いました。

将棋は「棋譜をたくさん覚えればいい」わけじゃない

早野龍五氏(以下、早野):考えるときというのは、頭の中にビジュアル将棋盤があるのですか?

佐藤康光氏(以下、佐藤):実際に対局で考えているときは盤面を見ていますが、長考するときは、例えば十手先となると自分の頭でということなので、もはや盤面を見ていない人もかなりいますね。上を見たり、目を閉じながら考えている人もいます。

将棋盤は当然頭の中に入っていますが、やっぱり実際に盤面を見ながら考えたほうが正確と言いますか、より正しく読めるという気はしますね。

もう、これは習性でしょうね。棋士というのは、子どもの頃から将棋盤を見て考える癖が付いているので、その習慣があったほうが集中できるということです。ただ、いつも上を向いて考える人もいるのですが、そのほうがかえって集中できるという人もいます。その人のスタイルによって違うのかなと思います。

早野:将棋の棋譜はたぶん数万残っていると思うのですが。

佐藤:もっとですね。10万局位だと思いますが、過去のデータだけを見ますと。

早野:たくさん覚えると強くなる、ということではないですよね。コンピュータを除けば。

佐藤:コンピュータもデータとしては残っていますが、結局それは自分なりに理解しないと意味がなく、一概にすべてて覚えても強くなるとは言えません。

ただ、棋士の場合も、自分の指した将棋というのは、これは人によってでしょうが、覚えている人のほうが多いですね。

私も四段になったのが17歳でもう30年以上経ち、公式戦で1,500局以上指しています。

早野:全部覚えてる?

佐藤:全部というか、最初から最後まですべて再現できるかというとそうではないと思いますが、それぞれの戦型で自分なりの結論というのを持っています。なので、「あっ、この将棋は確かこっちのほうがよかったな」といった記憶は非常に残っています。

棋士のメソッドは個人の生き方にリンクしている

早野:その記憶はビジュアルに残っているのですか? どういう形で頭の中にあるのでしょうか?

佐藤:将棋盤だとパッと出てくる感じですかね。思い出したかのように。そんなにクリアに自分の中では出てくるイメージはありませんが、ただ、基準としてはしっかりと図面でパッと出てこなくても、指し手の体験として覚えていることが多いですね。

なぜかと言うと、自分が手を指す時に、自分なりの論理に裏付けをして着手をしますので、その記憶はけっこう残っていますね。自分でこう考えたからこう指したのだという記憶は残っているので、それを辿っていくとかなり覚えていて、再現もできるということですね。

早野:思い出すときは指が動いたりするのですか?

佐藤:私は違いますが、トントンと指を動かしている人もいますし、頭が動きながらという人もいます。あとは微動だにしない人もいます。自分はけっこう動きが大きいようです。なんかこうリズムというのがありますかね。

早野:他の棋士の頭の中は想像できる? 自分と似ているとか、自分と違うメソッドを持っているとか、そういったものは?

佐藤:ありますね。なにか基準が違うなという人はやっぱりいますね。

ただ、基本的には攻めの好きな人は多いです。あとは性格的なもので、せっかちな人や逆にすごく気が長い人もいます。自分が積み上げてきたものがありますので、それを大事にするのか、常に変化するのか。いろいろなものが重なり、基準というのは人によってぜんぜん違うのですよね。

自分の場合は、わりと新しいことにチャレンジするのが好きなので、驚かれるような手を指すことが多いです。しかし、歴史を重んじるような人は絶対にそういうことはしませんね。着実に積み上げますし、同じことを何回もやるのが好きな方もいらっしゃいますよね。

例えば先日引退されました、棒銀戦法が好きな加藤一二三先生とか。50年間くらいひたすら棒銀を愛し続けていらっしゃいました。そうした棋士もいますので、そのあたりは個人の生き方にもリンクしているところが多いかもしれませんね。

早野:佐藤会長のあっと驚くような手というのは、それはふだんから「機会があればやってみよう」といった感じで準備をされていることですか? そうではなくて、その場で?

佐藤:ほとんどが準備していることが多いです。ただ、けっこう序盤というかオープニングだけなのですが。

戦いが始まってからのそういう手というのは、当然まったく今まで考えたことがないような局面から発生して、ひらめいてということになります。それはその場で思いついてということが多いです。序盤で指した新手に関しては、けっこう自分なりに事前に準備して、なんとなくこれはおもしろそうだなという。

その「おもしろそうだな」という感覚が棋士によってかなり違うのですね。自分の場合はそれがちょっと派手というか、相手がびっくりするような手が多いのかなという感じですが、基本的には事前に準備というか裏付けはそれなりにある程度は持ってやっていますね。

それがひらめくまでは当然、時間はかかっているとは思うのですが。

人間よりコンピュータのほうがアバウトな戦い方をする

早野:将棋は歴史が長いわけで、10万の棋譜を残していて。物理でも大発見と小発見があります。歴史が変わるようなものが大発見で、けっこういい発見だったけど1塁ヒットぐらいというのもありますが、将棋の世界ではどうですか?

佐藤:将棋の世界でもありますね。革命的な新手というか新戦法ですね。

最近で有名なのが20年ぐらい前ですかね。「藤井システム」です。藤井聡太四段ではなくて、藤井猛九段が開発した「藤井システム」というのがありました。

これが当時、大流行しました。居飛車穴熊に対する戦法として、がっちり組まれる前にいきなり潰しちゃおうという発想なのですが、これが将棋界では革命的な新戦法でした。

そうしたものは非常に大発見なのですが、自分の新手は部分的なもので中ヒットや小ヒットやセーフティーバントで1塁に行くとか、それぐらいの感じかなと自分では思います。

早野:この間、アルファ碁が韓国のプロ棋士イ・セドル氏に勝った時に「そんな手を打つのか」と解説していた韓国人が驚くというのがありました。そういった、人間が見たことがないような手を打って「実はそれが強かった」という衝撃があったと素人ながら読んでいたのですが。将棋の世界でのコンピュータはどうなのですか?

佐藤:将棋もここ1、2年でかなりそういった手は出てきていますね。コンピュータの影響による指し方をしているという将棋もかなり実は出てきています。

近年はちょっと専門的な言い方で「角換わり戦法」などで、攻撃的な構えをとることが増えてきました。ただそれも元を正すと、実は昭和20年代ぐらいから原形はあったりします。木村十四世名人が指されていたりしていたのですが、そういうかたちを結局は断念して止めてしまったものをまた今見直されているということもあります。

ただ、コンピュータソフトの序盤を見ていて思うのは、実は逆でして。革命的な新手を出すというよりも、わりと自由に指してもそれなりに大きなミスさえなければ……という印象があります。

どう指してもそんなに簡単には勝負は付かないのでというような、指し方をされることが多くてですね、それが逆にプロ棋士にとってはプレッシャーといいますか、「これはなにか良くしていかなければ」「いや、なにか良くなる順が必ずあるはずだ」と感じることが多いんですね。

しかし進んでみるとなかなか良くならない。なぜだろう、と疑心暗鬼になります。

コンピュータの場合は、この前の電王戦がそうでしたが、初手に3八金とか4ニ玉というのは、今まででは考えられなかったような指し方だったのですが。逆にそう指しても簡単に悪くはならないといいますか、それだけ将棋が難しく深いものだということを逆に教えていただいたといいますか。そういうところがあると思います。

意外なのですよ。コンピュータのほうがアバウトなのですよ。そういう意味では。序盤に関しては。

ただ、囲碁のように今までにない新しい感覚の手を指されて驚くということはあると思うのですが、将棋にもその種でない「こう指してもなかなか悪くならないのだな」というような驚きもありましたね。

コンピュータは徐々に強くなっていく、一方人間は?

早野:最近、将棋予測ソフト「Ponanza」の山本一成さんによる、どうやってコンピュータをプログラムして、将棋に勝てるようにしてきたかという本を読んで、実はなかなかおもしろかったのですが。

人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質

僕もプログラムを書いて自分の研究に使っているので、コンピュータはバカだということをよく知っています。どの程度のバカかというと、実は自分のほうがバカだということをよくわかっていて。

コンピュータは自分が教えた通りにしか動かないので、僕の能力を超えることはまずないわけです。普通のプログラムであれば。

ただ、今のコンピュータ将棋、それとコンピュータ囲碁ですね、あれは機械学習アルファなことを取り入れたことによって、コンピュータをプログラムしたプログラマーの棋力よりは高い力が出せるようになっているわけですね。

佐藤:そうですね。そのPonanzaでいうと、作者の山本一成さんはアマチュアの中でもかなり将棋が強い方なのです。

Ponanzaはプロ棋士を負かすソフトですからね。最初にソフトができたときはすごく不思議だったのですよね。五級や四級ぐらいの方でも強いソフトを作られたので、すごくびっくりしたのですよね。十年位前ですが。

「棋力があまり高くない方でも、こんな強いプログラムを書けるのだな」という驚きが当時はあったのですが、それから考えますとソフトは飛躍的に強くなっていますし、そういう点ではうらやましいですね。年々必ず強くなるわけですから。

棋士の場合、人間ですので必ず強くなるわけではないのですよ。自分の中で波がありながら徐々に強くなっていくという。

もちろん藤井聡太四段なんかは今14歳(※当時)で右肩上がりで強くなっているとは思いますが、私ぐらいの歳になると波が大きくなって強くなるということを実感するのが難しいというところがありますね。

本当に強くなっているかどうか、物差しで測るのが棋士の場合は難しいですよね。勝率で測るのが一番わかりやすいため、結局そこで測ってしまうことになるのですが。

負けが込んでいると、強くなっていなくて弱くなったのかなと思うこともありますし、勝っているときはそれなりに充実感も出てくる。ただ実際問題、年々間違いなくに強くなっているのかどうかというのは、ちょっとわからないところが私ぐらいの年齢ではあります。ただそういうことを目指すということは常にしているわけなのですが。

いい環境を設定することが才能を伸ばす

早野:日本史的なことを見るとすごいと思われるわけですよね。今、会長として若い棋士をご覧になって、藤井四段を含めて、当時のご自分がわからなかったことがわかるという差はあるわけですか? そういうことはない?

佐藤:今は若い棋士のレベルが全体的に上がっているので、僕が若い頃より強いなとは感じます。それは環境も大きいと思いますね。今はデータも揃っていますし、公式戦の対局の詳細もプロでも参考になるくらいの細かさです。

そういう点では、今のほうが強くなる環境が揃っていて、実際に今の若手のほうが強いと思います。ただ、あくまで棋士の場合は個人の勝負なので、必ずしもそれが勝敗に結びつくかとなると、そうでもないところもありますが。

早野:強くなる条件というのは一体なんなのでしょう? それはわれわれの学問の世界でもよく聞かれることでもあるのですが、今日は将棋でどういう条件が整うと、これはやっぱり個別の問題で、この人が元々ということがあるのでしょうか? それとも家庭の環境だとか、若い頃に置かれた環境であるとか、そういうものに大きく依存するのでしょうか?

佐藤:若い時の環境はかなり大きいと思いますね。やはりいいライバルといいますかね、私の場合は同世代で1つ下ですが、羽生(善治)さんや森内(俊之)さん、郷田(真隆)さんをはじめとした強い方がたくさんいました。そういうライバルがいたことによって自分が引き上げられたということはあります。そうした存在が大きいです。

あとは将棋に打ち込める環境をいかに整えておくかということです。これは別に若い人に限ったことではありませんが、やはりそうした状況をなるべく作っておかないと、強さを維持していくということはなかなか難しいのかなというところはあります。

ただ、若いうちは環境を自分で整えられない部分もあります。そういう点では、例えば藤井四段の場合でいうと、師匠が杉本七段なのですが、非常にそうした点での配慮といいますかね、腐心をすごくされているのだなというのを傍から見ていても感じます。

師匠が鍛えるのではなく、良い環境を設定することが才能を伸ばしていくということになるのかなと思いますね。

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