【3行要約】・目先の数字管理に追われる「大課長」と、中長期の戦略を描く本来の部長。両者を分けるのは役割の正しい認識にあります。
・林宏昌氏は、課長と部長の役割は断崖のように異なり「名プレイヤーがそのまま名監督になれるわけではない」と指摘します。
・組織の疲弊を防ぐため、課長と部長の明確な役割定義や「脱・大課長の8ヶ条」を通じたマネジメント改革の処方箋を提示します。
前回の記事はこちら 4象限で見る「管理職の仕事」
林宏昌氏:「管理職は大きくどういうことをやる仕事なんですか?」ということは一般的に言われる話ですけども、大きく「ヒト」側のマネジメントと「コト」側のマネジメント。あとは短期的なマネジメントと中長期のマネジメントの4象限があるわけですね。

例えば短期の人で言うと、まず日々の中でのチームビルディングや動機付けあたりがベースになってきますし、もうちょっと中長期の「ヒト」側で言うと、より3年後に向けてどういう体制を作っていかないといけないのかとか。
あるいは3年後に自分が本部長をやっていたとしたら、誰に引き継いでいかないといけないのかを描きながら、あるいは必要な体制を外からどうやって持ってくるか、育てるのかということを3年がかりで考えないといけないよね、というテーマ設定がありますと。
「コト」側の短期のところは、まさに目標設定をしたり進捗管理をして、役割分担をして、足りないところは現場サポートをしていくということがありますし、逆に、もう少し中長期の「コト」側は、そもそも戦略として僕らはどこに向かっていくのかとか。
あるいは業務改革系もここにありますね。今やっている業務のプロセスを抜本的に変えていこうとか、DXしていこう、AIを活用していこうとか、業務改革をしていくことも右下に入ってくるかなと思います。
なので、もちろん課長側のほうが短期になってきて、役割が上がっていくほどだんだん中長期に役割を移していかないといけないんですが、どうしても右側(長期)の業務がなくて、全員で左側(短期)をやってしまう構造になっているのがポイントです。
大課長が組織にもたらす5つの弊害
そうすると何が起こってくるのかを、だいたい5つぐらいここでピックアップして書いています。

まず1つ目ですね。多重管理で生産性が下がると書いているんですけども、これは今月の数字などを課長が部長に報告して、部長が事業部長に報告して、経営ボード会で「今月の数字はこうなんだ」というのを散々議論しているということで、そのために資料をたくさん作らないといけなかったり。
あるいは、これは最悪のケースだなと思ったんですけど、この間もある会社さんで、業績の報告のたびに、ちょっと「お土産」を準備しないといけないということがありました。
「もうちょっといけるんじゃないか?」という余白の問いを残しておいて、課長が部長に言った時には、「いや、もうちょっといけるんじゃないか?」と部長に言われて、「もうあと数パーセントがんばります」みたいな話になって、また事業部長に言った時には、「もうちょっといけるんじゃないか?」っていう。
この「もうちょっといけるんじゃないか?」というのは、なんかよくわからないですね。コミュニケーションによって、若干の余白を残しておいて、本当にギリギリ達成できる数字とか目標のレベル感というよりは、少し低めに共有していく。そういう本当に余計な仕事が増えているのが1個目の話ですね。
本当にすべき議論が抜け落ちてしまう組織
2つ目、3つ目は先ほどの役割の話と同じなんですけど。結局みんなが短期の目線で仕事をしていると、「じゃあ、会社としてどこに向かっていくんだ?」とか「新しい事業をどう作っていくんだろうか?」とか、「そこに対するリソースをどう割いていくのか?」という議論が抜け落ちるんですね。
このあたりは、例えば僕らがご支援させていただく会社さんのボード会や事業だったら、事業本部のアジェンダあるいは議事録を見たらだいたいわかりますね。
何にどれぐらいの時間を割いて議論をしているのかということで、実際に今月の数字や今のプロジェクトの進捗や、今月の採用人数などが議論の中心になっていると「中期に向けて僕らは3ヶ年どういうKPIを追いかけていくんだ?」とか。
あるいは「掲げていたものが今どうなっているんだ?」っていう議論がほとんどされていないのは、議事録を見ればわかります。
経営層と現場の間に生まれる「分断」
4つ目のところは、日本で言うと今なかなか人口も減っていく構造がある中で、過去のように同じことをやっていて業績を上げ続ける、利益を出し続けることの難易度は日々日々高まっていて。
今この短期の仕事をがんばっていると、中期に向けてこういう施策が会社として打ち込まれているので、そこの未来に向かって、未来を信じて、今はがんばっていかないといけないことなんですけど。
その未来を作っていくような事業とか打ち手みたいなものが見えてこないと、「これを粛々とやっていった先にどうなるんだろうか?」とか、「なんとなくコストカットして利益を今期出しているけども、来期もさらにコストを削りながらやっていくのは、もう無理なんじゃないか?」というかたちで疲弊して、不安が広がっていく。
その結果として、経営層と現場が分断されていくということで、言ってもわかってくれないよねと。「中長期に向けてもっとこういうことをやったほうがいいんじゃないか?」とか、「今これをやっていってももう限界です」と言っても理解してくれないので、結局分断されていく。それで物事が動かない構造になっていくということが起こってくるかなと思います。
これは例え話なんですけど、よく僕は「木こりのジレンマ」っていうお話をさせていただくんですけども。
本当に錆びた斧でめちゃめちゃ非効率に木を切っている人がいて、「いやいや、もうそれ、斧が錆びているから磨いたほうがいいですよ」って言うんですけど、「いやいや、もう忙しくて磨いている時間がないです」と言って、錆びた斧で切りまくっているようなことが、けっこうあらゆることで起こっていますね。

1回ここを止めて、例えばデジタル化だったり、あるいはAIを活用することをもう1回再設計したほうがいいんじゃないかとお話ししても、「いや、そんなことを議論している余裕がない。なので止められないし、もうこのまま(錆びた斧で)切り続けるしかない」っていう、こんなかたちになるので。
本来はここで「ちゃんと立ち止まって1回磨こうよ」と言ってくれる、部長や事業部長がいないといけないんですけど。「いやいや、もうそんなことを言っていられないから、あともう1件いこうぜ」とか「あともうちょっと高い目標に今月いこうぜ」という議論になってしまっているということですね。
大課長が生まれる3つの構造的要因
これはなぜ生まれてくるのかというと、個人側の話ももちろんありますし、構造的なものもあります。
一般的に個人が大課長になっていってしまうのはなぜなのかというと、まず役割を正しく認識できていないということですね。先ほどの短期と中長期みたいなこともそうなんですけども、どちらかというと今まで課長としてがんばっていた人が部長になっていく構造になっているので。
従来で言うと、役職というのは名誉職みたいなことで、「部長になったんだ、よかったね。偉いね」みたいなかたちだったり、そもそも会社の中で課長・部長・本部長の役割定義をちゃんとやられている会社さんも実はけっこう少なかったり。
あるいは書いてあるけど、めちゃくちゃ抽象的なので、結局自分に何が足りていないのか、何をやらないといけないのかが整理できないという問題ですね。

2つ目は役割が仮に認識できたとして、そのケイパビリティですね。例えば「戦略を策定するのが僕の仕事なんですね」と言っても、戦略を策定したこともなければKPI設計をしたこともない。
あるいは新規事業とか人材育成というのは、こういうかたちで人材育成をやるんだというのをやってきたことがない、あるいは教えてもらってきていないので、急に「やれ」と言われてもそれは担えないという話です。
あと、最後のところは管理職業務をやりたくないという。わりと現場が好きだし、現場でやっているプレイヤーでいたほうが自分はけっこう楽しいと。一歩引いてマネジメントとかアドバイスをしていくよりも自分がやり続けたい。大きくこの3つが構造的には関わっているかなと思いますね。