【3行要約】
・専業主婦から39歳で初就職し、ドムドムハンバーガーの社長へ。異色の経歴を持つ藤﨑忍氏は、夫の闘病という逆境の中で「仕事は心の救いだった」と振り返ります。
・「仕事に感情を持ち込むべきではない」という風潮に対し、藤﨑氏は一人ひとりのストーリーに寄り添い、自らの葛藤や弱ささえも隠さずにさらけ出す独自のリーダー像を提示します。
・断定的な成功法則ではなく、一人ひとりのストーリーを尊重しながら結果を出す、藤﨑氏の仕事の哲学を明かします。
ドムドムハンバーガー社長の藤﨑忍氏が登壇
司会者:藤﨑さんは本当に歩くパワースポットのような、会うととても元気をもらえる方なので、今日は藤﨑さんのパワーと温かさを持って帰っていただければと思います。
それでは、藤﨑忍さんの入場になります。温かい拍手でお迎えください。
(会場拍手)
すでに藤﨑さんのご経歴をご存じの方ばかりとは思うんですけど、怒濤の人生をさらっと振り返ります。藤﨑さんは1966年東京都墨田区で生まれ、短大を卒業後21歳でご結婚。23歳でご出産をし、専業主婦から39歳の時に初めて就職いたします。
渋谷109のアパレルショップ、新橋の居酒屋での勤務を経て、ドムドムハンバーガーの社長になったという異色の経歴が話題なことはみなさん、ご存じかなと思います。

ドムドムハンバーガーは、日本で最初のハンバーガーチェーンです。みなさん「どむぞうくん」のキャラクターの「しのこ」ちゃんを手にしていただいていると思いますが、こちらのキャラクターもおなじみで、2026年に創業55周年を迎えます。今日はたくさんの方に集まっていただき、チケットも即完売でした。先に藤﨑さんにご挨拶いただけたらと思います。
藤﨑忍氏(以下、藤﨑):今日は金曜日のおくつろぎの時間に、たぶんいろんなところからお越しいただいたのではと思っています。本当にありがとうございます。いろんなところで講演をさせていただいて、北海道から九州、沖縄まで行っていますかね。年間40回ぐらいを、ここ3年ぐらい続いています。
自分がメインというのは、会社の講演とか地方、商工会議所の講演とかはありますけど、自分のために開催していただくことは生まれて初めてなので、本当に緊張しています。最後までみなさんと楽しい時間を過ごせればいいなと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
(会場拍手)
『39歳、初就職。』を出版したきっかけ
司会者:いくつかのテーマに分けてお話しさせていただくんですけど、最初に刊行記念ということで、本作りの裏側についてうかがっていけたらと思います。あらためて『39歳、初就職。』、刊行おめでとうございます。
藤﨑:ありがとうございます。
司会者:本書のきっかけは、『激レアさんを連れてきた。』というテレ朝の番組だったんですけど、すごくいろんな準備をしていただき本にしていったと思うんですね。かなり長い道のりでしたが、取材や原稿をまとめていく中で、何か印象に残っていることがあればお願いします。
藤﨑:杉山(亜沙美)さんから初めてお声掛けいただいたのが、2021年の1月25日に『激レアさん』があって、その後でした。もともと彼女がハンドボール部出身で、私も高校(時代)がハンドボール部で、そういうので気が合ったというか、ぜひ形にしたいですねっていうお話を申し上げたんだけど、実は他に2冊、(刊行が)先に決まっていました。
なので、少し間を空けて出版できたらということを話し合い、そこからスタートしました。どんなことが印象に残っているかというと、とってもつらかったです(笑)。
初めにお話いただいたのは、どういう気持ちで逆にオファーしていただいたのかなって。
司会者:テレビで藤﨑さんを見た時、衝撃だったんです。私の人生相談みたいな話になっちゃうんですが、当時私も仕事と私生活の両立みたいなものにすごく悩んでいました。人とか自分のことを大事にすることと、会社で利益を追求して結果を出そうとすることの両立がすごく難しいなと思っていたんです。
その時に、テレビで藤﨑さんのご経歴を見て、人柄もわかって、こんなに他人のことを大切にしながらとんでもないスピードで業績を回復しているのは、いったいどういうことなんだろうなとすごく疑問に思いました。
そういうことで悩んでいる方がたくさんいるんじゃないかなと思って、その秘密に迫って希望の光を見せられる本が一緒に作れたらと思い声をかけさせていただいた経緯があります。
夫の闘病で仕事は「救い」になった
藤﨑:ありがとうございます。そう言っていただいて、なんか恥ずかしいですね(笑)。彼女の熱い思いがこの出版の大きな力になってくれたのは間違いないです。
実は杉山さんから初めに「その時々の出来事の思いを箇条書きにしてください」っておっしゃっていただいたんですよ。イメージは、何歳の時に何が起きたっていうことなんですが、たぶん杉山さんがおっしゃったのは、一番向こう側が年齢でそこが小見出し、大見出しみたいな感じでよかったけど、書いているうちに夢中になっちゃったんですね。
(本書は)全部で3万5,000字ぐらい書いていると思います。実は杉山さんと気が合うなと思ったんですけど、何の打ち合わせもなく、あの時の原稿を今日持ってきていたんですよ。そうしたら彼女も持ってきて、ここに出していただきました。
思い起こせば、どんなふうに箇条書きをしてしまったかっていうか、思いが乗ったっていうのがありました。例えば「45歳で夫が発病」、これが小見出し。それで、「(脳梗塞)」って書いてあるんだけど、その隣に「捲土重来を期した選挙戦の寸前の出来事」っていうのも書いてあるんですね。(夫が)選挙に2回目、出るつもりだった時にまた具合が悪くなった。
その時に何を思ったかを書かなきゃいけなくて、本当は「悲しかった」とかそんなことでよかったと思うんです。だけど私、いっぱい書いてあって「とてつもない悲しみに見舞われた。発病後、数日間はまひが出ていなかったため、夫は出馬の意向だったが止めた」。やめるように私が言ったということですね。
「退院が決まった日、夫に大きなまひが起こった。夫の精神が壊れていく。目の当たりにして、深い悲しみと先行きの大きな不安で押し潰されそうになった。でも、生きていかなければならない。やはり生活を続けるために、目の前の一つひとつの障害を取り除く作業を心掛けた」と。そして「不出馬への対応。リハビリに向けた病院の手配。家の改装。ヘルパーさんの手配などなど」。
そこで書いたのが「仕事から離れたくなかった。私の心の均衡を保ってくれたから。そのことで、夫のことだけを見ているとつらくなっちゃうから、仕事から離れたくなくて自分に夢中になることで悲しい心を忘れることができた。仕事は救いだった。壊れていく夫との生活を守るために優しい人になろうと決意した。店で流れていたAIの『Story』を聴いて涙があふれた」。
本の中にも書いてあると思うんだけど、こういうことをどんどん書いたら3万字以上になっちゃったっていうことなんですね。なので、これを紡いでいく作業がとても大変だったというのがあります。
一人ひとりのストーリーを尊重するための葛藤
藤﨑:そしてもう1つが、とても不安で心配になっちゃったんですね。というのは、人それぞれ生きていく環境って違うじゃないですか。この本の中にあることって私だけのストーリーだと思うんですね。
私だけのストーリーで私が感じたことを、言葉にして人に押しつけるというか、「私はこうなんですよ」って言うことがすごく心配だった。みんなそれぞれ違うのに「私はこうだから、みんなこうよ」みたいなことを言っていいものか。
でも、本だから何らかの自分の考えとかは出さなきゃいけないから、そのことがとても不安で、それも含めてちょっと苦しかったりもしたのが、本を作っていく中での感じでした。
司会者:本を作る時には著者の方には「自分の意見なので『何とかだと思います』と言いたい場合にも、『○○です』と言い切ってください」とお願いをすることが多いんですが、藤﨑さん自身がそこにすごく違和感を感じていらっしゃいましたよね。
藤﨑:そうです、そうです。これは私の場合であって、全員に当てはまることかわからないのに、断定的に言いきってしまっていいのだろうかと思いました。
司会者:いろいろ話し合っていくうちに「はじめに」の原稿で「背中をポンポンとさするような、そういう本にできたら」みたいなキーワードをいただきましたね。その言葉や、断定口調に不安を感じている様子を見て「今回は断定口調にこだわらなくてもいいかもしれない」と思いました。
その中で、藤﨑さんの柔らかさとか、実はすごく心配性だとか、そういう部分もあえて削らずに優しくまとめるかたちで進めていきました。
鎧を脱ぎ、素の自分で向き合った「自宅取材」と夜中の校正作業
藤﨑:実はこの取材は家に来ていただいて、自宅でしたんですよ。会社にいる私って、完全に素ではなかったりもすると思うんですよね。なんかプロテクターを着けて、やはり「会社にいる」みたいなところがあって。
だけど、真摯に自分自身のこれまでを思い起こして、考えをまとめる作業の中で、自宅でやはり素の自分を見てもらうほうがいいのかなと思ったりしました。
もともと専業主婦を39歳までやっていたから、おうちにいることが好きなんですね。うちで人をもてなすことが好きだから、編集のみなさんにうちに来ていただきました。
暑い日は冷たいお茶を出して、アイスを食べたりしました。あとは焼き菓子を。長い期間だったので寒い時もあったので、寒い時なりのお茶を飲みながらリラックスして突き詰めるというか、そういう時間を持ちました。
取材で素の自分の考えを出したかったのと、あとは自分の安心のためということもあります。自分自身を掘り下げていく作業はやはり苦しいものなので、リラックスできる雰囲気は自分にとって大事だなと思って、そうさせていただきました。
司会者:ちょっと気になったことがあり……、これをExcelに書き出すのは相当時間がかかったと思うんですけど、社長業をしながらいったいいつ、やっていただいたんでしょうか? 夜とか?
藤﨑:やはり夜中ですよね。本当につらかった(笑)。書いたのもつらかったんですが、校正もつらかったです。後書きにも書きましたけど、本当に最後の最後まで「今日でもう、藤﨑さん、終わりですよ」というところまで一緒にやっていただいて修正もしたので、本当に何十回、やりとりをしました。
司会者:そうですね。
藤﨑:今回3冊目なんですけど、こんなに心を込めて一緒にやっていただいたことはなかったかなと。その2冊は大切に扱っていただいて、ご一緒した本だけど、今回びっくりするほど、深くできたと思っています。
このExcel、なんでこんなに一生懸命がんばっちゃったかっていうと、やはり杉山さんに思いをしっかり伝えなければ、読者のみなさんには伝わっていかないんじゃないかなって思ったんですね。だから、ここの作業を丁寧にやらせていただいたっていうことですかね。
司会者:そこにも藤﨑さんらしさがすでに表れていると思います。これをお願いした時に「今までの仕事の経歴の中で、一番感情が動いたポイントを書き出してください」っていうお願いをさせていただいたんですよね。それでこの数が出てくるのは、ふだん仕事をするうえで、とても感情で動かれているということかと……。
藤﨑:(笑)。
司会者:ご自身の中での感情をすごく大切にしながら仕事をされているんだなっていうことがわかりました。
普通、「仕事と感情は切り離しましょう」みたいなことを言われがちなんですけど「あっ、そうじゃなくていいんだ。こんなに心を込めて、こんなに身を削ってやる仕事があってもいいんだ」みたいなところにも、すごく勇気をいただきました。