「多様性」という言葉による線引き
ここまで多様性の背景を見てきました。ただ、この「多様性」という言葉を突き詰めて考えていくと、「なんでもかんでも多様性でいいのか?」と言われると、そうではない部分も見えてきます。
例えば、今スライドでは小学生のランドセルの例を出しています。

昔は男の子は黒、女の子は赤、という時代でしたけれども、今はそうではないですよね。ピンクだったり、緑だったり、性別に関係なく、いろいろな色のランドセルを使っています。
では「色は何でもいいんだな」となった時に、「じゃあリュックで学校に行こう」となると、「いやいや、それはダメでしょ」となりますよね。さらに「じゃあ、どんなのでもいいなら風呂敷で行こうかな」となると、「あいつ、ちょっと変なやつだな」と思われる。
つまり、多様性とはいえ、外れすぎているものはある、ということです。都合のいい範囲の違いは多様性として受け入れられるけれども、さすがに外れすぎると、「これはもう差異だよね」「都合が悪いものだよね」と判断される。その線引きをする概念として、多様性という言葉が使われている、ということなんですね。
こう考えていくと、多様性という言葉は一見とても耳障りのいい言葉なんですけれども、実は使う人によって「都合のいいもの」と「都合の悪いもの」を区分する言葉にもなり得ます。都合よく解釈されてしまう可能性がある言葉だ、という前提を、まず私たち自身が持っておく必要があります。
これを踏まえると、今いろいろな会社で、会社からの指示や上司からの指導がある中で、部下の方が「それはちょっと納得できません」とか、「多様性的にどうなんですかね?」と言ってくる場面が出てきますよね。ただ、この「多様性」という言葉自体も、もしかすると部下側の都合によって、うまく線引きされてしまっている可能性がある。ですから、すべてを丸飲みして請け負ってしまうのは、少し危険な言葉でもあるということです。
多様性を盾にした反発の心理背景
ここまで「多様性」という言葉の特徴を見てきましたが、次に、この言葉を使う部下の心理背景についても見ていきたいと思います。

例えば、「それは自分のやり方じゃありません」とか、「家庭の事情があるのでできません」とか、「ちょっと違和感があるので受け入れられません」といった言葉です。少し前までは、なかなか聞くことがなかった表現ですが、今はこうした言葉が出てくる場面もありますし、上司としては「怖い言葉だな」と感じることもあると思います。
その背景に、どんな心理があるのかを整理してみると、いくつかの傾向が見えてきます。まず、「うまくできそうにない」「失敗するのが怖い」という不安があります。自分の考えをうまく相手に伝えられず、結果として反発というかたちになっていることもあります。あるいは、不安や不満を自分の中で消化しきれず、モヤモヤしたまま突っぱねてしまうケースもあります。
また、仕事の大変さをアピールすることで、上司から譲歩を引き出したいという心理もあります。「仕方ないな、じゃあここまででいいよ」と言ってもらいたい、という気持ちですね。さらに、上司からの注意や指導を「攻撃」だと受け取ってしまい、それをはね返そうとする場合もあります。
基本的には、こうした反発が起きている状態です。その背景には、仕事の力量の未熟さや、精神的な未熟さがあります。苦手なことや嫌いなことに直面した時の防衛反応として、「それは受け入れられません」といった言葉が出てくる。この構造が、まず前提としてある、ということです。
その時に、「これ、多様性的にどうなんですか?」とか、「それって命令なんですか?」みたいな言葉が出てくるわけです。これは、「多様性」という言葉を盾にとっている状態だと思っています。
防衛ばかりしていると、「あいつ、逃げているな」と思われたくない。だからこそ、「多様性」という言葉を使って自己正当化をしている。これが、多様性を主張する、いわゆる権利主張型の部下の心理背景だなと見ています。
多様性を盾にする社員を動かすアプローチ
こうした言葉を投げかけられると、上司としてもどうしても怯んでしまいます。ただ、この「多様性」という言葉の背景には、未熟さが隠れているケースも少なくない。にもかかわらず、上司が「多様性」と「部下の未熟さ」を混同してしまうことで、本来必要な指摘や指導ができなくなっている。これが、今の現状ではないかと感じています。
ですから、「これは本当に多様性の話なのか?」、それとも「部下の未熟さを覆い隠している言葉なのか?」。ここをきちんと判別する必要があります。
そのうえで、「多様性」という言葉が、部下にとって自己防衛や自己正当化のための言葉になっている時に、上司はどう関わればいいのか、という点に触れていきたいと思います。
ここで、人の集まりとしての「集団」と、「組織」というものを並べて考えてみます。

集団というのは、必ずしも共通の目的がなく、いろいろな考えの人が、ただ同じ場所に居合わせている状態です。連携も弱く、相互作用もあまりありません。
一方で、組織というのは共通の目的があります。その目的に向かって相互作用が生まれ、チームワークが機能する。いわゆる凝集性、まとまりがあるからこそ、1人ではできないことをチームで成し遂げ、成果を出すことができるわけです。
そう考えると、部下の方が「多様性だ」と主張する時、それは「私とあなたは違いますよね」という、違いにフォーカスした言葉でもあります。ただ、同じ会社、同じ組織にいる以上、まとまりがなければ組織は成り立ちません。
だからこそ、「多様性」という言葉で違いばかりに目を向けるのではなく、「なんで私たちは一緒に働いているんだっけ?」とか、「なんでこの会社、この組織でがんばっているんだっけ?」といった、共通の目的を確認し合うことが重要になります。
「多様性」という言葉で「あなたと私は違うよね」という方向に話を持っていくのではなく、「同じもの(目的)を持っているよね」というところに視点を戻す。その意識づけをしていくことが、上司・管理職に求められるアプローチだと思っています。