静かな分断を超える実践型ワークショップ(全4記事)
“休みを増やしたのに職場がギスギスする”という矛盾 “自由な働き方”と“組織全体の幸せ”は両立できるか? [2/2]
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個人が幸せに働き、会社も幸せになる働き方はあり得るのか
高橋:では、もう1回だけ投げかけて、話をして終わりにしたいと思います(笑)。次の3番ですが、「結局、今問われていることって何でしょうか」ということを、みなさんでもう一度だけ話してみてください。
本当に、こんな短い時間で扱うテーマではないんです。これは、それなりに時間がかかると思っているテーマです。ただ、働き方や生き方そのものを見直す人が増えている中で、それぞれにありたい姿がある一方で、いろんな価値観が広がっている。そうした中で、何を共有していけばいいのか。
これから、AIを使って仕事の仕方がどんどん変わっていく。いろんな変化が起きていく中で、一緒に働くとはどういうことなのか、働き方をどう考えるのか。その時に、何を共有したらいいのかを考えてみてほしいんです。
特に考えたいのは、「個人が幸せに働くこと」と、「その結果として、周囲や会社も幸せになること」を両立できないのか。その鍵は何なのか、という点です。
「私は幸せだけど、周りは幸せじゃない」。そうではなくて、「私が幸せで、周りも幸せで、会社も幸せになる」。そんな姿はないのか。そのために、何をしたらいいのか。そこを、少し考えてみてください。
(参加者同士で話し合い)
高橋:この短い時間で話すテーマじゃないですよね(笑)。今日は、こういうことにちゃんと向き合ってみませんか、という入り口です。本当は、時間をしっかり取って、対話していきたいテーマです。
でも、今の短い時間の中でも、「悩ましくなったこと」や、「これは、みんなで共有していかないといけないな」と感じたことはあったんじゃないでしょうか。「こういう考え方を問い直していかないと、本当の意味でのつながりが持てなくなる」「分断が進んでしまう」。そんなふうに感じたことがあれば、教えてください。
参加者4:対話が大事だという話から始まったと思うんですけど、私の中では、「人の役に立つ」という気持ちが、何をするにも、けっこう大きなモチベーションになっています。
例えば、身近なところで言えば、隣にいる人や、向かいに座っている人の役に立つ。そういう気持ちをまず個人として持つ。部署単位で言えば、他の部署の役に立つ。それを会社単位に広げれば、取引先や関わっている会社のためになる。そういうふうにつながっていけばいいんじゃないかと思っています。
ただ、そのスタートとして、「どうやって、そういう価値観を醸成していくのか」というところは、今後の課題だなと感じています。
高橋:「人の役に立つことが大事だ」と言って、説得しようとすると、「いや……」と引かれてしまう。その時に、どう対話をするのか、というところですよね。
参加者4:そうです。そこです。
関係づくりの中で“人間くささ”を実感する
高橋:何か、いいアイデアがある人、いますか?
参加者3:一緒に巻き込んで、一緒に活動してみて、「こういうことが人の役に立つんだ」ということを、経験として味わってもらうのが、いちばん早い気がしました。
高橋:なるほど。ある意味、実際に経験して、「ありがとうね」とか「助かったよ」という言葉が返ってくると、「あ、これが本当に人の役に立つということなんだ」と実感できる。たぶん、その実感がないから、今、働いていても「自分が人の役に立っているのかどうかわからない」という仕事の仕方になってしまっている人が多いのかもしれない。
それまでは、「人の役に立つことが大事だ」と言われても、「だって、誰も私がやっていることに対して、役に立ったって言ってくれていないじゃないですか」と思ってしまう。確かに、そこはあるかもしれないですよね。だから、経験と、それに対するフィードバック。
参加者3:しかも、活字とか書面で理解するというよりも、人との触れ合いとか、関係づくりの中で感じる温かさとか、人間くささみたいなところから、実感できる気がしました。
高橋:なるほど、なるほど。もしかしたら、今、問われているのは、そういう人間くささが失われていることなのかもしれないですね。だからこそ、「私は私の仕事のため。ワークはワーク、ライフはライフ」と切り分けた働き方になってしまっている。そこから、何か取り戻す必要があるんじゃないか、という対話につながっていくと、確かにいいですよね。
良いか悪いかの二元論で考える人が増えたことの弊害
高橋:他の方、どうですか? 「ここは、こう感じたよ」というものがあれば。
参加者5:最近、すごく感じているのは、みんなが二元論に陥っているということです。0か100か、良いか悪いか。いいことをすれば褒められるけれど、そうじゃないと罰を与えられる。そういう恐怖感に支配されていることに、気づかないまま、そこにいるんじゃないかなと感じています。
その中で、欠乏感がすごくあおられているとも思っていて。欠乏感があると、もっと欲しいと思う一方で、今持っているものを奪われたくないという気持ちも強くなる。そうなると、「社会に貢献する」とか「誰かの役に立つ」というところから、どんどん遠ざかってしまう。
自分の持っているものを人に与えたら、なくなってしまうんじゃないか、という感覚があると、「誰かの役に立てるようなことをしよう」という発想自体が、出てきにくくなると思います。
そこに、行き過ぎた自己責任論で責め立てられると、ますます自己防衛に走って、「自分だけは」という意識が強くなる。その結果、一人ひとりが、自分の中に小さな分断をつくってしまっている。そのことに気づく必要があるんじゃないかなと思っています。
だから、すごく小さなことでもいい。「おはよう」と声をかけることでも、自分にできる、誰かの役に立つことだと思う。そういうところからでいいから、始めていったほうがいいんじゃないかなと、最近は思っています。
高橋:なるほど。ありがとうございます。二元論ですよね。さっきのワークとライフはどっちが良いのか悪いのか、とか。そういう議論をしていく中で、みんなが自己防衛型になっていく。それが結果的に、何かをやろうとした時に、つながっていく感覚を、どんどん閉じてしまう、切ってしまうような状態になっている気がします。 続きを読むには会員登録
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