【3行要約】 ・職場環境の改善は社員の「ここにいたい」という考えに影響を与え、社員の離職防止に貢献することができます。
・株式会社ニューチャーネットワークスの張氏は、トイレの改善だけでエンゲージメントスコアが上昇した事例や、DIY活動が組織内コミュニケーションを活性化した例を紹介します。
・企業は個人ごとに異なる欲求レベルを把握し、存在欲求を満たす基盤づくりに取り組むことが効果的だと提言しています。
前回の記事はこちら オフィス環境の改善は社員が「ここにいたい」と思う第一歩
張凌雲氏(以下、張):ここからは、手のつけやすい非金銭報酬の領域を中心に、私たちが支援してきた会社で実際に行った事例も含めながら、取り組みをご紹介していきたいと思います。いずれの取り組みも、存在欲求領域のポイントは、多くの従業員が許容できる最低限の範囲まで引き上げることがポイントです。すぐに最高の状態を作り上げる必要はないので、それを念頭に聞いていただければと思います。
冒頭で後藤が話しましたように、私どもの会社はさまざまな規模の会社と接しています。まずオフィス環境ですね。大企業であればあまりないんですけど、キーワードは、寒い、暑い・暗い・汚い・危ないですね。そういったオフィスには従業員が「あ、ここに居続けてはいけないな」と思う要因にもなります。
工場や倉庫、または外での作業となると、環境の改善が難しい職種も多くありますが、その中でもいかに身体的な危険や負担を軽減するかが重要です。(スライドを示して)私たちが実際に関わった事例です。まずは安全な通路が確保されていないオフィスとか倉庫です。
5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)、中でも整理・整頓が進んでいない現場って、やはりまだまだ多くあります。使わなくなった設備、重機、返品された商品がずっと滞留して、作業スペースが狭くなっている職場は少なくありません。あと、残業中に一息ついた時、自分の身長よりも高く積み上げられた段ボールに囲まれて、絶望を感じたという声も聞いたことがあります。
地味だが意外と効果がある施策の例
張:2つめですね。過去には窓が割れて外気が入ってきたり、床に穴が開いているオフィスもありました。建物の改修にはお金がかかるので、修繕を先延ばしにしている組織、特に支店とか営業所は少なくありません。実際、ガムテープで床や割れたガラスを補修している現場もありました。
3つめですね。エアコンが効いてなくて暑いオフィスとか更衣室も生存欲求を脅かします。省エネに取り組む企業は多いんですけど、外回りから汗だくで戻っても体の熱気がなかなか取れないと熱中症を招くことになります。やりすぎは注意ですね。
衛生が保たれていない休憩所も改善のターゲットになります。これらは地味に感じるかもしれませんが、目に見えるもののため、改善した時は、従業員が「あ、すごく快適になった」っていうのを実感して、うれしそうに話すことも多くて。欲求の高まりはかなり大きいので、なかなか侮れない取り組みだと思います。
実際のプロジェクトでは、オフィスのリフォームですね。プロにお願いすることもあるんですけど、従業員がDIYでやるケースも多くあります。DIYを通じて組織内のコミュニケーションが良くなって関係欲求が高まるケースもありました。それほどコストをかけずに家具やライトだけを替えるといった実施もできます。
トイレの状態は会社の職場環境を測る一つの基準
張:続きまして、職場の衛生環境ですね。トイレなどの水回りの改善に取り組む事例が多くあります。TOTOさんの調査になりますが、トイレは仕事のモチベーションに影響するというデータもあります。
例えば、数が少ないのでいつもトイレが混雑している。あとは2階建ての建物で、1階は男女別々なんですけど2階は男女共用で、実質下に行かないと女性は使えないとか。あとは建屋の外に出ないとトイレに行けない。そういった状況も改善の余地があるかと思います。
トイレをきれいにして、女性が小物を置けるようにしただけで、エンゲージメントのスコアが上がった例もあります。トイレの状態は、会社の職場環境を測る上で1つの基準となると思っていますので、みなさんの事業所を思い出していただければと思います。
社外の訪問者に使ってもらうとイメージした時に恥ずかしくならないぐらいのトイレであれば問題ないと思うんですが「あの事業所はちょっと……」と思う拠点がある場合は、従業員の欲求にも悪い影響があるので、改善を考えたほうがいいかと思います。
休暇が取れない2つの原因
張:続きまして、休暇が取れる環境を整備するということで、退職理由の上位にも上がっている「休暇が取れない職場」ですね。休暇が取れない、取りづらいって、2つのパターンがあると思っています。1つが風土的な問題と、もう1つが実務的な問題になります。
誰も休みを取っていないので有休が取りづらい雰囲気になっている職場も多くあり、会社として有休取得を奨励する活動が必要です。また、上司が積極的に有給取得して、「自分も取っていい」という雰囲気にする必要もあります。
また「有給消化大作戦」のような、ユニークな名前をつけて「全員で使い切るぞ」ぐらいの雰囲気を戦略的に作り出すことから始めることもあります。
実務的な問題のパターンは、「仕事が忙しすぎて休むことができない」とか。よく言うのが「仕事が人についているので、休んでもお客さん、場合によっては会社から携帯やメールが連絡来るので、結果として休めなくなっている」という状態です。
「自分が休んだらチームが止まる」は思い込みの場合が多い
張:先日のテレビ番組でも「休みの日に仕事のことが頭から離れない人が83パーセントいる」というデータが出ていたので驚いたんですけど、それが現実かと思います。人が休んでも代わりの人がフォローできる体制作りが1つの解決(策)になるかと思います。
やはり具体的には、シンプルですけど仕事の見える化を行う。営業であれば担当のお客さんの対応状況がわかるようにする。必要な情報ファイルを他の人も確認できるようにするということです。他の人でも対応できるように、マニュアルの整備や、別の職種や仕事を覚えてもらう(など)ですね。ジョブローテーションも必要かと思います。
また、多くの場合、休みを取りたい人自身が「自分が休んだらチームが止まる」と思っていますが、これは残念ながら思い込みのことが多くて。1週間程度までならあまり業績に影響が出ないことが多いかと思います。
インフルエンザやコロナウイルスに罹患したらみんな急遽休むので、それでも大きな影響はあまり出ないと実感しています。なので、こういったインフルエンザ理論を基に、上司が「いいから何も考えずに休め」と背中を押してあげることも大切かと思います。「うちの会社は休みが取りやすいよね」と従業員に言ってもらえるような状態であったらいいかと思います。
長時間労働対策は組織と心理の2方向で対処する
張:そして、長時間労働、過重労働ですね。これも退職の大きな理由の1つです。特に最近の若手は残業を敬遠する傾向があると言われていますし、実際にお客さんからも多く聞きます。長時間労働の対策としては、RPAとかAIを活用した本格的な自動化もありますが、まずは今からできる取り組みのアプローチが必要です。
アプローチには大きく2つのパターンがあって、組織のルールや仕組みでの改善と、従業員の心理的な負担軽減での改善の2つがあります。
組織のルールや仕組みの改善は、例えば早朝や夜間勤務が発生する場合に、今まで残業で対応していたが、シフトを見直しして2交代制を導入し、残業を発生しないようにするなどですね。あと負荷が多い支店の見積もり、発注とかデータ入力業務ですね。これを比較的余力のある支店が一部を負担して、拠点をまたいだ負担軽減を行うとかですね。
あとは、売上や利益率が低いのに問い合わせが多い、手間がかかるお客さんに対しては、もうトップダウンで無理に受注を取らせないようにする。そのお客さんの対応を少なくして、収益性が高いお客さんに時間を割くようにするとかですね。あと、時間外の問い合わせは対応せずに、翌日に受け付けるルールに変えてお客さんに説明する。そういったことから始められるケースも多くあります。
社員のアイデアを集めることも効果的
張:また、離職防止という観点です。長時間(労働)だけでなく、従業員の心理的な負担をいかに除去できるかが重要です。そういった意味では従業員自身に改善のアイデアを出してもらい、それを解決することでピンポイントで負担感を除去することができるため、私どももそういったアプローチをよく取っています。
具体的には会議の出席を減らしたり、逆に会議を増やして相談しやすい環境を作るとかですね。あとは社内資料や提案書などの作り直しを減らすために10分間レビューを徹底する。また、夕方以降に仕事の依頼をすることを基本的に禁止にするとか。作業を依頼する時の必要情報のフォーマットを作成して無駄なやり取りを減らすなどですね。従業員の方から出たアイデアとして、こういったものは実行してきてます。
これらもすべて小さなことなんですけど、やはり改善された感覚とか良くなった感覚を従業員に感じてもらうためには欠かせない項目です。どれも大きな投資をしなくても現場視点の業務改善で仕事の負荷を減らすことができるということは、常に現場と一緒に仕事をしていく中で実感しています。
約6割が職場でハラスメントを受けたと回答した調査も
張:そして最後にハラスメント対策ですね。パワハラ・セクハラ対策、多くの企業で取り組んでいますが、まだパワハラを中心に根強く残っていることがうかがえます。
人材サービス大手のエンさんの調査ですと、回答者の63パーセントが職場でハラスメントを受けている。その63パーセントのうち、どんなハラスメントを受けたかっていうと、やはりまだパワハラが多いです。
パワハラの要因ですね。こちら、原因を分析すると複雑な構造になってしまうんですけど、パワハラ言動をしてしまう個人レベルの要因で分析すると、スキル面と心理面の課題があるかと思います。
スキル面はマネジメント経験の不足や、コミュニケーション能力の欠如ですね。指示の言語化力が弱くて指導の仕方も知らない場合です。メンバーに厳しいことを言わなければいけない時はきちっと自分の考えとして伝達して、一緒に改善の提案を出していくことが必要かと思います。
カスハラへの認識には企業間で温度差が
張:2つめ、心理面ですね。上司の人が多忙とか疲労から、余裕のなさで、承認欲求や管理欲求が出てしまうということで問題視されます。上司自身が業績プレッシャーや責任を負いすぎて、部下に強くあたってしまうパターンですね。
こういった場合は、チームを分割して小チームのリーダーに権限委譲するとか。逆にチームを大きくして、本人のマネジメント範囲を小さくするなど、組織体制としての責任範囲のマネジメントを見直していく必要があります。
あとは、よく聞くのはカスタマーハラスメントです。これも今、離職要因の1つになっているかと思います。(スライドを示して)こちらも19パーセントあるかと思います。ただですね、カスハラに関しては会社によってすごく温度差を感じて。ある会社では「いや、張さん、うちはカスハラが離職にすごく影響するんだよ」って危惧しているところがある一方で、まだまだ問題と捉えていない企業も多くあります。
ただそういった企業でも、実際に現場の人に聞くと「名札の名前からなんかSNSを特定されてすごく困っている」といった声も聞きます。カスハラはパワハラと違って、従業員が社内に相談しやすいはずです。また、どういったところでカスハラになるかといった法律的な知識も役立つかと思いますので、会社としてそういった防御策を取っておくことも必要かと思います。
個人ごとに異なる欲求を、チーム内で照らし合わせる
張:以上ですね。まだいろいろな施策はあるんですけれど、存在欲求を高めるために弊社が今まで取り組んだことをご説明しました。
最後です。ちょっともうお時間になっていますが、あなたにとって、あなたの組織は従業員の存在欲求を満たしているかという問いです。
なぜあえて「あなたにとって」と入れたのかと言いますと、本日何度もお伝えしていますように、個人によって欲求のレベルが異なるからであって、同じ組織・同じチームであっても、個人ごとに欲求レベルが異なるので、この点数をつけると(結果が)異なるかと思います。理想的なのはこれを同じチーム内で照らし合わせて議論していくことです。
最後に、本日みなさんの個人目線での振り返りを行っていただいて、(結果が)良ければ10点、「ぜんぜんできてないな」と思ったら1点で、みなさんの主観でつけていただいて。点が低い場合、どういった課題があるのかということもチャットに書いていただければと思います。

チャットいただいた中で、存在欲求は弊社でサーベイをやって調査しております。後藤さん、補足ありますか。
後藤淳太朗氏(以下、後藤):そうですね。ご質問いただいてる項目は、我々からのご回答として共有させていただきます。
我々はプロトタイプではあるものの、各欲求を調査するようなサーベイのシステムを開発しています。無料で使えるものなので、ぜひ各社さまご興味あれば、ぜひ使っていただければと思います。張さん、みなさんに書いていただいている間に、今日のまとめをお願いしたいですね。
張:はい。本日のセミナーでお話しした存在欲求は、かなり基本的な内容が多かったと思いますが、改善を怠るとすぐ離職行動につながってしまう領域でもあります。整えるべきチームの基盤、会社の基盤も、存在欲求への対応で一部は埋まりますが、ここから関係欲求と成長欲求を高めることが勝負どころと言えるかと思います。
会社の基盤の開発、チームの基盤の開発、そして個人の開発に、どのようにアプローチして、3つの連動性を持たせていくかというのは、次回以降のセミナーでもう少し踏み込んでお話ができればと思います。本日はありがとうございました。
後藤:ありがとうございました。