【3行要約】 ・労働人口は維持されているのに人手不足が続く背景には、企業規模・業種・地域間の人材偏在という構造的な問題があります。
・株式会社ニューチャーネットワークスの張氏は、「離職は複雑な構造的問題で単純な解決策はない」と指摘し、個人の欲求を「存在・関係・成長」の3軸で捉える必要性を説きます。
・企業は1on1を通じた個人の欲求把握と組織変革の連動、そして短期施策と 長期戦略の両輪での取り組みが求められています。
前回の記事はこちら 労働人口は女性の社会進出で維持も、人材の偏りが課題に
後藤淳太朗氏(以下、後藤):確かに労働価値観は本当に多様化してますよね。私なんかは、この時代の技術とかもそうですけど、変化の速さに漠然とですがすごく不安を感じています。
「いくら働いてもいいから成長したい」とか「お客さんに貢献したい」とか思うタイプなんですけど、同世代でも残業したくない人もけっこういますし、なんなら「誰ともかかわらず仕事をしたい」という人もいる感じですね。
かといって私も、家庭もあるので住む場所とかは変えたくないですし、今はリモートで仕事ができている状況なので「今の仕事はちょっと変えにくいなぁ」っていうのもあります。けっこういろんなパターンがありそうだなぁと思いますね。

話を聞いていてちょっと疑問に思ったんですけど、日本の労働人口って、男性の労働者は減少し続けていると思うんですけど、女性の労働者が増え続けているというデータを見ていて。7,000万人ぐらいの労働人口を維持してますよね。だけど、人手不足に悩んでいる我々のお客さまの声はぜんぜん減っていないですし、むしろ社会課題っぽくなっているんですけど、これはなぜなんでしょうか。
特定の業界・企業群に人材が偏り、人手不足感が継続
張凌雲氏(以下、張):後藤さんの言うとおり、2040年には労働人口が約6,000万人減ってしまうという見込みがあるかと思います。ただ、ここ数年は労働人口は微増してます。これは今話されていた、女性の社会進出によるものです。
これまで女性の労働率は30代から40代に(かけて)低下していたんですけど、今は低下しなくなっているというデータも出ているかと思います。ちなみに2025年8月時点の有効求人倍率では1.2倍のデータもあって、やや雇用の流動性が落ちてきている傾向はあるものの、まだまだ売り手市場と言えます。
人手不足の声がずっと大きく言われ続けているのは、先ほどの3つの仮説に加えて、人材の偏りが起きているんじゃないかと思います。1つめが大企業、中小企業、フリーランス間の人材の偏りですね。2つめが、やはり業種間での人材の偏り。そしてさらに3つめが地域間の偏りになります。
労働に関するいろいろな情報が世の中に出回っている結果、特定の価値観を持つ人が、例えばスタートアップや大企業に集まっているみたいなことが起き過ぎているんじゃないかなと思います。あと、やはり拘束時間が長かったり、過重労働と言われる飲食とか、小売・物流ですね。そういったところよりもコンサル業界とかDX・IT業界にいく偏りが出ているんじゃないかなと。
転職ブームの潮目が変わった2024年
張:あとは、やはり地方はなかなか人が集まらない。大都市部に集まるといった偏りもあるかと思います。
後藤:確かに私も四国の出身ですけど、田舎から上京してきて、かつ前職は大企業だけどコンサル会社へ移っているみたいな、ザ・偏り発生源みたいな人間だったのを思い出しました。ちなみにこれ、転職意識の変化って、これまでにどんな感じで移り変わってきているんでしょうか。
張:転職意識の変化についてはざっくりですけれども、コロナ後の3年間の転職ブームがあって、2024年からのブームの抑制というトレンドがあるかと思います。
コロナ後から2023年の転職ブームでは、DXとかIT人材需要、あとはリモートとかフリーランスなどの新しい働き方の推進施策によって、転職への期待が一時期高まったかと思います。
ただ昨年の2024年になると、リモートが縮小されて出社回帰したことで、今は働き方の柔軟性は低くなったのかなと思われます。あと、賃上げも大企業を中心に期待されたほど広がらなかったので、「転職しても大差ないよね」みたいな傾向になったかと思います。
社会的不安といったマクロトレンドの影響も
張:あと、転職市場も求人内容が似通ってきて、よほどのことでなければ、どこにいても同じような感覚になってきてしまったということが、転職ブームが抑制されてきた流れになっています。
あと、こういった背景にはですね、各社の動きや転職のマッチングの悪化などもありますが、ウクライナの戦争とかトランプ関税みたいな、世界的なマクロトレンドの不安定さも影響しています。やはり、人は先が読みにくい状況ではなかなか環境を変えられないので、待ちの姿勢になっている。そういったマクロ的な要因も、人の心理に影響を与えているかと思われます。
後藤:なるほど。ありがとうございます。じゃあ、ちょっとこれまでの話をまとめると、まず男性の労働者は減少しているが女性の労働者は増え続けて、約7,000万人の労働人口を維持している。しかし、2040年には約6,000万人に減る見込みですね。
雇用の流動性はやや落ちてきている傾向はあるものの、まだ売り手市場。技術革新で生産性は上がっているはずだが、企業の実態は慢性的な人手不足、いろんな偏りが発生している状況ですね。こういった状況の中で、「企業間の人材獲得競争は今後も激化していくだろう」ということで、会社はさまざまな施策を打っている状態ですね。
ただ、この人材戦略も報酬を上げれば良いみたいな、単純な労働価値観ではなくなってきていて、どんどん労働者の欲求も変化しているし、これが世代とか個人によって異なっている状態ですね。しかも、そもそも多くの企業ではベースアップの余裕がないし、どこの企業も即戦力が欲しいので、転職市場ではミスマッチが多発。
労働者からしたらインフレが進んで可処分所得が減少(している)みたいな話もありますね。世界の情勢やマクロトレンドの話もいただきました。情勢も不安定で、転職にもリスクがつきまとう。この状況の変化みたいなものは、会社にとっても同じ感じなんですかね。
離職構造は複雑で、単純な解決策はない
張:そうですね。こういった複数の問題が構造的に絡み合って、それぞれが変化し続ける状況では、離職という現象を、常に変化するシステムとして構造的に見る必要があると思ってます。単純に「こうすればこうなる、だからこうすればいい」という単純な回答はなかなかないのかなと思います。
(スライドを示して)これはスナップショット、ある一時点を撮影したデータですね。単純なんですけれど、労働者の思考や労働者、労働価値観は世代や個人で違って、かつ常に変化していくのがわかるかと思います。労働者の離職行動に影響を与える変数が多すぎてしまうので、離職行動をマクロトレンドレベルで完璧に捉えることはすごく難しいと思っております。
後藤:この図もそうですけど、離職を取り巻く構造が複雑すぎて、頭がこんがらがってきますね(笑)。
張:そうですね。いろいろあるんですけれど、まず離職構造を段階的に分けると、ほとんど構造的に捉えることができるので、ここからは、実際の私どもの取り組みも含めて具体的に見ていこうかと思います。
後藤:はい。お願いします。
個人の欲求を成長・関係・存在の3軸で捉えるアプローチ
張:(スライドを示して)まずタイトルに、「個人の3つの要求」というのがありますが、(クレイトン・)アルダーファーという心理学者の方が提唱したERG理論というものがあります。これをベースに、離職行動を左右する個人の欲求を考えてみると、成長欲求・関係欲求・存在欲求の3つに分解することができます。
それぞれの欲求は段階的に積み上がっていくものでもなく、相互に影響を及ぼしています。1つめの存在欲求ですね。これは会社に行きたくなる環境と言い換えることができます。心身の安全性や職場の衛生環境、休養が確保できる、給与に満足しているなどですね。弊社では7項目で設定しています。
2つめが関係欲求です。こちらはつながりと心理的安全性と言えまして、理解者がいるかどうか。ビジョンに共感できているか。あと、働くことに自由度があるか。納得するフィードバックをもらっているか。組織に対する貢献をきちっと実感できているかという7項目を設定しています。
3つめが成長欲求です。これはキャリア支援と成長機会の提供になり、高い目標を掲げられる。挑戦する機会がある。スキルを習得できる。継続的に成長を実感できる。やりたいことができる環境である。こういった7項目で設定しています。
当社ではこれらの21項目を、組織における個人の状態を確認する指標として定義しています。個人に影響を与える変数として、所属するチームのマネジメント基盤や、所属する会社の基盤、そして先ほども話したマクロトレンドの変化があると捉えています。
1on1を変化につなげる努力が重要
張:私どもはこれらの変数、そしてそれぞれの個人やチーム、会社といったレイヤーを行ったり来たりしながら離職防止に取り組んでいます。制度変更をして、会社の基盤を変えても、チームのマネジメントが変わったり、さらに個人の欲求・満足度が変わらなければ意味がないと思っています。
セミナーの最初に、後藤さんから1on1とかメンター制度というキーワードをいただきましたけれども。1on1も、例えば面談を通して個人の成長欲求を高めたり、生存欲求をきちっと高める機能を果たさないといけないと思っています。
同時に、1on1で得られた個人のいろんな欲求を受け止めてチームの目標に設定するなど、マネジメントとして機能させる必要もあるかと思います。また1on1で出た従業員の不満を上司が受け止めて、それを会社の基盤制度とか評価・仕組みに整備しないといけないと思っています。すべてお互いに影響を与えている創発的な関係性になってるかと思います。
これらがバラバラになっていると、従業員もマネージャーも「1on1をしても何も変わらない」とか「言ったけど変化しないので、意味がない。形骸化している」という状況に陥っているかと思います。
離職防止は短期施策と長期戦略の両軸で取り組む
張:ですので、離職防止とかリテンションに本気で向き合っていくと、個人の3つの欲求(の満足度)を高める上で、組織の文化や歴史とか各種の制度、あとはビジネスモデル。そういったかなり根本的な部分の、難しい課題にも取り組んでいく必要が出てきます。
極論をすると1on1で、いくら個人の成長実感を高めても年収が増えなければ離職を減らしきることはできないかと思います。年収を増やすためには、長期的には古いビジネスモデルを変えたり、稼げない事業を捨てたり、新たな事業開拓をしなくてはいけないという戦略的な問題も出てきます。
一方で、オフィス環境とか、同僚と仲良くなる、新しいことに挑戦する機会を与えるとか、個人の欲求(の満足度)をすぐに高められる領域も存在しますので、長期と短期というキーワードが重要になっていきます。