【3行要約】・長期計画や予算策定に時間をかける従来型組織運営では、決定時にはすでに状況が変わってしまうという課題が多くの大企業で発生しています。
・ドイツの製薬大手バイエルでは、新CEOが就任3ヶ月で「90日サイクル」のDynamic Shared Ownershipモデルをグローバル全拠点に展開中です。
・この事例は、規模の大きな企業でも組織変革が可能であることを示し、企業が直面する課題に対して組織構造や意思決定プロセスを抜本的に見直す選択肢を提示しています。
前回の記事はこちら ドイツの製薬会社バイエルの事例
吉田洋介氏(以下、吉田):では質問がなければ、他の事例が知りたいと。
山田裕嗣氏(以下、山田):もう1個、じゃあ、バイエルの話をしようかな。たぶんこれがもう1個、世界で大きな変革で、実際にバイエルさんはDSOを始めてからまだ2年ぐらいなんです。Dynamic Shared Ownershipと言っていて、ごめんなさい、公開資料が全部英語なんですが。

Dynamic Shared Ownershipということで、結果的にハイアールさんとすごく似ていることを言っているんですけど。バイエルさんはグローバルで(従業員が)8万人だかいて、製薬とコンシューマー向けの薬品と、農薬部門という3つの事業を持っていて、コングロマリットなんです。2024年にビル・アンダーソンというCEOが着任して、着任直後から、このDynamic Shared Ownershipを言い始めて、グローバル全部に展開することを今やっています。
言っていることは、コンセプト的にはハイアールに本当に近くて、彼らは「とにかくオーナーシップを現場に渡すのである」という言い方をしています。それをダイナミックに共有することで、Dynamic Shared Ownershipをはじめ、組織OSをDSOに変えますということをずっと言っています。
90日サイクルですべてを回す
山田:これが全体像ですね。DSOは、「我々は何に注目し、どうやって取り組み……」というのでいくと、すごくざっくり言うと、官僚主義的な計画をして、目標を立てて、それを継承する。みたいなことは時間がかかり過ぎる、効率が悪いというのが(スライドの)左側の世界。

右側はとにかく今日の……一番下が今日ですね。一番上にミッションがあります。このミッションの「Health for All, Hunger for None」というのが彼らのミッションで、これをロングタームのアウトカム、5年後にどうなって、中期では何で、ショートタームでは何と、今から未来において逆算していきますということを言っています。
これが計画と違うのは、今までのいわゆる左側の「予算を立てて」みたいなことじゃなくて、90日サイクルですべてを回しますというコンセプトに変えようとしていることです。
実際、まだ2年なので、全部変わっているかというとぜんぜん途中なんですけど。やっていることは、この小さな90日サイクルですべてのことを回すというふうに、あらゆることを変えようとしています。
この中で、組織図もなんとなくピラミッドではなくて、それぞれのオーナーシップを持ったさらなる小さな集合体によって、いわゆるレイヤーみたいなことがなくなり、自分でオーナーシップを持てる範囲の中で組織を変えようとしています。それに取り組んでいるのが、このトランスフォームの今の中身です。


実際に、この「リーダーに求めること」も、今までの取り組み方ではなくて、リーダーというのはビジョナリーであり、アーキテクトであり、カタリストであり、コーチでありと。自分が権限を持って決めるのではなくて、ビジョンを示す。ロングタームのアウトカムは何で、ショートタームは何で、それに対してどういう構造を作ればよくて、そこに対してコーチとしてメンバーに関わる、みたいなことに組織を変えることを、グローバルで今一斉にやっています。
就任して3ヶ月か何かで、「グローバルに全部OSをこう変えます」と出して、各ローカルにそれを全部届け、中ではDSOのリードで、グローバルからヘッドクォーターとかでそのトレーニングを受けて、トランスフォームを推進する人たちがグローバル各拠点にそれぞれいて、そのトランスフォームを今、絶賛進めています。
ハイアール社と思想が近い
山田:思想的には、やはり先ほどのハイアールとすごく近いところがあって、製薬会社です。製品開発とかめちゃくちゃ長いよねとか、いろんなこともある中で、あらゆることを90日サイクルで回すのである、みたいなことを今取り組もうとしています。
このビル・アンダーソンというCEOが、実はもともとロシュ(Roche)という別の製薬会社……確かグローバルで一番だった企業なんですけど、そこでCEOをやっていた時に、予算を立てるのに半年か9ヶ月かかるみたいなことで、もうそれを決めている間に状況が変わるんだけど。
それをとにかくどうにかしたくて、バジェッティング、予算作りのやり方をどうにか変えられないかというプロジェクトを延々やっていった結果、たどり着いた結論が、予算を立てる時点で無理なんだということになって。「じゃあ、いかにオーナーシップを現場に渡して短いサイクルで回すか?」ということに変えました。
それを、実はロシュでは1回やっていて、それで成功を収めていたことから、おそらく業績が悪くてけっこう困っていたバイエルにCEOとしてヘッドハントされ、こちらに着任し、ロシュでやってきたトランスフォームと近いことを今まさにバイエルでやろうとしています。というのが、ちょうど始まっているところです。
これぐらいダイナミックな会社で、ここはだいぶトップダウンでトップから来ていますが、この規模でも、特に製薬みたいなレギュレーションも大変きつく、サイクルが長いようなビジネスの中でもトランスフォームができているという意味で、バイエルではこういうことに取り組んでいます。
また、グローバルの中でも、ビル・アンダーソンが注目される方でもあり、いろんな取り組みが進んでいます。ということが、世界の中でもわりと注目されているところです。
日本のローカルでもこれは進んでいて、日本にもDSリードみたいな方がいらして、2024年からローカライズをしながらトランスフォームを進めていますというお話をうかがったことがあります。
グローバルの会社ですが、日本拠点でもこういうことは進んでいます。これは公開情報限りのことしか言えないので、これぐらい進んでいますというところだそうです。
初めから終わりまで責任を持てて初めて「オーナー」と言える
吉田:バイエルでいくと今まさに変化の途中で、トップのCEOが号令をかけて動いているということですよね?
山田:はい、そうです。
吉田:目指すところとしては、90日サイクルで回すのは非常によくわかるんですが、先ほどのハイアールと感覚的にはかなり近い、独立した小組織になっている状態なんですね?
山田:そうです。ビル・アンダーソンのインタビューを見ていると、ハイアールで起業家というのと一緒で、オーナーシップは、要はオーナーなんだと。「仕事のエンドツーエンド、初めから終わりまで責任を持てて初めてオーナーだよね」ということをすごく言おうとしています。
なので、「1チームだとしても、自分の職責の中の初めから終わりまで責任が持てるようにちゃんと分権化されていて、その中では自分たちで責任を持てるようにしようというのがオーナーシップのシェアだよね」ということをずっと言っているので。感覚的にはすごくハイアールと近いような。ただ、会社にするみたいなことまではやっていないので、そういう意味では違うんですが。
共通するのは、小さく分け、情報を渡し、自分たちで決めていいよということ。そのパフォームしたことによって自分たちも評価されるみたいなことは、すごく似たことをやっているなと。そういう意味では、製造でも製薬でも似たようなモデルでグローバルに進んでいると言えるのがすごくおもしろいなと思っています。
吉田:ありがとうございます。なので、今言えることは公開情報以上のことはないという前提でいったん押さえておいたほうがいい、ぐらいの感じですよね。
山田:はい。ただ、いろんなところで、特に海外では、ビル・アンダーソンCEOしかり、グローバルのトランスフォームをやっている人たちが……これも登壇されている資料の中から持ってきているので、こういう変革を今進めていますというのが、グローバルでもいろんなところでお名前を聞くようになったので。すごく注目されている事例だなという感じがします。
2社ともトップがその先の世界を見ている
吉田:ハイアールとバイエルが、まさに8万人。なので、自国内においてはかなり徹底してハイアールは進んでいるところですし、グローバルのほうは濃淡あれど、その思想を広めているというのはハイアールのほうで。バイエルは同じような8万人で、今まさに変革を推し進めている最中ですというのが今日シェアをいただいた大きい会社2つというところですね。
山田:そうですね。このお題に戻った時に、いったんこの2つはけっこう構造もいじっているし、意思決定も渡しているし。というのをちゃんといじってきたなという事例だと思っているので。
ここから見た時に、トップダウンじゃない、大企業でもグローバルでもちゃんと変化がされているんだぞというのが、この2つを見ることによって多少は見えるかなと思いました。というのが、このハイアールとバイエルかなと思っています。
吉田:そうですね。あらためて見た時に、推し進めているのが両方ともトップが……とはいえ推し進めるというところでいくと、やはりトップはその世界が見えているというか。さっきの未知の世界にどう飛び込むかは、結局トップが信じられていなくて、「新しい組織にしたほうがうまくいきますよ」みたいなことだとやはり振り切れなくて、居心地のいいほうに戻ってくるという力学だと思うんですけど。
2人ともトップはその先の世界を見ているからこそ、力学を変えることにひたすら注力して、それを実現するんだと動いているなとは見えているので、このあたりはやはりトップの存在の意味があるというところですね。
大企業でも変化していける
山田:この2つは確かにすごくそうですね。今回、この2つをあえて特にわかりやすくご紹介したらいいなと思ったのは、大きな規模でも変化できるということと、左側にありがちだと見えるじゃないですかというのと。
冒頭からずっと言っている、トップダウン、ピラミッド、ヒエラルキーが決して悪いわけじゃなくて、それでもうまくできる組織もある。というのと、そうじゃない代替策、オルタナティブなものがあるよねという右側を考えた時に、他にも右側で大きなものはあるよということを感じていただけるのかなと(思ったので)、あえて大きなものをご紹介しました。
吉田:そうですよね。いや、あらためて日本企業との対比的な部分もすごく感じるなと思ったのは、ビジネスとか事業のあり方として共通して、行き詰まりとか難しさを感じるという。さっきみたいに予算を立てている間にめっちゃ時間が経って状況が変わっているのに追いつけないじゃんみたいなことに対して諦めないで、なんとかやり切るところまで昇華させて組織を変えるとか。
組織はだいたい重たいものだと思っているので、大きい企業になればなるほど「この構造を変えるなんて無理じゃん」みたいな。「だから予算を立てるのはやはり9ヶ月かかるよね」と運営しがちな会社が多いと思うんですよね。両方とも、それをそうではなくて、本当にビジネスとしてあるべき姿に近づけるんだという力学を突き詰めた結果なのかなというのは見えたところです。