【3行要約】・「若手社員の意欲が低い」という問題は、個人の問題ではなく組織の環境デザインに原因があるかもしれないという視点が注目されています。
・目標設定理論と基本的欲求理論というフレームワークを用いることで、モチベーション低下の構造的な原因を特定できます。
・管理者は目標の明確性や困難度、自律性や有能感を満たす環境を整えることで、若手社員の意欲向上につなげることができます。
前回の記事はこちら 「若手社員の意欲が低い」問題を解決するフレームワーク
伊達洋駆氏:先ほど、フレームワークとはいったいどういうもので、どういう意義があるのか。そして『人事・HRフレームワーク大全』は、どのような構成要素によって出来上がっているのかを簡単に説明させていただきました。
今までの説明でも、なんとなくイメージしているところは、おわかりいただけたかなと思うんですが、少し抽象的な説明でもありましたので、ケースで少し考えてみたいと思います。
「フレームワークは、どのように役に立てることができるのか」ということをイメージしていただくために、組織の見えない問題を言語化することが、フレームワークでいかに可能なのかというケースを2つ、今から取り上げて解説させていただきます。「なるほど、こういうことか」と、おわかりいただけるのではないかなと思います。
まず1つ目のケースです。「若手社員の意欲が低い」という課題があったとします。少なくない組織の中で出される課題の1つに、「最近の若手社員の意欲が低い」というものがあります。
意欲が低いということは、一見すると、それ自体が問題点を指摘しているように見えるんですが。実際には、「意欲とは何だろうか」、「なぜ低いのだろうか」、「本当に若手社員だけの問題なのだろうか」などを冷静に深く考えてみると漠然としているわけですね。その漠然とした悩みや問題意識のようなものの内実を、フレームワークを用いて言語化していくことができます。
例えば、ここで1つのフレームワークを挙げさせていただきます。「目標設定理論」というフレームワークを挙げます。この目標設定理論は、人のモチベーションが目標の立て方や、あり方によって左右されると考えるようなフレームワークになります。具体的には、目標の明確性・困難さ、目標へのコミットメント、フィードバックというものが、人のモチベーションに対して影響を与えていくと言われているフレームワークになります。
モチベーションを高める4つの要素
それぞれ簡単に紹介させていただきます。まず1つ目が「明確性」です。これは目標が具体的で測定可能であることを意味します。明確性が高いほど、モチベーションが高まるということですね。

例えば「顧客満足度を上げる」という目標は、あまり具体的ではありません。それをさらにブレイクダウンして、「四半期ごとの顧客アンケートで満足の評価を5パーセント向上させる」という目標にすると、これは具体的で測定可能な目標になりますよね。
このような明確性の高い目標、すなわち具体的な目標というのは、自分たちが何をすべきなのかが明確になりやすいわけです。したがって、行動を強く方向づけることができます。また、明確な目標を立てることができれば、日々の業務の中で優先順位づけもやりやすくなります。ですので明確性が重要です。これが1つ目の要素です。
2つ目の要素が「困難さ」と呼ばれるもので、これは簡単過ぎず、難し過ぎないかたちで「適度に挑戦を伴うような目標がいい」ということです。というのも、やはり簡単過ぎると退屈になってしまいますし、逆に難し過ぎると「これは無理だ」と諦めを生んでしまう。

その間ぐらいの、本人の能力を少し上回るぐらいの挑戦的な目標をうまく設定することができれば、能力や意欲を引き出していくことができる。すなわち「ストレッチ目標」という言葉もありますが、そのような目標の設定が成長実感や達成感につながっていくというのが、2つ目の要素です。
さらに3つ目の要素が、「コミットメント」と呼ばれるものです。これは、本人がその目標に対して納得しているかどうか。さらには、主体的に関与しているかどうかという側面を指します。目標というのは、誰かから一方的に与えられて、自分がそこに対してまったく納得していなかったり関与していなかったりすると、責任感を持つこともなかなか難しいですよね。結果的に、その目標に対して行動を持続させることが難しくなってしまいます。

例えば、上司ときちんと対話を交わして、その上で目標の意義や目標が持っている組織に対する貢献というのを、きちんと理解していくことが、こうしたコミットメントを高めていくことにつながります。
そして4つ目が、「フィードバック」ですね。目標に対して進んでいく中で、その進捗が本人に伝えられるというのがフィードバックの意味するところです。例えば、目標達成のプロセスにおいて1年に1回の評価面談だけを行うのは、フィードバックが十分ではないわけですね。

定期的にフィードバックがないと、現在の自分の状態がよくわからない。結果的に、目標達成に向けて軌道修正していくことも難しくなるわけですね。あと、フィードバックがないとモチベーションが続きませんよね。ですので、例えば進捗を可視化する。あるいは努力の糧を認めていく声かけがあると、モチベーションの維持がしやすくなる。こういった側面を捉えているのがフィードバックになります。
このようなフレームワークを通してみると、若手の意欲が低いという問題1つを取ってみても、それに対して少し違う角度から光を当てることができるんですね。例えば「設定されている目標は曖昧ではないか」「目標の難易度は適切だろうか」など。
あるいは「目標に対して、果たして本人は本当に納得しているんだろうか」「フィードバックが不足しているんじゃないのか」というかたちです。
本人の資質ではなくて、もしかすると目標の設定の仕方、すなわち「組織側の環境デザインの問題ではないか」と少し視点を変えて、深掘りしていくことができるんですね。このようなかたちで、フレームワークというものがあれば、ある減少に対して切り口を見出せるわけです。
「有能感」を満たすとモチベーションが高まる
別のフレームワークについても考えてみましょう。例えば「基本的欲求理論」というフレームワークがあります。これは、人間には「自律性」「有能感」「関係性」という3つの基本的な心理的な欲求があるというものです。そして、これらが満たされると、人は動機づけ、すなわちモチベーションが高まるということを表したフレームワークになっています。
この基本的欲求理論における自律性とは何なのかというと、自律性という言葉のとおり、「自分で自分の行動を決めたい」という欲求ですね。人は基本的に、外部から強制されたくないと思っているわけです。

もちろん業務のすべてを自分で決めることは、会社の中で働く以上、なかなか難しいというか、不可能に近いですよね。ただ、少なくとも例えば目標達成の方法については、自分にも選択の余地があるというだけでも、この自律性の感覚は満たされやすくなります。1つ目の要素が、この自律性ですね。
2つ目の欲求が、「有能感」です。人は「自分が有能でありたい」と思っています。あるいは「成長を実感したい」と思っているわけです。例えば研修やツールなどがきちんと提供されていて、かつ挑戦の結果として成長を実感できるような機会があれば、有能感を満たしていくことができて、モチベーションが高まるんですが、そういう機会がないと、有能感を満たせない。結果的にモチベーションが高まらないということにつながります。

さらには関係性という要素もあります。人は根本的に「他者と良好な関係を築きたい」と思っているんですね。あるいは「集団に受け入れられたい」と思っています。

例えば心理的に安全な環境の中で、自分がリスペクトできるような上司や仲間とのつながりをきちんと感じることができると、人はやる気が高まりますよね。あるいは、これが逆だったらやる気が失われてしまうということは、想像に難くないと思います。
こうした「基本的欲求理論」というフレームワークをもってすれば、若手社員の意欲が低いという問題に対して、いくつかの問いを投げかけることができるんですね。例えば「若手社員は、仕事の進め方を細かく指示され過ぎていないか」ということを考えることができます。「自律性が欠如しているのではないか」という問いが立てられるわけですね。
業務が忙し過ぎると「有能感」が満たされない
あるいは、「自分の成長を実感できるような機会や褒め言葉、ポジティブフィードバックを含めた承認が与えられているのか」といったことも、2つ目の観点として考えられます。これは有能感の欲求が満たされていないのではないかということですね。さらに3つ目に、「職場で孤立感を覚えていないか」という問いも立てられます。これは「関係性の欠如が起こっていないか」ということです。
フレームワークをうまく使うと、このような問いが生まれてきて、現象に対して少し深く理解することができますよね。例えば、今の3つの問いを計器にすると、マイクロマネジメントが横行しているような職場において、若手の自律性の欲求は著しく損なわれてしまいますよね。そうすると指示待ちになって、意欲が低くなるのは当然であると考えることができます。
あるいは、日々の業務が忙し過ぎて、成長実感がなかなか得られないとなると有能感が満たされませんので、意欲が低くなるのは当然のこととなります。もしくは、チーム内でコミュニケーションが不足していて、お互いに心理的なつながりが感じられないような職場にいると、やはり関係性の欲求が阻害されているような状態なわけですね。そうなると、意欲が下がってくるのも納得できるとなります。
このように、フレームワークを用いていくことができれば、「意欲が低い」という、半ば漠然とした個人の問題のように捉えていたものに対して、例えば若手社員の目標設定のあり方に課題があるのかもしれないとか、あるいは「心理的欲求を満たすための環境が整備されていないのではないか」という問いを立て直すことができるんですね。
複数のフレームワークを使って「相互作用」を起こす
そうなると、具体的で対処が可能な組織の問題として捉え直していくことができるかもしれないわけです。また、フレームワークを複数使うと、そのフレームワーク間で、うまく相互作用が起きるケースもあります。
例えば先ほど紹介した例ですと、「明確で挑戦的な目標を立てるのがいいことだ」という話をさせていただいたんですが、これは「目標設定理論」というフレームワークの中で挙げました。そうした目標をきちんと達成することができれば、有能感が高まるわけですね。これは基本的欲求理論に基づいたものです。
あるいは、本人に対して裁量を与えて自律性の欲求を満たしていくことができれば、目標に対するコミットメントを高めていくことができるかもしれません。このように複数のフレームワークを同時に使っていくことによって、フレームワーク間の関係性にも目をやっていくことができるんですね。
何か問題が起こっていると感じたら、フレームワークを用いて、その問題を解像度高く考えてみる。そうすると原因が見えてきて、具体的な対策を講じることが可能になっていきます。
例えば「目標設定のプロセスを見直していこう」「権限移譲をもっと進めていこう」「メンター制度を導入していくといいのでは」「チーム内でもっと対話が生まれるような機会を生み出していったほうが良いのでは」など。このような対策を講じることにつなげていくことができるわけですね。