【3行要約】・安定していた医療・不動産業界でも労働問題リスクが高まっており、採用ミスマッチが経営危機を招く事例が急増しています。
・医療機関では診療報酬制限と人材確保の困難さ、不動産業では市場活況による経験不足人材の増加が背景に存在します。
・社会構造の変化に対応するため、業界特性を踏まえた予防的対策と迅速な対応体制の構築が求められています。
前回の記事はこちら 医療機関の場合
松村武志氏:今回、「じゃあ、それはどんなふうにやるの?」という話で、さっき個別の変化のリスクのニーズの例、リスクの顕在化(スライドの「社会的ニーズの変化と労働問題リスクの顕在化」のこと)の話をしましたけれども。

例えば医療機関の場合ですね。労働人口が減少しているんですよ。もちろん医療なんていうのはいろいろありますけれども、そもそも医師を減らしたりするのもありますし、業界の構造変化。これは何かというと、地方の診療報酬でやっている病院が、今診療報酬にいろいろ制限があって、人件費との関係でみんな赤字だったりするところが多いんですね。赤字の割合が20パーセントとかなんですけれども。
一方、都市部においては高報酬だったり、いわゆる自由診療のクリニック、これはよく「直美」なんていう話を聞いたことがあるかもしれませんが、美容皮膚科のクリニックさんみたいなところに実際問題、人材が集中しているんですよね。
ですから、これまで以上に人材が集中しているということになるので、トラブルになりやすいんですよ。そもそも人材確保が大変なので、(スライドの)下に書いてあるように資格重視とか経歴重視の採用活動。
要するに、病院の認定基準を満たすために看護師さんが何人以上いなきゃいけないということで、面接とか人柄とかを確認するための採用についての、いわゆる通常の手順をもう省いて、経歴書と免許を持っているよということだけで採用するみたいなのも増えてきているということですね。
社会的ニーズの変化と労働問題リスクの顕在化
それからそこに書きましたけれども、医療系人材紹介サイトの利用です。もともと医療機関というのは、いわゆる医局であるとか、看護学校で知り合いの紹介みたいなことがあったわけですから。知り合いの紹介だと学生時代から知っていたり、医局であれば……医局ってわかりますかね。
大学病院とかでいろいろ専門医の資格を取るまでの間に働いていて、それから地方の病院に行ったり、就職したりということなんですけれども。結局、医局を頂点にしたかたちで、そこに聞けばどんな人かわかる状況だったんですよね。
ところが最近は、医局が紹介するのではなかなか回らないところもありまして、先ほど言ったように、いわゆるプラットフォームにおける看護師さんやドクターについての人材紹介サイトみたいな。それが増えてきている状況なんですね。
そうするとますます、経歴は重視するけれども、そういうサイトのものだからそれなりに信用できるだろうということですね。多忙な現場の職員による面接が実施されるわけですけれども、今日聴いていらっしゃる方の中では、いわゆる一般的な製造業と違って、人事や総務がなくて、医事課とかが兼務していたりするので。
どうしてもやはり働く時に現場の中での偉い人、医長さんとかが見ていたり、看護師長さんが面談をしていたりする。(医長さんや看護師長さんは)忙しいですから、なかなか十分な時間をかけて採用面接できないなんていうことがある。これも医局時代だったら問題なかったけれども、「今、問題じゃないの?」という話になります。
高額報酬の医療従事者、労働問題で経営への影響大
それから、これはけっこう医療機関にありがち。他の業界でもたぶんあるんじゃないかなというところはあるんですけれども。みなさん病院に行って診断を受ける時や治療を受ける時に、契約書にはんこを押したりしています? やっていないでしょう?
つまり医療においては診療契約、つまり診療報酬の範囲である一般的な医療については、もうパッケージで決まっているので、わざわざ契約書で内容を明示する必要がない。一応最後に領収書で「こういうことをやりましたよ」という点数はもらえるわけですけれども、わざわざ診療契約とか契約書の署名に押印したりしていないじゃないですか。
結果、ドクターとか病院は労働契約書とか就業規則を作ること自体がなかったりね。今はいろいろな事情があったり、いわゆる医療機関におけるさまざまな働き方改革みたいなのがあってだいぶ良くなりましたけれども。労働条件通知書はあるけれども、労働の契約書、雇用契約書は存在しないなんていう医療機関もけっこう多いので、やはり証拠がなかったりするんですね。
それから先ほど言ったように、医療系人材紹介サイトを使ったことがあるような、今日聴いている方で医療機関の方とかがいらっしゃるかはわかりませんけれども、介護施設なんかもそうですが、人材紹介サイトのパターンで報酬の何ヶ月分みたいなものが仮に違法、違反したりとかですね。
あるいは成約した時とかに違約金請求ですね。よくあるのが、サイトで紹介を受けて面談したけど「採用しないことが決定した」と言いながら、こっそり連絡を取って契約して、人材紹介会社の紹介料を潜脱しようみたいなパターンがあって。
そうすると違約金として1年分とか半年分、つまり医療機関ですから看護師さんとかドクターとか放射線技師とか、一般の営業職、製造業とかにおける方よりも(収入が)高かったりするわけですが。その1年分なんていう違約金が出る問題も生じたりしているんですね。
なので高額報酬である医療従事者なんですけれども、労働問題というのが先ほど言ったようにそもそも論として今、いろいろな条件で診療報酬がかなり限定(されている)。地方では人材の確保が大変だったりする。
なかなか黒字化していない状況の中で、労働問題が顕在化した場合には極めて経営へのインパクトが大きいんですよね。下手するともう(病院を)閉じなきゃいけないみたいな話もあるんじゃないかと。このへんが業種による特殊性ということになります。
医療機関の倒産が増える理由
ここに一応データだけ示させていただきましたけれども、コロナ明けの2024年において、医療機関というのは、もう本当に診療報酬で守られていると言われていたんだけれども、かなりの(倒産件数)の量が増える傾向にある。

赤字の病院のデータは今回付けていません。それは病院とか業態によって赤字というのはいろいろなパターンがありますから、いわゆる「一般病床、何床以上でいくら」みたいなデータはあるんです。こういうかたちで社会構造の変化で非常にインパクトが大きくなっているんですね。
ということで、ざっくりまとめると、医療機関の場合は、もともと診療報酬の依存型の経営だったんですけれども、それが限界に来ていますよ。先ほど言ったように、トラブルになっていますよね。給与が高いところがいろいろあったので、みんなすぐそこに行けたし、文句を言わなかった。

あるいは、そもそもトラブルになってもお金に余裕がありますから、「じゃあ、今回はちょっと合わないから辞めてください」と提案する時に、退職のための準備金なんていうのを何ヶ月分も出せることがけっこう多かったんですよね。
しかし今、先ほど言ったように、そもそも論、医療機関においては人件費の高騰によって赤字になっている状況なので、退職勧奨する時の退職慰労金は1ヶ月分、みたいな話とか。相場観とは非常に乖離した提案しかできない状況が増えてきているわけですね。
そもそも面接側の問題、つまり医療機関側がちゃんと人柄を把握できていないという問題がありますが。医局制がなくなったので、逆に医療従事者が文句を言いやすくなった。
十分な交渉なく「法的手段」をとられる事案が増加
昔は医局の立場が怖くて、例えば病院長と自分たちが紹介されている大学病院の方が医師、同級生みたいなことがあったりして、仮に待遇に不満でも文句を言わなかったみたいな話があるわけですけれども。
先ほど言ったように、最近は紹介サイトの利用がもうかなりスタンダード、どのような病院でも進んでいる状況。もちろん大学病院はまた違うところもありますけれども、医局に対する配慮が要らなくなったので、もうガンガン請求してくるよという話ですよね。
それから先ほど言ったように、診療報酬の関係で契約書を作成しない文化があるので、もう潤沢な診療報酬でもカバーできず、低額の金銭提案、安易な退職勧奨と先ほど言ったように、医局への配慮不要で労働者側が強気の選択ができるよということですね。
プラス、ここは私見というか、我々の事務所の知見なんですけれども。生成AIが普及して、労働問題へ非専門弁護士の参入が増えてきているんじゃないかな。特に医療機関というと、もともとは医療過誤とか、いわゆる医療法についての特殊な知識がある弁護士さんは関係しているけれども。
実際問題、労働というのは誰でも弁護士はやりますよという話ですが、先ほど言ったような社会変化やさまざまな法改正に対応できる弁護士さんは別の話になってくるので。できないというかやったことがない先生がけっこう参入してきている印象があります。
そうすると、ここに書きました。十分な交渉を経ることなく法的手段に移行する事案が増加しているんじゃないかというのが私の実感です。このへんは今日聴いていらっしゃる方も、「あっ、そうだな」と、そんな感触はあるのかなと思います。