【3行要約】・私たちの記憶はポジティブとネガティブな感情では記憶のメカニズムが異なります。
・伊達洋駆氏は「ポジティブな感情は『エンド』が、ネガティブな感情は『ピーク』が記憶に強く影響する」という研究結果を紹介しています。
・短期的な経験ではピーク・エンド法則を、長期的な経験では象徴的な瞬間を意識した「記憶のデザイン」を実践して、従業員のエンゲージメントを高めていきましょう。
前回の記事はこちら ポジティブな感情とネガティブな感情で、記憶のメカニズムが異なる
伊達洋駆氏:ここまでの私の講演の中で、ピークとエンドというものが、ある経験の記憶の評価を決定づける様子を見てきました。ただもう少し掘り下げてみると、少し複雑なことが見えてきます。
ポジティブな感情とネガティブな感情。これは記憶のメカニズムがちょっと違っているんですね。そういうことが最近の調査の中でわかってきたので、みなさんに紹介させていただきます。ピーク・エンドの法則は、実は感情の種類のようなものによって影響が少し変わってきますよというような研究です。
これはアメリカで行われた研究なんですが、なんと1,800人の参加者に対して、7日間、1週間にわたって日々の幸福感や悲しみなど、いろいろな感情を毎日つけてもらった。そして週末にその週全体の感情を振り返って評価してもらったという研究です。

集まった非常に大規模なデータを分析した結果で、このようなことがわかりました。

「この1週間を振り返ってどうでしたか?」といった最後の状態が、最終的なポジティブな感情の評価に影響を与えていることがわかりました。
ちょっと難しい言い方をしているんですが、その週の最後の日の気分が良いと、その週全体が良かったと評価される傾向があったということです。
要は、ポジティブ・エンドが大事ということなんですよね。まさに「終わり良ければすべて良し」ということを非常に反映していると思うんですが、ポジティブな感情はエンドが大事ということです。
他方で、ネガティブな感情は何の影響が強かったかというと、ピークのほうだったんですよね。要するに、1週間を通して最も気分が悪かった日の印象が、その週全体の評価に対して影響を与えることがわかりました。
つまり、ネガティブ・ピークに要注意ということです。ポジティブ・エンドとネガティブ・ピークという、この2つが影響を与えそうだということが見えてきました。
人間はネガティブな情報のほうが強く記憶される
「なぜこんなことになるんだろうか?」ということも少し気になりますよね。そこを説明させていただきたいんですが、実は人間の脳の情報処理の仕組みが関わっています。
人間が例えば森の中とかあるいは草原の中で生きていた時は、基本的には危険や脅威に対して非常に早く、強く反応する必要があったわけですね。そうでないと生存できなかったわけです。
ですので、ネガティブな情報に対して強く反応する、強く記憶するような傾向があります。これをネガティビティ・バイアスと呼ぶんですが、そのようなバイアスがあるわけです。

ネガティブな情報は基本的にポジティブな情報よりも強く処理されます。そして鮮明に記憶に残ります。ですので、ネガティブな経験というのはピークが非常に重要になってくるんですね。ピークが記憶に刻み込まれやすい。そして後の評価に対して影響を及ぼしやすいことがわかっています。
ポジティブな感情は記憶が薄れやすい
ではポジティブな感情・経験はどうなのかというと、残念ながらポジティブな感情は、ネガティブな感情と比べるとちょっと記憶しにくいんですよね。記憶が薄れやすい傾向があります。
ですので、途中で起こったポジティブな出来事とかポジティブな感情を及ぼした経験というのは、実はそんなに覚えていないんですよね。
ただ、エンドは最近なわけですよね。今に近いわけです。今に近いほうが、記憶はアクセスしやすいわけですね。一番覚えているのは最近の記憶ということで、ポジティブな感情についてはエンドの影響を受けるということが当てはまるわけです。
要はポジティブなエンド、ネガティブなピークというのが要注意というか、注目に値することがわかっているわけです。

すなわち、ポジティブな経験については、特に終わりが大事になってくるんですね。終わりをきちんとポジティブな状態に持ってくるかどうかが経験全体の価値を決めていく。本人にとっての意味づけみたいなものを決めていく。評価を決めていくことになるわけですね。
会議・面談などはポジティブな雰囲気で終わることが大事
これを実務に少し応用していくことを考えると、例えば会議や面談、プロジェクトを行っていく時に、いかにポジティブな雰囲気で締めくくるのかが重要になるんですね。
例えばみなさん、会議を行う時の終わり方って気にしていますか? これ、けっこう重要なんですよね。会議を行っていく中で、議論がうまくいかない、コンフリクトが起きてしまうような瞬間ってやはりありますよね。
そういう時にも、最後はいい雰囲気で終わると。例えば決定事項や次のステップなど、そういったことを前向きに確認していって、参加してくれた人に対して感謝を表明する。そうするとポジティブ・エンドで終われるので、「あの会議、駄目だったな」という感じに比較的なりにくいということです。
もう1つが例えば1日の終わり、これもエンドなわけなんですが、「今日もお疲れさまでした、ありがとうございました」というかたちで、例えば笑顔で声をかけ合うようにすると、締めくくりがいいわけですよね。
「今日、いい1日だったな」「今日も職場でいい仕事ができたな」というような蓄積になっていくわけです。挨拶をすることは非常に大事なことです。(会社に)来た時に挨拶するのは大事なんですが、帰る時にもきちんといい雰囲気で締めくくって1日を終えるといったことが重要になってきます。
ネガティブな感情はピークを低くすることを意識
他方で、ネガティブな感情、ネガティブな経験については、とにかくピークを作らない。できるだけピークを低くすることが大事になります。最悪の瞬間をできるだけ作らないように気をつけていくということです。
ネガティブ・ピークが過去の経験の評価に対して影響していきます。このピークの影響力が非常に強いので、ピークをできるだけ下げるということを意識していく必要があります。

ネガティブ・ピークが発生しやすいような状況はありますよね。例えば、部下に対して厳しいフィードバックをしないといけないというような状況。そういう時に厳しく叱責したり、これをやる方はいらっしゃらないと思いますが、人格を否定するような強い言葉で詰問したりすると、とても大きいネガティブ・ピークが生まれるわけです。
そうすると、ネガティブ・ピークに経験全体の評価が引っ張られていってしまうことになって、後から非常に難しい状況になってしまうということになります。

とにかくネガティブな感情を爆発させない。ネガティブな感情が大きくなり過ぎないように注意していくということ。ネガティブな感情の最大瞬間風速を抑えていくことが重要になってくるわけです。