まだ“自前主義”から抜け出せない日本企業の現実
今日はエコシステムそのものを詳しく説明する時間はありませんが、なぜこれほど重要になっているのか、その背景だけ簡単に触れておきたいと思います。

まず、左側のボックスにあるように「業界構造の変化」があります。ポーターの時代のように業界の境界が明確だった時代は終わりました。自動車業界と家電業界の区別も、今ではかなり曖昧になっています。さらに、製品とサービスの境界も薄れています。製品単体ではなく、サービスや体験と一体化したかたちで価値が生まれている。
そして何より大きいのがデジタルテクノロジーの進化です。AIをはじめとするテクノロジーが産業全体を動かしており、もはや1社だけで顧客の求めるすべてを提供することは不可能になりました。顧客が求める価値を実現するための時間的・資金的余裕も、急速に縮小しています。
例えば、10年前や20年前なら10億円の研究開発投資で得られたリターンが、今ではごく小さな成果しか生まない。つまり、企業は新しい成長軌道を描く必要に迫られています。しかしそれを1社で実現するのは難しい。ここに「ジレンマ」が生じます。
この状況で重要になるのが右側のボックス、「顧客のための価値提供エコシステム」です。複数の企業や組織が相互依存的に関わりながら、全体として顧客に価値を提供していく。そのネットワーク全体をエコシステムとして捉える考え方です。
ただし、日本企業の多くはいまだに“自前主義”が根強く、エコシステムという発想を受け入れるのが難しい。世界がすでにエコシステムで動いているにもかかわらず、日本の企業はその波に十分に乗り切れていません。意識面でも、構造面でも吸収しきれていないのが現状です。
具体例として、ピーター・ドラッカー・フォーラムでの印象的な発言を紹介します。数年前、世界最大の白物家電メーカー・ハイアールの当時のCEO、張瑞敏(チャン・ルエミン)氏が登壇し、こう語りました。
「私たちはもう白物家電の会社ではありません。物を作る会社ではなく、顧客体験(カスタマージャーニー)を提供するエコシステムになるのです」。 この発言に会場はどよめきました。もちろん製造を完全にやめたわけではありませんが、「モノづくり」から「エコシステムづくり」への大転換を宣言したのです。
「エコシステムになる」と言われて、すぐにその意味が腑に落ちる人と、そうでない人がいます。今日は“わかる側”の人たちがいることを前提にお話ししています。
GAFAMを見て「DXを進めれば自社も成長できる」と誤解した企業の多さ
それから、元ソニーの辻野晃一郎さんが毎日新聞の記事の中で、日本はエコシステムづくりに失敗したと語っていました。辻野さんはGoogle日本法人の社長も務められていましたが、「Googleはエコシステムを構築したが、日本企業はできなかった」と振り返っています。
次の図を見てください。左側は1989年当時の世界市場における時価総額ランキングです。

上位をほとんど日本企業が占めています。一方、右側の図はその30年後のデータで、GAFAMを中心としたアメリカ企業、さらに中国の企業が上位を占めている。いずれも“デジタル”と書かれています。
この変化を見て、当時多くの企業が「彼らはデジタルカンパニーだから、これからはデジタル化だ。だからDXを進めれば自社も成長できる!」と考えました。けれども、これは大きな誤解です。なぜなら、GAFAMは単なるデジタル企業ではなく、いずれもエコシステムを構築している企業だからです。
つまり、エコシステムを形成する努力をしないままDXだけを進めても、成果は出ません。私のオランダの友人で、マーストリヒト大学の教授がこんなことを言っています。「いくら新しい技術やDXを導入しても、経営システムが古いままだと、それは単なるExpensive Old Organization。高コストなだけの古い組織になる」と。だからこそ、今の時代はエコシステムという考え方を避けて通れません。
産官学のリーダーへのアンケートでわかった日本企業の課題
私たちはこの8月に、日本の経営者たちとともに「経営者イノベーション・ラウンドテーブル」というイベントを神田明神で開催しました。約40名のトップ層やアカデミクス、省庁の方々が集まり、イノベーションをテーマに議論を行いました。
その際に参加者へアンケートを実施しました。

少し字が小さいですが、上と下の棒グラフに注目してください。一番上の項目、「企業単体での価値提供には限界がある」に対しては、右側のブルーが「非常にそう思う」で、左に行くほど「まったくそう思わない」になりますが、見ての通り約8〜9割の人が「限界がある」と答えています。
次に一番下の項目、「企業・スタートアップ・大学・地域との連携によって価値を生み出す社会的エコシステムが大きな役割を果たす」にも、同様に9割近い賛同がありました。
ところが真ん中の項目。「自社の事業やサービスが相互に連携しているか」「他社のプラットフォームと統合的に連携しているか」「顧客や研究機関と協働して新しい価値を生み出しているか」に関しては、スコアが大きく下がっています。
つまり、必要性は十分に理解されているものの、実際にはそれができていない。このギャップこそが、今の日本企業が直面している課題だと思います。
エコシステムを本格的に研究するための取り組み
ちょっと本題からは少し外れますが、この「経営者イノベーション・ラウンドテーブル」では、そこから派生するかたちで「IM Lab」というプログラムを立ち上げました。これはエコシステムを本格的に研究するための取り組みです。
東京科学大学や、私がチェアパーソンを務めているJapan Innovation Networkなどと連携して、このエコシステム研究のためのコンソーシアムを設立しました。まだ規模としては小さいですが、こうした活動を広げていくことがこれからの重要な課題です。
もし関心のある方がいればですが、ちょうど明日(10月9日)の午後3時半から、ロンドン・ビジネス・スクールのマイケル・ジャコビデス教授をお招きして、「IM Lab」のオンラインプログラムを実施します。おそらく今、世界で最もエコシステム戦略の研究で先端を走っている人物です。

ちなみにスライドにも映っているマイケル・ジャコビデス教授は、ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文が「マスト・リード(必読論文)」としてベストテン入りしているほどの研究者です。彼のような研究者が、いま世界でエコシステム論の中心を担っています。
一方で日本では、「エコシステムは大事だよね」という理解にとどまり、実践や理論構築がまだ十分に進んでいません。ですから、こうした研究と実践の両輪を進めることが、今後の課題であり、私たちが取り組んでいるテーマでもあります。
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