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ドラッカー思想の未来 「知識生態学とドラッカー思想」多摩大学大学院MBA特別公開講座(全4記事)

まだ“自前主義”から抜け出せない日本企業の現実 産官学リーダーが認めた“1社では価値を届けきれない時代” [1/2]

【3行要約】
・「競争」から「共進化」へと世界の経営思想が大転換する中、日本企業の多くは旧来の自前主義に縛られたままです。
・GAFAMの台頭を見てDXに注力する企業が増えたものの、彼らの成功の本質はエコシステム構築にあると専門家は指摘します。
・産官学リーダーの9割がエコシステムの必要性を認識しており、今こそ理論と実践の両輪で取り組むべき時です。

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マネジメントの世界で“標準語”となったエコシステム

紺野登氏:ここからは、今お話しした知識生態学の流れから生まれてくる次のテーマである「エコシステム」についてお話ししたいと思います。実は、これが次の時代のドラッカーを考えるうえで非常に重要な概念になってくるのではないかと考えています。

今、世界の経営のあり方は大きく変わろうとしています。まさに“壮大なアップデート”が起きている最中だと言えるでしょう。その文脈で、もう一度ドラッカーを見直すことが必要になってきており、その鍵となるのが「エコシステム」という考え方です。

2019年のドラッカー・フォーラムでは、まさに「THE POWER OF ECOSYSTEMS」がテーマでした。登壇したのは、マーケティングの世界で“神様”とも呼ばれるフィリップ・コトラー先生です。私も何度かお会いしたことがありますが、非常にエネルギッシュな方で、この時もとても印象的なお話をされていました。

彼はマーケティングとエコシステムの関係について語っており、同時にこの年のフォーラム全体も「エコシステム」を中心テーマとして掲げていました。

つまり、マネジメント思想の世界のトップランナーたちが「エコシステム」という概念を経営の中心に据え始めたのは、今から5年ほど前のことです。それ以降、世界的にはこの言葉がもはや“標準語”のように使われるようになってきました。

一方で、日本では「エコシステム」という言葉こそ頻繁に使われますが、その意味や構造をきちんと研究し、説明している人はまだ少ないのが現状です。単なる流行語のように扱われてしまっている。しかし、私たちはこのギャップを埋めるために、エコシステムの研究を体系的に進める取り組みを始めています。

1980年代から2000年代初頭まで続いた「競争戦略」の時代

背景を少し眺めてみたいと思います。少し情報量の多い図で恐縮ですが、これはGoogle Booksの文献データを使い、キーワードごとの出現頻度が時系列でどう変化してきたかを示したものです。

期間は1970年から2022年までです。もちろんこれですべてを語れるわけではありませんが、1つの傾向を示す指標として見てください。

赤いラインが「Competitive Strategy(競争戦略)」というキーワードです。1980年ごろに関心が急上昇し、その後2010年あたりから少しずつ下がっていく様子が見られます。

背景には、1980〜1990年代にかけてのグローバル経済の流れがあります。当時、ハーバード・ビジネス・レビューなどで活躍していたセオドア・レビットが『The Globalization of Markets(市場のグローバル化)』という有名な論文を発表し、「これから市場はグローバル化していく」というメッセージを打ち出しました。

その潮流の中で、先進諸国の企業が次々と新興国の市場に製品を供給し、経済全体が右肩上がりで成長していったのがこの時代です。日本企業の大躍進もまさにこの時期でした。1980年代初頭には日本の製品ブランドが世界中に広がり、まさに“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と言われた時代でした。

この流れの中で登場したのが、1980年出版のマイケル・ポーター『競争優位性の戦略(Competitive Advantage)』です。世界的ベストセラーとなり、世界中のビジネススクールがこの競争戦略理論を必修科目のように取り入れました。

ポーター理論の前提は「業界の境界が明確に存在する」というもので、各業界内での競争に焦点を当てていました。自動車業界、家電業界などが典型的な例です。

2000年代以降に始まった「競争」から「共進化」へのシフト

こうした前提は1980〜1990年代の状況に非常に適しており、理論として強い説得力を持っていましたが、インターネットの登場やリーマンショックなどの大きな転換点を経て、その有効性が少しずつ薄れていきました。

特に2000年代以降、知識創造理論の広がりや「競争」から「共進化」への関心のシフトが見られるようになります。2003年にはヘンリー・チェスブロウが「オープン・イノベーション」という考え方を提唱し、企業の枠を超えた協働や共創(コ・クリエーション)が注目されました。これはもはや従来の「競争戦略」の枠組みとは相容れない概念です。

さらに、2008年のリーマンショックは“クレジット・クランチ(信用収縮)”とも呼ばれ、借金による消費を前提とした消費経済の構造そのものが崩れました。この時期を境に、特定業界内での競争ではなく、複数の組織や個人が共に価値を生み出す「エコシステム」的な発想が広がっていくことになります。

ここで注目してほしいのが、ブルーのラインです。これは「イノベーション・エコシステム(Innovation Ecosystem)」というキーワードの出現頻度を示しています。これがちょうど2020年ごろ、先ほどの「競争戦略(Competitive Strategy)」の関心を上回っていくんですね。これは1つの大きな転換点、つまり“エポック”だと思います。

この時期、右下にある「IMS」という表記、つまりISO 56002、イノベーション・マネジメント・システムの国際標準規格が制定されました。これは2019年に正式に発行されたガイダンス規格で、世界中のあらゆる企業が共通の基盤をもってイノベーションを推進できるようになった、という意味を持っています。規模や業種、地域に関係なく、一定のフレームワークをもとにイノベーション活動を進められるようになったのです。

この標準化によって、世界中で“イノベーション競争”が始まりました。特に中国は非常に積極的で、国家レベルでこの仕組みを導入し、企業間での連携やエコシステムの構築を加速させています。つまり、経営や産業の構造そのものが、もはや従来の単体の企業競争から、エコシステム同士の競争へとシフトしてきているわけです。

多摩大学大学院のグローバルフェローである未来学者、エイミー・ウェブ氏が、印象的な言葉を残しています。

「自分の組織の将来について真剣に考えていないと、いつの間にか他人の作ったエコシステムの中に取り込まれていることに気づくだろう」と。

これは警鐘の言葉です。つまり、エコシステムというのは目に見えにくいけれど、確実に私たちのビジネスや社会の基盤を変えていく。気づいた時には、もう誰かの仕組みの一部になっているかもしれない。

それだけ、この「エコシステム」という概念は、これからの経営、そしてマーケティングやイノベーションを考える上で避けて通れないものになってきている。これが今の時代の大きな潮流だと言えるでしょう。

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