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ドラッカー思想の未来 「知識生態学とドラッカー思想」多摩大学大学院MBA特別公開講座(全4記事)

マネジメントの父・ドラッカーは“ウィーンの知のサロン”で育った そこで生まれた「人間を主語に置く経営」という発想 [2/2]


ドラッカーが示した“知識を中心に据える経済観”

なぜそこまでドラッカーにこだわるのかという点ですが、私はここしばらく知識生態学、ナレッジ・エコロジーを研究してきました。ドラッカーが社会生態学を掲げていたことは知っていましたが、当初は強く意識していませんでした。ただ両者がだんだん結びついてきたのです。

ドラッカーは1993年の『ポスト資本主義社会』で「知識は今日唯一の意義ある資源だ」と書いています。

さらに「今言えることは、何らかの理論が必要とされているということ。つまり知識を富の創造過程の中心に据える経済理論が必要とされている」と述べ、「そのような経済理論だけが今日の経済を説明し、経済成長やイノベーションを説明できる」としています。

ご存じのように、ドラッカーは企業の大きな仕事としてマーケティングとイノベーションを挙げました。日本企業はマーケティングには熱心でも、イノベーションは高度成長期以降なかなか起きていないという認識があり、私自身も日本企業からイノベーションをもう一度起こすための活動をしています。ドラッカーはその必要性を繰り返し指摘していました。

さて、ドラッカーは「知識を中心に据える経済理論が必要だ」と言っています。本人が新たな経済理論を提示したわけではなく、予見を示したということです。

その後どうなったか。マクロでは、アメリカの経済学者ポール・ローマーが2018年にノーベル経済学賞を受賞しました。彼の内生的成長理論は、知識がスピルオーバーする、つまり研究所などで生まれた知識が企業の外にも染み出して社会に蓄積され、人間がそれを媒介することで循環し、長期的な成長が生まれると説きます。

知識は消費しても減らないという特性を持つため、創造や交換・共有が蓄積につながり、成長に結びつくという理論です。これはマクロの話です。

知識生態学の基本的な考え方

もう1つ申し上げると、私は野中(郁次郎)先生の理論、いわゆるSECIモデルと呼ばれる知識創造理論こそが、この経済理論のミクロ的な側面だと考えています。イノベーションというのは知識・社会・経済を牽引していく根本概念であり、知識創造理論はまさにイノベーションの理論だと捉えています。

ただし、この理論には1つ気がかりな点があります。SECIモデルは、1980年代に活発だった日本企業の製品開発プロセスの分析から生まれたものです。つまり、もともとは製品開発やプロジェクトチームの話として始まったわけです。ところが今では、製品開発にとどまらず、部門、企業、企業間、さらには社会全体へと知識創造理論の適用範囲が広がってきました。

しかし、伝統的な経営学とは必ずしもなじみがよくなかった。ところが、知識社会や知識経済という現実が強まる中で、それらを包括的に説明する必要が生まれてきた。そこで知識創造理論を出発点として、「場」の理論や知識資産、知的資本といった概念を統合していく動きが出てきました。それが私の研究する知識生態学です。

知識生態学では、知識を単なる情報のストックやデータとしてではなく、生きた関係性のネットワークとして捉えます。

古典的なナレッジマネジメントは、知識を貯めたり共有したりする“もの”として扱ってきましたが、それは本来の知識の姿ではありません。知識とは動的なもので、人と人、企業と環境の関係、つまりインタラクションの中で生まれ、変化し、進化していくものです。

人々の対話や「場」から生まれ、生成・進化・消滅を繰り返す生命的な流れを持つものとして知識を捉える。知識創造理論を中心に据え、「場」という概念を通して全体の生態系が立ち上がっていく。これが知識生態学の基本的な考え方です。

“人間を主語に置く”経営という発想

知識生態学は、従来の経営学に取って代わるものではなく、それを補完する視点です。現代の都市を中心とした知識経済やイノベーション・エコシステムをよりうまく説明し、今の経営の実態によりフィットする理論として位置づけられると考えています。

そこで、ドラッカーの思想と知識生態学には強い親和性があると感じています。両者は重なり合い、ほとんど同じことを語っているとも言えます。ドラッカーは経営を生態系として捉え、社会生態学という視点からマネジメントを考えました。

彼はマネジメントを機械的なオペレーションとしてではなく、社会全体を支える重要な仕組みとして位置づけたのです。経営を社会の動きの中に置き、人間を中心に据えた新しいマネジメントの概念を提示しました。これが「管理としての経営」から「人間性を基礎とするマネジメント」への転換です。

そこでは人間こそが主語です。私はこれをヒューマニティ(人間性)の経営と呼びます。ヒューマンセンタードというと「人間中心で環境を無視するのか」という批判もありますが、ここでいうヒューマニティは、人間と環境をつなぐ架け橋のような概念です。人間性があるからこそ、環境や社会との共生を考える。そういう意味での“人間を主語に置く”経営です。

大学生や一般人がスタートアップを立ち上げる時代を予見したドラッカー

またドラッカーは知識社会論を展開しました。知識労働者(ナレッジワーカー)や知識社会、アントレプレナー社会といった概念を示し、「今後、社会のあらゆる人々がアントレプレナーになる」と述べています。これは、大学生や一般の人がスタートアップを立ち上げる時代を予見した言葉でもあります。

個人が持つ知識を基盤に社会や経済が成り立つというドラッカーの考え方は、まさに現在の知識社会そのものです。知識が分散的で、関係的で、動的なものになっていく。今話題のDAO(分散型自律組織)とも通じる考え方です。ドラッカーが言っていたのは、まさにこうした「分散する知識のネットワーク社会」の到来でした。

さらにドラッカーは、経営を常に開かれた系、すなわち進化するシステムとして見ていました。知識生態学的に言えば、知識は環境や他者、制度との相互作用の中で生成し、人間と環境の共鳴の中から現れる。そしてその積み重ねが、知識社会の表層を形成していく。組織は閉じた機械ではなく、オープンな経路として存在する。経営を生態系として考えるのが知識生態学の立場です。

この知識生態学の目的は、「知識によって経営を切る」視点を提示することにあります。従来の経営学を否定するのではなく、そこに新しい層を重ねることで、より現代の経営に合った説明を試みるものです。今後はこの考え方を、欧州ドラッカー協会とも連携しながら展開していきたいと考えています。

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