優秀なプレイヤーからマネージャーになった人が抱えるモヤモヤ
中原:僕はそうだった。だからそんな簡単に抜けられないんだよ。だってさ、簡単に言うと、ソロで自分でがんばってスキルを磨いて、テクノロジーから自分でスキルをつけていって俺に全部スポットライトが当たっていたのに、いきなりここに来た瞬間に、スポットライトを浴びるんじゃなくて、他人が浴びるわけじゃん。そういう人を育てる世界に入ってきたり、そういう人を動かす世界になってくるから、悶々としているんだよ。なんか寂しいなぁ、みたいな。
安斎:そうですよね。
中原:仲間に入れてくれないかなー、みたいな。
安斎:(笑)。褒められ方もよくわからなくなってくるでしょ。
中原:褒められ方もよくわからないよね。だってそのスポットライトに一番当たっている人がめっちゃ褒められるからさ。「でも、この下地を作っているのは俺なんだけど」って若干思いながら、ぜんぜん褒められないから悶々としていたよね。
安斎:悶々とするしかない。なるほどね。
中原:俺はその時代が、自分は、一番不幸だと思ってた。
安斎:あぁ……それは10年前ぐらいですか?
中原:あぁ、10年前だ(笑)。
安斎:40代前半ぐらいで立教に移りましたよね。
中原:45歳だね。
安斎:だから東大時代ってこと?
中原:いや、東大時代、幸せだったと思いますよ。でも、ときどき、悶々としていたと思う。
安斎:一応フォローすると、自分の出身大学にそのまま就職して、しかも優秀だと仕事が死ぬほど降ってくるので。
中原:死ぬほど降ってくるね。
安斎:だからちょっと別のところを経由してから東大に来たほうがまだ幸福ですよね。
中原:幸福だね。そうね(笑)。
40代からの「スキルのリセット」は慎重に

安斎:中原先生の場合は、もう若くして優秀でそのまま東大で教員になっちゃったので、「あぁ……お疲れさまです」と思って見ていましたけど。
中原:いや、たいていの日はハッピーだったけどね。「大学行きたくねーな。マジ無理かもしんない……。行きたくねぇ」と思った日もあったね。だから社会人のみなさんの気持ちがわかるよ。
安斎:そういう時期があったんですね。そういうモヤモヤ、ミドルエイジクライシスについては、僕もけっこう最近いろんな方から相談いただいたりします。あるいは社内外の人のお話を聞くと、こういう時代でリスキリングとかも言われるし、人材の流動性がけっこう激しいので、次のスキルにリセットするというかピボットする場合があるじゃないですか。僕はけっこうこれは一概にポジティブな選択にはならないこともあるなと思っています。
要はテクニカルをずーっと20代~30代でやってきたんだけど、マネジャーになっておもしろくなくなっちゃったから、例えば40代からぜんぜん違う次のスキルにいくということで、わりと「あ、そこ、リセットしすぎなんじゃね?」と思っちゃうこともあったりして。
他方で、人生100年時代なので、別の専門性を獲得するのも有効に働くことがあるし。それこそ社会人大学院に来る方とかいらっしゃるわけじゃないですか。それは必ずしも本業の専門性ではないところでの専門性を獲得しに来るパターンもあって。そのへんの良いリセット具合みたいなものについて、社会人大学院でいろいろ見ながら思っていることはありますか?
中原:いや、良いリセットボタンの押し方を誰かが知っているんだったら、俺が知りたいよっていう。ただ、絶対思って決めていることはある。それは、「みんなが『このボタンだ』と思っているもの」は、俺は絶対に押さない。
安斎:なるほど。
キャリア選択は常に「人と違うボタン」を押す
中原:たぶんみんなAI、AIって言ってんじゃん。AIは僕も大事だと思ってるし、大学院ではどんどん推進はしているけれども、僕の研究領域をAIにすることはないな、と思ってる。これは僕が押すボタンじゃないと思ってる。なぜならこのボタンを僕が押しちゃうと、50代の僕と、もっともっと若い20代、30代の優秀な人たちと同じ土俵で勝負しなきゃならなくなっちゃう。
安斎:なるほどね。
中原:だからこのボタンを押しちゃダメだなと思って、AIじゃないものを探してる。
安斎:なるほどね。
中原:考えてみれば、僕は自分のキャリア選択で、常に人と違うボタンを押してきた。俺のキャリアで言うと、大学院を卒業して某大学とかに、俺は本当は行くはずだったんだよ。
安斎:あ、そうなんですか。
中原:それもみんな「行けー」って言うんだけど、「いやいや、それは違うと思う」と言って、全部この繰り返しなの。だから、みんなと違うものを必ず押している気がする。
安斎:みんなが期待していることとかも含めてということ?
中原:そう。立教にだって「行く」と言った瞬間に、無言になる東大の先生もいたもん。でも自分では、「絶対これだな」と思った。
安斎:なるほどね。
中原:そうしたら最近、「国立、辛いんだよ」とか「中原さん、良い時に、ボタン押したな」とか言われて。
安斎:(笑)。(東大から立教に)移った時は界隈がざわつきましたからね。いやぁ、確かにな。ちょっと僕、この後どうしたらいいですか?
中原:この後(笑)?
安斎:いや、僕への期待は、「これの続編を書いてほしい」とか「実践編を書いてほしい」とかめちゃくちゃ言われるんですけれど、マジで書きたくない。
いい意味で「周囲の期待」を裏切る
中原:みんなが期待するものを書いちゃダメよ。
安斎:そうですね。
中原:全部良い意味で裏切っていかないと。
安斎:『冒険する組織のつくりかた 実践編』ではないなと思ってるのは間違いない。
中原:1番を歌ったんでしょ。なら、同じ曲の2番を歌っちゃダメよ。2番を歌ったら負けるから。3番を歌ったら詰むから。
安斎:(笑)。まぁ、そうですよね。確かにこれがいかに売れていっても、というかむしろ売れれば売れるほど危ないということですよね。それで2番、3番の歌い手になったら。
中原:それはみんな飽きてるから。例えば「これの続編を書いて」と言われて書いたら、「いやぁ、前のほうが良かったね」って言われるよ(笑)。
安斎:いや、そうですよね。
中原:だから『冒険する組織のつくりかた……じゃなかった』という本を書かないと。
安斎:(笑)。
(会場笑)
中原:「残念ながらあれは間違いでした」ぐらいの……。
安斎:配ったばかりなんですけど(笑)。
(会場笑)
中原:あ、そうなんだ。
安斎:でもさっきの理論で言ったら、それが3年後ぐらいに出るのがちょうどいいということですね。
中原:そうそう「あれはちょっと若気の至りでね」「ごめんね、テヘペロ」みたいな感じでいかないとダメなんで。
安斎:でも感覚はすごくわかります。この本を全力で広めていきながら、この本に対する懐疑的な目も同時に生まれている部分もあって。これはもう徹底して組織作りの目線から書いたので。中原先生も、この推薦文で書かれた「“人が逃げ出す会社”から“人が集まる会社”に変わるための処方箋」というコメント、覚えています?
中原:うーん、それ書いたの、僕かな?
安斎:そうです。だから会社目線で、人を集める目線で書いているんですが、一方で、会社は人を集めたがっているかもしれないけど、どんどん難しくなっていくと思うけどな、みたいな感覚もあるんですよね。
だから大きな組織で長く働くみたいなのは、もうこれから崩壊していくだろうなと思った時に、冒険する組織作りVS冒険するキャリア作りはコンフリクトする部分があるよなと思って。そこの目は自分の中で次(の本)に活かしたいなと思っているんですけどね。
中原:だからさ、心の底で「あ、これはもしかしたら誰かの期待に応えられていないかもしれない」みたいな、自分の心に湧いてくる声があるじゃない。それに忠実になったほうがいいと思う。
安斎:なるほど。
写真:©︎Kosuke Kiguch
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