【3行要約】・学びは「勉強」と同一視されがちですが、実は私たちの日常に無意識に溶け込んでいる活動だと多くのビジネスパーソンは気づいていません。
・中原淳氏と安斎勇樹氏は、「1人1ラボ」の考え方や「学びの伝染」という概念を提唱し、大人の学びを再定義する視点を示しています。
・両氏は「探究テーマを持つこと」と「リフレクションの機会」が学びを豊かにする鍵だとし、日常の中に学びの楽しさを見出す実践を勧めます。
前回の記事はこちら そもそも「学ぶのが楽しい」という人は多くない
井上佐保子氏(以下、井上):お時間がけっこうあるので、ここでQ&Aコーナーに入ってもいいですか? まず、「自社全体にラーニングカルチャーを根付かせていくために重要なポイントは何でしょうか?」。
中原淳氏(以下、中原):はい、(安斎くん)お願いします!
(会場笑)
安斎勇樹氏(以下、安斎):(中原先生の)ド専門じゃないですか。
中原:いやいやいや。会社のラーニングカルチャーについては、(安斎くんは)会社を持っているんだから。
安斎:(笑)。そうですね。でも、「学びのための学び」みたいなものに興味を持つ方は、そんなに多くないですよね。放っておいても「学習が楽しいです」「学びって、いいですよね」という方って、そもそもたぶんそんなに割合が多くない。その割合を上げようと思っても難しいと思うので。
まさに中原先生の本(
『学びをやめない生き方入門』)は、「気づかないけど、もうすでに、私は学んじゃっていたんだ」という状態をメタ認知させようとしている本じゃないですか。
中原:そうですね。
安斎:だからたぶん、そういう(学べる)状況を作るということと、そのリフレクションの機会を作ることでしか無理なんだろうなと思っています。そうした時に、いろんな手口があると思うんですけど、我々MIMIGURIの場合は、研究者のマネっこで全員、探究テーマみたいなことを立てるんですよね。
結局自分の興味関心は潜在的にはあるはずなんだけれども、「自分は何に興味があるか?」を言語化するのは難しいじゃないですか。たぶん、ゼミ生とかも学部で好奇心旺盛で入ってくるのに、自分のテーマを決めるまではけっこう時間がかかる。
中原:かかるね。
安斎:でも決まっちゃうと、いろんなものが自分のテーマを通して見えるモードになるので。だから探究テーマの言語化みたいなことを我々MIMIGURIではやっているんです。それが全部の会社で適用できるとは思わないんですけど。
そういう自分側のレンズを「学びモード」にして、気づかなくても学んじゃう状態にするにはどうしたらいいかという課題設定で僕は考えたいと思っているんですけど、どうですか?
中原:いや、すごく似ていると思いますね。僕の言葉で言えば、だから「1人1ラボ(ひとり・ひとラボ)」というか。
安斎:1人1ラボ、おぉ!
中原:1人1つは必ず研究テーマ、探究テーマを持つことですよね。それを当たり前化していくことがまず大事かなと思います。あとは、「学んだことはお裾分け」文化。
安斎:あー、はいはいはい。
中原:うちのゼミとか、博士のゼミとかで言えば、情報を仕入れてきたら必ずシェアするみたいな。「お裾分けしてなんぼだろ!」ぐらいな。そういうことは、かなり強く言っている気はする。
安斎:あー、なるほどですね。それはめちゃくちゃ大事ですね。
中原:そうすると、誰かが学んだことは必ず誰かの学びに伝染するよね。だから学びは「伝染する」ようにしたほうがいい。「伝染る」んですよね。
安斎:すばらしい!
「図工の授業」の研究をしていた中原氏
井上:探究の話で質問です。「お二人の探究テーマとの出会いや、人生の探究テーマをうかがってみたい」。
安斎:ちょっと質問を変えて中原先生に聞いてもいいですか?
中原:いいよ。
安斎:中原先生のことは、たぶんみなさん企業とか組織の研究をしている方として認識されているし、そうだと思うんですけど。僕からすると「最初にこれを読んでおいたほうがいい」という中原先生の最初の論文は、小学校の図工の授業の論文じゃないですか。知ってました(笑)? 小学校の図工の研究。
中原:隠してるんだから、言うんじゃねえよ(笑)!
安斎:そこから(今では)「大人の学び」といっていて、そこの越境がすごいなと思ったんですけど。そこからけっこう長く根を張っているじゃないですか。それはもう、大人の学びがめちゃくちゃ自分にハマったということなのか。あるいは、そこのフィールドから出られなくて困っているのか(笑)。
中原:いやいやいや。みなさん見ないと思うので、僕が最初に書いた論文の要旨をちょっと言っておくと。そこで出てきた言葉……「ナラティブ」「対話」「学習環境」とか。あとは「フィードバック」……という言葉は使っていなかったかもしれないけど。要するに今、僕が言っていることと(かなり関係している)。そういうことなんですよ。
だから、その当時は小学校の図工の授業の研究をしていたんです。そこでやっていたものはリフレクションとか、ナラティブとか、対話とか、そういう言葉がバンバン使われていたわけ。だから(今は)違ったことをやっているように見えて、あの23歳だった私と何も変わっていないんですよ。
安斎:なるほどね(笑)。
©︎Kosuke Kiguch 探究テーマは「対象」と「レンズ」の掛け合わせで決まる
中原:ただそれを大人の領域に移しただけ。そうすると、なぜか知らないけど「経営ですね」とか「組織ですね」なんて言われちゃって、「そうです」みたいに言っているだけなんですよ。だから、あの時と変わらないよという(笑)。
安斎:なるほど。でも、「探究テーマを立てるといいですよ」と言うと、多くの人が「自分は何に興味があるかな?」と言って、生成AIとか、興味の「対象」の話があるんですけど。僕は常々「探究テーマは対象とレンズの掛け合わせで決まるんだ」と考えていて、(中原先生は)そのレンズ側に、人のナラティブとか対話に興味が湧くというレンズがあって、それで(当時は)たまたま小学校の図工を対象として見ていたということですよね。
中原:そうね。だから当時は(対象側が)小学校の図工で、こっち(レンズ側)がリフレクションとか、ナラティブとか、対話だったけれども。(今では)それが、こっち(対象側)が大人とか、シニアとか、転職者とかになっただけというね。ずっと同じことをしているんだよ(笑)。
研究テーマに「強烈に飽きた」
安斎:(笑)。でも、大人の学びとか企業の話を相当長くし続けていると思うんですけど。掘っていった結果、のちに30代以降に言語化されたレンズとかもあるんですか? その対話、ナラティブというものだけでやっているんですか?
中原:あー、でもそんなに、新しいものがポッて出た感じはしないんですけど。この対象がどんどん変わることによって、「俺って今までぜんぜん何も知らなかったんだなぁ」と、世界を発見していくみたいなのはありますね。やはり転職者とか、中途採用とか、いろんなことをやっていったけども「そんなところの世界って俺、何もわかってなかったんだなぁ」みたいな。
安斎:なるほど、なるほど。
中原:だから、それで言うと楽しいよね。
安斎:なるほど、なるほど。じゃあ強固な興味のレンズをしながら、そのレンズでまだ見られていない土地を探しているわけ。
中原:なんか「どこに冒険しようかな?」って探してる。
(会場笑)
安斎:なるほどです(笑)。
中原:めちゃくちゃ探してる。
安斎:なるほどですね。いやぁ、おもしろいな。でも、飽きないんですか? 僕の話をちょっと差し込むと、僕はご存じのとおり大学院生の頃にワークショップという方法論に、もうすごく憑りつかれていて。
自分でワークショップを毎日のようにやって、傷つき(笑)。やりながらワークショップの本を書いて、論文を書いてってやったんですけど。どこかで「もうワークショップをやりたくないな……」「明日もワークショップかぁ……」「ツラいなぁ……」みたいなタイミングがあって。10年ぐらいやったタイミングですかね?
でもその時に「やりたいワークショップと、やりたくないワークショップがあるなぁ」といった先に、その背後の「問い」の良し悪しというものに自分が関心を持っていることに気づいて。「この問いでワークショップをやっても意味ないんだよなぁ」みたいなことを問い直して、『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』という本を書いたんです。
その時、僕はけっこう脱皮できたというか、ちょっと(ワークショップから)距離を取れたので。だから今は逆にまわりまわってワークショップが好きなんですが、当時はそこに強烈に飽きたのがあったんです。(中原先生はそういう経験は)ないんですか? そこはテーマを変えているから飽きずにいられるのか。
自分で本を書くよりも「著者」を増やしたい
中原:そうだね。うーん……。本って、だいたいどのぐらいのスパンで書いてます?
安斎:本によりますね。これとか、すごく時間がかかっちゃう。
中原:だいたい僕は3年なんですよ。だから、この本(『学びをやめない生き方入門』)もおそらく3年。ベネッセやパーソルのみなさんとの共同研究がはじまってから3年。
安斎:そんなにかかっているんですか!?
中原:かかっているんですよ。
安斎:そっか。調査も含めると、ということか。
中原:調査も含めると、3年かかっているの。だから、ちょっと言い方が難しいんだけど、今ここで出ているものは、3年前の自分を見ている感じなんですよね。それで例えば今やっていることは3年後に(世の中に)出るの。そういうふうに新しいものをどんどん仕込んでいっているので、それ自体はそんなに飽きないかな。
飽きるという意味で言うと、飽きるというか「新しいことをする」という意味で言うと、僕みたいな探究活動や本の執筆活動をしてくれる人を、もっともっと増やさなきゃという思いのほうが出ている。
安斎:なるほど。
中原:僕が書くよりも、著者を増やすようなことをやりたい。だから大学院のメンバーにいつも言っているのは「著者になれ」って。Be an authorだよね。「authorにならなきゃ。読者でいるんじゃない」って。だからどんどんそういう人たちが著者になってくれれば、もっともっと幅が広がるんじゃないかなと思っています。
安斎:なるほどですね。おもしろい。でも、それはめちゃくちゃ共感します。
中原:10年ぐらいあとには、きっと君も言ってるよ(笑)。
安斎:そうかもしれないですね。まだ僕は「もっと自分で書きたいな」と思っているので。
中原:あぁ、そっか。なるほどね。
大人の「学び」を阻害するもの
井上:今日は「学びとキャリア」というテーマだったんですが、「キャリアの話がないなぁ」と思ったんですけど。(お二人のお話を)うかがっていて、結果的にそういうところにつながるなぁというのをすごくおもしろくお聞きしました。
みなさんにもこのお話を聞いたあとに、それぞれ3人ぐらいのグループになっていただいて。ご自身の学びのカード、自己紹介カードで、それぞれの学び行動のことや、今のようにキャリアにどんなふうにひもづくかみたいなところをお話しいただく時間を取れたらと思います。
(各自グループを作って会話中)
原田:休憩中にもみなさんSlidoのほうで質問していただいたと思うので、(お二人に)回答していただければと思います。
安斎:(中原先生から)「お前が質問を拾え」って言われたので……(笑)。けっこうあったのが、「学びは楽しいと言って、ここに来る人はもういいんだけどさ」みたいな、ため息が向こう側から聞こえてくるようなご質問がいろいろありました。
「その他の人にどうやって学びの楽しさを広げていくのか?」「それを阻害しているのは何なのか?」。たぶん人事の方もけっこういらっしゃるので、「『学んでいこうぜ!』とか『君たちはもう学んでいるんだ!』というメッセージに共感しない人を、どうやって巻き込んでいくのか?」について、どうですか?
中原:それは、その人の机の上にさっきの本(『学びをやめない生き方入門』)を置いておくんだよ。
(会場笑)
安斎:(笑)。
中原:「何、この黄色い本」みたいに思うかもしれないけど、まずそれだと思う。
安斎:読んだらいいと思うんですけど、置かれた時点では「説教かな?」と思いますよ(笑)。