【3行要約】・仕事が楽しくない時、無理に前向きになろうとせず自分の気持ちに寄り添うことで、より効果的なアクションにつながります。
・グロービス経営大学院 教員の若杉氏と米良氏は、ポジティブ心理学の観点から感情を丁寧に扱うことの重要性を強調し、科学的研究でも裏付けられています。
・チームのウェルビーイングを高めるには、仕事の負荷調整や自作肩書きによる誇りの創出など、小さな工夫から始めることが効果的です。
前回の記事はこちら 無理に前向きにしない
太田昂志氏(以下、太田):続いてこれは若杉さんに聞いてみたいと思います。「期待に応えたい、成果を出したいと思っているんですが、働いていてぜんぜん楽しくないです。『わくわくしてきたね』と自分に言っているんですが、効かなかったです。若杉さん、どうすればいいですか?」というご質問です。若杉さん、いかがでしょう?
若杉忠弘氏(以下、若杉):仕事楽しくないんですね。
太田:この方は仕事が楽しくないみたいです。
若杉:じゃあ「仕事、楽しくない!」と言ってください。せーの!
太田:仕事楽しくない!
会場:仕事楽しくない!
若杉:そうだよね。仕事は楽しくないですよ(笑)。ちょっと気が楽になりました? 要は、自分の気持ちに添ってあげるということなんですね。上手に寄り添ってあげるということなんですよ。仕事がつまらないのに「わくわくしてきた」と言ったら、抵抗している感じが生まれますよね。
わくわくしてきたと緊張してきた、ドキドキしてきたというのは、心拍数が上がるという点で同じラインなんですよ。実は同じ路線系で自分の気持ちに添っていくことが肝なので、仕事がつまらなかったら「仕事つまらない!」って、大声で言ってみてください(笑)。
そうすると「あ、そうだ。自分は仕事がつまらないんだ」って、受け入れられるんですよね。受け入れられるとどうなるか。自分の気持ちをそのまま素直に受け入れられると、「あ、そうだったなぁ」と落ち着くんですよ。もしかしたら、やっているご本人は落ち着かなかったかもしれないですけども(笑)。落ち着く確率が高まるんですね。
落ち着けると、冷静に考えられて「じゃあ、自分は何ができるんだろうかな」というふうに、より効果的なアクションにつながっていくんじゃないかなと(思います)。今の「仕事つまらない!」が効かなかったら、自分に効くフレーズをいろいろしゃべってください(笑)。
自分の感情に気づく、自分の気持ちに気づく、自分の状態に気づいていくということをやっていただければいいかなと思います。自分の状態に気づけば、「じゃあ、こういうふうにやってみようかな?」と、次のアクションにつながってくるんですよね。
前向き唱和の落とし穴
太田:今回若杉さんにご紹介いただいたものは、緊張してきた時に「わくわくしてきたぞ!」と言うと、ポジティブになれるという話だったと思います。今回のご質問者の方でいくと、ちょっとネガティブな気持ちになっている時に、無理やりポジティブになろうとしている感じが伝わってきたんですけど。
それって、そもそもいいんですか? つまり過度なポジティブ思考って、逆にネガティブになったりしないのかなって。
若杉:ポジティブ・アファメーションというのがあります。ツライ時に「自分は元気だ!」「自分は絶対にゴールを達成するんだ!」とポジティブなアファメーションをすることを推奨される場合があります。自己啓発のセミナーなどで、こういったものがあります。
確かに、これは自己肯定感が高い人には有効です。自己肯定感が高い人が、ツライ時に「自分は、絶対に成功する」「もう成功している」「年収〇億円になっている」とポジティブ・アファメーションをすると、確かにもっと前向きになれます。
ですが、自己肯定感が低い人がやるとどうなのか。自分がしゃべっていることと、本当の自分の状態のギャップに愕然として、さらに絶望するので、その場合はネガティブに働いてしまうんですよね。こういう人の場合には、先ほど言ったように、自分の気持ちに寄り添っていってあげる路線のほうがいいかなと思います。
褒めるコツは「事実+1対4」
太田:実は次も同じような質問が来ています。「ポジティブなフィードバックをする重要性は理解したのですが、『これじゃダメだ』『もっとがんばらなきゃ』と指摘したい気持ちがある時と、指摘しないとダメだという強迫観念みたいな状態に陥っている時でも自分自身を褒めたり部下を褒め続けることが良いのでしょうか?」
要するに褒めることの効用は多くあると思うんですが「褒めることのデメリット、リスクみたいなものはないか」というご質問です。
若杉:先ほどのポジティブフィードバックの場合、事実を指摘しているだけなんですよね。「先ほど、お客さんの顔が曇っていた時に、すかさず『今までのところでご不明点ありませんか?』と相手を気配る力がありましたね」と言うのは、事実を指摘しているだけです。
この事実に関して言えば、いくらでも指摘していいと思います。もちろん改善点も指摘していけばいいのですが、1個改善点を言うのであれば、よくできているところの指摘を4個か5個。バランスを1対4もしくは1対5にしてあげるのがいいかなと思います。なので、1個改善点を言いたかったら、4つ良かったことを観察しておくということです。
これはパートナーシップもそうですね。(笑)。はい、パートナーがいる方。何か1個言いたかったら、4つ良かったことを指摘して、1対4を守っていくといいんじゃないかなと思うんですけど、どうですかね(笑)。
ポジティブ心理学は“感情を丁寧に扱う”
太田:相手のいいところを4つ見つけるのはなかなか難しいので日頃からの観察が大事ですね。米良さんはどうでしょう? 褒める時のリスク、あるいはネガティブな側面みたいなところでもしご知見があれば。
米良克美氏(以下、米良):ぜんぜん科学的じゃないことをしゃべってもいいですか?
太田:(本のタイトルが)「科学的な方法」なんですけど、非科学的な方法もぜひ教えてください(笑)。
米良:人間って、ものすごく相手の感情や表情を読むのに長けているんですよね。自分の感情に添っていないことを言うと、気づかれるというのはけっこうあると思います。なので、やはり事実を事実として認める。あるいは沸き上がった感情をきちんと伝えるというのが、ものすごく大事だと思っています。
ちょっと話が戻ってしまうんですが、先ほどの「仕事がツライ」という方の話が、僕はちょっと胸が痛くて……そこについてコメントを少しだけ挟まさせていただくと。
太田:ぜひぜひ。
米良:「仕事がツライ」と思っている時に、それこそ若杉さんがおっしゃったように、「それでも自分は楽しいんだ! 楽しいんだ! 楽しいんだ!」と言うと、ドツボにはまるというのは、もうみなさんご理解のとおりだと思います。それはけっこう正しいです。
私の専門の1つにポジティブ心理学というものがあるんですけど、ポジティブ心理学という学問と、ポジティブシンキングが混同して理解されていることがたまにあるんです。ちょっと解説すると、ネガティブを押し殺してポジティブなサイドだけを見ましょうという考え方を、ポジティブシンキングと呼ぶことが多いです。
一方、ポジティブ心理学という学問は、ポジティブな感情もネガティブな感情も丁寧に扱いましょう、それでプラスに持っていきましょうという学問なんですよね。なので、先ほどおっしゃっていたように、仕事がツライのであれば「あ、ツライんだなぁ」って1回受け止めてしまったほうが、そのあとの回復は早いし、対処もできていくんじゃないかなと思います。
悲しみは“押し殺さない”ほうが回復は速い
米良:1個、論文の話をさせてください。人生で一番ツライことの1つとして、パートナーが亡くなるということがありますよね。パートナーが亡くなった人についてアメリカで行われた研究があります。「もう、嫌なことを忘れましょう!」と言われたグループと、「悲しいですよね。十分悲しんでください」と言われたグループのどちらの回復が早かったかというと、後者なんです。十分悲しんで、自分の感情を見つめてあげたほうが、そのあとの回復が早いという研究も出ているので、そこは先ほどの若杉さんの言葉に通ずるところかなと思って聞いていました。
若杉:科学的ですねぇ(笑)。
米良:(笑)。
太田:非科学的だと言っていたのに(笑)。これは日本の文化にもありますよね。例えばお葬式、告別式、お通夜。悲しみに寄り添いながら、それを家族で分かち合って悼む。その過程の中でしっかりと、ありのまま受け止めるというのは科学的ではないですが、文化的にも根付いている1つの方法だと思います。
無理にネガティブな気持ちを遠ざけたり、押し殺したりするのではなく、味わうというのが大事です。ちょっと死という少し大きい、そして我々にとってはツライ出来事を題材にしましたが、日々の仕事の中でツライ時は「ツライんです」って言ってあげてもいいんです。自分も言ってもいいんだと、お二人の話を聞いてあらためてすごく聞いて感じました。