【3行要約】・褒めることの重要性は認識されているものの、質の低い褒め方では部下から信頼を得られず、逆効果になることもあります。
・黒住嶺氏は、心理カウンセラーの研究から「自分の褒め方を記録し現状を把握すること」で褒める行動が増えると指摘しています。
・効果的に褒めるには、理想と現状のギャップを認識し、「5対1の黄金比」を意識しながら具体的な褒め方のバリエーションを増やすべきです。
前回の記事はこちら 職場でのホメ方と頻度を把握する重要性
黒住嶺氏(以下、黒住):ホメることについて、
今回の書籍をどのように使っていただけるかを1つご紹介します。それは、「現状を把握する」ために使うという方法です。みなさん自身、あるいは職場でのホメる取り組みの現状を把握するために活用できるのではないかと考えています。
今回の書籍は、伊達からも紹介があったとおり、学術研究に基づく理論や理想的なホメ方を紹介するとともに、どのように導入していくかという工夫も多数取り上げています。詳しい内容は本書を見ていただきたいのですが、実践的かつ効果的な方法を導入するための「始めの一歩」が、まず自分の現状を把握するという使い方を提案したいと思います。
提案の前提として、現状把握の有効性を支える研究があります。自分が今どのようにホメているか、どれくらい、どんなホメ方をしているかを把握できると、ホメる行動を増やせると示した研究です。

対象は、クライアントと直接会う心理カウンセラーをスーパーバイズする人であり、実務の現場におけるフィードバックを直接検討している場面でもあります。
その研究では、参加者であるスーパーバイザーと研究の担当者のあいだで、今後のスーパーバイズの目標を確認しました。まずポジティブ・フィードバックとネガティブ・フィードバックの定義を共有したうえで、良い関わり方を強化していくため、ポジティブ・フィードバックを増やすことを、双方で確認したという内容です。
こうした実験の場面では、目標の確認だけで行動が変化した人もいたものの、今までどおりのやり方が変わらなかった人も含まれていました。そこで、その人に対して「今回のスーパーバイズの時に、どのような接し方をしたのかを記録してみましょう」と追加でお願いしました。
すると、自分のホメ方がどうなっていたのかを確認でき、「意外とホメられていなかった」と気づいた人が、その後はホメることを増やす行動につながった、という結果が得られました。
“表面的なホメ”では部下の行動は変わらない
黒住:こうした現状把握が有効になる理由の1つが目標の対比につながるという点です。まず、目標を「持つ」こと自体も重要ではあるものの、それだけでは、達成されにくいことが多くの研究で指摘されています。
そこで、その目標に対して今の自分はどのような現状にあるのかを把握することの大切さが指摘されています。目標が理想状態、自分の現状が現在地となり、両者の距離、つまりギャップを対比することができるのです。
ギャップがわかると、どう解消していけばよいのかを考えやすくなりますし、自分が何に取り組んでいるのかを深く考えることで、目標そのものへの動機付けも高まるという効果があります。
このように、「現状を把握すること」を通じて可能となる「理想」との対比は、目標の達成につながるという点で非常に有効であることが研究で示されています。今回のテーマである「ホメる」という行動とも密接に関係していますが、より広い文脈では「心的対比」という理論として解説されています。
そして、「ホメられるようになること」を考える際には、現状把握が特に重要になるポイントもあります。なぜなら、「とりあえずホメる」だけでは効果がないからです。
本書で詳しく紹介しているのですが、「とりあえずホメておこう」という表面的な方法では、受け手が「何をホメられているのかわからない」「本音ではない気がする」「裏に別の意図があるのでは」と感じる場合があることが、研究でも確認されています。表面的なホメ方では行動変容にはつながらないということです。
そのため、効果的にホメるためには、理想的な状態を明確にし、今の自分がどの段階にいるのかを把握することが大切です。理想と現状のギャップを認識することで、どうすれば理想に近づけるかを具体的に考え、行動に移すことができます。
職場と家庭で効く“5対1の黄金比”
黒住:このような観点からも、本書に紹介している理想像を参考に「自分はいまどんなホメ方をしているのか」を振り返っていただくとよいと思います。
そこで、現状把握を行ううえで使いやすい指標を、本書の内容から1つ紹介します。それが“5対1の黄金比”というもので、相手との関係性を安定させるうえで有効とされる比率です。

例えば、家族同士や職場のチームなど、安定した人間関係を築いている人たちのやり取りを分析すると、ポジティブなコミュニケーションが5に対して、ネガティブな指摘や改善点のフィードバックが1という比率、つまり「5対1」のバランスになっていることがわかっています。ホメることが、改善点の指摘よりも5倍多いことが、関係性を安定させる鍵になるというわけです。
このメカニズムの1つに「心理的な貯金」という考え方があります。日頃から多くホメられている人は、「この人は自分の成長を支援してくれている」と感じやすくなり、その信頼が心理的な貯金として積み上がります。その結果、たとえ改善点を指摘されたとしても、貯金があるおかげで「成長のために言ってくれている」と前向きに受け止めやすくなるのです。
さらに、この黄金比をどう実現するか、という工夫も紹介していきます。まず有効なのが、実際に比率を記録することです。例えば1日、あるいは1週間単位で「どのくらいホメたか」「どのくらい指摘したか」をメモして振り返ることで、自分の現状を把握しやすくなります。比率を見える化することで、自然とポジティブな行動が増えていくでしょう。
加えて、ホメる回数を増やしやすくするという視点で、ホメ方のバリエーションを増やすのも効果的です。伊達から紹介があったように、抽象的な言葉ではなく、できるだけ具体的に相手の行動や成果を指摘することや、「助かりました」「ありがとうございます」といった感謝を伝えることが、その一案になります。
大切なのは自分のホメ方を理解すること
黒住:最後に、私のパート全体のまとめをまとめていきます。

ホメることをどう習慣化していくか。その第一歩として大切なのは、「自分のホメ方を理解すること」だと思います。つまり、自己理解から始めていくということです。
今回の書籍では、さまざまなホメ方の実例を紹介しています。読んでいただく際には、「自分は今どんなホメ方をしているのか」を振り返り、現状を把握してみてください。そして、自分に合った方法を試しながら、実践を重ねていくことを意識してほしいと思います。
そうした実践を続けることで、ホメる行為を受けた相手から信頼を得られるようになります。信頼関係が築かれると、相手のほうからも自然とフィードバックを求めてもらえるようになり、フィードバックをする側と受ける側の間で、好循環が生まれていきます。
ですので、今回の書籍を通して、まずは「自分を理解すること」から始めていただき、より良いホメ方を日常に取り入れていただければと思います。それがみなさんの職場やチームで、より建設的なコミュニケーションを育てる第一歩になるはずです。