【3行要約】・職場で部下を褒めることは重要ですが、「才能あるね」「頭がいい」といった能力への賞賛は逆効果になる可能性があります。
・伊達洋駆氏と黒住嶺氏は、科学的研究に基づき、努力やプロセスを具体的に褒めることで成長マインドセットが育まれると指摘しています。
・効果的なフィードバックには、能力ではなく行動を具体的に評価し、頻度を高めて習慣化することが求められます。
前回の記事はこちら 部下に“才能あるね”“センスいい”“頭がいい”は効果的なホメ言葉にならない
伊達洋駆氏:ここまで、ホメることのポジティブな効果を見てきましたが、ホメるという行為は、ただ闇雲にホメればよいというものではありません。実際にはいくつかの注意点や工夫が必要です。
それらを多角的に整理したのが、今回の
『科学的に正しいホメ方』という本です。詳しくはぜひ本を読んでいただきたいのですが、出版記念セミナーということで、ここではホメる際の技術として大切な2つの原則を紹介します。
1つ目の原則は「ホメる対象に関する原則」です。能力をホメるのではなく、努力やプロセスをホメることが有効だという考え方です。

「あなたは才能がありますね」「センスがいいですね」「頭がいいですね」といった能力そのものをホメるやり方は、あまり望ましくありません。なぜなら、ホメられた相手が「能力は生まれつきのもので変えられない」と考えるようになる、いわゆる固定マインドセットが強まってしまうおそれがあるからです。
この固定マインドセットが強まると、失敗した時に「自分には才能がなかった」「センスがない」と落ち込み、挑戦を避けるようになってしまいます。そこで重要なのが、努力や取り組みのプロセスをホメることです。プロセスをホメることで「能力は努力次第で伸ばせる」という成長マインドセットを育むことができます。
例えば、「粘り強く取り組んだプロセスがすばらしかったですね」「新しい方法を試したその姿勢が良かったですね」といった言葉です。こうしたホメ方を通じて、うまくいかなかった経験も「能力の限界」ではなく「新しい学びの機会」として捉えられるようになります。
その結果、失敗を恐れず前に進む力が生まれ、パフォーマンスも学びも向上していくのです。ぜひ、この「努力やプロセスをホメる」という原則を意識して実践していただければと思います。
職場で使えるポジティブ・フィードバックの2つの原則
伊達:2つ目の原則は「具体的にホメる」ということです。

一見当たり前のように思えますが、実際にはできていないことが多いんですね。「すばらしい仕事だ」「よくがんばった」といった言葉だけでは、何を評価されたのかがわからず、次に同じ行動を取ろうという意欲につながりにくいのです。
そのため、「どの行動が、どのように良かったのか」を具体的に伝えることが大切です。行動を特定してホメる。これが有効なフィードバックの鍵です。
例えば「今回の提案書は、お客さまの課題を3つの視点から深く分析し、それぞれに具体的な解決策をデータとともに提示していた点が非常に説得力があって良かったですね」と伝えると、相手は何が評価されたのかを明確に理解できます。
こうした具体的なフィードバックは、言葉に“魂”がこもります。相手も自分の強みを理解でき、「次もデータを添えて提案しよう」「3つの視点で分析してみよう」と、行動を再現・強化することができるようになります。このように、行動を特定して具体的にホメることが重要です。
さらに、直接ホメるだけでなく、感謝として伝える方法も効果的です。例えば「○○さんが丁寧にデータを確認してくれたおかげで、プロジェクト全体のリスクを未然に防ぐことができました。ありがとうございます」といった言葉です。
これは感謝のかたちを取りながら、相手の行動や貢献を具体的に伝えています。こうした伝え方も、非常に強力なフィードバックとして機能します。
以上、ホメることの意義と、2つの原則「努力やプロセスをホメる」「具体的にホメる」について紹介しました。ここでお話ししたのは本の中のごく一部ですが、ホメるという行為は本当に奥深いものです。ぜひ本書を手に取って、より科学的で実践的なホメ方を学んでいただければと思います。
それでは、私の講演はここまでとしまして、続いて黒住にバトンタッチしたいと思います。黒住さん、お願いします。
“職場でホメる”を習慣化するポイント
黒住嶺氏(以下、黒住):それでは、私のパートに移らせていただきます。お時間は20分ほどいただければと思います。テーマは「職場での『ホメ』を習慣にするために」です。
まず簡単に自己紹介をさせてください。あらためまして、黒住嶺と申します。私は、日常のささいだけれど多くの方が抱える悩み、誰にでも起こりうる課題に対して、研究知見を生かした解決を目指しています。当社では、こうした課題意識のもと、セミナーやレポートなどを通じた情報発信を行っています。
また、それに関連して書籍も出版しています。今回上梓した『組織と人を動かす科学的に正しいホメ方』に加え、もう1冊『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか?』という本も執筆しました。こちらでは、「やらなければ」と思っているのに手がつけられず、後回しにしてしまう……いわゆる先延ばしの問題について取り上げています。
このように、私は特に「組織の中の個人」に焦点を当て、ミクロな現象に注目しながら、解説や対策を提示することを重視しています。
今回の私のパートでは、「ホメる」という行為を、みなさん自身が職場で習慣として継続できるようになるためにはどうすればいいのか、というテーマでお話しします。伊達のパートが書籍の具体的な内容に基づいたものであったのに対し、私はもう少しメタ的な視点から、みなさんが日常で活用しやすい考え方や実践のヒントをお伝えできればと思います。
まず、2つのパートに分けて説明します。最初は、ホメる習慣がどのように好循環につながるのかを、研究知見と合わせてご紹介します。書籍の背景ですが、この本全体では、ホメるという行為を通じて、みなさんが実務で抱える悩みの解決に役立てていただきたいと考えています。
「ホメて伸ばす」は教育の現場からビジネスシーンへ
黒住:近年、ビジネスの現場でもホメて伸ばすことが重視されるようになりました。

例えば教育の場面では、以前からホメて育てるという考え方があり、子どもがのびのび成長するという言い方がされてきました。場面が変われば、ホメることを重視する流れが昔から一定程度あったものの、ビジネスシーンでは近年、この傾向が強まったと感じます。
これまでの職場では、厳しく叱って失敗を繰り返さないようにする、叱られたことをバネにしてより良いパフォーマンスを上げる、といった叱責を重視する文化が広く見られました。そこからホメることを重視する方向へ転じる中では、やはり迷いが生じます。
つまり、なぜホメるべきなのか、どうホメればよいのか。こうした点について学術研究に基づく考え方と方法を示したいという思いが、今回の執筆の出発点になっています。
この背景に関連して、マネジメントの悩みを少し取り上げます。フィードバックとは、伊達からも紹介があったように、行動や成果に関する情報を返すコミュニケーションです。マネジメントにおいては、部下のパフォーマンスを管理することが根幹であり、その一端として、フィードバックも不可欠な要素です。
一方で、部下への関わり方は難しい面があります。過剰に管理しないように配慮しながら、かといって放任だと思われないようにする。適度な関わり方を状況に応じて自分で考え、実践するには、相応のコストがかかります。例えば、どの程度の頻度と深さで関与するか、どの時点で助言に切り替えるかなど、判断が求められます。
この点を踏まえると、必要なタイミングで「うまくいっているのか」「修正が必要か」を、受け手の側から自発的に尋ねてもらえることは有効です。受け手がフィードバックを求めてくれば、提供する側も「今が必要な時だ」と把握でき、両者で合意形成を図りながら進めやすくなります。結果として、フィードバックのやり取りが効率的に機能し、マネジメント上のコアな悩みの一部が緩和されます。
フィードバックの頻度の重要性
黒住:この点に関係して、フィードバックの「探索」に関する研究が参考になります。

フィードバック探索行動とは、自分の行動が正しいか、適切かを確認するために、情報を積極的に求める行動と定義されています。こうした探索行動が活性化すると、必要な場面でフィードバックの要求が生じ、やり取りが適切なタイミングで成立しやすくなる、というわけです。
この実務的な場面に落とし込むと、個人が自分の行動や業績を高めるために、積極的にフィードバックをもらいに行くということになります。
例えば上司に意見をもらう、あるいは自分の提出したレポートに対する周囲の反応を確認する、といったかたちです。直接的に意見を聞く方法もあれば、間接的に、平易に言えば「バズったかどうか」を見るような方法もあります。こうして自分のパフォーマンスに関する情報を集める行為が、フィードバックの探索にあたります。
この行動は、自分のやり方を確認しながら進める自己調整や、新しい知識やスキルの学習、さらには成果物のパフォーマンス向上にとって非常に重要な戦略だと、研究でも指摘されています。
フィードバックの探索がどう促されるのかという研究を見ると、今回の内容に関わるポイントが1つあります。フィードバックを受ける頻度が多いほど、自分からフィードバックを求める行動が促進されるという結果が示されています。
さまざまな研究成果を1つの結果に集約するメタ分析によって検討した論文でも、フィードバックを受ける頻度が多い人ほど、その後に自らフィードバックを求める傾向が強いという結果が確認されています。
この点については、頻度という観点が興味深いところです。詳しく見ていくと、まず、ポジティブ・フィードバック、つまりホメるということですが、こうした経験を多くしている人は、単にフィードバックを自分から求める行動につながることは確認されました。
ただ、それだけでなく、実は改善点を指摘されること、つまりネガティブ・フィードバックの頻度も、フィードバック探求につながっているという点が興味深いところです。