【3行要約】
・従業員の自発的な貢献が「やらされ感」に変わり疲弊を招くことがある一方、組織市民行動は職場を円滑に機能させる潤滑油の役割を果たしています。
・ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏は、役割外の自発的行動が個人と組織双方にポジティブな効果をもたらすと指摘しています。
・組織と個人の好循環を生み出すためには、組織市民行動の副作用を理解し、適切に促進していくことが重要です。
自発的な貢献を"やらされ感"に変えないために
伊達洋駆氏(以下、伊達):それでは定刻になりましたので、本日のセミナーを始めさせていただきます。本日は「自発的な貢献を"やらされ感"に変えないために:組織市民行動の副作用を科学する」と題して、今から1時間にわたってセミナーを行わせていただきます。
イントロダクションということで、まず自己紹介からさせていただければと思います。あらためまして、株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達と申します。私はもともと神戸大学大学院経営学研究科で研究者としてのキャリアを歩んでいました。大学院在籍中にビジネスリサーチラボという会社を立ち上げて、現在に至っています。
ビジネスリサーチラボは、アカデミックリサーチというコンセプトのもと、サービスを提供しております。具体的には、企業人事向けには組織サーベイや社内データ分析、HR事業者向けには組織サーベイや適性検査の開発を支援しています。
個人としても今までいくつか本を出させていただいています。新しいところですと、今週発売されたのが、『(組織と人を動かす)科学的に正しいホメ方 ポジティブ・フィードバックの技術』というポジティブ・フィードバックに関する本です。実は今日も少しポジティブ・フィードバックについて部分的に言及する予定です。それ以外にも、人と組織を巡る幅広いテーマで情報発信を行っております。
本日のテーマですが、「組織市民行動」と呼ばれるものの副作用について取り上げていくことができればと思っています。いわゆる善意の行動、組織にとって自発的な、有益な行動。これがもたらすいい側面と、影の側面があるというお話を本日はさせていただきます。
組織市民行動の詳細については後ほどまたお話ししようと思うんですが、ここではまず、従業員の自発的な貢献と捉えていただいて問題ないです。従業員の自発性は、職場をうまく進めていく上で、ある種の潤滑油のように機能することがわかっています。

また、みなさんが働く上でもそういった自発的な貢献が重要なんだということは、日常感覚として知っておられるのかなと思います。ただ、このよかれと思って実施している行動が、いつしかやらされ感に変わってしまって、逆に従業員を疲れさせてしまうような副作用も実は報告されています。
本日は、そうした組織市民行動という自発的な貢献行動がもたらす光と影の両側面に、研究知見をもとにしながら光を当てていければなと考えております。自発的な貢献が大事なのは言うまでもありません。ただ、うまく促していかないと、組織と個人にとってハッピーな関係性になることがなかなか難しいんですね。本日は、そうしたヒントをお伝えできればと考えております。
メンバーが「よかれと思って」する行動の光と影
本日、私の講演は5つのパートに分けて進めさせていただきます。ちょうど後半が影の部分。前半が、光と、組織市民行動を促す要因についてお話ができればと思います。そのような5つのパートに分けて、私の講演を進めさせていただきます。
講演中でもけっこうですので、さらに聞いてみたいこと、疑問に思ったこと、自発的な貢献についてふだん悩んでいること、もしくは素朴な感想でも大丈夫です。Q&A機能を用いて書き込んでいただければと思います。私の講演は45分~50分程度実施する予定です。その後10分弱、質疑応答の時間を設ける予定なので、その際に回答させていただきます。ぜひ気軽に質問、感想をいただければと思います。よろしくお願いします。
では、さっそく中身に入っていきましょう。まずは本日のキー概念である組織市民行動について。そもそも組織市民行動とは何なのかということから説明を始めさせていただきます。
組織市民行動の学術的な定義はこのようなものです。「職務として明確に定められているわけではないものの、従業員が自発的に行う、組織全体の機能や効率性を高める行動」。これが、学術的な組織市民行動の1つの定義になっています。
職務として明確に定められてはいない。でも自発的に行う。そして組織にとってプラスである。つまり役割外で、自発的で、組織にとって有益な行動を組織市民行動と呼びます。
ただちょっと抽象的ですよね。なので、いくつか例を挙げると組織市民行動はイメージがしやすくなると思います。例えば、業務で困っている同僚がいた時に手を差し伸べるとか、あるいは新人が仕事がよくわからない時に周囲が率先して仕事を教えるとか、もしくは会社の備品を大切に扱って無駄遣いをしないとか。
そうしたことは職務の中に定められているわけではないんですが、組織にとっては有益かつ従業員が自発的に行う行動という意味では、組織市民行動の一種になっているということです。このような行動を組織市民行動と呼びます。
すなわち組織市民行動とは、それによって何か直接的な報酬が得られるわけではないんですが、ただ良き市民の組織バージョンですよね。組織の中での良い市民として振る舞っていくための1つの行動のパターンであると、組織市民行動を理解することができます。
「組織市民行動」には2種類ある
組織市民行動についてもう少し理解を深めていくために、組織市民行動は2つの側面から理解することができるというお話をさせていただきます。「利他主義」と「一般的遵守」と呼ばれる2つの種類から組織市民行動は成り立っています。
まず利他主義というものなんですが、これは例えば多忙である同僚の仕事を手伝ったり、メンバーが不在の時に、そのメンバーの業務を手伝ったりするといった行動のことを指します。要するに職場の中の特定の個人を直接助けるような行動を利他主義と呼びます。
すなわち、「個人に対する組織市民行動」と呼ぶことができるかと思います。いわゆる援助行動ですよね。例えば従業員の職務満足度であったり、感情的な要因から生じやすいと言われています。これが1つ目ですね。個人に対する行動が1つの種類としてあるということです。
もう1つの種類が、組織に対する行動ということで、組織全体に向けられるような貢献行動のことを一般的遵守と呼びます。さっきの利他主義は個人に向けられる貢献行動だったわけですが、一般的遵守はそれが組織全体に向けられています。
例えば、時間をきちんと守るとか、会社のルールや方針を真摯に守るとか、サボり過ぎないとか、そういったことが一般的遵守の中に含まれます。組織に向けられる行動なので、組織に対する帰属意識や規範意識からこの一般的遵守は生じやすいことが明らかになっています。
組織市民行動を、だいぶイメージできてきたでしょうか。組織の市民の一員として、役割外だけれども組織にとって有益な行動を自発的に取っていく。それは個人に向けたものと組織に向けたもの、2つに分けることができますよというお話までさせていただきました。
社員のパフォーマンス向上、組織への愛着の高まりも
この組織市民行動が注目されているのは、それに効果があるからなんですね。これまでいろんな研究が組織市民行動の効果を検証してきています。それらの多くの研究成果を統合した論文があるんですね。
そのような統合する分析を「メタ分析」と呼ぶんですが、そのメタ分析の結果によると、組織市民行動は本当にいろんな効果があることが確認されています。個人レベルでも効果があるし、組織レベルでも効果があることがわかってきています。
まず個人レベルでの効果を見ていきたいんですが、パフォーマンスが高まることがわかっています。特に客観的に評価されるパフォーマンス。この場合は、上司から評価されるパフォーマンスが高まるといったことが1つわかっています。ですので、組織市民行動とは役割外の行動ではあるんですが、昇進や昇格に対して有利に働く側面が1つあります。
もう1つは、組織市民行動を取る従業員は、組織に対する愛着が高まります。その結果、離職をしようとする気持ちが下がっていくことがわかっています。実際に離職する行動や欠勤するといった行動も、組織市民行動を取る従業員は、あまり起こさないことがわかっています。すなわち、リテンションに対しても組織市民行動は有効であることが明らかになっているわけですね。これが個人レベルでの効果です。

組織レベルでの効果があるのは、けっこう大きいですよね。今までいろんなコンセプトが学術的に取り上げられてきているんですが、その中でも組織市民行動は組織レベルでの効果が一貫して認められている意味では、非常に重要性の高い行動であると言えます。
具体的には、直接的に職場レベルのパフォーマンスを高める効果があることがわかっています。組織市民行動をきちんと取っている従業員が多いほど、例えば生産性が高まったり、業務効率が改善されたり、コストが削減されたりするといったことが実際に明らかになっています。これは珍しいですよね。そのような集団のパフォーマンスを高める効果もあるということです。
さらには、組織市民行動をきちんと取っていくことによって、顧客満足度が高まることも明らかになっています。すなわち、事業活動に対してもプラスの影響があるということです。
さらに、先ほどの延長線上にあるんですが、組織市民行動をきちんと取っている職場、組織ほど、組織全体の離職率が低下する傾向も認められています。すなわち、社内外に対してポジティブな影響を及ぼすような、組織にとっても非常に有益で、価値ある資産となるような行動が組織市民行動であると言えるわけですね。
パフォーマンスやさまざまなものに対してこれだけ効果がある行動もなかなか珍しいんですよね。その意味で、組織市民行動の重要性がうかがい知れるところです。