【3行要約】・エンゲージメント向上が重要視される一方で、職場の「静かな分断」が深刻化し、マネージャーとメンバーの関係性構築が困難になっています。
・ジェイフィールの高橋克徳氏らは、人本主義への回帰とコミュニティシップの探究を通じて、現代の組織課題に向き合う必要性を提唱。
・個人が感情に責任を持ち、組織全体でネガティブな出来事への対処スキルを土台化することが解決の鍵となります。
前回の記事はこちら 再点検したエンゲージメント
高橋克徳氏(以下、高橋):これに対して、僕が「静かに分断する職場」と定義をして、こういう職場のままで本当にいいのか、もう1回みんなで対話しようよと呼びかけをさせていただいたという背景があります。
僕だけが書いた本ではなくて、ジェイフィールのみんなでいろいろな思いを重ねて書いた本です。実はこの3年ぐらい、あらためてエンゲージメントってなんだろうということを探究していました。
その中で一人ひとりが仕事とつながっていくとか、キャリアとつながるってなんだろうねとか。あるいは海外ではどんなふうに今、会社づくりとか組織づくりが進んでるのかなとか。その中での幸せとはなんなのか、生産性ってなんなのか、そういう本質を問おうと、いろいろと見てきたんですね。
あらためてその根幹にあったのは、伊丹敬之先生が提唱してきた、人と人とのつながりを土台にする人本主義という考え方ではないか。これってなんなのか。古い考え方のように見えて、実は土台としてはすごく大事な考え方かもしれない。昔に戻すわけじゃないし、それがいいというわけではないかもしれないけれど、やはり取り戻さなきゃいけない大事な思想や哲学はあるかもしれない。それはなんだろうと、探究をしてきました。
その中で、うちがずっとお世話になっているヘンリー・ミンツバーグ先生に来ていただいて、みんなでコミュニティシップを探究してきました。本当にそこからみんながいろいろな思いを持ち始めて本を書くということをやってきました。

3人それぞれこの1年ぐらいで本を書いているので、どんな思いで本を書いたのかということからスタートしていきたいと思います。ということで、最初は山中さんからですね。
現場が見たミドルの疲弊と育成の難しさ
山中健司氏(以下、山中):山中と言います。ジェイフィールに2008年から勤務していて17年ぐらいですね。現場での人材育成をやってきました。人が育つ組織とか、どうやったらメンバーが主体的に成長していけるんだろう、それをマネージャーがどう支えられるんだろう、みたいなことをテーマとしてやってきています。
その中で、マネージャーのメンバーへの関わり方が本当に難しくなってきているなと思っています。
自分の会社のミドルマネージャーが生き生きしているなと思う人は、どれぐらいいますか?
(会場挙手)
(一同笑)
山中:1人だけ手を挙げていますね。それぐらい、ミドルマネージャーは大変だなとすごく思っています。
やはり人材育成は難しいです。それこそプレイングマネージャーが常態化したり。昨今だとハラスメントの問題とかコンプライアンスの問題とか、1on1とか、メンバーのキャリア自律支援とか。そこに来て、今日のテーマにもなっていますが、エンゲージメントサーベイの結果を見直しましょう、みたいなことが言われる。
管理職の罰ゲーム化みたいなことが言われてくる中で、本当にどうしたらいいのかわからなくて困っている方がすごく多いかなと思っています。
実際先週も、「うちの会社は働き方改革やって、メンバーは残業なく過ごしているんだけども、結局自分たちが全部引き受けてしまって、自分たちの働き方改革はどこにいったんだ」みたいなことを聞きました。管理職の方にお話を聞いていたのですが、ほとほと大変な状況なのかなと思っています。
私は、『
なぜ部下が不満で不安で無関心なのか メンバーの「育つ力」を育てるマネジメント』という本を書かせていただきました。メンバーは、働きやすさを感じているかもしれませんが、やはり自分の将来に対してすごく不安を抱えていて「このままでいいのかなぁ」とか「今の仕事でいいのかな」とどこかで思っている。でもそこが変えられない中で、それが不満となったり、時には「もうどうがんばっても仕方ないから、プライベートを充実させよう」という、諦めみたいなものが出てしまう。
メンバーの“育つ力”を育てる5つの対話視点
山中:そういう状態をなんとかしたいなという思いを込めて書いたのが、この本だと思っています。お互いになかなか一歩踏み込めない中で、どうやったらそこを乗り越えていけるのかというアプローチを世の中に届けたいなと思って、今までやってきたことをまとめたのがこの本です。
ちょっとアプローチみたいなお話でいくと、まずマネージャーのみなさんは、メンバーを見た時に、自分から主体的にどんどん動いてくれるような人には関わりやすいと思うんですけれども。
そうでない人たちにはけっこう難しさを感じているなと思っています。そういった人たちが自分から主体的にチャレンジして試行錯誤をしながら成長していけるような、育つ力みたいなものをマネージャーのみなさんが育てていくところが必要だと思っています。
知識や経験を積ませるという意味ではずっと関わっていなきゃいけないので大変ですが、そもそものメンバーの育つ力が育っていくと、マネージャー自身は少し余裕が出てくるだろうし、メンバー自身も幸せになっていけます。今日は細かくは説明しません。10月にセミナーをしますので、よかったら、そちらに来ていただければと思います。
こんな5つの視点で、メンバーと対話をしていく。例えばキャリアとして、こうなりたいな、どうありたいかみたいな、そういった目的の話であったり。あとはメンバーの強みじゃなくて持ち味を活かす。どうやったらメンバーの自己肯定感を育めるんだろう。

そうやって一歩踏み出す時にさらに背中を押すメンバーのやる気を、内発的動機でもなく外発的動機でもなく、内面化動機というアプローチによってどうやって主体性を生み出していくのか。
あとはメンバーの自己効力感をどう育んだらいいのか。そういったところからどうやってメンバーを成長軌道に乗っていくのかという対話の仕方を本に書いて、みなさんと一緒に探究できないかなという思いで出させていただきました。
高橋:山中さんはずっとこういうかたちで、上司と部下との関係性をテーマにやってきていて、一緒に変わろうと、ずっと言っているんですよね。上司だけ、部下だけが変わるんじゃなくて、上司と部下が一緒に変わる上での、やりとりの仕方をこういうかたちで表現して、1つのステップとして作って提唱している人ですね。
「心を乱されたくない」という抵抗感
高橋:じゃあ次に、青木さん。
青木美帆氏(以下、青木):ありがとうございます。青木美帆と申します。よろしくお願いします。私の本職は臨床心理士です。心の専門家です。若手社員のメンタルヘルス不調を問題視したことがきっかけとなって、もともと会社員だったのを辞めて大学院に入り直して、臨床心理士になりました。
私のモットーは、「環境や周囲に左右されることなく、その人が本当に生きたい人生を生きるサポートをしたい」というものです。そうした思いから、今の仕事に取り組んでいます。
今回、私がこの本を書いたきっかけや思いについては、本書にも書かせていただいているのですが、本日のテーマでもある「静かな分断」に深く関係しています。少し前に話題になった「静かな退職」や、今では多くの人が知るようになった「退職代行」なども、「静かな分断」の表れの1つではないかと感じています。
その背景や要因にはさまざまなものがあると思いますが、私自身が1つ挙げるとすれば、「心の動揺に対する強い抵抗感」があるのではないかと考えています。
例えばこの前、若手社員の研修に出させていただいた時に「心を乱されたくないです」という発言があったんですね。そしたら周りの研修受講者の方も「めっちゃわかります」みたいな感じで、すごく賛同者が多かったんです。私は「そうなんだ」と思ったわけなんですけれども。ネガティブに対する恐怖心だったり、避ける傾向は特に若手の方が強いんじゃないかなと思っています。
キャリアの中でも日常の中でも、ネガティブなことは起きると思うんですよね。ネガティブな感情は出てくるものなので、そのネガティブな感情に一人ひとりが向きあって、付きあえるようになることで一人ひとりが自分の感情に責任を持てるようになるんじゃないかなと思っているんです。
そうするとみんなが本音でより関わりあえて、その結果としてより温かくて協力しあえるような職場を作れるんじゃないかなと思っているので、その方法などもこの本に書きました。
ネガティブを“織り込み済み”に
青木:今日タイトルに「組織における”静かなる分断”を超える3つのアプローチ」とありますが、私が1つ考えているのは、「ネガティブな感情や出来事も、あらかじめ織り込み済みで考える」ということです。一人ひとりがそのネガティブに対処するためのスキルや知識を少しずつでも身につけていくことで、ネガティブなことに対して過剰に怖がらずにすむようになるのではないかと思っています。
例えば、失敗を恐れずにチャレンジしてみたり、人との衝突をあまり怖がらずに関わってみたり、そんな前向きな行動が少しずつ実現できるのではないでしょうか。そうしたことをサポートするのが、私自身の仕事を通じて実現していきたいことでもあります。
恐れや不安を“力”に変える視点
高橋:ありがとうございます。僕らからすると青木さんはまたすごく違う角度からいろいろなことを考えてくれるので、本当に頼りになります。人の心理の根幹に何があるのかというと、やはりいろいろな恐れとか、不安とか、そういうものがあります。
でも、そこから逃げてしまったり、そこを諦めてしまったら、大事なものを見失うんじゃないか。逆にそれをどううまく自分の中で取り込みながら、いいかたちに変えていくのか。その力がたぶん人全体に使用されているんじゃないかなという、そんな目線を僕らに与えてくれていますね。
僕らももう少しだけ触れると、この『
静かに分断する職場』という本が、今、いろいろなところで読んでいただいたり、広がっています。

経営者、管理職、人事など、みんなが困っているんじゃないかと思っているんですよね。向きあい方がわからなくなってきて、その中で分断があるようには感じるけれども、それ自体に対して「ここが良くないよね」とはっきり言えないから、そこにどう踏み込んでいったらいいかわからない。
このモヤモヤの状態をどうにかしたいなという人たちが、ちょっと踏み出していく、そんな応援をしたいなという思いで書いています。先ほどの人の心理でもあるんですけど、僕はやはり人と組織の関係性そのものがちょっと揺らいでいるというか、本当はどういう関係にあったら人も組織も社会も幸せになるのかという、その姿が見えなくなってきているんじゃないかと思っています。
会社とはそこそこの関わりのほうが幸せだよという気持ちもすごくわかる。無理しないほうがいいよ、余計なストレスがかからないほうがいいよという気持ちもすごくよくわかるんだけど、一方で、そうなった時に、社会全体がどうなるんだろう、そういう会社ばかりになるとどうなるんだろうということを、ぜひ考えていきたいなという思いで出した本です。