【3行要約】・管理職への昇進理由が「プレイヤーとして優秀」であることが多く、実際のマネジメント能力との間にギャップが生じています。
・組織運営において、現状維持を好む管理職の行動変革が課題となり、危機感醸成の必要性が高まっています。
・企業は体系的な教育とSL理論を活用し、評価制度を見直してマネジメント業務を重視する仕組み作りが必要です。
前回の記事はこちら 管理職に任命される理由は「プレイヤーとして優秀だから」
浅井隆志氏:ここで1つ、おもしろい理論としてSL理論をご紹介します。

これは、部下の成熟度やタスクの難易度によって、指示するのか、助言するのか、支援にとどめるのか、それとも任せるのかを判断するという考え方です。
わかりやすく言えば、何もわかっていない人にはまず指示を出したほうが早いということです。管理職になっても自分で考えて動けないタイプだと感じたら、「マネジメントとはこうやるんだ」と具体的に方法を教え、実行させていく。これが最初のステップになります。
やがて、上司の指示のもとで指導や育成、OJTがある程度できるようになったら、次はコーチ型に移行します。つまり、少しずつ自分で考えさせる段階に入るわけです。
ここで強調したいのは、「管理職なんだから自分で考えて動いて当然だ」という考え方をいったん横に置いてほしいということです。管理職であってもできない人には、管理職としてのあり方ややり方を具体的に教える必要があります。これが「指示型マネジメント」です。
そして、ある程度自分で考えて動けるようになって初めて、コーチ型として支援やサポートに回ればいい。管理職の能力や成熟度に応じて、アプローチを変えることが大切なのです。
なぜこのような視点が必要かというと、多くの企業では管理職は「プレイヤーとして優秀だから」という理由で任命されているからです。マネジメントができそうだから管理職に昇進させるわけではありません。そもそもプレイヤー時代にはマネジメントの能力を測る機会がない。
そのため、社歴や年齢、プレイヤーとしての実績をもとに「じゃあ、管理職をやってね」と任せてしまうケースが多い。つまり、管理職として実際にマネジメントができるかどうかは未知数なのです。だからこそ、管理職に昇進した人には、最初は手取り足取り指示を与え、しっかり教えていくことが重要だと考えています。
管理職に危機感や責任感を醸成するコミュニケーション設計
「行動の壁」を打ち破るために考えなければならないのは、動かないことに正当性を持ってしまう管理職が多いという点です。

心理学的な研究データによると、人間が変化を嫌うのはリスクを伴うからだとされています。本能的に、これまでのやり方を続けたい、ぬくぬくとした領域から出たくないという心理が働くのです。
ではどう突破するのか。現状維持は衰退につながるということを定期的に伝える必要があります。あるいは、現状維持のままでは到達できない目標を私たちは掲げているのだということを明確に示す。理念やビジョン、事業計画を管理職にしっかり伝えていくことが重要になります。
つまり「このままではまずい」という危機感や責任感を醸成する必要があります。その際には、社長であれば、なぜその理念を掲げているのかという自身の思いを伝える。役員であれば、既存の理念を自分の言葉で語る。その積み重ねによって管理職がそれをかみ砕き、自らの言葉で部下に伝えるようになり、理念が浸透していきます。
経営幹部が管理職に理念やビジョン、事業計画の目的を丁寧に伝えることこそが、大きな原動力になると考えています。
“知る×やる”の四象限
最後に、管理職研修でもよくお話ししている、私の好きな考え方をお伝えして締めたいと思います。「知らない」「知っている」、そして「実行しない」「実行する」という4つの領域に分けて考えるというものです。

まず「知らないし実行しない」領域、これを無知の領域と呼びます。人間は必ず最初は無知の状態から始まります。生まれた直後もそうですし、仕事を始めた初日もそうですし、経験したことのない事業に関わる時もそうです。無知であること自体は問題ではありません。しかし、時間が経っても無知のままでいるのは罪だと私は思っています。
無知の領域からもう1つ進むと「無謀」があります。知らないまま実行している状態です。「とにかくやってみよう」は聞こえは良いかもしれませんが、例えば医師が「やったこともないし知識もないけど、とりあえず切ってみるか」と言ったら怖いですよね(笑)。これが無謀です。やはり一定の情報を持ち、ノウハウやスキルのトレーニングを積む必要があります。
さらに「知らない」から「知っている」へ移っただけの領域もあります。ここが実は一番よくない。「知っているのにやらない」状態で、私はこれをあえて「無能」と呼びます。評論家のように語る管理職が多いのはこのタイプです。
この壁をどう越えるか。まず「知らない→知っている」はインプットで乗り越えます。学ぶ機会を設け、教える。次に「実行しない→実行する」はアウトプットです。行動を固める設計が必要になります。ある程度の強制力を働かせ、行動せざるを得ない環境や制度に落とし込む。この二面から考えないと、なかなか前に進みません。
最終的に目指すのは「知っていて行動する」、いわゆる知行合一です。勝海舟の言葉を借りれば、「行わないのなら、知らないのと同じ」。本当の知は実践を伴うべきだということです。
まとめると、まずはマネジメントの知識とスキルの教育が必要です。

外部を使うか内部で実施するかは各社の選択ですが、日本企業の管理職の多くはプレイヤーとして優秀だったから昇格していますよね。「なんとなくマネジメントできそうだよね。マネージャーやる?」みたいな(笑)。「資質診断の結果、あなたは適性があるから就任を」ではなく、年次や実績で任せるケースが多い。
そうであればこそ、マネジメントの知識とスキルは会社が体系的に教えるべきです。内部でやるにせよ外部でやるにせよ、教育は不可欠です。
優秀なプレイヤーを優秀な管理職に育成する仕組み
それからマネージャーの仕事をやってもらうには、やはり評価制度や等級を見直す必要があります。私が多くの会社の仕組みを拝見すると、プレイヤーとしての数字ばかりを評価しているケースが非常に多いんです。個人の数字で評価してしまうと、部下の育成や成長、チームビルディングやOJTといったマネジメント業務が後回しになります。
だからこそ、プレイヤーとしての成果はたとえ100点でも評価全体の3割程度にとどめ、残りの7割はチームの成果やメンバーの成長を重視する。そうすればマネジメントに関心が向き、やらざるを得ない仕組みになります。つまり制度や評価を外形的に変えることで、行動が変わっていくわけです。
ただし、最終的に大きな壁になるのは「忙しいから全部できない」という現状維持の発想です。これを乗り越えるには、「今のままでは未来をつくれない」ということを理解させる必要があります。そのためには社長や役員自身が理念やビジョンを言葉で伝えていくことが非常に重要です。
今日のお話の中で「自社に足りない」と思う部分があれば、ぜひ1つでも実行に移していただきたいと思います。
管理職を育てるための社長や経営幹部の役割
最後に、組織のあるべき姿について私の考えをお伝えして締めます。

組織でまず大切なのは報連相です。とりわけ「報告」が必ず適切なタイミングで上司に上がってくること。報告は文化やルールで根づかせる方法もあれば、上司のキャラクターで促す方法もあるでしょうが、とにかく情報が上がることが大前提です。
そして上司は上がってきた報告を放置せず、必ずコメントやフィードバックを返す。コミュニケーションはよくキャッチボールに例えられますが、一方通行になっているケースが多い。投げても返ってこないと、部下はそのうち投げなくなってしまいます。だからこそ、必ずボールを投げ返すことが大事です。
加えて、メンバー同士のナレッジ共有も不可欠です。「これをやったらうまくいったよ」「自分はこうやったけどうまくいかなかった」といった日常的な会話や、「上司からこういうフィードバックをもらった」という共有が広がれば、効率的に学び合う環境ができます。
管理職はやることが多く忙しいものです。だからこそマネジメントの効率化をどう実現していくか。ここが現場を変える鍵になると考えています。
そして最後に強調したいのは、「管理職だから任せた」ではなく、管理職が何をしているのかを社長や経営幹部が報告を受け、さらに「来月はこういう方針で、具体的にこういうことをやってください」とフィードバックを返す。このやり取りを仕組み化することこそ、組織のあるべき姿だと思います。
ここで社長や経営幹部の方に問いかけたいのは、まず管理職に言うべきことをきちんと伝えられているかどうか。そして、管理職が社長の代弁者になっているかどうか。さらに「忙しい」という言い訳を許していないかどうか、です。
多くの経営者とお話をすると「わかっているけど、辞められたら困るから強く言えない」とおっしゃる方が多いんです。ただ、それではリーダーシップの源泉が揺らぎます。言うべきことはしっかり伝える。これはリーダーとして欠かせないことだと考えています。
納得感の高い評価制度を作るポイント
さて、最後にご質問をいただいていますので取り上げます。「等級制度の役割要件はある程度明確にしているものの、現在運用がうまくいきません。運用のポイントがあれば教えていただきたいです」というご質問です。
この点について、私の経験上もっとも多い原因は、評価制度の作成段階で社員を巻き込んでいないことです。上層部や管理部門が一方的に作って「これでいきます」と下ろすだけだと、どうしても当事者意識が生まれません。
一方で、社員数100〜300名規模の会社であれば、ボトムアップで意見を吸い上げ、「どこを評価してほしいか」といった声を取り入れて制度を作ることが可能です。もちろん最終判断は経営側が行いますが、自分たちの意見が反映された仕組みだと感じれば、制度運用への納得感が大きく変わります。
もう1つ多いのは「制度を作ったが、見る機会が四半期に1度程度しかない」というケースです。最低でも月1回は評価面談を行い、現状の等級と次の等級のギャップを明確にして「どこが課題なのか」「何をすれば次のステップに進めるのか」を上司と本人で確認することが必要です。
このプロセスを小まめに繰り返すことで初めて制度が日常に根づき、理念の実践へとつながります。評価制度は作っただけでは意味がなく、運用の仕方を丁寧に設計することがポイントになるのです。
それでは、本日は以上でございます。ありがとうございました。