リーダーが先に情報を出す職場は情報が回る
少し抽象的でしたので具体例を挙げます。例えば会社のビジョンや経営状況をきちんと従業員に共有することで、当事者意識が芽生え「この会社は自分たちの会社だ」という所有感を抱きやすくなります。
また、個人の手柄だけを賞賛するのではなく「チーム全体の成果」と強調して評価することで、チームに対する所有感が育ちやすくなります。こうした取り組みは知識隠蔽を抑えることにつながっていきます。
さらに別の観点として重要なのがリーダーの役割です。知識隠蔽は本人の資質だけで起きるものではなく、リーダーの姿勢や行動が部下に大きな影響を与えることが実証されています。
リーダーが部下の知識の出し惜しみを暗黙に容認したり、自ら知識を隠すような態度を示したりすると、部下は「この職場では知識を隠してもいいのだ」と受け取ってしまいます。その結果、知識隠蔽が組織内に広がってしまうのです。
このように上司の態度が部下の行動を誘発する現象は「リーダー示唆型知識隠蔽」と呼ばれます。リーダーを真似して知識を隠すようになった部下は、仕事への満足度が下がり、さらに離職意図が高まることが明らかになっています。つまり「この組織を去りたい」と思う気持ちが強くなり、組織の安定性にも悪影響を与えてしまうのです。
部下が情報を出すか隠すかは上司の姿勢次第
ただ、例外があります。先ほど少し触れたとおり、知識隠蔽のタイプによっては、いわゆる負の効果が出にくい場合がある。合理化した隠蔽です。正当な理由をきちんと説明して共有を控えるケースは、対人関係をむしろ良くすることもある、という結果が示されています。
ここでも興味深い知見が出ています。合理化した隠蔽では、本人の内的な葛藤が相対的に小さく、恥などの自己否定的な感情が生じにくい。そのため離職意向をかえって下げる可能性が示唆されています。おもしろいポイントですよね。
とはいえ、根本の教訓は変わりません。リーダーの態度が部下の知識隠蔽を誘発するという現実は、管理職にとって重い示唆です。まずは自分が情報をオープンにし、知識を求める部下を歓迎する姿勢を明確に示すこと。そして、正当な理由なく知識を出し惜しみする態度を見かけたら、容認しない姿勢をはっきり示すことが求められます。

もう1点、リーダーの役割を考えましょう。文化づくりは時間がかかります。チーム全体の協力意識がまだ十分でない、少しギスギスしている、といった状況でも、知識隠蔽の蔓延を食い止める手はあります。それが、リーダーとメンバーの間の信頼関係です。
実験と職場調査を組み合わせた研究では、チーム全体の協力意識が高いと知識隠蔽は減る、というのは先ほどのとおりです。加えて重要なのは、チームの協力度が低めでも、上司と部下の間に強い信頼があれば、部下の知識隠蔽が抑えられるという点です。
つまり、組織全体のカルチャーが整う前でも、現場のリーダーが個々の関係性を丁寧に築けば、負のスパイラルを断ち切ることができるのです。リーダーがこまめに情報を共有し、1on1で貢献をねぎらい、失敗談も含めて自分から開示する。こうした積み重ねが、まずは自分のチーム単位での「オープンな島」をつくり、やがて組織全体に波及していきます。
協力意識が低い状況でも、リーダーとメンバーの間に信頼関係があれば知識隠蔽は抑えられることがわかりました。

全体の雰囲気が悪くても、上司と部下が互いに信頼していれば、局所的には知識の出入りが回り始める。これが知識隠蔽に関する興味深いメカニズムです。
チーム全体の風土づくりには時間がかかりますが、それとは別に、リーダーが一人ひとりと丁寧に向き合い、個別に信頼を積み上げれば、知識共有は部分的にでも前進します。職場全体はまだギスギスしているとしても、「この上司なら信頼できる」と思えれば、部下は知識を開示しやすくなるからです。
したがって、管理職にある方は、1on1など個別の時間を意図的に確保し、小さな約束を確実に守るといった地道な実践を重ねてください。そうした積み重ねが、協力体制を整える前段階として大きな役割を果たします。
忙しくても知識を進んで共有できる人の共通点
さらに、専門職コミットメントも重要です。これは自分の専門分野に対する誇りや使命感を指します。社内で政治的な駆け引きが強まると、人は弱みを握られまいとして知識を抱え込みがちです。
しかし、専門職コミットメントが高い人は、短期の社内政治で得る小さな利得よりも、専門家コミュニティへの貢献や専門性の深化を優先する傾向があるため、知識を共有する側に舵を切りやすい。結果として、政治的な空気の中でも知識隠蔽に走りにくいことが示されています。

すなわち、高い倫理観や職業倫理、専門家としてのアイデンティティがあれば、社内が政治的な様相を帯びていても、目先の利害を超えて知識を共有する行動につながります。企業としては、専門性を尊重し、そのコミットメントを育むことが有効です。
例えば一人ひとりの専門性を正当に評価して言葉で称賛したり、社外勉強会への参加を承認して専門家としてのアイデンティティを育てる機会を提供したりするとよいでしょう。
また、知識共有は忙しい時ほど難しくなります。締め切りが迫るなど強い時間的プレッシャーを受けるほど、人は自分の仕事で手いっぱいになり、知識を抱え込みがちです。それでも共有できる人には共通点があります。1つは純粋に他者を助けたいという「向社会的動機」、もう1つは相手の立場に立ち状況やニーズを想像できる「他者視点取得能力」です。

これらを備えている人は、多忙でも相手の切迫度や重要度を正しく捉え、「助けたい」という気持ちが行動を後押しするため、知識を進んで開示できます。相手の身になって考える力が、知識の出し惜しみを防ぐ砦になるわけです。
その土台として、日頃から感謝を伝え合う文化を整えることが有効です。助け合いが可視化され、互いに「助けたい」と思いやすくなります。質問する際は、必要とする背景や目的を具体的に伝える。提供を受けた際は、「おかげでこう解決できた」と成果まで返す。こうした具体的な感謝のやり取りが、知識の流れを太くします。
以上、知識隠蔽を多角的に見てきました。知識が自然に集まり、活発に共有される組織は、ハードではなく文化と信頼を土台にしています。貢献が尊重され、挑戦と成長が奨励される環境づくりこそが近道です。本日の内容が、みなさんの現場で少しでも役立てばうれしく思います。