【3行要約】 ・日本のエンターテインメント産業は優れたコンテンツを持ちながら、グローバル展開において海外の流通経路に依存する構造的問題を抱えています。
・エンタメ社会学者の中山氏は“日本はよその高速道路に乗っている”と現状を憂慮し、J-POPの成功例からインフラ整備の重要性を強調しています。
・これからのスタートアップには、IPホルダーとの協業を通じて日本発の流通網を構築し、AIとの掛け合わせで新たな価値創造に挑むことが求められています。
前回の記事はこちら 地域ではなくターゲットを見るべき時代
草野美木氏(以下、草野):ちょっと2つ目のテーマにいきたいと思います。先ほどもお話があったと思うんですけど、「今、エンターテインメント業界でグローバルを見据えた時に注目すべき領域は何でしょう?」というところで、ちょっとそれぞれお伺いしてもいいですか?
田中翔太氏(以下、田中):ちょっとリージョンにもよるかもしれないな、というところはあります。先ほどのお話で各リージョンの話もちょっとありました。なのでそれと絡めてゴー・グローバルといった時に、「エンタメにおけるゴー・グローバルって何なのか?」があると思っています。例えば「北米に特化したコンテンツを作ります」っていうのは、あまりみなさんはピンと来ないと思うんですよね。
強いて言うならば「20代から30代の英語話者で、“転生モノ”好きの男性向けのアニメを作ります」と言われればピンと来るように、あるリージョンにおいてものすごくいいコンテンツというのはちょっと難しい気がしています。みんな(リージョンとは関係なく)流行を追いかけていると思うんです。

ないしは、あるプラットフォームで流行っているものに、コンテンツサイドがそれを逐次投入していくのは、すごくわかりやすいかなと思っています。今だったら、売上がちゃんと回収できるかの議論はあるものの、「Robloxにゲームを投入します」という方はよく聞きます。
既存産業の中においても、あえてアニメを今から参入してちゃんと売れる海外配信で売ったり、「国内でも稼げるような、このジャンルで新たに参入するんです」、もしくは「やはりジャンプ作品はすごいですよね。そこを狙います」みたいなものはわかりやすいと思っています。だからやはりゴー・グローバルは、エンターテインメントで考えた時に(大きな分岐があります)。
コンテンツで攻めるか、プラットフォームを押さえるのか
田中:リージョン別に攻略するというよりかは、どこのファンに刺しにいくのか。もしくは、もうちょっと踏み込んで実務的に言ってしまうと、確実に買ってくれる人がいる流通経路にどう流し込むかというコンテンツサイドに立つのか。本当にグローバルプレイヤーに勝ちにいくプラットフォームサイドに立つぞという話なのか。ここはめちゃくちゃ大きい分岐だなと思うんですよね。
中山淳雄氏(以下、中山):たしか、『ポケポケ』も地域を目指したわけじゃないですもんね。グローバルにいるカードから始まったポケプレイヤーに(アプローチしたという)ね。
田中:そうですね。やはりマクロ的に見た時に、今回の『ポケポケ』の話で言えば、ファンが確実に温まっていて、プラットフォームはスマートフォンで、というのは、みんなある程度の想像がついていたと思っています。後はそれをちゃんとIPホルダーの方が(どこまで)作り切れるかの問題で、これはもうめちゃくちゃ王道の戦い方です。
日本には世界につながる「高速道路」がない
田中:この王道の戦い方は、まさにDay1からゴー・グローバルにいけるはずなんですよ。なぜならば、世界中に求めている人がいるからです。「ステークホルダーを説得して、いいものを作り切れば、ゴー・グローバルです」というのは、もう普通のエンターテインメント産業として、みなさんがいつもやっていることだと思うんですよね。アニメなんてDay1から当たり前にグローバルに売っているので。
なのでコンテンツを作って売ることに関して言えば、「ちゃんとファンがいるところに向けて作りましょう」と言えちゃうんです。これが一番難しいんですけど(笑)。けれども、後者の「プラットフォームやサービス」と言われると、急に難しくなる。これは本当に難しいなと思います。
中山:プラットフォーマー型だとね。僕が海外を見ていた時に、(日本のエンターテインメント産業は)「高速道路」がつながっていないなと思ったんですよね。日本のコンテンツって、だいたい中国や台湾とか、最近ではベトナムやタイでも1個1個はちょいちょい花開くことは一応あります。けれども、そこから広がっていかないんですよね。
インドのイベントにGAFA系のトップが集まる理由
中山:僕はインドに行った時に、ものすごいインパクトを受けたんですよ。実はインドのモディ首相が主導した「WAVES」というイベントで、Adobeの社長やGAFA系のトップがバーッと集まっていました。サティア・ナデラは来なかったかな。
結局、(アメリカからインドに対する)売上はアメリカ国内の10分の1以下なんです。けれどもアメリカからすると、アメリカからヨーロッパコースがあって、イギリスからインドと、実は地続きみたいなところがあって、歴史上ずっと流通網が張られているんですよね。
だからやはりアメリカの企業って、「いったん、うちらがやったらイギリスで流行るよね。フランスやドイツはいつも受け取らないんだよな。でもイギリスから中東や、ワンチャン、インドに広がっていって、インドからマレーシアに行くよね」と、彼ら的には(流通経路となる)道があって、しょっちゅう来ていますね。
田中:特にアメリカ発だったりする場合は、まさにビジネス的なリレーションの話もあれば、おそらくそこの流通経路に当たる事業者がもういるんですよね。
J-POPが証明したインフラの重要性
中山:ゲームもコミックも難しいんですけど、実はそれが今、J-POPはできていると僕は思っています。藤井風さんの曲がインドネシアやタイ経由、また、タイから西に行って広がりました。それが実はSpotifyなどのDSP(デジタル音楽配信事業者)のストリーミングのおかげで広がったんです。だから「ちゃんとインフラがあれば、J-POPだって広がっているじゃん」という思いがあったんですね。
草野:それは偶然だと思いますか?
中山:先ほどの話と共通しますが「『相対的に』日本語の曲って意外にいいかもね」とか「チル系やK-POPを聞きすぎてJ-POPにいきました」と言う人に僕は何人も会ったんです。
草野:なるほど。
中山:でもやはり、K-POPと類似で聞かれている部分が多かった。アジアに慣れてきていて「英語じゃなくても、いいものあるじゃん」と思ったら、「実は日本アニメやJ-POPもいいよね」とか。それで一応消費者の心の準備ができた上に、音楽はわりとボーダーレスなものができていた。
これは意外に、アニメもまだまだなところがあるかもしれませんね。あとはやはりグッズや本になるとハードルが高い。
「その作品をちゃんと稼げるようにしてあげる」
田中:本当にそうなんですよね。ちょっと抽象的な話で恐縮なんですけど、先ほど高速道路の比喩(の話がありましたが)、いわゆる「(日本には)すばらしいコンテンツがあります」という話に対して、日本のコンテンツは大きい作品でも、海外のエンターテインメント事業者が持っている流通経路や商取引関係が断絶している可能性があるんですよ。
もうちょっと言えば、プラットフォーマーが外資であるとか、届けられていないとか、「実はタイの放送局とは取引していません」みたいなことがあります。これは、実はみなさんが絶対に知っているようなものすごく大きいIPホルダーさんでも、「いや、あの地域は1回も話したことがないですね」とか、ぜんぜんあるんですよ。
そもそも英語話者で海外ビジネスを開拓してきている人材の圧倒的な少なさは、日本のエンターテインメント産業におけるすごく大きい問題なんです。はっきり言って、ここをちゃんとつないでいくことが課題解決のために必要です。
つまり今、日本国内では「高速道路」がつながっているように、海外において日本コンテンツの「高速道路」を1回手でつなぐとか、それをプラットフォームとまで言わなくてもいいので、確実に広げていく。これがスケールするかは別として、スタートアップのサイズ感だったらぜんぜん成立するよねと。
これは、作品が好きな方にとって失礼な言い方になったら恐縮なんですけども、僕はコンテンツをどこかでマネタイズしたい。ビジネス的に言ってしまえば「その作品をちゃんと稼げるようにしてあげる」っていうところです。実はちゃんとつながっていない国や地域、ないしは、どのような話者・言語圏(でもマネタイズできるようにしたいです)。
ディー・エヌ・エーのゲームの知見を、アニメやグッズ事業に活かす
田中:あるいはジャンルの違いもあります。先ほどの言い方で言うと「ゲームにはぜんぜんなっていませんでした」とか、そういったところはめちゃくちゃ掘りがいがあると思います。
スタートアップでも、ある一作品とグリップしただけで、そのスタートアップの名刺代わりになるような、すごく華々しいプレスリリースを打てるぐらいの大きいビジネスになる可能性があるんじゃないかなと思いますね。それ自体がスケールの持続性になるかは別として。
中山:グローバルの行商人みたいなのが僕のイメージなんですけど。
田中:まさにそうです。
中山:ディー・エヌ・エーって、そういうのができ得る会社だと思うんですね。だから、そこに踏み入れられないようなハードルはあるんですか? いろいろジョイントベンチャーもできるし、よくテック部分を担当するんだけれども。
田中:ゲームはやはり我々自身も成功してきたものとか、失敗したけどやり切ったものがあるので説得力があるんです。けれどもグッズやアニメってまだ別に、我々ディー・エヌ・エーが主語でめちゃくちゃうまくいったわけではない。ちなみに今放送していますけど『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和GO』という作品は、私たちがすごくがんばらせていただいています。
ディー・エヌ・エーもそうやってちょっとずつ積み上げていっているんですよ。なので私はまさにその部門の担当者なので、もう5年、10年したらディー・エヌ・エーでも、「今回の『ポケポケ』はすごかったですよね」と言われたようなことがグッズやアニメの領域でも来ますと自信を持って言いたい。ただ、今はその材料を世に出せていないと思っているので、がんばって積み上げているんですけど。
日本のIPホルダーはコラボレーションに寛容
田中:これはスタートアップのみなさんもたぶんそうで、やはりIPホルダーさんたちからしたら、どうしても実績や関係値のところで、「自分たちの大事な作品を預けられますか?」という問いがある。
やはり、実績や作品に対する貢献の話になった時に、信頼できる人たち同士のコミュニティになってくるので、どうしても固定化されますよね。だからスタートアップが参入しにくく見えると思うんです。
けれども、自前のもので成功しているとか、小さくても「自分たちでこんなことをやった」ということに関しては、日本のIPホルダーは驚くほど寛容です。前例があって「できそうですね。じゃあ、やりましょう」というのは、そんなに難しいことじゃない。
だからやはりそこを小さくてもゴー・グローバルで何かをやり切った話には、私はすごく注目しています。そういうことを1例でも持っているスタートアップの方とは、ぜひ一緒に何かしたいですね。
先ほどたまたま控え室で、ダルマを作っているスタートアップの方がいらっしゃったんですけど、それを見た時に感動しました。ダルマをビジネスにちゃんと乗せて回していて、アパレルともコラボをしようとしている。もうこれは完全に、IPとコラボをして、いわゆるトップ認知商材としてドンと置いておくだけでもめちゃくちゃ話題になると思いました。
我々みたいに日常的に出展イベントで差別化を考えているライセンシーからしたら、やはりライセンサーに提案にいって、(出典イベントの)目立つところにダルマを置いておく。フィギュアの隣にダルマがあったら、ファンの女の子が写真を撮りに来てくれるじゃないですか。これってやはり、「ファンの方が求めている」「それを作るケイパビリティがある」「IPホルダーも嫌じゃない」が揃っていれば、だいたい応援してもらえるんですよ。