【3行要約】・マネジメントは「罰ゲーム」と思われがちですが、実は自律性・有能感・関係性という人間の基本的欲求を満たす仕事として、エンゲージメントを高める効果があります。
・伊達氏の実証分析によれば、マネジャーは自分で決められる範囲が広く、チーム成果への貢献実感や多様な人との関係構築ができる点が魅力的。
・「全員マネジメント」を実現するには概念の説明よりも体験の共有が効果的で、すでにメンバーが実践している小さなマネジメント行動を見つけ、育てていくことが重要です。
前回の記事はこちら マネージャーは“忙しいのにエンゲージメントが高い”3つの理由
小田木朝子氏(以下、小田木):じゃあ、伊達さんがおっしゃったような「マネージャーがしんどいから、みんなも手伝ってよ」というアプローチではない方法とは何か、という話ですが。例えば、成果が見えやすいとか、目指す方向性に自分自身も関与できる、あるいは対話の機会が多くて腹落ち感も高まるといったアプローチもあるなと感じました。
伊達洋駆氏(以下、伊達):マネジメントを行うことが、なぜエンゲージメントを高めるのか。実はそれについて、私はある組織で実証的に分析したことがあるんです。というのも、「そんなわけないだろう」と思われていた組織もあったので、「なぜそうなるのか」を自分でも知りたくて。
小田木:「なんでだろう」って思っちゃう。
伊達:そうなんです。細かくは申し上げられませんが、分析の結果、大きく整理すると3つの要因があることが分かりました。
1つ目は、自律性の高さです。マネジメントという仕事は、少なくともメンバーに比べて自律的である。例えば、仕事の進め方や方針、リソースの配分を自分で判断できる場面が多い。つまり「自分で決められる範囲」が広いということです。
2つ目は、有能感。たとえば、チームを率いて難しい目標を達成することができたり、部下の成長を支援することで、自分が周囲にポジティブな影響を与えている実感が得られる。これが「できなかったことができるようになった」という嬉しさにつながる。こうした感覚を、専門的には「有能感」と呼びます。
3つ目は、関係性の豊かさです。マネージャーは、メンバーだけでなく、他部署や経営層とも関わる機会が多い。こうした多様な人との関係の中で、信頼関係を築いていくことができる。これが「関係性」という要素につながります。
この「自律性」「有能感」「関係性」の3つは、いずれも人間が本来的に持っている基本的な欲求です。「自律的でありたい」「有能でありたい」「人とつながっていたい」という欲求は、誰しもが持っているもの。その欲求を満たしやすい仕事こそが、実はマネジメントなんじゃないかというのが、当時の分析から見えてきた結果でした。
マネジメントがもたらすメリットを示すための第一歩
小田木:マネジメントの実践がエンゲージメントを高めるということについて、今どれだけの人がそのイメージを持てているだろうかと考えると、やはり“罰ゲーム”というキーワードが先行してしまっている印象がありますね。
マネジメントを実践することでエンゲージメントが高まる。これはマネージャーだけでなく、メンバーもそうであって、マネジメントに関与することや、自分も実践しうるという自己肯定感を持つことが、エンゲージメント向上につながるというイメージを、果たしてどれくらいの人が持てているのか。
どうしても根底には「マネジメントは大変なことで、その大変さのシェアは押しつけあいである」という世界観がある。この前提から脱しない限り、「考え方は理解できるけれど、実際には難しいし、むしろシェアされる側は嫌なんじゃない?」といった感覚から抜け出せなくなってしまいそうだと、あらためて感じました。
伊達:少し前のコメントの中に「マネジメントをメンバーとシェアしていくには、そのことがメンバーにとってどんなメリットがあるのかを示さないと、全員での実践は難しいのではないか」といった声がありました。それは本当にそのとおりだと思います。
マネジメントという機能を“罰ゲーム”と捉えてしまえば、その道は閉ざされてしまう。そこにメリットが見えなければ、「マネージャーが大変だから、みんなもよろしくね」「なんとか手伝ってね」といった押しつけに聞こえてしまう。
そうすると、メンバー側からは「マネジメントってあなたの仕事でしょ?」という反発も起こりうる。ですから、「全員マネジメント」を成り立たせるための最初のステップとして、「マネジメントは楽しいものである」「それは魅力的で、成長につながるポジティブな営みなんだ」ということを、いかに伝えていけるかが本当に重要だと感じています。
カレーを知らない人に“ご飯にかけるとおいしい茶色い液体”と説明しても理解されない
小田木:本当に、そこですね。その方向に向かうためには、どうやって「同意」や「納得」、さらには「期待の醸成」をつくっていくかという視点が必要になりますね。
……あっ、今、伊達さんが語ってくださったエンゲージメントの要素分解を、チャットでテキスト化してくださっている方がいます。
(一同笑)
伊達:ありがとうございます。
小田木:まとめが出てきた(笑)。あともう1つ思うんですけれども、どれだけ説明しても、体感がない中での理解や納得は難しいという側面も、一定あるんじゃないかなと思ってまして。
伊達:あります。
小田木:そうなった時に、要はカレーのおいしさを知らない人に、「茶色い液体の食べ物があって、それをご飯にかけて食べるとおいしいよ」と言ったところで、絶対に「おいしい、食べてみよう」とは思わないじゃないですか。
どちらかというと、一口食べてもらって、「え、何これおいしい」「そう、それがカレー」みたいな。……何の話をしているのか、自分でもよくわからなくなってきましたけど(笑)。
伊達:でもすごく大事な観点ですし、わかりやすいメタファーですよね。人間って、自分が経験していないものや、不確実な状況の中で何かを判断しようとする時、どうしてもポジティブな側面よりもネガティブな側面に注目しやすい傾向があるんですよ。損失を回避したいと考えるのが人間なので。
例えば、マネージャーになるかどうかを検討する時にも、人は「自分の専門性を磨く時間がなくなってしまうんじゃないか」とか、「プライベートな時間が失われるんじゃないか」「精神的な平穏がなくなるんじゃないか」とか、そういった……。
小田木:すべてを失うもの……(笑)。
伊達:そう。とにかく「自分にとって何が損失か」に注目が集まりやすい傾向があるんですよね。カレーを食べたことがない人が「辛いよ」とだけ聞いたら、「え、めちゃくちゃ辛かったらどうしよう」とか、いろいろ考えてしまう。だから、どれだけ言葉で説明しても、なかなか納得感が得られないというのは本当にそのとおりだと思います。
どうやってマネジメントの楽しさを実感させるか
伊達:そうなると大事になってくるのが、「全員マネジメントの体験パック」じゃないですけど、「マネジメントって楽しいじゃないか」と思えるような最初のマネジメント体験。「あ、こういうマネジメントだったらやりがいがあるな」と思えるようなものを体験できるかどうかが、その後に効いてくるんじゃないかと思います。
小田木:体験先行への共感や、「もうボードゲームにしたらいいんじゃないか」みたいなコメントも出てきてますけど、その発想はすごく大事で。
例えば、「仲間と一緒に目指すべき成果が明確に、しかも具体的に握れた」という体験や、「どこを目指せばいいのかがクリアになった」とか、「自分の役割が成果にどうつながるかが見えた」とか、「一緒になって決めた成果だから、納得感を持ってそこに向かえる」といった体験に、チームで働くうえで心地よさを感じる人が多いのではないでしょうか。
「それって、今まさにマネジメントを一緒にやったんだよ」と、あとから意味づけができればいいだけの話で。むしろ、「どういう実践が生まれるか」「どんな実践が増えていけばよいか」といったことを、体験として先に提示することのほうが、概念レベルで空中戦をするよりも近道になるのではと感じました。
伊達:「マネジメント体験」はマネージャーにならないと得られない、と思い込んでしまっているのは、もったいないことだと思います。マネジメントの良質な体験を、事前に提供することができれば、マネジメントに対するポジティブな認識も醸成できるんじゃないかと。
小田木:確かに。マネジメント体験のさらに手前に、私、「チーム体験」があるんじゃないかと思っていて。「このチームで仕事できてよかった」とか、「チームで働くってやっぱりおもしろい」といった実感があれば、仮にそれがマネジメントだとしても、ハードルや抵抗感はかなり低くなるんですよね。
「一緒にやろうぜ」とか、「もっと仲間と工夫してみよう」といった感覚。マネージャーと一緒に考えることで、仕事そのものがもっとおもしろくなる。そういう体験こそが、その後のマネジメント観や概念の変化につながっていくのではと感じました。
「どういった体験をチームに生み出していくのか」という視点
小田木:続いて、ステップ3ですね。望ましいマネジメントのかたちに向けて、何をどう変えていくのかという観点で、伊達さんの着眼点も出していただきながら最後わいわいして終わりたいなと思います。
伊達:そうですね。
小田木:ここまでにいくつか出てきましたよね。ステップ1から重ねて。今日のトークを振り返ると、「まず自分たちがどんな認識を持っているのかを言葉にしてみる」。これはすごくスタートラインになると思います。
マネジメントというテーマに対してどんな認識を持っているのか。組織やチームの中での認識は、何に由来しているのか。こうしたことを探っていくだけでも、いろんな糸口が見えそうだという観点や、プレイングマネージャーや階層型組織についても、悪いものだと決めつけずに発想を転換してみる、それが持つ意味や可能性に触れてみる、といった点も挙がってきたかなと思います。
もう正直、「全員マネジメント」という言葉を使おうが使うまいがどちらでもよくて、最後にどういった体験をチームに生み出していくのかという観点が大事になります。
要は、“苦しいことのシェア”ではない発想や、概念レベルの空中戦ではなく、体験を先行させながらマネジメント体験や「チームで働いててよかった」と感じられるような体験、そういったものを小さく生み出していくという観点も重要だと感じました。