“管理職の罰ゲーム化”という風潮
小早川:本の冒頭で、「なぜ今マネージャー職が罰ゲームになっているのか?」という話をされていました。それは聞いている方もなんとなくわかると思うんですけど、ちょっとお話しいただけますか?
井上:いくつもの理由があると思います。まずは先ほどのお題にもありましたけど、マネジメントが体系立てて教育される風土が整いきっていないのかなと思っております。
というのは、やはりグローバル企業や外資系企業に比べて、日本ってまだハイコンテクスト社会というか、(社会的な共通認識があるので)わりと通じ合えるし、自然に人がまとまるところがあると思うんですよね。なので、マネジメントの難易度が比較的低かったから、体系化した知識がなくてもある程度マネージャーができた。
そういう風土があったのに対して、今は逆に「多様化だよね」となって、むしろ、自然にうまくまとまる雰囲気や空気を壊していくのが良しとされている風潮もあるのかなと思います。そこの変化が1つあるのかなと思っております。
小早川:なるほどね。じゃあ、最初に外資系に入られたのが良かったのかもしれないですね。
井上:そうですね。まさに外資系やグローバル企業はいろんな人がいます。私も外資系に入って、上司が外国人で、部下も半分以上が外国人みたいな世界でマネジメントのキャリアをスタートいたしました。そうすると「阿吽の呼吸」みたいなものがまったくないので、放っておいてもまとまらない。

そういう状況の中でどうまとめていくのかは、わりと私以外のマネージャーも、世界中でみんなが持っている課題だったりします。なのでその分、教育プログラムが充実していたのはラッキーだったなと思います。
昔は管理職を目指すことが定番だった
小早川:なるほどね。だから、今回の本のタイトルの『世界のマネジャーは、成果を出すために何をしているのか?』ということは、やはり日本のマネジメントも世界で行われているマネジメントに近くなっているということでもありますよね?
井上:おっしゃるとおりかと思います。(マネジメントの)難易度が上がっていて、なんだったら日本は(海外)より難易度が高いかなと思うぐらいですね。多様化もいいことだと思うんですが、やはりマネージャーからすると管理がしにくくなっている側面があります。
あるいは若い方は選択肢が増えているし、転職が当たり前になっているので、退職する方もいっぱいいらっしゃいます。それをどう食い止めるのかとかですね。
昔に比べると、世界のマネージャーの複雑な仕事と同じぐらい、ないしはそれ以上に難易度が上がっている。その中で、体系化された知識がない状況は、場合によってはまさに「罰ゲーム」と呼ぶ人もいるような状況を作り上げているのかなという気がしますね。
小早川:なるほどね。だから日本の企業もちょうど過渡期で、やはり世界標準に合わせていかないといけない。(だけど)日本のマネジメントの良さを保ちたいというのもあって、やはりそこの物事が変わる過渡期って大変です。なのでその時に苦しんでいるマネージャーがたくさんいて、それを部下が見ていると、やはりマネージャーって罰ゲームだと思っちゃいますよね(笑)。
井上:そうですね(笑)。それもありますよね。過去に勤めていた企業でお話を聞くと、特に20代の方とか若い方の半分ぐらいは「マネージャーになりたい」とおっしゃるんです。けれども半分ぐらいは「ちょっと嫌です」と。私が社会人になった頃は、私もですけど、たぶんほぼ100パーセントが「管理職になりたい!」という感じでした。

なので、そこから見ると隔世の感という感じなんですけど、(マネージャーに)なりたくないという方の話を聞くと、やはり一番おっしゃるのは今のお話ですね。「見ていて大変そうなので、割に合わない」と思っている方が多いというのが実感値としてもありますね。
リーダーとマネージャーの違い
小早川:なるほどね。リーダーとマネージャーの違いと、マネージャーの定義ということで今回の本ではお話しいただいています。リーダーとマネージャーがごちゃごちゃになっている方もけっこう多いと思います。そこの話をしていただけますか?
井上:はい、ありがとうございます。いろんな考え方や定義があるので、あくまでもこの本における定義ということでお話しさせていただきますと、リーダーとマネージャーって違うのかなと考えております。
わかりやすく言うと、例えばスティーブ・ジョブズさんやイーロン・マスクさんって、優れた経営者だと思うんですが、優れたマネージャーかというとちょっと(判定が)難しい。疑問もあるかなと。
この本の定義で言いますと、リーダーって「ビジョンを描いてみんなを遠くまで連れていく人」みたいな、「あそこまでいこう!」というゴールを定めて、みんなをそこまでリードして連れていく人がリーダーです。一方でマネージャーは、いろいろ(な定義が)あるんですけども、一言で言うと管理する人なのかなと思っております。

スティーブ・ジョブズさんやイーロン・マスクさんはいいリーダーです。ビジョンを描いて連れていくのは得意だと思うんです。けれども、部下の勤怠管理とかはできそうな感じがぜんぜんしないので(笑)。
小早川:そうですよね(笑)。めちゃめちゃな感じですね。
井上:なので、例えばイーロン・マスクさんとスティーブ・ジョブズさんが都銀の係長をやったらたぶん評価されないと思うんです。
小早川:そうですよね(笑)。
係長や課長に求められるもの
井上:そこがやはりリーダーとマネージャーの違いです。経営者は基本的に両方持っていないといけないと思うんですが、管理はわりと人に任せられるじゃないですか。一方で管理が得意な人は必ずしもリードが得意とは限りません。
小早川さんみたいな会社のトップである経営者になるのであれば両方とも最終的には持っている必要があります。けれども管理職の最初の第一歩である係長や課長さんがリードの資質を持っている必要は必ずしもないのかなと。
小早川:なるほど。
井上:まったくなくていいというわけではないと思います。けれども、(必要が)必ずしもないにもかかわらず、そこを混同して、「引っ張らなきゃいけない」「ビジョンを描かなきゃいけない」とかって思っちゃう。するとますます先ほどの罰ゲーム感が強くなってくるというのがあるのかなと思っております。
なので、この本ではあえてリーダーの部分は切り捨てて、管理という意味におけるマネジメントのノウハウや方法論に特化した内容にさせていただいております。
小早川:なるほどね。確かにリーダーとマネージャーの両方の能力を持つって大変ですよね。
井上:大変ですよね。社長や経営層になればなるほど、リーダーの側面がわりと強くなってくるのかなとは思っております。管理の仕事は文字どおり中間管理職に任せることがある程度できると思うんです。けれどもリーダーの仕事って、行き先を決めてそこにみなさんを連れていく人が複数いるとあまりよくわからないことになってしまうので、やはり1人だよね。
ということを考えると、管理の仕事は中間管理職が担って、リーダーの仕事をトップが担うみたいなバランスが世の中的にはわりと多いんじゃないかなと思っております。
管理職とリーダーの両面を求められる辛さ
小早川:なるほどね。それは上司もリーダーとマネージャーが構造的に違うことをちゃんと理解しつつも、部下自体もそれは違うんだとわかっていないと2つ(とも)求めちゃいますよね。
井上:そうですね。なので私もそうなんですけど、たぶん苦しいのは、まだいち管理職でもある現場の管理職の方です。やはり会社や、それこそ(会社の)一番のリーダーに、リーダーとマネージャーの違いを理解していただいた上で、「あなたはこれぐらい。80パーセントはマネージャーで、20パーセントはリーダーだよね」と、教育してくれればいいんです。けれども、そうではないのが現実だと思うんですよね。
自分自身も「リーダーにならなきゃ!」という思い込みを持っていると、やはりつらいです。なので今の違いを理解することで、まずそこが楽になることができますよと。
あと、とは言っても会社が求めるのは管理者としての能力であり実績です。なので仮に上司の方が理解していなくても、自分自身はマネジメントにフォーカスして結果を出すことで評価をされて、より自分のやりたいことができるようになる。(つまり)自由度が高まると思います。
たとえ上司や会社がその違いをよく理解できていなくても、自分自身が理解しておくメリットは大きいかなと僕は思っております。
小早川:そうですよね。今は(人事評価制度として)360度評価とかがあります。ちゃんとマネージャーとしての管理する仕事はできているのに、リーダー(としての仕事)を「リーダーシップがない」「人徳がない」とか書かれちゃったら困っちゃうのはありますよね(笑)。
井上:つらいですよね。「ビジョンがない!」。
小早川:「ビジョンがない」とかはありますよね。なるほどね。ありがとうございます。