【3行要約】
・インバウンド観光客の増加は観光業界だけの話と思われがちですが、実は多くの業界にビジネスチャンスをもたらす重要な変化です。
・寺﨑新一郎氏によると、政治的対立とは別に、アニメやゲームなどのコンテンツ視聴や個人的交流によって日本への愛着(アフィニティ)が醸成されています。
・マーケターは「どう売るか」ではなく「どうしたら買いたくなるか」の視点で、日本文化と製品を組み合わせた体験価値を提供することが重要です。
2025年は訪日外国人の数が4,000万人を超える
寺﨑新一郎氏:立命館大学の寺﨑と申します。本日は平日のところお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。それではさっそく始めてまいります。
本日は、「なぜ訪日外国人は増え続けるのか、その波をビジネスに活かす方法とは」という論題で、基本的にはこちらの写真に写っている『グローバル社会の消費者心理(:カントリー・バイアスから読む〈こころ〉)』という本に基づいて、そのエッセンスを40分ぐらいを目安にご説明いたします。
こちらにも書いておりますように、2024年は訪日外国人が3,686万人来られましたが、2025年は間違いなく4,000万人を超えると思います。
それが観光振興のみに波及していると捉えるのではなく、この訪日外国人が来てくれることが、日本にとって中長期的にどのような経済効果をもたらすのかを解説したいと考えております。あと、具体的な施策に関する部分も少しご紹介する予定です。
今回お配りする資料に、この『月刊グローバル経営』という雑誌記事がありますが、そこに本書の内容に関する見開きの記事を執筆しました。この記事を基に説明することにいたします。
なぜ訪日外国人は増え続けるのか
みなさんご存知のとおりトランプ政権になってから、特に米中の対立が非常に深刻になっています。こうした中で、東京や京阪に限らず、最近では地方にも訪日外国人が闊歩しています。みなさんも出張などでいろんな場所を訪れる際に、お目にかかることも多いのではないでしょうか。
こうした背景には、実は新型コロナウイルスの巣ごもり需要が密接に関わっていると考えております。みなさんがコロナ禍で何をしていたかということですね。この時期にNetflixなどの動画配信サービスが非常に流行り出しました。外をウロウロできないので、実は日本のアニメとかゲームを楽しんでいた人が増えていたんです。それが、我が国への旺盛な関心や訪日意向に少なからずつながっているということなんですね。
アニメやゲームを観ることで、日本に対する集合記憶が醸成されている。学術的には集合記憶、コレクティブ・メモリーという概念があるんですけれども。(それが)関係していると考えられます。
例えば私は1980年代に生まれましたが、それでも『ALWAYS 三丁目の夕日』という映画を観て、東京タワーができた時代の雰囲気や、当時行われていた習慣をなんとなく想像できるわけですね。同じように、その時代に住んでいなくても、例えばニュースを見たり物語を観たりして人々の中に記憶ができていくということです。
同じように外国人も、日本のアニメを観たりゲームをする中で、日本に対する集合記憶が醸成されてきて、「それを実際に訪日して見てみよう」というニーズが顕在化したのです。
日韓関係が悪化しても、日本で韓流が流行るわけ
あとは同じように、韓流が流行って……まぁ、流行るというよりも定着していますけれども。日韓関係は振り子のように悪くなったり良くなったりいろいろ繰り返してきましたが、韓流の普及にはそれほど影響していないように思われます。
というのも、例えば韓国に対する政治や経済に興味があって、韓国を好きになったという人がみなさんの周りにいるかということですね。おそらくほぼいないんじゃないかなと思います。
なぜ韓流に沼ってしまったかというと、多くの人が「テレビドラマ」とか「ポップスを聴いて……」とか。「留学生が……」とかですね。「近所に韓国の人が住んでいて、いろいろ交流していくうちに興味を持ちました」とか、そういうミクロな要因のほうが大きいと思います。
ですので相手国に対する好意とか愛着、称賛というポジティブな気持ちが芽生えると、アフィニティ(顧客が特定の国や地域に対して抱く好意や共感のこと)になるんですね。実はこれは、個人的な交流とかコンテンツ視聴によって醸成されるもので、政治や経済から生まれることはあまりないのが特徴です。
ですから日韓関係が悪くなっても、韓国に対するアフィニティは特に変化がなかった。というのは、やはりその政治経済の対策とは別のところで、日本に対する好意や愛着、称賛の気持ちが醸成されてきたからです。
アフィニティというのはカントリー・バイアス、外国に対する先入観の1つですね。グローバル社会の消費者心理を読み解くキーワードとして、日本では私が中心になっていろいろと研究してきた概念になります。
日本へのアンチな感情と「訪日するかどうか」は関係ない
これが非常に興味深いのは、国・地域別のインバウンド客数を見ますと、日本と関係が良くなったり悪くなったり、どちらかというと悪い国のほうが全体的に多いことですね。台湾は非常に良いんですが、韓国とか本土中国は、対日関係の難しさとは裏腹にやはり非常に多くの方が来られています。あとは香港、米国とか、このあたりの国が非常に多いのが特徴です。
つまり、そのアンチな感情と、実際に訪日に来てくれるというのが、ちょうど別個で働いていることがここからもわかるわけです。
なぜアフィニティに注目するかというと、要はアニモシティ、相手国に対する敵対心です。敵対の気持ちは、やはり政治経済上の対立や歴史問題から生じますよね。でも、先ほど申し上げたようにアフィニティはコンテンツ視聴や個人的な交流、留学生や職場の外国人との交流によって芽生えるものなので、要は源泉が異なるということです。
アフィニティは個人的な経験から来ていて、アニモシティ、敵対心はどちらかというと政治経済とかマクロ的な要因から生まれる感情ということになります。
まとめると、この源泉がぜんぜん違うんです。ここが、こうしたポジティブな感情・ネガティブな感情を読み解く上で重要なポイントになってきます。
『頭文字D』を読んで日本車を高く評価する外国人
私自身がなぜ、アフィニティに注目してきたかと言うと、政治経済上の対立は、イチ企業とか個人の力ではどうしようもない問題ですね。そこで、どちらかというとポジティブな感情をどう醸成していくか、そちらに重きを置いたほうが、マーケティング的にも経営的にも示唆が大きい。ということで、私はこちらの概念に注目したという背景があります。
私自身もさまざまな外国人と交流してきましたが、やはり非常におもしろかったのが、ロンドンに留学していた時。ここに紹介してあるように、日本の人気漫画(『頭文字D』)に触発されてランサーエボリューションやスカイラインGT-Rなど、けっこうマニアックな車、走り屋の人が好きな車を見ていることが非常に多い。これが非常におもしろかったですね。
やはり漫画に影響されて、実際の品質とか性能以上に日本車をすごく評価していたんです。要は漫画を通して、その物語によって製品がプロモーションされていることになります。
あと、私は格闘ゲームが非常に好きで、ゲームセンターで『バーチャファイター』というゲームをやっていたところ、イギリス人の方が「私は熊本で英語を教えていました」と声をかけてきたんですね。「あなたは日本人ですか?」と。「私とゲームをやりましょう」ということになって友だちになったり。こうした声を聞いていると、日本に対する好意、愛着から、日本製品とか日本文化に対する興味、関心がすごく高くなっているんですね。
その人たちはもともと日本に住んでいたのですが、イギリスに帰ってからも、帰国後消費ということで、日本の製品やサービスを積極的に利用していたんです。
「ホンダしか乗らない」と断言するイギリス人
これもすごくおもしろくて。この方はちょっと中・四国でALT(外国語指導助手)、英語の先生をしていたイギリス人なんですけれども。
「実際に俺はホンダしか乗らないよ。なぜなら欧州の人は日本人よりもいい加減で故障の多い車を作っているに違いないからね」と断言していたんですね。これはそういった面もあるかもしれませんけれども、それぐらい、いい意味でバイアスがかかった発言ということです。やはりその物語に乗せて日本の製品を広告するとかですね。
あとは実際に日本に来てもらって、日本の文化とか製品を五感を通して体験してもらう。それが母国に戻ってからの日本に対する製品、サービスの利用につながっているいうことを示唆しているのかなと思います。
つまり、外国人には日本の製品、サービスを売るのと同時に日本文化を売るということも効果的だとまとめることができます。
売るというと言い方が少し乱暴な感じがしますけれども、例えば「なんで製品が売れないんだろう」「どうやったら売れるんだろう」ということをマーケティングではよく考えると思われているかもしれませんが、やはり「どうやったら買いたくなるか」を考えることがポイントなんですね。ちょっと発想を転換してみるといいと思っています。
どうしたら売れるんだろうというよりも、どうしたら外国の人が買いたくなるかを考えることですね。
海外のドラマでも、プロダクトプレイスメントといって、実際にドラマの中でスポンサーさんの製品がちょっと映り込んだり使われたりするシーンがあると思うんです。
例えばちょっと昔になりますけれども、アメリカの『The O.C.(オレンジ・カウンティ)』というドラマがありましたがトヨタがちょっと絡んでいまして、そこに出てくる裕福な弁護士が実際にレクサスに乗っていたんですね。
そういった感じでドラマの中でさりげなく出てくることで、その製品をストーリーと共に売り込む。売り込むというか買いたくなるような仕掛けを作っていく。こういったことも非常に有効な手段だと思います。
訪日旅行を経て「消費」の仕方も変わる
訪日経験から帰国後消費に、というところで、私自身のおもしろいエピソードを1つご紹介したいと思います。
私自身は2022年に在外研究で1年間お休みをいただきまして、デンマークのコペンハーゲンに滞在していました。その時に、1週間ぐらいするとデンマークの食事にさっそく飽きてしまって。やはりそこまで(味が)合うわけではないので、アジア食料品店に行くようになったんです。
私はてっきりアジア食料品店なので、コペンハーゲンに住んでいるアジア人が来ているんだと思っていたんです。ただ蓋を開けてみると白人で、しかも子ども連れ。つまりデンマーク人の家族がゾロゾロ入ってきていたんですね。もうほぼ、アジアの人はいないという状況だったんです。
これを非常に不思議に思い、店主さんは確かフィリピンからの移民でしたが、聞いてみると「この人たちは日本をはじめアジア各国を旅して、その食料、食文化に魅了されてきたので、帰国後も旅先で味わった料理を再現すべくお店に来ているんですよ」と教えてくれたんです。
これは非常におもしろいと思ったんです。というのも、実は訪日経験が日本の製品やサービスを五感で味わう最高の機会であるということが、ここで確信できたんですね。やはり今までは海外旅行はそこまで一般的ではなかったので、値段も高かった。一方で、今はもう外国の方も裕福な人が非常に増えていますし、海外旅行も安くなってきたのでどんどん来るようになってきたということです。
帰国後、日本の製品やサービスを宣伝してくれる
例えばこれまで外国に住んでいて日本の製品を使って日本に興味を持つということはありましたが、実際に日本に来て、さまざまな製品、サービスや文化を五感で体験できる時代になっている。結果として、その人たちが母国に帰ってからも、そういったものを体験したいという気持ちにつながっているということなんです。
ちなみにどんなものが売られていたかというと、例えば中華料理の食材もたくさんあるんですが、私や中国人でもなかなか使わないような中華調味料がたくさん揃っていました。日本の醤油もたくさんバリエーションがあったんですね。
そのお店の人に、「この品揃えは、メーカーの人が来て紹介してくれたのかな?」と聞いてみると、「いや、それは違うんです。お客さんからリクエストされたものをただ揃えたらこういう品揃えになりました」と言われたんですね。ですから、私は非常に驚いたんです。
営業の方がそのお店に営業に来ているというわけではなくて、「お客さんのほうが『日本でこういう料理とかこういう調味料を使ったからこれを買ってみたい』『品揃えしてほしい』とお願いされた結果、こういう棚ができました」ということだったんですね。ですから、訪日旅行が結果として日本の製品、サービスを宣伝する場になっているということです。
訪日と輸出の好循環をつくる
あとは、対日アフィニティ。日本に対する好意や愛着、称賛の製造器としても機能しているというところですね。実際に日本に来た外国の人にアンケートを取ってみると、ほとんどの人がかなりポジティブな気持ちで国に帰っているんです。
ということは、そのポジティブな気持ち、ポジティブなアフィニティを作り出す機会として訪日が機能している。結果として帰国後消費が促されるようになったと考えられるわけです。
ですので、コンテンツによって醸成された対日イメージを訪日意向につなげて、実際に訪日してもらって、そこで体験した製品やサービス、文化から帰国後消費が促されることで、結果として輸出が促進される。こうしたインバウンド・訪日と、アウトバウンド・輸出の好循環みたいなものを作っていくことが非常に大事な考え方になると思います。
それで訪日があって、輸出がある。輸出がアウトバウンド、ポジティブな好循環ですね。これを作っていくことが非常にポイントになります。