仕事をサボる、机を叩く……問題社員の事例
吉野:ではですね、ここで1件、事例を紹介したいと思います。これは実際の裁判の事例です。小さい字で恐縮ですが、いったん私のほうで読み上げますので、みなさんと共有できたらと思います。

「Xは約25年間勤務した後、ホームヘルパー2級の資格を取得し、平成24年3月からY1法人の介護施設で働いていた。平成25年4月に、認知症の重い利用者が多い部署へ異動した後、Xは業務指示に従わず、介護業務を怠るような態度が見られるようになった。
年下の女性上司Aに対しても反発的で、大声を出したり机を叩いたりするなど、周囲への配慮を欠いた行動が目立ち、若い社員の中にはXの真似をして上司の指示に従わなくなる者も出るなど、職場の秩序に影響が出ていた。
こうした状況から、施設長Bは平成27年4月以降、Xを複数回呼び出して指導し、デイサービスへの配置転換も打診したが、Xは応じなかった。Bは8月と9月にも指導を行い退職を促すも、Xは『解雇すればいい』と拒否した。
その後、社労士Y2とも協議の上、10月にはXに対し1週間の自宅待機と合意退職の検討を命じたが、Xは合意退職を拒否した。そのため、Bは段階的な指導や協議にもかかわらず改善が見られなかったとして、平成27年11月29日付でXを解雇した。」そういった事例です。
みなさん、この事例ですね、解雇が有効だと思いますか? それとも無効だと思いますか?
解雇が無効になり、700万円以上の支払いが発生
吉野:解雇の理由としてはこちらの「大声を出したり机を叩いたりして、周囲への配慮を欠いた行動を行った。さらには真似をして職場の秩序にまで影響を及ぼした」というようなことですね。
何度か指導を行っていて、「退職、どうですか?」って話したけれども、「もうそんなんだったら辞めさせればええやん」みたいなかたちで終わってしまったという、そういう事例ですね。どうでしょう? 少し考えていただけたらと思います。

みなさん、この中でいろいろとお考えがあると思いますが、実際この事例ではですね、解雇は無効になりました。結果、バックペイというかたちで、仕事をしていない時から判決が出るまでの間の賃金が未払いになり、700万円以上の支払い責任が認められました。
通常であれば大声を出したり机を叩いたりするっていうのは、職務秩序を維持するのに非常に問題となる行為だから、懲戒処分の対象になるんじゃないかと考えられますが、なぜ解雇が認められなかったと思いますか?
“問題を起こしたから解雇”は難しい
吉野:本日のテーマに非常に関連することではありますが、この判例では、解雇を回避する努力を尽くしていなかったという理由で、解雇が認められませんでした。

要するにほかの部署に配置転換をしたり、ほかの上司につけてもう少し真面目に指導したら真面目に働いたんじゃないか、ということを試さないといけなかったんですね。
実際ですね、こういう大声を出したりですね、ほかの人に迷惑をかけるようなことがあれば、マネージャーであったりとか経営層からしたらすぐにでも辞めてほしいというふうに考えられますが、この判例では、ほかの部署でもう少し試して、チェックしなければならないと言われたということですね。

ここで、最初にみなさんにお伝えしたいこと。これはもう本当によく知られていることで大変恐縮ですが、裁判所が考えていることとしては、解雇は最後の手段だということですね。
「何か問題行動を起こした。だから解雇だ」とはなかなか認められないということです。ですので解雇は非常に難しいし、時間もお金もかかる。そういうことですね。
正当な解雇に必要な3つの条件
吉野:さらに、解雇の有効要件というものがあります。主にこの2つですね。「客観的に合理的な理由があること」「社会通念上の相当性があること」というかたちで裁判所のほうは判断しますが、さらに3つ目。わかりやすいところでいくと、「手続的に適正である」ということですね。この3つが整っているかどうかで解雇が有効かどうかが考えられます。

この「客観的に合理的な理由がある」とは、「この人はもう仕事を辞めてもらわないといけないぐらい、改善の余地がないし、させる仕事もないよ」と考えることに理由があるということですね。そういったところまで証拠で証明しないといけません。
2つ目の要件の「社会通念上の相当性がある」ということはどういうことかというと、例えば「3日間無断欠勤しました」と。「じゃあ、その人に対して解雇していいかどうか?」というところですね。
ここまでの流れを考えたら、「いや、もうこれは解雇したらダメでしょ」って、みなさんわかると思いますが、なぜダメなのかは、要は3日間という良くないことに対しての罰が重過ぎるんじゃないかと。社会通念上、相当ではないと考えられるので、この要件が定められております。
事前に解雇を通達する必要がある理由
吉野:さらに「手続的に適切である」とはどういうことか。「解雇をするよ」というかたちのことを相手に通知した上で、それに対して弁明とか弁解であったり、改善の余地を与えないといけないということになります。
これは簡単にまとめてしまっているので、非常に事実というのはそぎ落ちてしまっていて、詳細を検討するのは非常に難しいのですけれども、この会社は複数回呼び出して指導していて、打診もしています。
8月、9月にも指導を行っていて、「辞めてくれませんか?」と退職勧奨しているけれども、「ほかの部署で働かせるところまでやっていないですよね」と、裁判所は考えたことになりますね。
ですので、この状況から考えた時に、かなり会社としては社労士の先生と相談した上で慎重に進めていたけれども、結果的には解雇ができなかった事例ですね。