【3行要約】
・VUCAからBANIへ、理解不可能な時代への移行が進む中、従来のプロジェクトマネジメント手法に限界が見えています。
・長谷部可奈氏は、脆く不安定で非線形な時代には、強いリーダー一人に頼る管理では対応できないと指摘。
・全員でリーダーシップを発揮し、対話を通じて現実を捉え、状況に応じて道具を磨く「両利きのマネジメント」が必要です。
VUCAからBANI(理解不可能な時代)へ
長谷部可奈氏:さらには、みなさんは生成AIを使っていらっしゃいますかね? 「もうバリバリ使っている」という方もいらっしゃると思いますし、「検索ぐらいにしか使っていないよ」という方もいらっしゃると思いますが、今ここから時代はBANIの時代に突入すると言われています。
ちょっと前まではVUCAという、不確実な時代と言われていましたが、これからはBANI、理解不可能な時代に突入すると言われています。脆く不安な時代で、感情や理解できないことにも向き合っていくことが必要だと言われているのがこの時代です。
この赤字で書いてあるのが、BANIの時代に必要なものですね。

「脆いのであれば回復力を。不安があるのであればみんなで連帯して不安を共有しながら進んでいくことができるように共感を。非線形なのであれば、起きた時に即興で対応する力を。不可解なのであれば多様な視点で眺めて、なるべく見えていないところがないように進む」。こういった力が求められていくのがBANIの時代です。
先ほど言っていたプロジェクトマネージャー像で、この時代を乗り切ることができるでしょうか? というとちょっと難しそうだなというのは、なんとなく感覚的にもわかっていただけるんじゃないかなと思います。
もはや、「こうすれば必ずうまくいくよ」という1つの方法論では通用しない時代に突入していると思います。なので、自分たちの状況に合わせて自分たちに一番ピッタリくるものを。と考えた時には、やはり誰か1人が苦労するのではなくて、みんなでリーダーシップをシェアしながらプロジェクトを進めていくシンプルな方法論が必要だと考えています。
プロジェクトの見方を変える3つの世界観
もう1つ。プロジェクトを通じてチームのみんなで学び、共に成長しながら、自分たち自身が使いやすいプロジェクトマネジメントの道具を作っていくための思考法が必要だと考える。この方法論と思考法を両方お伝えしようというのが『両利きのプロジェクトマネジメント』です。
直線的なモードでやっていたものを曲線的なモードで使うにはどうしたらいいのか? その場合はどういうふうになっていくのか? というのが具体的に示されているのが、この『両利きのプロジェクトマネジメント』の本だと思っていただけるといいかなと思います。
では、プロジェクトの見方を変える3つの世界観に入っていきたいと思います。私は右利きなんですけど、右手で使っているのが直線的なモードであれば、今度は左利き、左手を使っていくために曲線的なモードはどういうものなのかの理解を進める必要があるかなと思います。
その時に大事にしているのがこの3つの世界観ですね。上から見ていきたいと思います。

まず従来の考え方ですね。「プロジェクトマネージャーが強いリーダーシップでメンバーを引っ張っていくべきだ」と思われがちだったのが、本書のスタンスとしては、「全員でリーダーシップを発揮してマネジメントしていかなければ、価値を生み出すプロジェクトにならない」。そういうふうに考えて、「全員でマネジメント」と言っています。
2つ目。「プロジェクトの状況は数値で合理的に正しく把握できる」「リーダーならば正しく把握することができるはずだ」という考え方から、「リーダー1人でプロジェクトを正しく捉えることは不可能であり、対話を通じて、全員が見ているものを共有することが大切なのである」というふうに価値観をチェンジしていこう。というのが、2つ目の「対話によって現実を捉える」という世界観です。
3つ目は、「詳細な計画を立てて、それを緻密に管理していけばプロジェクトは正しく進んでいく。プロジェクトマネージャーはそのやり方を学べばなれるんだ」というような世界観から、「最適なマネジメントのやり方は状況や関係性によって異なる。従来の方法に加えて、各プロジェクトでベストを目指して、チームで磨き、探し続けていく姿勢が必要だ」。というのが、「自ら道具を磨く」という3つ目になっています。
両利きでマネジメントするための3つの軸
本書はこの3つが大事だよねということを一番最初に提示した上で、この世界観の中で、「じゃあ、どういうふうにうまくやっていくのか?」ということを、みなさんにお伝えする内容になっています。
リーダーが1人で引っ張っていく従来の強いマネジメントが必要な時ももちろんありますし、それがなくなるわけではありません。しかしそれだけに頼ることも限界で、私たちもそのことに気づいていたはずなのに、個人の問題にして目を向けてこなかったのかもしれないなと思っています。
では実際にこの世界観の中で、両利きでプロジェクトマネジメントをするためにどういうものを使っていくのかというところで、まず3軸をご紹介したいと思います。

先ほど言っていた、スピーディ・合理的に進める直線的なマネジメントに加えて、みんながリーダーシップを発揮し、対話をじっくり行いながら推進する曲線的なマネジメントを使いこなすための3軸です。
プロジェクトを両利きで進めていくためには、思考軸、時間軸、組織軸を行ったり来たりしながらプロジェクトを点検してくださいねというのが、この3軸の見方になっています。見方なので、行ったり来たりしながら、いろんな角度からプロジェクトを眺めて点検をしてくださいという時の軸がこの軸になっています。
現状や未来だけでなく、メンバーの「過去」にも目を向ける
1つずつ見ていきますね。まず一番最初は思考軸。左脳・右脳という表現にはいろいろな論がありますが、いったんここでは左脳・右脳と呼ばせていただいていて、「左脳と右脳の両利きで考えていきましょう」ということをお伝えしています。
左脳は、例えば数値を重視して、合理的な管理も大事にするけど、だからといってメンバーの感情や思いがないことになってはいけないので、そういったところも大事にしながら進めていく。「今のウチのプロジェクト、雑談ばっかりになっているな」となったら、やはりちゃんと数値を重視して進捗が出ているか確認してくださいねというのが、この思考軸ですね。
2つ目は、時間軸です。こちらは「過去と未来の両利きでいきましょう」ということです。私たちが支援しているプロジェクトは「現在」ですね。「今ここ」の進捗をなんとかしていかなければというようなことが多いです。
ですが、「これまでどういう経験をしてきたのか?」「どういったプロジェクトの背景があったのか?」ということがあって、「今ここ」ができているはずですので、そういったことをまず振り返って、メンバー一人ひとりの過去についても目を向けていく。「どういう経験があってどういうことができるのか?」ですね。そういうことを大事にしていく、過去に行くということ。
あと、その反対の極ですね。未来に行く。「一歩先の未来。これが進んだ後、どうなっていくんだろう?」という見通しを持って進めていくのも大事だし、「このプロジェクトが成功したあかつきには……」といったような、実現したい状態や成果を見ることで自分たちの意味を見いだせる。
過去と未来の両方を行ったり来たりして、「プロジェクトは今どういう状態か?」というのを見てくださいというのが、この時間軸になっています。
「個人」と「集団」の両利きになる
3つ目が、組織軸ですね。「個人と集団の両利きになりましょう」ということです。集団からいきますね。だいたいプロジェクトは組織から「やってください。これがミッションです」と渡されるので、組織からの要求が大事というのは一番ありがちかなと思いますが。
それと併せて、じゃあ、メンバー個人の思いがないがしろになっていいかというと、絶対にそんなことはないので、メンバー個人の思いも聞いた上で折衷案を探していってほしいなと思います。
もう1つ、集団としては、先ほど未来の軸のところにもちょっとありましたけど、プロジェクトの社会的意義。これは「このプロジェクトは社会で実現するとどういう意義があるんだろうか?」といったところに目を向けていくことも大事です。
なので、個人から集団まで、いろんなサイズを行ったり来たりしながら、個人としてはこういう意味があるけど、組織としてはこういう意味がある。さらには社会的にはこういう意味がある。というように、この軸を行ったり来たりしてプロジェクトを点検していただくといいかなと思います。
言葉で言うと難しいんですが、この3軸を図にしています。

この3軸をイメージしながら今話している話はどこらへんかなとマッピングしていくと、ちょっと偏りが見えてきたりするかなと思いますので、この図をなんとなく頭の中に入れていただくと点検しやすいかなと思います。覚えるまでは貼り出しておくのがおすすめですね。
プロジェクトが行き詰まる兆候
米山さんから、「プロジェクトが行き詰まっている時は、どこかに偏っている時ですよ」というコメントをいただいています。ちょっとバーッと説明してしまったので、この3軸は具体的にどういうことかという具体例を見ていきたいと思います。
まず最初に思考軸。数値で把握できる「今ここ」の進捗率に目を向けるというのが左脳側ですね。思考軸の上のところです。もう1つ、右脳側に目を向けるとどういうことがあるか。メンバーが感じている違和感やモヤモヤをキャッチするというのを、もう1つの右脳側の例として挙げさせていただいています。

これは人間がキャッチしている情報をなかったことにしないという大事な態度だなと思います。「このままだとたぶんヤバいな」というのは言葉でうまく言えなくても、「なんかヤバい」と(感じる)。これは根拠なく思っているわけではなくて、きっとその人の過去に何かがあって、似たような状況がうまく説明できないけど(そう)思っている、みたいなことがあるかなと思います。
なのでこれにちゃんと目を向けて察知していくことで、このプロジェクトの先に対する備えができるので、行ったり来たりしてみてくださいねというのが、まず思考軸です。
次に時間軸についても見ていきたいと思います。時間軸は横、左から右に向かって、過去から未来に流れていくというものになっています。

ここまででも「メンバーは過去にどんな経験をしているか?」というお話をしていましたが、例えばそれが失敗に紐づいていたりすると、「いや、それは絶対やりたくないです」というかたくなな態度を生み出したりするので、こういったところに過度にとらわれていないかどうか。
実はこのプロジェクトのメンバーでは試したことがないのに、過去に失敗したから「ちょっとそれは難しい」と言っているということもあると思います。そういう時は、あらためて見て、「このメンバーで本当にできないの?」というような問い直しをしてもらえればなと思います。
あとは、「今ここ」に集中し過ぎると、「そもそも何のためにこの苦労をしているのかわからない」というような状況になります。
そういう時は「いや、そもそも私たちはこういうのをやりたいからこのプロジェクトをやっていたんだよね」「会社にとってこういう意味があるから任されているんだよね」と、ちょっと未来に目を向けると、「よし、もう1度やってみよう」という気持ちになったりすることもあるかもしれないし、ないかもしれないですが(笑)。でも、点検していただくと新しい見え方が出てきて、行き詰まりが解消したりするかなと思います。
「会社や上司からの要求」だけを重視していないか
3つ目の組織軸ですね。これは斜めというか、こっちの横に刺さる串になっていますが、集団のほうから見ると、会社や上司から要求されるゴールだけがとにかく重視される状況がすごく多く見られるかなと思います。

でも、メンバーの思いや意思を大切にしないと、「いや、ちょっと俺にはそれ、関係ないし」みたいなことが生まれてしまうので、そういったものを大事にして、みんなが愛着を持って大事にできるようなプロジェクトに育てていく。というのも1つ、プロジェクトをうまく進める上では大事かなと思います。
組織の中の一員であると同時に、私たちは1人の人間なので、自分なりの好きなもの、嫌いなものだったり、考えているキャリアがある。それを聞いた上で、なるべく接続できるところをプロジェクトと接続しながらみんなで進んでいく、というふうにプロジェクトを作っていってほしいと思います。
ということで、今3つ具体例を挙げてきましたが、プロジェクトを両利きで進めていくためには、この3つの軸を使ってプロジェクトを眺めて、「今どっちかに偏っていないか?」「うまくいっていないところがないか?」「うまくいかなくなる兆候が出ていないか?」「こういうことが原動力になって、うちのプロジェクトはけっこううまくいっているかも」といった学びを得るきっかけにしていただければなと思っています。