組織課題を丹念に読み解く調査&コンサルティング会社「ビジネスリサーチラボ」が開催するセミナー。今回は「AIが変えるマネジメントの未来」をテーマとしたセッションの模様をお届けします。業務の効率性や生産性を上げる「アルゴリズム管理」の可能性と課題について語られました。
「アルゴリズム管理」がもたらす効率化とその限界
伊達洋駆氏:さっそく中身に入っていきたいんですが、この種のお話をする際には、講演を行う人物、つまり私がどういうスタンスなのかということが、大事なポイントだと思います。ですので、まずアルゴリズム管理に対する私なりのスタンスを表明させていただければと思います。
一言で言うと、「賛成でも反対でもない」というスタンスです。アルゴリズム管理を「無条件にどんどん進めたらいい」というスタンスではありませんし、「絶対にそういうことはやってはダメ」というスタンスでもありません。
個人的に新しい技術は好きですし、その技術がもたらす可能性に期待も寄せています。ただ、同時に、そういった新しい技術を導入しようとすると、ハッピーな世界観だけではうまくいかない。問題点も発生しうるわけです。そういった限界についても、ちゃんと客観的に評価すべきだと思っています。
実際、アルゴリズム管理をはじめとしたデジタル技術は、近年、大幅に進展しています。業務の効率性が上がったり、生産性が高まったりする、あるいは働き方の柔軟性が高まるといったポジティブな効果もあると思います。
例えば、すぐに仕事を割り当てることができたり、データを蓄積してより良い意思決定を支援できるとなると、これはプラスですよね。少なくとも人間が判断していくよりも、アルゴリズムに基づいて判断したほうが素早く正確なケースもある。そういった領域はたくさんあります。
ただし、アルゴリズム管理を進めていくと、例えば働く人々の自律性の問題や、ウェルビーイングを含めた心身の健康、さらには職場における人間関係に対しても影響を及ぼしていきます。変化が訪れるわけですね。そしてその中には、必ずしもポジティブでない変化もある。
そうしたポジティブな変化とネガティブな変化の両方をきちんと理解していくことが大事で、その理解に基づいた上で、「テクノロジーと人間が調和できるような環境とは、どういうものか」を考えていく必要がある。それが、私のスタンスです。
良いところもあれば、そうじゃないところもあるでしょうと。そのあたりをきちんと理解した上で進めていく必要があるんじゃないかというスタンスです。本日は、そうしたスタンスのもとお話しできればと思います。
“好きな時に好きな場所で働ける”はずなのに、実態は違う…
では、ここから中身に入っていきます。みなさんも、デジタルプラットフォームやギグワークの広告をよく目にしますよね。「好きな時に好きな場所で、自分のペースで仕事ができますよ」といった謳い文句が書かれています。いわゆる、「自由な働き方ができますよ」といった謳い文句ですね。
そういった謳い文句に惹かれて、アルゴリズム管理に参入する働き手もいるわけです。ただ、実際に蓋を開けてみると、必ずしもすべてが自由というわけではない。表面的には自由に見えても、掘り下げて見ていくと、システムの指示に従わざるを得ない状況もあることが、研究の中で指摘されています。

例えば、配達員をケースにした研究では、アルゴリズムから発せられる配達の依頼をきちんと受けていかないと、翌週からの依頼があまり来なくなる、といったことが起きる。また、ある特定の依頼を断ってしまうと、次の仕事が回ってきにくくなるということも実際に報告されています。
要するに、「自由」を掲げてはいるけれど、実際に働く人々が本当にいろんな選択肢を取れるのかというと、必ずしもそうではないという実態が見えてくるわけです。
これはギグワークだけに限った話ではなく、例えば倉庫や製造現場でも、アルゴリズム管理が部分的に導入されています。作業の割り当てや手順が、アルゴリズムによって自動的に決定されるケースもあると思います。
例えば、倉庫から何かをピックアップする時に、どのルートを通るのか、どれから取っていくかといった判断を、アルゴリズムが合理的に行っている場合がある。それに基づいて人間が取りに行く、あるいは場合によっては、人間が必要なくなるようなケースも出てくるかもしれません。
効率化の裏で失われる判断の余地とモチベーション
そうなってくると、これまで働く人が持っていた判断の余地が減るわけです。従来であれば、同僚や上司とコミュニケーションを取りながら考えて仕事を進めることが一般的でした。ところが、アルゴリズムの指示が基準になると、個人の判断の余地がどんどん減っていく。効率的になるという側面もある一方で、裁量が減っていくということでもあります。
実際、アルゴリズム管理が進むことで、アルゴリズムの指示に従って動くことが、働く人にとって合理的な選択になっていく。システムの指示に従うことで、システムの中で評価されていくわけですね。
例えば、報酬や仕事量を確保したいと思った時、アルゴリズムからの指示に従わざるを得ないような構造が、そこに組み込まれているとも言えるわけです。
また、配達員などの働く人々の膨大なデータ、いわゆるログデータ。どこからどこへ移動したか、どんな注文を受けたかといったさまざまなデータは、アルゴリズムによって収集され、管理側、つまりプラットフォーム側に集められていきます。そしてそれは、分析を担う担当者のもとに渡ることになる。
これは言い方を変えると、現場で働く人たちは、自分の業務の背景にある情報を得る機会がなかなかないということです。シンプルに言えば、「なぜ自分がこの仕事をしているのか」とか、「この仕事は全体の中でどんな意味を持っているのか」といったことですね。

こうしたことが理解しにくくなる。指示されて実行する、また指示されて実行する……。そういうことの繰り返しになると、全体像が見えなくなってしまう。そうした中で、「仕事の意義を感じにくくなる」といった指摘もされています。
このように、アルゴリズム管理は一見自由に見えて、実はそうでもないという、自律性の問題が生じてくる可能性があるわけですね。おそらくアルゴリズム管理は、今後もさらに進んでいくでしょうから、この自律性の問題については、今後もきちんと検討していく必要があるのではないかと思っています。
技術が発展していく中で、人間の経験や判断を活かせる余地を、どうやって確保していくかが重要になる。その余地が、たとえ効率的ではないとしても、なくなってしまうと仕事の意義を感じにくくなってしまう。
例えばモチベーションが下がって、結果的にパフォーマンスが落ちてしまうとか、あるいは辞めてしまうとか。そういったことにもつながりうる問題なわけです。
「高い成果を出した人が評価される」けど、公正ではない…
アルゴリズム管理については、他にも論点があります。それが「報酬」です。アルゴリズム管理が導入されると、報酬や評価の仕組みにも影響を与えるようになります。
例えば、需給バランスに基づいて報酬や評価を自動的に調整したり、客観的なデータに基づいて評価していくといったことが、アルゴリズム管理のもとで行われていく。「この仕事を受けたら何ポイント加算される」とか、「それがどういうルールで加算されるのか」といったことが、自動で処理されるようになるわけです。
一見そういった仕組みの話を聞くと、公正に聞こえるかもしれません。例えば、「繁忙期に作業した人がしっかり評価される」とか、「高い成果を出した人が評価される」といった仕組みは、透明性が高く、公正なものに見える。
ところが、情報に偏りがある場合には、こうした仕組みは必ずしも明確ではなくなってくる。要するに「全員が同じ情報を持っているわけではない」ということなんですね。
アルゴリズムの判断基準は、働く人々にとって不明確であるケースが多い。なぜ自分が高く評価されたのか、なぜ自分は低く評価されたのか、その理由が働く人の側からは見えにくく、ブラックボックスになっているわけです。
そうなると、「どんな行動を取れば評価されるのか」がわからないまま、働かざるを得なくなる。これは、働く人にとって戸惑いや不信感の原因になります。「どうすればいいんだろう」と、不安になりますよね。