2025年4月の法改正に続き、10月にはより多くの対応が求められる育児・介護休業法改正が控えています。本記事では社会保険労務士・松井勇策氏、illumista株式会社 代表取締役CEO・富樫憲之氏による解説を通じて、制度対応を単なる“義務”で終わらせないための視点と実践のポイントを探ります。
今回の育介法改正の本質
富樫憲之氏(以下、富樫):では続いて松井先生から「法改正の全体像と“落とし穴”(対応のポイント)」のご説明をお願いできればと思っております。
松井勇策氏(以下、松井):ありがとうございます。そうしましたら、私からお話をさせていただきます。今、富樫社長から、いろいろな事例と、その前提としての法改正に関する対応の調査というお話がありました。
やはり富樫社長のお話をお聞きしていて、特に先端的な事例は学ぶところがものすごく大きいし、どんなことをやっているかを本当にそのまま参考にできるなと思いました。
今回の育児・介護休業法においてお話がありましたけども、育介法のルールが4月と10月に改正されました。特に10月にスポットを当てますが、この法令を実行する上で、今見た3点にはいろんなところに、絶対に留意したほうがいいポイントがあるんですよね。
なので前段でお話があった事例を活用するために、今回の改正は、例えばどういうところで法令・制度の本質を理解することが必須であるのか? 経営者目線というのは、どの点で必須なのか? 業種別特性が特に留意されるところはどこか?
ちょっと俯瞰的に言えば、今回の法改正対応はすごく根本的な多様な働き方の推進というのがありますので、全部において重要だということはあるんですけど。特にこのあたりとつながりが深いポイントを絞ってお伝えします。
事例と併せてより参考になればいいなというのが趣旨なので、お聞きいただければと思います。
まず、法令制度の本質をよく理解して対応するということで、さっき伊藤忠商事さんの事例がありました。
私が今お聞きしたお話を一言でまとめると、要はその方の個別の働き方をよりどうしたらいいか、多様性を徹底して検討することが必要だと理解したんですけども、まずそもそも、(それが)今回、育児・介護休業法が改正された趣旨そのものだというところは、かなり理解する必要性があると思います。
休むための法律から「仕事と育児の両立」へ
松井:それを理解するには、まず今回の法改正がどんな趣旨で行われたかを見る。そうするとすごくよくわかります。前回の改正はもう2年半前、3年弱前でした。(スライドの)薄く色がついているところが前回の改正なので、それより前は、この図で言うとほぼ前半の改正しかなかったことになります。

そもそも育介法は何回も改正があるんですけれども、基本的には休むための法令だったんですよね。それが前回から、休むことだけじゃなくて、より休みやすくする環境整備とか、育児と仕事をよりしっかり進めるところの趣旨が出てきて、今回の改正もこれということです。
今回と前回の法改正で。企業の対応に差があったところでもあるようです。ちょっと飛ばしまして、「仕事と育児の両立支援」がものすごく重要だという。これはなるほどなという感じで、趣旨としては「そうだ、そうだ」ということになるんですけど。
今、お客さまと「改正対応をどうすればいいか」(の仕事)をしていると、この趣旨を抜かして考えるものだから、よくわからなくなっていることがけっこうあるように思うんですね。
例えば選択的措置。これは何かというのは後で一応表示します。ちょっと割愛するところも多いので、個別の制度の話は今日はあまりしませんけれども、「選択的措置の選択をどうすればいいかな?」とかですね。あと、「その措置の中で、すでにやっていることがあるのですがこれでいいんでしょうか?」とか。
広めの話をしていて共感いただくお客さまでも、法令にものすごく閉じた検討の仕方になってしまっているんですね。仕事と育児の両立支援をどう捉えればいいかがかなり重要だと思います。
これが1点目。さっき3点あったうちの法令制度の本質を理解すると、すごく見通しが良くなると思います。
働き方改革のフェーズ2
松井:そもそも、この頃の法令・政策は、傾向がすごく変化しています。2021年頃まではボックスの左側で、とにかく過重労働をなくす法令がすごく多かったので、基本的には「これ以上働かせてはいけません」という文脈のものでした。

今はもうぜんぜん違います。一番右側の吹き出しの中の、各企業の個別の課題に合う戦略構築がまず前提にあり、そのために使いやすい(戦略的な)機会にしやすいように法令が設定されているということですね。
割愛しつつ申し上げますが、これは自分が属しているiU組織研究機構という組織でやった調査なんですけれども。

まず左側の縦軸のところで、そもそも「近頃の人事労務関連の法令や政策は戦略的に活かせる度合いが上がったな」と考えている企業さんでは、今回の育介法の改正をダイバーシティ施策の戦略的なものの1個のパーツとして使う意識でやっていて、そこの意識差が企業によってものすごく強いんですよね。
例えばさっきの選択的措置の考え方について、いろいろやっていたりとか。「いろいろやっている」と言っても、選択的措置を全部やっている感じの企業さんも少ないんですけれども。多様に検討している企業さんでも今回の法改正対応をしようという意識になると、「措置のどれをどうしたらいいでしょう?」という意識に寄り過ぎちゃうんですよね。
そういうことではなくて、そもそも今やろうとしている法令の目的は、多様な働き方を行うことで仕事の付加価値向上とか、一人ひとり働く方の連携をより向上させるとか。お一人お一人(の生活スタイル)がかなり多様になっている社会を支援するということがまずあって、別に法令はどうでもいいんですよね。きっかけでしかないし、使えるツールでしかないので。
自社の働き方の方向性を整理する
松井:さっき言った2021年以降の法令をルールとして守るのはもちろん必要なんですけど、そこを優先して捉えると、複雑だったり、それ自体を大きな戦略の中にパーツとして位置付けないとよくわからないものが多かったりします。

なので1回法令・政策を忘れて、今書いてあるような自社における働き方をより多様にしていく。時間、場所の多様性向上という(スライドの)緑色の矢印のところと、生活支援とか福利厚生という意味で、そもそも全体に対してよりどうすればいいんだろうということを考える。
かつ、育児・介護、特に育児は対象者が特殊で多いので、じゃあ、どういうことをすればいいかと考える。特に今回の法令は2つがマストみたいな話がありますから、その中でどういうふうに適合させるか。この順番で考えないと、よくわからない話になるんですね。
その上で、選択的措置とか配慮義務の面談をするプロセスがありますけれども、まず「そもそも自社としては、こういうところを目指して、こうしていきたいんですよ」という、すり合わせる大目的が見い出せてきます。これは人的資本経営だとダイバーシティ戦略という大きな流れの中での価値創造ストーリーと言われる、とにかく何をもってよりどういう価値を伸ばすかということですよね。
ここをちゃんとイメージとか言葉でまず経営層の合意をしっかり取った上で、現場管理職の方がこういう面談をするわけですから。そこまでにどんな方向性かがある程度はすり合っていないと、運用にかなりズレが出ることになりますから。
なので、法令・政策は1つのきっかけとして、今みたいな検討をする。会社と働く方との関係性に今回の措置を入れて、「どうですか?」という、こういう順番になるんだろうと思います。
組織戦略の見直しになる絶好の契機
松井:例えば中規模以上の企業さんが多いかもしれませんが、今の法改正対応実務で10月に向けて、記録用のシステムをどうするかとか、措置の1個1個をどうするかの検討を始めると、ものすごく視点が小さくなっちゃうんですね。なので、進め方を含めて注意して考えるところじゃないかと思います。
2点目に、富樫社長もおっしゃっていた、経営者目線の働き方の改善を重視した理解と浸透についてです。まずは今申し上げたような方針をどうするかを大きく決める。その価値創造のストーリーがあった上で、法改正対応をどうするか、ということですよね。
これが今回の対応をどうするかというダイバーシティ戦略そのものなので、そのための1つのパーツとして、経営目線の働き方改善をどう浸透させるか。さらにこれから10月に向けた法改正対応の報道もされると思うので、いろんな方の意識がそこに向きます。なので、こういった戦略推進をするにはものすごくいい機会なんですね。
なのでその浸透のための方法論として、この法令で定義されている面談機会とか広報機会を、単に義務として捉えたら訳がわからなくなります。「機会としてどう活用するか?」ということで、すごく戦略的な位置付けが可能になってくるんだろうと思います。
その表れとして面談をする中で、(従業員の)意見を聞いて、会社全体として仕事と育児の両立について、どこまで現場を巻き込んで、管理職の方の目線合わせをするかがかなり重要視される。研修計画を立てる企業さんも複数お聞きをしていますけれども、そういうところで軸になってくるということなんだろうと思います。
子育て世帯の社員の面談がルール化
松井:制度が細かくどうかというのは資料を見ていただくとして、一定の方に関して、面談を2回設けることがルール化されることになりました。その中で育児をする方の両立支援に関する要望を必ず聞く。育児と(仕事の)両立に対していろんな意見が出たら、そこを積極的に会社として検討するというニュアンスだと思います。

何もかも聞かなくちゃいけないということではないですけれども。この意向聴取配慮義務というのは、今までのいろいろな法令の中で、従業員要望が一定の範囲内のものであった場合に、会社として単にそれを聞くという話ではない。要望に対して、対応そのものを本質的に考えましょうという規定がされた、けっこう珍しい法令だと思います。
ですので、これに対して、ちょっと細かくは読まないですけど、配慮義務面談みたいなもので、例えば「今、時差出勤制度がないんだけど、朝と昼に設けてほしい」みたいな要望があったとします。でも別にこういう例外対応をどうするかという話だけではなくて、より本質的な意見ですね。
書いていないですけど、例えば今の評価制度のままだと育児をしている方の評価が低下してしまいます。これをどうするか。
これも一概に言えないというか、当然労働量が減るので、そりゃあ評価は下がるだろうという考え方もあれば、仕事の質的評価をより重視するという目線に立てば、「なんで育児をしていると評価が下がるかわからない」ということがより合理化されるとか。たぶん企業によっていろんな意見があるかと思うんですけど。
そういうダイバーシティ戦略について、しっかり軸を定める。そういう戦略機会にすることをもって初めて配慮義務というのはしっかり対応できると思うんですね。