人材育成・組織開発を通じ、企業成長を後押するDaBaDee株式会社。今回は「これでイイのか⁈『社員の退職リスク』」をテーマとした同社主催のセミナーの模様をお届けします。 20代・30代の若手社員の間に広がる「静かな退職」や、「静かな退職」社員の職場での振る舞いなどが語られました。
人手不足の中で向き合わざるを得ない“低パフォーマー”の扱い
高桑由樹氏:では、2つ目のパート「既存社員が退職する原因」に進みます。こちらも世の中にはさまざまな調査グラフがあります。「あれもこれも手を打たなければいけないのか」と、かえって的が絞れず混乱してしまうこともあります。そこで私は、退職理由を四象限に分けて整理しています。

この四象限の見方として、まず縦軸は「パフォーマンス(貢献度)」です。上がパフォーマンスの高い人材、下が低い人材。そして横軸は「退職理由の方向性」です。右が未来志向、つまり将来に不安を感じて退職を考えるタイプ。左は過去・現在志向、待遇や職場環境といった「今あるもの」に対する不満から退職を考えるタイプです。
この4つの象限を、右上から時計回りにご説明します。まず右上は、パフォーマンスが高く、将来に不安を抱くタイプ。「この会社にいて自分は成長できるのか」「このままでいいのか」といった不安から、退職を考え始める人たちです。
次に右下は、パフォーマンスが低く、将来への不安を抱いているタイプ。「仕事についていけない」「このままでは自分の居場所がなくなるのではないか」と悩んでいるケースです。
左下は、パフォーマンスが低く、今の待遇に対する不満が強いタイプ。「休日が少ない」「給与が見合っていない」といった、不満を抱えている層です。最後に左上。パフォーマンスが高く、今の状況に不満を持っている人たちです。「これだけがんばっているのに、正当に評価されていない」と感じているタイプです。
正直なところ、会社としては、上の象限にいる人たちには長く残ってほしい。一方で、下の象限にいる人たちに関しては、「あまり足を引っ張られたくない」「できれば改善してほしい」と思うのが本音ではないでしょうか。
本当は上の人材だけを残したい、けれど人手不足の現状では、下の人たちもなんとか戦力化できないかと考えている企業が多いのが現実です。
会社が「残ってほしい」と感じる社員とは
ただ、ここで1つの構造的な問題が生じます。パフォーマンスが低いままの人たちが残り続けると、逆に、パフォーマンスの高い人たちが「自分はこのままでいいのか」「この会社で成長できるのか」と悩み、先に辞めてしまうといったことが、多くの企業で実際に起こっているのではないかと思っています。
パフォーマンスが低いままの社員を放置しておくことが、本来活躍している社員の離職を促してしまうという構造です。
ここで一度、棚卸しをしていただきたいのが、「自分の組織にパフォーマンスが低い社員がいるならば、なぜその人は今も居続けてもらっているのか?」という点です。この理由を深めていくと、「どういった人に残ってほしいのか」「逆に、どういった人には残ってほしくないのか」という問いにつながっていきます。
実際にいろいろな企業でお話を聞くと、パフォーマンスだけでなく、仕事へのコミットメントやモチベーションの高さを重視するという声が多いと感じています。つまり、「モチベーションやコミットメントが高い人は残ってほしいし、低い人には残ってほしくない」ということですね。
20代・30代の若手社員の間に広がる「静かな退職」
では、このモチベーションやコミットメントについて、もう少し深掘りしてみたいと思います。ここでご紹介したいキーワードが、「静かな退職(Quiet Quitting)」です。これはアメリカで3年ほど前から使われ始めた言葉です。

実際に退職するわけではありませんが、「全力でがんばって自己成長を目指す」という姿勢をやめ、最低限の業務だけをこなすようになる。指示されたことだけを淡々とやり、主体的な取り組みは一切しない。こうした状態を「静かな退職」と呼びます。
ある意味、心の中ではすでに“退職モード”に入っているけれども、形式上は就業を続けている。そういう人たちのことです。この傾向が顕著になっているのが、右の円グラフに表れています。グラフを見ると、実はすべての世代に「静かな退職」状態の人は一定数存在しています。
これまでは、例えば役職定年を迎えた方や、出世レースから外れてしまった中高年層に多いとされていました。しかし、いま注目すべきは、こうした「静かな退職」状態が、20代〜30代の若手社員の間にも広がってきているという点です。若手層がこのようなスタンスを早期に取るようになっている。これが、いま企業が直面している新しい課題だと捉えています。
「静かな退職」が広がっている背景
こうした「静かな退職」が広がっている背景には、いくつかの社会的な変化があります。
まず1つは、長時間労働の是正が進んできたことです。かつては、多少ブラックでもがんばるのが当たり前という風潮がありましたが、今は「無理な働き方はよくない」という意識が社会全体に広がっています。しっかり休み、ワークライフバランスを取ることが重要だという考え方が浸透してきました。
もう1つは、働き方の多様化です。働く女性が増えたことに加えて、共働き家庭では男性も家事や育児を担う機会が増えています。いわゆる「イクメン」「家事メン」といった言葉にも象徴されるように、男性側にも仕事と生活を両立させるスタイルが求められるようになってきたわけです。
さらに、ストレス対策という視点も見逃せません。「働きすぎは心身に良くない」という認識が広がり、自分の中で折り合いをつけながら働くスタンスが広く受け入れられるようになってきました。こうした考え方は以前からありましたが、今はより市民権を得て、一般化してきている印象です。
この「静かな退職」という言葉はアメリカで生まれたものですが、もともとヨーロッパではこうした働き方は普通のものでした。ヨーロッパでは、昇給の機会が大きく二極化していて、高収入がどんどん上がっていくエリート層と、年収が横ばいの一般社員層に分かれています。
一般の社員層にとっては、年功によって給料が上がるわけではなく、成果を出しても報われないという構造がある。そうなると、「自分だけがんばっても意味がない」と考えるようになり、指示された仕事だけをこなす、というスタンスが当然のように定着しているのです。
こうした文化が、アメリカを経て、日本にも影響を与えている。コロナ禍をきっかけに、働き方に対する価値観が揺らぎ、「無理してがんばるより、ほどほどに」という姿勢が選択肢の一つとして受け入れられるようになったのだと思います。
「静かな退職」社員の職場での振る舞い
では、「静かな退職」にあるような働き方をしている人は、実際にどんなふるまいをしているのか。

例えば難しい仕事や追加の提案には関わろうとしません。気づいたことがあっても、わざわざ口に出さない。今日できることがあっても、定時になればそのまま帰り、明日に回す。社内外の会食や懇親会といった勤務時間外の活動にも参加しない。上司に取り入るようなふるまいも避け、「評価されなくても、クビにならない程度でいい」と考えるようになります。
こうした姿勢は、周囲からは「冷めている」と見えることもあるかもしれません。実際、仕事に自己成長ややりがいを求めるという考え方自体を持っておらず、あくまで「給与を得る手段」として割り切って働いている。与えられた業務を、最低限の労力で淡々とこなす。そうした働き方を選ぶ人が、いま確実に増えてきているという実感があります。
右側のグラフにも少しまとめていますが、ここでお伝えしたいのは、世代ごとの働き方や価値観の違いです。
昭和・平成の世代では、社内での競争にさらされながらキャリアを築いてきました。昇進や昇給は、上司からの評価に強く依存していたため、いかに社内での人間関係を築くか、上司からの信頼を得るかが非常に重要だったわけです。
一方、令和世代、特に「静かな退職」の傾向を持つ若手社員は、そうした評価にはあまり関心を持っていません。評価よりも、毎月きちんと給与が支払われるかどうかといった実利を重視し、「これは私の権利ですよね」と権利を主張する傾向も強まってきていると感じます。
つまり、彼らは評価や成長機会をそれほど求めていない。ある程度の安定が確保されていれば、それ以上は望まないというスタンスです。
この背景には、競争志向ではなく、横並び志向があります。繰り返しになりますが、学校教育などで競争を経験してこなかった世代が多く、「勝ちたい」という気持ちそのものが強くない。もちろん個人差はありますが、昭和世代の感覚と比べると、明らかに温度差があると感じています。
若手社員に“やる気を出して”と言っても響かないわけ
こうした状況をまとめると、もはや「働くことにモチベーションを求めていない新人類」と言ってもよいかもしれません。そして、ここに大きな問題があると考えています。
昭和世代や平成世代のマネージャーや経営者のみなさまは、「どうやって社員のやる気を引き出すか」「どうすればモチベーションが上がるか」といった視点でマネジメントに取り組んできたと思います。モチベーションを高めることが、パフォーマンス向上の鍵だと信じている方も多いのではないでしょうか。
ところが、「静かな退職」傾向のある社員には、そのアプローチがまったく響きません。モチベーションを刺激しようとしても、そもそもその必要性を感じていないため、何を言っても心に引っかからないのです。
先ほどご紹介したような若手社員向けの退職防止策も、やる気のある若手には効果があります。しかし、「静かな退職者」には刺さらない。まったく異なるアプローチが必要だと感じています。
さらにもう1つ、昭和世代と「静かな退職者」の大きな違いとして、「生産性」に対する考え方があります。

例えば、生産性を「アウトプット ÷ インプット」として捉えた場合、昭和世代は、労働量を増やして取り組み姿勢をアピールする傾向がありました。一方で、「静かな退職者」は、がんばりのアピールなどはせず、インプット=労働時間や労力を最小限に抑えようとします。必要以上の努力はしない。できるだけ無駄を省き、自分の負担を最小化しながら働く。
そのスタンスの違いが、マネジメントが機能しにくい背景になっていると私は考えます。このように、世代間で価値観や働き方に大きなギャップがあることを前提にしないと、従来の手法だけでは通用しない場面が増えてきているのです。