新入社員が入社して早々に辞めてしまう早期離職が問題視されています。そこで今回は、甲南大学 経営学部 経営学科 教授で『組織になじませる力 ~ オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』著者の尾形真実哉氏にインタビューしました。新卒・中途それぞれに向けて、早期離職を防ぐポイントをお届けします。本記事では、組織になじませ、早期離職を防ぐための上司の行動についてお伝えします。
現場の上司が中途採用者の「人脈作り」をサポート
——前回、中途採用者が組織になじむためには、人事と現場両方からのアプローチが欠かせないとうかがいました。現場の上司や同僚ができることについて、詳しく教えていただけますか?
尾形真実哉氏(以下、尾形):人脈作りに関しては、やはり人事よりも現場の役割が大きい。オンボーディングで人事がやれることと現場がやれることはぜんぜん違うので、役割分担を明確にしておいたほうがいいと思います。
やはり実際に現場で仕事をしていくと、「この仕事をうまくいかせるには誰とつながらなくちゃいけないか」という、仕事の成果につながる人脈がすごく必要になってきます。
例えば他部署の知り合いを増やしていったところで、直接仕事につながるかというと、あんまりつながらない可能性もあります。これは(「社内のどの人と、中途の方をつなげてあげるといいか」)は現場じゃないとわからないんですよね。
なので、私は特に上司の役割が大事だと思っています。例えば「君の仕事はこの部署のこの人とつながる可能性があるから」と、入社当日や次の日にも、すぐ他部署の人とつなげてあげる。
それ以降で「この仕事に関わる人を紹介してください」となった時も上司が積極的につなげる。人脈のところは比較的現場のサポートが大きいので、そこをちゃんとやってあげるのが、上司の役割だと思います。
日本企業では「管理職の育成」が不十分
——なるほど。人脈以外のところでも、上司ができることはありますか?
尾形:あとは先ほど言った、職場の雰囲気、場作りですね。職場のみんなが中途採用者に対して「お手並み拝見意識」を持ってしまうと、やはりなじみにくいので。
上司が職場のみんなに「明日から中途採用の方が入社してくるから、みんなでサポートしてあげてくれ」と言うだけでも、けっこう変わってきます。そういうウェルカムな雰囲気を作るのが、すごく大事だと思いますね。これは新卒も同様です。やはり人がなじみやすい環境というのは新卒も中途も変わらないので、中途がなじみやすい環境は新卒もなじみやすいんですね。
——なるほど。こうした組織作りができるようになるには、組織としてどのように管理職を育成していけばよいでしょうか?
尾形:そうですね。管理職教育って、実は日本では不十分な会社が多いんですよ。「来年管理職になります」みたいな人に対する管理職の心得を教える管理職教育はあるんですけど、もっと経験を積んだ人とか、オンボーディングを対象にした研修ってあんまりないんですね。
やはり中途を充実させないといけないし、この管理職教育をもっともっと充実させないといけない。というのも、新卒や中途の定着や成長においては、上司の役割がめちゃくちゃ大きいんですよね。
さらに言うと、エグゼクティブ教育が不足しています。トップが研修を受ける会社って、ほとんどないですよね。でも、トップこそ会社の頭脳なので、ここをしっかり教育していかないといけない。
管理職に必要な「3つの力」
——トップや現場の管理職に向けた研修が不足しているとのことですが、特に管理職にはどのような能力が必要なのでしょうか?
尾形:今管理職に必要な能力とかがたくさん言われていますが、私がいつも言っているのはこの3つです。

重複する部分はあるんですけれど、さっき言ったようにやはり職場の雰囲気作り、職場をデザインする力がすごく求められる。
次の「(組織に)なじませる力」にもつながってくるんですけど、新卒も中途もいろんな人が入ってくる中で、うまくなじませていかないと職場としてもパフォーマンスを発揮できないし、会社としても成長が止まってしまうので。
あとは育成力ですね。経験から学ぶことが一番大きいと思うんですけど、組織としてやれることは、もう研修しかないと思うんですよ。研修をちゃんと充実させて、反省する機会とか、しっかり考える時間を作ってあげる。
そういうのに必要な能力、例えばコミュニケーションスキルや1on1スキルを身につけさせるような研修は日本にはたくさんあるので、受けさせるべきですよね。でも、例えばさっき言った職場デザイン力とか育成力ってもっと抽象的で、捉えにくいところがあるので。単にコーチングスキルがあれば育成力がつくということでもなくて、やはり経験が大事です。
なので人事としては、こういう能力を習得させるために、(管理職に)どういった仕事経験を積ませたらいいかとか、長期的なスパンで考えていかないといけないと思います。
中途採用者にフィードバックしすぎはNG
——現場の上司や同僚は、中途採用者に実務のフィードバックをする機会も多いと思います。その際の声かけやフィードバックのポイントはありますか?
尾形:これは新卒と中途でぜんぜん違うと思います。新卒はもうガンガンサポートしていいと思うんですけど、中途は、サポートのし過ぎも良くないんです。私がアンケート調査で得られたデータを分析してみたところ、意外とサポートされればされるほど、ストレスとか負担を感じる、貢献実感が下がってしまう傾向があるんです。
なので任せるところは任せて、サポートするところはサポートするバランスがすごく重要で、ここが中途採用者のオンボーディングでも難しいところかなと思います。
——よかれと思ってフィードバックをしていたが、逆にやる気を下げてしまっていたということもありそうですね。
尾形:そうですね。あと中途採用者の人に対してみなさんが勘違いしているのは、社会人経験があるからコミュニケーション能力が高いし、わからなかったら自分から聞いてくるだろうと思っている。
だからこっちからなかなかサポートしないんですが、私はそれも違うと思っています。やはり中途採用だからこそ、遠慮して言わなかったり、「こんな質問していいのかな?」と思ってしまうんですね。だから、サポートをしすぎないようにしつつも、周りは積極的に声をかけてコミュニケーションをとるのがすごく大事です。
「サポートしすぎ」を防ぐ声掛けのポイント
——サポートしすぎは良くないということですが、どんなふうに声をかけたらいいのでしょうか?
尾形:これは新卒も中途も一緒で、「何か仕事で困っていることはない?」で十分だと思うんですよ。あとは、「サポートが必要だったら、いつでも言ってください」。特に管理職はとても忙しいと思いますが、中途の方ってやはりそういうのがわかってしまうので、気を使っちゃうんですよね。
管理職が忙しそうだなと思ったら質問しなくなるので、「自分がいくら忙しそうにしていても、いつでも積極的に聞いてください」と言ってあげる。
「新しい組織に来た管理職」が悩みやすいポイント
——特に年齢が上めの中途採用者だと、年下の上司や先輩社員には声をかけづらかったりしますよね。
尾形:そうなんですよ。例えば非管理職の中途採用者と管理職の中途採用者では、オンボーディングの仕方がぜんぜん変わってきて、より難しいのは、やはり管理職の方のオンボーディングです。
いくら前職で経験していたからといっても、環境が変わると仕事内容はぜんぜん変わってきます。そのうえで、部下も会社のこともよくわからず、人脈もない中で、部下のほうが仕事の経験があったり、会社のことをよくわかっていたりすると、部下に指示するのはなかなか難しいんですね。
管理職として中途採用された方にインタビュー調査したことがありますが、例えば難しいのは、社内の政治的な部分。「この仕事は、誰におうかがいを立てなくちゃいけないのか」とかで、けっこう仕事の進め方は変わってくるので。
別に一般社員はそこまで考える必要はないんですけど、管理職ってそこを押さえておかないと、なかなか仕事がうまくいかないことがある。でも周りにも聞きづらいし、パワーバランスとかを把握するのがすごく難しいんですよね。
管理職のサポートは誰がするのか?
——新しい組織に来た管理職の方が、自分より経験のある部下との関わり方や社内の根回しの部分で壁にぶつかることがあるんですね。ここは、組織としてどうサポートしたらいいのでしょうか?
尾形:新卒でも中途でもメンターをつけたらいいと思うんですけど、「管理職のメンターって誰がするの?」ってことですよね。だから管理職へのオンボーディングのサポートはすごく難しいのですが、結局大事なのは声かけだと思っています。
私が中途の方の話を聞いていて、「人事からはどういうサポートがほしいですか?」と質問すると、「いや、人事からのサポートは何も要りません」みたいな人がいるんですよね。そういう人は、やはり現場がすごくサポーティブなんです。聞いたら何でも教えてくれるし、誰か紹介してほしかったらすぐつなげてくれる。そういう職場にいる方は、確かに人事からのサポートって何も必要ないんですよね。
さきほど言ったように、上司の職場デザイン力ってすごく大事で、そういう職場がうまく作れれば、そもそもオンボーディングが必要ない。なので、現場の人たちがみんなサポートしてくれるような職場をつくることが理想だと思います。
トップや現場を巻き込むのが人事の役割
——そのためには、人事だけではなく、現場の全員がオンボーディングについて考える必要があるんですね。
尾形:おっしゃるとおり。全員を巻き込むということです。その中でも、やはりトップを巻き込むのはすごく大事だと思います。なぜ中途のオンボーディングができないのかというと、例えば予算や人員が足りないとか、現場の理解が得られないというのが、けっこう阻害要因として挙げられます。
ここを一発で解決できるのは、やはりトップに理解してもらうこと。トップが「中途の方に対しても、組織全体でサポートしてください」と言えば、現場や人事はめちゃくちゃやりやすくなります。
なのでトップや現場を巻き込むことが、オンボーディングでの人事の重要な役割なんですが、理解を得るにはある程度の根拠というかエビデンスが必要になってきます。そこで「早期離職している中途採用者がこれだけいます」「会社に対してこれだけの損失を出しています。これがずっと続くとうちの会社は大変ですよ」とか、危機感をあおるように伝える。
するとトップも現場も「これはしっかりやっていかないといけないな」「しっかりサポートしないといけないな」となりますよね。
オンボーディングの効果を高めるポイント
——会社全体でオンボーディングを行っていくために、人事が先導して周囲を巻き込んでいくということですね。
尾形:そうですね。一方で、中途社員の方自身の努力も必要です。さっき言ったアンラーニングや、自分から積極的にフィードバックを求めにいくこと。人脈も人に頼るだけじゃなく、自分で作って活かすような行動も求められます。
新入社員でリアリティ・ショックに直面したら、自分で克服するようなアクションも必要になってきます。やはりこの若手社員や中途の努力を引き出すには、人事からの働きかけが必要です。

結局、オンボーディングの効果を高めるためには、組織の環境整備と若手社員・中途採用者の努力の両方が大事なんです。これは掛け算なので、どっちかが「0」なら、結果的に「0」になってしまうんですよね。
この努力も大きければ大きいほうがいいし、組織の環境整備も、関わる部署や人が多ければ多いほうが成果は高まると考えています。人事部も若手も、組合も現場も監査役もトップも、みんなが関わっていくことが大事ですね。
なので人事は、「オンボーディングは組織全体でやらなくちゃいけないことだ」というのを現場に納得してもらって、実践してもらう。それで終わりにせず、現場をサポートし続ける。そして管理職をしっかり育てる。そういう役割が求められていると思います。
——尾形さん、ありがとうございました。
関連サイト:
『組織になじませる力 ~ オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』