エール株式会社・篠田真貴子氏が、優秀な人ほど陥りやすい「聴く」ことの盲点をひもときながら、対話の質を高める実践知を紹介します。体験と実践知をもとに、「聴く」が生み出すイノベーションの可能性を語ります。
「部下の話を聴く」にまつわる、よくある誤解
篠田真貴子氏:ここからは、実践に当たっての部分に入っていきます。もしかしたらみなさん、ここまで聴いて、「よし、聴くぞ。対話だ」と思ってくださっているかもしれませんが、いろいろとトラップがあるので気をつけてくださいねという話まではさせてください。
トラップは4つあり、私は「賢者の盲点」と読んでいます。別に嫌味じゃなく、みなさんのように優秀で向上心や野心がおありになる方ほど「聴く」から遠ざかりがちな構造があるという話をします。
1つは「聴く」に対するネガティブなイメージですね。私自身も持っていたんですけれど、やはり「聴く」というと自動的に、「従う」ことだと思っちゃうんですよ。

例えば、「部下の話を聴いちゃったら、要望をかなえないと上司として信頼を失うんじゃないか?」という恐れが発生してしまい、何を言われるかわからないからあまり聴けなくなっちゃう。こんなことも起きますよね。
あとは「聴くって受動的だよね。なんなら怠慢だよね。発言しないと何の貢献もしていないじゃない」みたいな。私はこういうふうに「聴く」を捉えていたと思うんです。
ここまでお付き合いいただいたので、みなさんはご理解いただいたと思いますが、現在の私の理解では「聴く」と「従う」はぜんぜん別の話です。じっくり聴いた上で、「なるほど、そういう考えですね。一方、私は違うんですけどね」というふうに申し上げることは何ら問題がない。
こちら側の聴く態度でコミュニケーションの様子がすごく変わるし、聴く側が関係性のイニシアチブを持つこともまったく問題なくできます。自分の考えは保持しつつ、そうではない、他者の考えていることをいったん受け取ろうという態度なので、やはり極めて知的な営みですよね。
こっちの(スライド)右の理解に入っていただくと、聴くことに対して、知らず知らずのうちにあったブレーキが外れやすい方がいらっしゃるなと思います。
「聴く力」と「伝える力」は使い分ける
2つ目。よく言われることなんですけど、「聴くだけだと仕事が進まないですよね」。当然です。私だって聴いているだけじゃない、これだけしゃべっているんですから(笑)。
なので、使い分けましょうという話なんです。使い分け方をいくつかご紹介します。(スライドを示して)例えば、上司、部下で会話するであろう内容を概念的にマトリクスにしています。

縦軸が、相手の言動を捉えた話から、それを起こす思考や物の考え方が大丈夫なのか。「なんでこんなことで怒っているの?」とか「泣いているの?」みたいな、その考え方を起こす感情ですね。最後は感情を動かすその方の価値観です。
横軸は右から左に、タスクレベルの話です。「リーダーですよね」みたいな、役割とかロールです。その方の長期的なキャリアや人生などですね。こういうマップだとした時に、ざっくりと右上のほう、タスクレベルの話、その方の表面的な言動の話はバンバンジャッジしないと仕事が進まないですよね。当然です。
部下が求めているのは傾聴なのかアドバイスか
だけど仕事って、左下の黄色い領域もけっこう絡まってくるので、そこを解きほぐす必要がある時は「without judgement」を使います。逆に左下はやらないと、絡まったまま動かそうとすることになります。例えると、ブレーキを踏んだままアクセルを踏もうとする状態になって、抵抗が強くなっちゃうんですよ。
「何度も言っているのにやっていないの、なんでかな?」みたいな状況って、もしかすると左下の領域に関して「without judgement」で話を聴くことでほぐせるかなと思います。
この部分はさっと共有しますね。可能であればなんですけれども、上司と部下の環境でいった時に、実は部下のニーズってこの縦軸、横軸の4象限に広がっちゃっているんだと思います。

縦軸が、「成長したい・学習したい」なのか。「ヤバい! ちょっと落ち着きたい」なのか。左右が、「アドバイスが欲しい」なのか、「内省して気づきを得たい」なのか。それに応じて「どういう関わり方が適切なのかな?」と、ジャッジの有無を切り替えられるようになると、使い分けのイメージが湧くかなと思います。
5秒待つだけで“否定しない会話”に変わる
賢者の盲点その3。忙しいです。聴くことが大事なのはわかりました。でも、時間がないんですよね。わかります。私も忙しいです。ちょっと2パターンでご紹介をします。
1つはやはり、使い分けとかバランスなんですよね。ほとんどの会話ってわりと「with judgement」になるんですけど、当然ながら、別に「without judgement」で30分使ってくださいという話ではぜんぜんないんですよ。
「without judgement」に軸足を置こうって思いながらも、当然、観察しながらジャッジしているので、それを時々口にしたり、しなかったり、「どうなの?」って聴いたりするイメージです。

仮に、話し合いの中で反対の意見を出してしまうこともあるんです。「いやいや……」みたいな時も、5秒待つだけで、「えっ、そうなの?」っていう意外なものが出てくることがけっこうあります。いくら忙しくても5秒は待てると思います。
私は自分がちゃんと意識できている時は、例えば60分の会議だったら、初めの10〜20分の間は聴くことを自分に課すこともありますね。
あと、反応する時は「いや、でも」って言わないで、「なるほど」。「いいね」とも「ダメだね」とも言っていないから、けっこうニュートラルなんです。これはやり方の話ですけど、私は「なるほど」が、「聴くぞ」っていう自分へのスイッチになるんですよね。
あとはやはり、相手にこだわりがある時はじっくり聴いてあげたほうが解きほぐれますね。