自分の中の多面性に気づくことの効果
さらに、多様性の観点でこれを別の言い方をすると、みなさんお一人お一人の中にも多面性があるわけです。

私であれば母親という役割と、会社の管理職としての仕事と、あるいは家でゴロゴロしている私がいます。別の切り口で言うと、例えば今回の(講演の)機会をいただいた時に、「めっちゃ楽しみだな」と思う私と、「なんだかめんどうだな」って思う私の両方がいるわけですね。
それが人間というものなんです。それにちょっとでも気づけると、自分の気づきを人に投影して他者を理解していくので、「ほかの人もそうかもな」って思いやすくなる。
そうやって「自分とは異なる言動をする人も、その要素は自分の中にもあるかもしれない」と、受け取りやすくなる。そのためにはまず自分が話を聴いてもらって、自分に対する解像度を上げる必要があります。というのが「聴いてもらう」ということに関する、ダイバーシティとつながる大事な効果です。
いったん判断を保留する「聴く」
じゃあ、この「聴いてもらう」をやる、聴く側は何をしているのか。「without judgement」で聴いてください。
ここの「『きく』って何ですか?」と。エールの私たちはちゃんと一生懸命耳を傾けている状態には2つあると定義しているんですね。それを分けるものは、ジャッジメントを入れるかどうか。

例でお話をします。(スライド)左の例は、通常、私たちが耳を傾ける時にやっていることです。
話し手が「やはり子どもには小さい頃から英語を学ばせるべきですよね」と言って、これに対して聞き手は、ふんふんと聞いていますが、内心、「そうですよね」あるいは「そうですかね?」というふうに、自分の考えに照らしてジャッジをしている。それがちょっとした表情ですとか身振り手振りに表れる。

これと対比させるかたちで、ジャッジをいったん脇に置く、「without judgement」の聴き方があります。話し手が英語教育について話している時に、聞き手が「そういうお考えなんですね。もうちょっとお聴かせください」と。
仮に、みなさんが聞き手で、英語教材の営業パーソンが「大人になっても英語は学べます」って話しているとしたら、「without judgement」の聴き方ってけっこう難しいですよね。内心では「いやいや」ってなるじゃないですか。なる。
上司、部下もそうです。やはり上司としては、「このチームをこうしていきたい」という思いがある。部下が「ちょっと方向が違うな」と感じられることを言った時って、やりづらいんですよね。
なのですが、どうしても業務の場面では、左の「with judgement」をやることがとても多いと思います。難しいからですね。
相手に見えている景色の解像度を上げる
ちょっと抽象的なので別の言い方でお話をすると、この「with judgement」で聞いている時って、実は聞き手の関心事は「この人、わかっているのかな?」というふうに、話し手に向いている。

それに対して「without judgement」は、「話し手の関心事」に向いている。みなさんは今、席でこのスクリーンを見てくださっている。(「without judgement」は)私もそっち側に行って、一緒に見る感じなんですね。
例えば、部下の方がなんかモニョモニョ言っていると。上司の方が「あぁ、はいはい、お前が言っているのは(スライドの)『モナ・リザ』ね。はいはい。だから『モナ・リザ』はさぁ、こうでああで」って、途中で遮ってワーッて言っちゃう場面ってありますよね?

でもちゃんと聴くと、「いや、『モナ・リザ』じゃない! 顔が違うじゃん!」みたいなことってありません? つまり聴く力とは、こうやって相手の見えている景色の解像度を上げてから、指示なり意見なりを言いましょうよという話なんですよ。
「聞く」と「聴く」の使い分け方
この2つの「きく」だと、聞き手として気持ち悪さを感じるかもしれないなと思うのは、共感の仕方が違うんですね。
「with judgement」で聞く時は、「『モナ・リザ』ね、『モナ・リザ』!」って盛り上がれるので、めちゃくちゃ共感できる。
一方で「『モナ・リザ』じゃないですよ。リーダー、ちゃんと聴いてくださいよ」とか言われると、ちょっとムカッとしたり「いやいや」って否定的になったりして、感情が振れる。

それに対して「without judgement」の時って、「ふんふん、なるほどね。それから? このへんはどうなっているの?」って聴いていくので、共感といってもわりと薄い、ぬるい感じになるんです。
ここまでで申し上げたいのは、「どっちがいい、悪い」ということではなく、使い分けをしたいんですよね。
話し方って、例えば商談の場面、ご家族とお話しされる場面、今の私のように前に来て話す場面というふうに、半ば無意識に変えていらっしゃると思います。
同じように聞き方も場面によって変えられると、コミュニケーションの幅が広がるので、より効果的になりますとお伝えしたいです。
その時に、初めの「聴いてもらう」効果を生み出すには、右側の「without judgement」で聴く必要がある。
かつ、途中で申し上げたように、やはり会社で働いていると、「without judgement」って相当に意識しないと発動しづらいので、ここから先は「without judgement」があるとどういうことが起きるかをお話ししていきます。
「聴く」は相手の価値観を探すサポートになる
これは上司と部下の会話をモデル化したものです。まず左側の「with judgement」で聞いている例ですね。部下の方が「前期、目標達成がバッチリできて、とてもうれしかったんです」。上司の方が「そうなんだ。それはよかったね。目標達成すると成長した実感が湧くでしょう?」

部下の方が内心、「成長? うーん、そうかなぁ?」と、ちょっと逡巡して、「まぁ、そうですね。○○さんのアドバイスのおかげです」。
それに対して、右。これは「without judgement」で判断を留保している場合ですね。
同じように部下の方が「前期、バッチリ目標達成できて、とてもうれしかったんです」と。上司の方が、「そうなんだ。目標達成ができてとてもうれしかったんだね。目標達成ができた時、何があなたをそんなにうれしい気持ちにさせたんだろうね?」と。
部下の方が「うーん」と考えて、「確かになぁ。なんでうれしいって思ったんだろうな? 目標達成した時、一緒にがんばってきた仲間の姿が思い浮かんだんですよね」。右の聞き方ができると、部下の方が、何を心のエンジンの原動力にしているかがよりわかりますよね。
この人は「自分の成長」ではなくて、どちらかというと「仲間と共に」を大事にしている人であるとわかる。左の接し方も悪くはないのですが、少なくとも部下が「仲間と共に」という価値観を持っていることに気づくチャンスがない。
これ、私もナチュラルにやっているなと思うんです。この例で言ったら、私自身が目標達成したら自分の成長を実感した経験があって、それを周りにも無意識的に投影しちゃうんですよね。
でもそうすると、多様性を力に換えていく1歩目が踏み出せない。こういうお話かなと思います。
「聴く」とは何かを理解することから始める
後で質問の時間を取るのでささっとご紹介だけすると、「日本の大きい組織で、実際にこんなにのんびりしたことをやっているんですか?」と聞かれることがあります。
これはIHIさんがエールのサービスを使ってくださったので、そういう事例がありますよというのをご紹介できればと思って、資料を持ってきています。

まとめると、「聴く力」というと、「言葉を挟まない」とか「身振り手振りが」みたいな、いわゆる“やり方”をみなさん意識してくださっています。それはそれで大事なんですけれども、(スライド)左側の「あり方」、つまり「聴く」ってこういうことですよね、というコンセプトをここまでお話をしてきました。
これがないまま「振り」だけやってもうまくいきませんと。「あり方」と「やり方」の掛け算が大事です。みなさん、わりと「やり方」のほうはよく覚えてくださっているので、ここでは「あり方」のお話をいたしました。