『昭和100年。「日本のカイシャ」はどこへ行く?~KX(カイシャ・トランスフォーメーション)5つの課題』と題して開催された本イベント。昭和モデルの経営から脱却できない「日本のカイシャ」を、人生100年時代の会社=「“人”が主役の会社」へと変えていきたいと6年余にわたって活動してきた研究会の集大成となるセッションをお届けします。本記事では、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授の野田稔氏が、従業員の意識調査を基に、自主性のない社員を変えるヒントをお伝えします。
自分で自分の首を締めることになった日本企業
大野誠一氏(以下、大野):私個人は、まさに今、野田先生がまとめてくれたような変わらない状態に対して、本当に変わらなきゃいけないよねという1つのきっかけが、「人生100年時代」という時代の変化なのかなと思っています。
企業対企業の関係の中では、なかなか変わらなかったんだろうなということが、やはり個人と会社の関係が変わることをきっかけに変わっていくんじゃないかなと、ある種の期待を持って語ってきたと思いますが。そこの関係性を、野田さんはどう思われますか?
野田稔氏(以下、野田):まったくその通りなんだろうなと思います。しかも、これがまた悪いことに、誰か犯人がいれば簡単なんだけど、まさに共同幻想的にこうなっていったわけですよね。それは怖かったんだなと思います。ですが、冒頭にちょっと申し上げましたけど、私たちは被害者なんです。そう言うと、どこかに加害者がいるはずじゃないですか。でもね、これには加害者がいないんですよ。
というのは、我々は我々の首を自分たちで絞めた。すなわち被害者であり、実は我々は自分たちに対する加害者ですらあるんですね。そう認識をしないと、この問題は解けないと思うんですよ。ちょっとこんなことを言うと語弊があるけど、労働組合的に赤い旗を振って、「経営者が悪いんだ!」と言っていても何も変わらないと思いますね。
誰かがサボっていたり、能力不足というわけではない
大野:うん。そういう意味でも、まさに一人ひとりが作った会社の幻想にみんなが囚われていたことで、みんなが加害者でもあり被害者でもあるという感じになっちゃったんですかね。
野田:まず、そういう認識をしたほうが健全かなというところでしょうかね。犯人探しをしていても見つからないと思うんですよ(笑)。
大野:その幻想の部分を豊田(義博)さん、社会構成主義的なところから言うと、どうですか?
豊田義博氏(以下、豊田):野田さん、ありがとうございます。本当に野田さんの話を聞くにつけですけども。例えば企業の方と話をしても、最近でいうと「両利きの経営」とか、いろんなことを言っている。実は「そういうことをやろうじゃないか!」とちゃんと思っているし、やろうとしている。
けれど、それがぜんぜん回らない。それこそ誰かが「サボっている」とか、誰かが「能力がない」とか言うんですけど、決してそうではなくて。実はそれぞれが持ち場の中で一生懸命いろんなことをやるんだけど、結果的にすごく閉塞状態になっている。それは実は本当に思っていることと、やっていることの食い違いが起きているということだと思うんです。
多くの人たちが、「そうは言いながらなかなかできない」と思っている時に、本当はもっともっとやっていいことがあったりするはずなのに、それができないかのように、会社・組織・職場を眺めていたり、「そうは言っても無力だよな」と口をつぐんでしまったり。そんなことがすごく至るところで起きているような気がしています。
社員の自主性がなくなる「失敗したら罰を与える」仕組み
野田:すごく典型的な話があります。これはある製薬メーカーさんから頼まれた仕事だったんですが。今までも少しは出ていたんだけど、社員から新しい創薬のアイデアをいろいろ出したいので、そこをより加速させるために提案制度を作りました。「提案して、それがうまく薬として上市されて利益が出たら、それをその本人とかチームに還元することにしました」と言うんですね。「あ、いいじゃないですか」と。
ところが、その制度を入れたら、ちょっとは出ていた今までの自主的なアイデアがゼロになったというんですよ。それで「なんでですか? ちょっと調べてください」と言って聞いたら、確かに「うまくいったらご褒美」と書いてあるんですが、逆に「失敗したら罰を与える」とも書いてあるんですよ。
ご存じの通り、薬は千三つどころじゃないので、もっと確率が低い。しかも出来上がるまでに、だいたい15年とか20年かかるじゃないですか。ということは、ほぼほぼ100パーセント失敗するんですよ。めったに成功しない。しかも成功するのは、だいたい15年後ぐらいですから、大部分の人は会社人生がもう(定年で)終わっちゃっていたりするわけですよね。
でも、失敗はいつでもある。そうすると必ずそこで罰点をくらうということは、100パーセント罰点じゃないですか。だから誰も出せないんですよ。当たり前ですよね。なので、「この罰点を与えるのをやめればいいじゃないですか」と言ったんですね。そうしたら、「いやいやいや、信賞必罰って言うじゃないですか。だから失敗したら罰を与えなければバランスが取れない」と言うんですよ。
これは思い込みです。いいんですよ、罰なんか与えなくたって。加点でいいんです。なんの問題もないです。ところが、どうしてもその縛りから出た囚われの身なんですね。これは、古い常識が永続しちゃってるんですよ。これは、すごく不幸だった。でも結局そこは社長がわかってくださって、最後まで固執した人事部長さんは外れました。
でもやはり、人事部長さんも悪気はないんですよ。だけど、囚われているんですね。だから、こういうことがいろんなところで起こって、それが相対として閉塞感になっているわけですよね。これが今の状態だと思うんです。
大野:ありがとうございます。野田さん、そんな働く人の意識を、もう少し後半でご説明いただいていいですか? よろしくお願いします。
「完全な指示待ち」か「ほぼ指示待ち」の人が42%
野田:そうですね。じゃあ、もう少し続けたいと思います。実際に、従業員の意識調査をすると、やはり日本人の閉塞感というのは、かなり強烈なものがあるなと思っております。

Gallup社が行った職場の従業員意識調査でエンゲージしている人のパーセントを見ると、ご覧のとおりグローバルに比べると日本はかなり低いです。
ただ私は、その低さそのものに問題があるのではなくて、傾向値に問題があると思っています。逆に世界ではだんだん、人々のエンゲージメントを上げていこうじゃないかという施策もいろいろ行われているし、社員のWell-beingを真剣に考えることが、逆に会社にとっても、ものすごくメリットがある。
特に新しい価値を生むようなアクティビティに関しては、この幸せ度合いがめちゃめちゃ関係すると言われている。なので戦略的にそのエンゲージをさせるような、いわゆるOD、Organization Developmentが行われているんですね。ところが日本は、それは甘やかしであるというような考え方を、どうしても持ちがちになる。

その意識の違いは随分大きいと思っています。結果、どうなっちゃったかというと、状況はさらに悪くなってきております(笑)。「完全な指示待ち」と、「ほぼ指示待ち」を合わせると42パーセントという(笑)。どこが自主性やねんという、こういう状態にすでに日本企業は陥っている。
もうこうなった以上、抜本的に会社改革をしないと。少なくとも会社というものを、もっと言うと仕事というものに対する見え方・見せ方改革をしないと、どうにもならないと思っています。
自分に利益があることは合理的に動く「指示待ち」の人
野田:ちなみに指示待ち人間にも定義があります。自分で考えない、失敗を恐れる、働きがいを感じていない、自身と他人に無関心、自分の意見がない、意見が言えない。仕事の役割の内容を理解していないし、喜びも見いだせていない。最後がおもしろいですね。利己的合理主義。自分に利益があることに対しては合理的に動く状態です。

まさにここから脱するためのKX(カイシャ・トランスフォーメーション:「カイシャの未来研究会2025」が2018年末の発足以来、6年間余にわたって研究を重ね、体系化、メソッド化してきた「人生100年時代の会社=「“人”が主役の会社」へと変えていく組織進化のプロセス)を持ってこない限り、逆に言うと入れ物・制度をどれだけ変えても、たぶん何も変わらないと思っています。
ちなみに「社員」といろいろと一括りにして言っているんですけども、社員もいろいろいますのでね。どこの誰からどう意識を変えていくかについては、もうちょっと具体的に考えていかなきゃいけないかなと思っています。
ホワイトカラーとブルーカラー
野田:例えばブルーカラーという言い方がよくありますよね。それに比してホワイトカラーがあります。しかしこの頃は、エッセンシャルワーカーなんて言い方も出てきている。まさに働いている人の働き方というのはいろいろです。だから、どこかだけを見ていたのではダメだなと思っているんですね。

いやもっと言うならば、ホワイトカラーと言われている人たちにも、実はいろんなことをやっている人がいるわけです。我々が通常、ホワイトカラーと考えると、クラリカルワーカー。事務処理をする、事務仕事をするというのが頭の中に一番思い浮かぶわけですけれども。
実はホワイトカラーはそれだけではなく、例えば「顧客接点ワーカー」と私は名付けているんですけど。営業とか、そういうような方々ですよね。コールセンターなんかもそうでしょう。実際にお客さまと接していて、お客さまに喜んでいただく。お客さまに価値を生むことを思考しているような人もホワイトカラーです。
また、さらに言うと、いわゆるイノベーターですよね。新価値創造ワーカーなんて私は考えていますけれども。新しい価値を作るという、企画・開発から始まるいろんなマーケティングとか、そういうことをやるような人たちも当然、ホワイトカラー人材としています。
さらに忘れてはいけないのは、まさにマネジメントワーカーと言っていいんでしょうかね。いわゆる管理職の人、管理をする方。こういう方々もいるわけです。ですから、ホワイトカラーと言っても一様ではないわけですよね。
AI時代に重宝される人
野田:今は生成AIなんかが出てきて、いろいろなことの働き方が変わろうとしているわけですけれども。その大きな流れから言うと、実はこのマネジメントワーカーとか、クラリカルワーカーという人たちよりも、接点ワーカーとか新価値創造ワーカーのような人たちのほうが、むしろこれからは大切になってくると言いますか、より重きを置かれるようになってくるだろうなと思っています。
ですから逆に言うとクラリカルワークとか、マネジメントワークに取られている時間を機械化などによってできるだけ少なくすることによって、多くの人が顧客接点であったり、価値創造であったりにシフトしていく。さらに言うとエッセンシャルワーカーは、まさに顧客接点でもあるわけですから、この人たちこそが、むしろ価値創造をしていく。
そのようなかたちに変えていくし、また本人たちも自分たちの仕事というのはそういう仕事なんだということを考えるようにしていくことが、KXの本体になってくるのではないかなと私は今思っています。
もちろんブルーカラーの方々も価値を創造するという面においては仲間ですから、同じだと思っております。会社というのは、規則に従って書類を作るところじゃなくて、価値を作るところなんだよねという、まさにその意識を根本から変えていかないといかんかなと思っています。
なので、こんな状況をなんとかしなくてはいけないからということで、KXでは「個人の目覚め」と「組織の進化」ということを言っています。さらに言うと、その「個人の目覚め」と「組織の進化」のどっちが先ですかと。これは私も仕事していて、よく言われるんですね。昔は悩んでいて、ちょっと玉虫色に、「両方です」なんて言ったんですけど。私はもう今、「個人の目覚め(が先)」と言い切っております。
まず一人ひとりの社員に、自らの人生の主人公として目覚めていただきましょうよ。そして会社を作る1人として目覚めていただく。そして、それを組織が支えていくようなかたちに持っていく必要があるのかなと、今は考えているところです。ということで、一応私のプレゼンは、ここまでです。
大野:野田さん、ありがとうございました。