組織課題を丹念に読み解く調査&コンサルティング会社「ビジネスリサーチラボ」が開催するセミナー。今回は「話の途中にスマートフォンを見る『ファビング』が職場にもたらす影響」をテーマとしたセッションの模様をお届けします。上司による「ボス・ファビング」が職場に与える悪影響について語られました。
上司のスマホ操作“ボス・ファビング”が、部下の信頼と意欲を奪う
伊達洋駆氏:もう少しファビングという現象を掘り下げていきます。ここで紹介するのが、「ボス・ファビング」です。これは冒頭でも少し触れましたが、「ボス」、つまり上司によるファビングのことを指します。上司が部下とコミュニケーションをとっている最中に、スマートフォンを操作する。これがボス・ファビングと呼ばれる行為です。

ある研究では、302人の従業員を対象に調査が行われました。上司のスマートフォン利用の状況、特に会議中にスマートフォンを操作する頻度について部下に尋ね、その回答と部下の心理状態との関連を分析したものです。
みなさんの中に部下を持つ方がいたら、ちょっと思い返してみてください。会議中にスマートフォンを触っていませんか? それが、まさにボス・ファビングにあたるわけです。この調査結果からわかったのは、上司がコミュニケーション中にスマートフォンを操作する頻度が高いほど、部下は疎外感を覚えるということです。
さらに、仕事に対する興味や関心を失ってしまう傾向があることも示されています。上司が部下との会話中にスマートフォンを触ることで、部下にとって非常にネガティブな影響が生じるということです。
しかも、「対人感受性」が高い部下、つまり周囲からの評価や言動に対して敏感な人ほど、上司がファビングを行った時に、より強い不快感を抱く傾向があります。その結果として、仕事に対する集中力が損なわれるということも明らかになっているんですね。
要は、ボス・ファビングは基本的に部下に対して悪影響をもたらす行為であり、特に対人感受性が高い部下にとっては、より顕著な悪影響が生じるということです。上司がファビングをしていると、部下の立場からすると、「話をちゃんと聞いてくれていない」と感じ、職場に対する信頼が失われてしまう。ボス・ファビングはそういう行動になってしまうわけです。
例えば、上司と2人で話している時や会議の最中に、上司がスマートフォンを触っていて、画面に集中しているとします。そうすると、部下は「自分の発言は重要ではないんじゃないか」とか、「自分は重要な存在ではないのでは」といった気持ちになりやすくなります。
その結果として、仕事に対する意欲が失われたり、人間関係が悪化する可能性がある。こうしたメカニズムを通じて、ボス・ファビングは部下の行動や態度に悪影響を及ぼす可能性があることが、研究によって実証されています。
勤務中に部下が私的にネットを使う“意外な理由”
さらに、ボス・ファビングには他の悪影響もあります。上司が部下との会話中にスマートフォンを触ると、部下が職場で孤立感を覚えたり、「サイバーローフィング」と呼ばれる、業務時間中に私的なインターネット利用をする傾向が高まることがわかってきました。

例えば、オンラインショッピングをしたり、業務とは関係ないSNSを見たりする。そういった行動を部下がとるようになるんですね。上司がファビングを行っていることで、そうした変化が起こるということです。
これはインドの従業員を対象にした調査ですが、上司によるファビングと、部下のサイバーローフィングとの間に、統計的に有意な関連があることが明らかになっています。
会話中に上司がスマートフォンを見たり、ミーティング中にメッセージを確認したりしているのを部下が目にすると、「上司はそういうふうにしているんだな」と受け取る。その結果、部下の孤立感が高まり、業務中に関係ないインターネットを見てしまうなど、サイバーローフィングが生じるというわけです。
孤立感が高まってくると、ボス・ファビングによって部下の心理状態が不安定になります。そうなると集中力が途切れ、仕事にしっかり取り組めなくなる。その結果、「ちょっと気分転換にネットでも見ようか」といったかたちで、サイバーローフィングにつながってしまうという流れが示されているわけです。
同じ上司のスマホ操作でも、傷つく人と平気な人の違いとは?
この研究では、さらに掘り下げた知見も得られています。「心理的デタッチメント」という概念があるんですが、これは、仕事上のストレスを業務時間外に切り離すことができる心理的な能力のことを指します。仕事とプライベートをうまく切り替えられる力ですね。
この心理的デタッチメントの力が高い人ほど、仮にボス・ファビングを受けて孤立感を覚えたとしても、サイバーローフィングに流れにくいことがわかっています。逆に言うと、仕事モードからうまくプライベートに切り替えにくい人、つまり心理的デタッチメントが低い人ほど、ボス・ファビングの悪影響を強く受けてしまうということなんですね。
ファビングは本人も気づかないうちにやってしまう行為なので、ボスであろうがなかろうが、誰もがやってしまい得る。それをやってしまったのが「上司」だった場合、部下への影響がより大きくなってしまうということなんです。
さらに、ボス・ファビングが行われると、上司に対する信頼が低下することも明らかになっています。それだけでなく、部下のエンゲージメント、「この仕事は大事だ」「この仕事は自分にとって意味がある」といった気持ちも下がるんですね。そうなると、部下は仕事に対して活き活きと取り組めなくなってしまう。

つまり、ボス・ファビングは、エンゲージメントの観点から見てもマイナスであるということが、アンケート調査によって実証されています。
加えて、同じ研究の中で実験も行われています。参加者を2つのグループに分けて、それぞれに映像を見せます。1つは、上司が会話中にしきりにスマートフォンを操作している映像。もう1つは、上司が部下の話をしっかりと集中して聞いている映像です。
すると、前者のボス・ファビングをしている映像を見たグループの参加者は、その上司に対して信頼を抱きにくくなり、さらに仕事の意義も感じにくくなるという傾向が示されました。これもけっこう深刻な結果だと思います。
休憩中の雑談でも、スマホ操作は人間関係に影響する
なお、このボス・ファビングの悪影響が特に強く出やすい人がいることも示されています。それは、社会的承認欲求が高い部下です。

社会的承認欲求、つまり「自分が評価されたい」「認められたい」と強く思っている部下ほど、ボス・ファビングによって「自分に目を向けてもらえていない」と感じやすくなり、「放っておかれている」と受け取った時のストレスが大きくなるということです。
「自分が評価されたい」「認められたい」と思っていればいるほど、実際にはぜんぜん評価してくれない、それどころか無視されていると感じた時の不快感は、より強まってしまいます。その結果、社会的承認欲求が高い人のほうが、ファビングによるネガティブな影響を受けやすいということが明らかになっています。
具体的に言うと、承認欲求が高い部下は、上司によるボス・ファビングを目の当たりにすると、心理的に傷つくんですね。「どれだけ仕事に打ち込んだとしても、自分のことを評価してくれないかもしれない」と感じてしまう。
そう思ってしまうと、仕事に対して積極的に取り組もうという気持ちもなえてしまいますよね。その結果、仕事のパフォーマンスが低下するという一連の流れが実証的に示されています。
このように、日常的に行われる“普通のファビング”であっても望ましくない影響を及ぼすことがありますし、とりわけ上司が行う「ボス・ファビング」では、さらに深刻な悪影響を引き起こすということが、さまざまな研究から明らかになってきました。
では、このファビングという行為に対して、どう向き合っていけばいいのでしょうか。ちなみに、ファビングは、業務中だけでなく、休憩中にも同じような効果をもたらすことがわかっています。

「休憩中なんだからスマートフォンを触っていてもいいじゃないか」と思われるかもしれません。でも、実際には、休憩中に同僚と話していて、その相手がスマートフォンをいじっていると、それだけで「関係にひびが入ってしまう」といったことが起こり得るんですね。
休憩中ならスマートフォンを触っても問題ないように感じるかもしれません。でも、人間関係というのは、そこまで単純に割り切れるものではない。その点を少し補足しておきたいと思います。